ブロードウェイ・ミュージカル『ピピ
ン』日本版開幕へ~人生の意味を追い
求める主人公を城田優が熱演

ブロードウェイ・ミュージカル『ピピン』が、2019年6月10日(月)より東急シアターオーブで開幕する(公演は同月30日まで)。20世紀のアメリカ・エンターテインメント界の鬼才ボブ・フォッシーが1972年に演出・振付を手がけた世界初演の舞台は好評を博し、トニー賞5部門を受賞した。フランク王国カロリング朝のカール大帝の息子ピピンの物語を、リーディング・プレイヤー率いる一座が上演していくという趣向の作品だ。
2013年のブロードウェイ・リバイバル公演においては、日米ハーフの演出家ダイアン・パウルスが、サーカス一座によって上演していくという斬新なアイディアを持ち込み、こちらもヒットを記録してトニー賞4部門を受賞した。このたび上演される日本版は、このパウルス演出をベースに作られたもの。城田優がタイトルロールを、そして、これがミュージカル初挑戦となるクリスタル・ケイがリーディング・プレイヤーをそれぞれ演じることでも話題を呼んでいる。初日の前日にゲネプロ(総通し稽古)と囲み会見がおこなわれたので、レポートする。
囲み会見
ゲネプロに先がけて行なわれた城田とクリスタルの囲み会見をお届けする。開始前、会見場と控えのスペースとを区切る衝立の向こうから城田の歌う声が聞こえてきていたが、取材陣の前に姿を現してもハイテンションで、質問を入れる間もなく思いの丈を一気に話す姿が印象的。
「城田優ミュージカル史上一番難易度が高くてチャレンジングでスリリングな作品。こんなすごい役を演じることはもう人生でないと思う。言えば言うほど嘘くさくなってしまうけれども、とにかく観ればわかります。男に二言はありません」と、作品、役柄のすばらしさを断言。
ミュージカル初出演で大役に挑戦するクリスタルは、十年来の友人である城田がラインを送ったことが今回の出演のきっかけになったそう。「僕も彼女もすごい努力をしてきました。芝居で求められることも多く、歌も難しい。ブロードウェイと同じレベルかそれ以上のことが求められていて、アクロバットの稽古に一番時間をかけたほど、僕も彼女もすごいことをしています」と城田。
クリスタルはオープニング・ナンバーからアクロバットが用意され、城田は二幕の『Extraordinary』の歌の途中でバック宙(アシストあり)にも挑戦。「すべてのアクロバットが毎回100パーセント成功するかはわからないけれども、そこを含めて楽しんでもらうのが演出意図だと演出のダイアン(・パウルス)も言っていたので。シルク・ドゥ・ソレイユなどで活躍している世界のトップ・アクロバット・パフォーマーが活躍しているので、誰が観ても楽しめないわけがない」とアピール、「こんなに興奮して話すことってないかもしれない」と、自分の熱弁に自分でも少し驚くかのよう。
一方のクリスタルは、初挑戦での大役に「ハードルめっちゃ高いです」とこぼしつつも、「自分も観客になりたい」、客席から舞台を観てみたいと思うとか。「何の感情かわからないのだけれども、喜びや感動、観ていて参加する感じがして、ストーリーもわかっているし、自分も出演しているのに、毎回すごい! と思う。何回観ても楽しめる作品」と思いを語る。「彼女のすばらしいミュージカル・デビューをぜひ観てほしい。そして魔法にかかった時間を味わってほしい。僕の言葉を確かめてください。嘘だったらSNSで叩いてもいいですから」と、城田が重ねて熱い思いを語った。
ゲネプロの模様
幕に映ったシルエットがポーズを決める。幕が上がると、それはリーディング・プレイヤー(クリスタル・ケイ)の姿。そして登場する一座の面々。――そこは、魅惑のサーカス・テントだ。『ピピン』の有名なオープニングナンバー「Magic To Do」が流れ、リーディング・プレイヤーと一座の面々が、「私たちの魔法、楽しんでいかない?」といざなうように客席に歌いかける。ダンス。ジャグリング。アクロバット。夢の世界のさあ始まりだ。ナンバー終わりにピピン(城田優)が登場し、人生の意味を求める彼の冒険の旅が始まる。
