国立新美術館『ウィーン・モダン ク
リムト、シーレ 世紀末への道』鑑賞
レポート 400点でたどる、煌びやか
な世紀末芸術の近代化

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ウィーンでは、建築、インテリア、グラフィックデザインに、音楽など、多様なジャンルで独自の文化を開花させ、いまもなお、その芸術に触れるものの心を動かし、創作活動に携わるものに影響を与えている。そんなウィーン文化の黄金時代を紹介するのが、『ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道』展だ。国立新美術館で、2019年8月5日まで開催中だ。本展を鑑賞したレポートをお届けする。
マクシミリアン・クルツヴァイル 《黄色いドレスの女性(画家の妻)》 1899年 油彩/合板 ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
クリムト最愛の女性の肖像画
本展は、「近代化(モダニズム)への過程」という視点から、ウィーン・ミュージアムのコレクションを中心に個人所蔵作品も含めて約400点(大阪会場は、約300点)を通し、ウィーンの世紀末芸術の魅力と成り立ちを紹介するという試みだ。多くの関心を集めているのは、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレなど、ウィーン分離派の画家たちの作品だろう。中でもクリムトの《エミーリエ・フレーゲの肖像》は、約400点に及ぶ展示作品の中でも、存在感を放っていた。
グスタフ・クリムト 《エミーリエ・フレーゲの肖像》 1902年 油彩/カンヴァス ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
《エミーリエ・フレーゲの肖像》は、1903年の「第18回ウィーン分離派展」で発表された油彩画だ。178cm✕80cmのキャンバスに目いっぱいの高さで、エミーリエが描き込まれている。画面全体は暗く、緑がかった藍色が基調となっている。それに対し、顔、手、胸元は光をはらんでいるかのように白い。
クリムトは、アトリエに複数名のヌードモデルをおき、その多くと体の関係をもっていたという。55歳でこの世を去るまで独身であったが、27年に渡り、親密な関係を続けたのが、エミーリエ・フレーゲだった。
2人の出会いは、クリムトの弟エンルストと、エミーリエの姉ヘレーネの結婚だった。エミーリエは、ヘレーネ、パウリーネの3姉妹で、最先端のファッション・サロン「フレーゲ姉妹」を経営。エミーリエは、当時はまだ珍しい、経済的に自立した女性だったのだそう。
他のクリムト作品には、首をかしげ恍惚とした表情の女性もしばしば見かけるが、エミーリエは、背筋を伸ばし腰に手をあて、まっすぐにこちらを見つめている。頬と唇の赤みが、女性らしさを醸し出していた。本作は、展覧会後半の第4章でみることができ、同じ室内には、エミーリエに縁のある櫛やドレスなども展示されている。
『エミーリエ・フレーゲの肖像』は撮影可能。多くの来場者が足を止めていた。
近代化へのターニングポイント
『ウィーン・モダン』展は全4章で、おおまかに時代の流れにそって構成されている。第1章は、風景画《ローテントゥルム門側から見たウィーン旧市街》から始まる。ウィーンは外周を壁に囲われ、要塞のような見た目をしている。時代は、マリア・テレジアと息子の皇帝ヨーゼフ2世が在位した1740~1790年だ。
この半世紀、ウィーンでは啓蒙主義的かつ絶対主義的な改革が行われた。具体的な施策としては、人口調査や地図づくり、職業ごとに決まっていた衣服の自由化、ヨーゼフ2世の時代には死刑廃止や農奴解放などが挙げられる。
啓蒙主義時代の文化に欠かせない存在として、フリーメイソンについても触れられていた。《ウィーンのフリーメイソンのロッジ》は、彼らが新しいメンバーを迎える儀式をテーマに、列席者としてモーツァルトやオペラ『魔笛』の台本を手がけたシカネーダーと考えられる人物の姿も描かれている。知性や倫理観の向上で、理想的な社会をつくることを目的とする彼らが、文化の発展にも影響力をもっていたことが垣間見える。
ビーダーマイアー時代の美意識にふれる
第2章のテーマは「ビーダーマイアー時代のウィーン」。ビーダーマイアー時代は、1815年(または1814年)のウィーン会議から、革命が起きた1848年までのこと。ビーダーマイアー様式の調度品や、当時の上流階級の部屋を描いた絵画が出品されている。
シンプルに、機能美を追求した様式をみると、つい「装飾的なものに飽きた貴族の気まぐれで誕生したのでは」と邪推してしまう。しかし実際は、急速な社会変化に対する不安や、厳しい検閲を含む絶対的、抑圧的な体制から逃げるように、富裕層の市民(ブルジョワ)の意識が、私的で身近な家族団らんや、生活に直結する食器、家具等に向いていった面があるのだそう。
フリードリヒ・フォン・アメリング 《3つの最も嬉しいもの》 1838年 油彩/カンヴァス ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
フリードリヒ・アメリング《3つの最も嬉しいもの》には、「酒、女、音楽を愛さないものは、残りの人生をおろかに過ごす」というメッセージが込められているのだそう。頬を赤くした男性が、女性になにかささやいている。女性は写実的に、かつ美しく描かれているが、明るい表情とはいいがたい。この時代の閉塞感を示しているようにも受け取れる。