大学を優秀な成績で卒業したピピンは、軍隊に入って父王チャールズ(カール大帝・今井清隆)と共に戦争で戦ってみる。「人生を楽しんで」との祖母バーサ(中尾ミエと前田美波里のダブルキャスト。ゲネプロ時は中尾ミエ)のアドバイスに従い、愛欲の日々にも溺れてみる。それにも飽きて、父に対して革命を試みてもみる。だが、彼が求める人生の充実感はなかなか得られることはない。――人生の意味とは? 目的とは? 人はその生において、いったい何に向かって進むべきなのか? おとぎ話、寓話の形をとって語られる物語を観るうちに、次第に自分自身の生について内省し始めている自分に気づく。
そんな哲学的な深遠さをもった作品をきらびやかに彩るのは、次々と繰り出されるハイレベルなアクロバットだ(サーカス・クリエーション担当はジプシー・スナイダー)。ブロードウェイ公演時の出演者も5名来日、ローラーボーラーなどの超絶技巧が舞台のあちこちで息つく間もなく展開されていて、目がいくつあっても足りないほど。ベッドシーンを表現したアクロバットのシークエンス(アクロバットが失敗する=ベッドでもうまく行っていない)のユーモアには、思わずニヤリとしてしまう。シルク・ドゥ・ソレイユをはじめとするヌーヴォー・シルクの作品がお好きな方にはぜひ観劇をお勧めしたい。ボブ・フォッシーのスタイルを汲んだチェット・ウォーカーの振付も、『シカゴ』『キャバレー』『パジャマゲーム』といったフォッシー作品を愛する方なら思わずうきうき見入ってしまうはず。後年あの『ウィキッド』を創り出すスティーヴン・シュワルツが作詞・作曲を手がけた楽曲はさすが、耳なじみのよい美しいナンバー揃いだ。
城田優は、人生の意味を追い求め、悩み、傷つき、あがき続ける主人公ピピンに、ナイーヴな持ち味がぴったりとはまり、作品を力強くリードする熱演を見せている。ジャクソン5もカヴァーした有名曲『Corner of the Sky』で聴かせるハイトーンも美しく、彼の代表作となることは間違いない。狂言回し的な役どころであるリーディング・プレイヤーを務めるクリスタル・ケイは、フォッシースタイルの粋なダンスも果敢にこなし、ミュージカル初挑戦ながらこの大役で健闘。なまめかしい魅力のある歌声が、どこか退廃的でもある『ピピン』の世界にぴったりだ。
演出家も「本当におもしろい人なの!」とインタビューの時に語っていたチャールズ王役の今井清隆は、天然ボケが大炸裂。ほのぼのとした笑いが癒し効果を誘う。彼を篭絡している妖婦ファストラーダ役の霧矢大夢は、大ダンス・ナンバーで見せる小気味いい踊りが印象的。その息子ルイスを演じる岡田亮輔は、「今までで最高のルイスになると思います」という演出家のお墨付き通り、軽快な演技を見せている。そして、未亡人キャサリン役を演じる宮澤エマがいい。彼女の存在は、後に、城田ピピンに人生の重大な選択を迫ることとなる。一座の面々が、それぞれの役を演じているというこの作品のメタ構造をもっとも濃厚に背負う役どころだが、嫌味のないコメディエンヌぶりが好感度大だ。
人生の意味とは――。作品のそんなテーマをもっともよく表すナンバーの一つ、「No Time at All」を歌うバーサ役の中尾ミエがすばらしい。以前にもこの役を演じたこともあってか、「一緒に歌って!」と呼びかけ、客席を巻き込んでいく手腕がお見事。そして、はらりとガウンを脱ぎ捨てると見事なおみ足が出現、そんなセクシー姿で空中へと上がっていき、足首をつかまれたまま逆さ宙吊りになるといった実にハードなアクロバットをこなしながら、人生楽しまなくちゃ! と、歌う! 自分自身で、「73歳!」と自分の年齢に突っ込みを入れながら。御年73歳で見せるその超絶パフォーマンスの心意気に、まさに、人生楽しまなくちゃ! の精神を感じ、感涙。「たくましいわね」と自分の身体を支えるパフォーマーに絡んでみたり、未だ衰えない女っぷりにも、感服。若ぶるでもない、年寄りぶるでもない、それでいて、自分が女性に生まれたことをいつまでも忘れず、さらっと優雅に放つ色気に、素敵に年輪を重ねてきた人生の達人ぶりを見る思い。アラサー、アラフォー、アラフィフなんて何のそののその姿は、過ぎ行く人生に悩める女子必見である。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
撮影=池上夢貢

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