この時代の文化を象徴する存在として、音楽家シューベルト、風俗画のペーター・フェンディ、ウィーン分離派にも影響を与えた画家フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー、ウィーンの街を描き続けた都市景観画家のルドルフ・フォン・アルト等も登場する。
市壁を環状道路へ、ウィーンの大規模都市改革
ハンス・マカルト 《1879年の祝賀パレードのためのデザイン画――菓子製造組合》 1879年 油彩/カンヴァス ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
ウィーン市を要塞のように囲っていた壁が取り壊されたのは、1857年。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の命令による取り組みで、跡地は環状道路となり、1865年にリンク通りとして開通した。1879年にはここで、皇帝夫妻の銀婚式を祝うパレードが催された。そのパレードで芸術総監督をつとめたのが、画家ハンス・マカルトだった。高さ64cm✕幅286cmで描かれたパレードのデザイン画は、そのパレードの華々しさを、今に伝える。
ウィーン万博が開催され(1873年)、音楽家ヨハン・シュトラウス(2世。1825-1899)が活躍し、舞踏会でエレガントなワルツが人気を博したのもこの頃だ。
世紀末のウィーン
「1900年ー世紀末のウィーン」と題された第4章。冒頭で紹介した《エミーリエ・フレーゲ》が展示されているセクションだ。展示室の一角に、ひときわ目をひく肘掛け椅子がある。1897年から1910年にかけてウィーン市長をつとめたカール・ルエーガーの、60歳の誕生日につくられたものだ。
オットー・ヴァーグナー 《カール・ルエーガー市長の椅子》 1904年 ローズウッド、真珠母貝の象嵌、アルミニウム、革 ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
全体の佇まいは直線的でありながら、身体が触れる部分は滑らかなカーブを描いている。貝やアルミニウムによる装飾がはめ込まれ、座面や背もたれの革には、植物の模様が型押しされていた。
この椅子をデザインしたのは、建築家オットー・ヴァーグナー。近代建築の草分けと言われる存在だ。「建築物は、その目的や素材、構造に応じた様式にすべき」と主張し、当時は革新的なその考えに基づき造られた建築物は、現在もウィーン市の景観の一部を担っている。
ウィーン分離派創立、黄金期へ
グスタフ・クリムト 《パラス・アテナ》 1898年 油彩/カンヴァス ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
ウィーン分離派(オーストリア造詣芸術家組合)は、もともとウィーン造形芸術家組合にいた若手芸術家たちが、組合の保守的な体制に反発・脱退し、新たに結成したもの。初代会長には、クリムトが選ばれた。
ウィーン分離派は、美術市場から独立した展覧会の開催、そして他の国々の芸術家たちと交流を、重要視していた。本展第4章では、1898年3月から6月にかけて開催された『第1回ウィーン分離派展』のポスターが、検閲の前と後で2種、並べて展示されている。モチーフはギリシャ神話。検閲前のポスターでは、上部に描かれたテセウスの下半身が露出していた。それを立木で隠したのが、検閲後のポスターだ。
グスタフ・クリムト《第 1 回ウィーン分離派展ポスター》 1898 年 カラーリトグラフ ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
その後、ウィーン分離派展のポスターは、同じフォーマットを用いて、メンバーが持ち回りでデザインした。展示室には、各回の個性溢れるポスターがずらりと掲示され、グラフィック・デザインやタイポグラフィの視点など見どころが尽きない。
さらに第4章では、分離派会館のオープンを記念した展覧会のために描かれた《パラス・アテナ》や、初期の素描画など、クリムトの作品が他にも多数展示される。クリムトの影響を受けつつも、独自の路線で開花したエゴン・シーレ、音楽においてはアルノルト・シェーンベルクや、グスタフ・マーラーの肖像もあり、この時代を彩る芸術家たちの豪華な顔ぶれに、改めて驚かされることだろう。
エゴン・シーレ 《自画像》1911年 油彩/板 ウィーン・ミュージアム蔵 (c)Wien Museum / Foto Peter Kainz
クリムト、シーレだけではない、ウィーンの世紀末文化の煌びやかな空気を、国立新美術館で感じてほしい。日本・オーストリア外交樹立150周年記念『ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道』は、国立新美術館にて、8月5日(月)までの開催。マイメロディが『エミーリエ・フレーゲの肖像』『キャバレー・フレーダーマウスのポスター』とコラボ!館内には、クリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」(「Woman in gold」)の装飾があしらわれたベーゼンドルファー社のグランドピアノも。※現在は展示を終了しています。

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