神戸アートビレッジセンター館長の大
谷燠×プログラム・ディレクターのウ
ォーリー木下、神戸の舞台芸術シーン
と劇場のビジョンを語る

今年で創立23年目を迎えた、神戸市の公立文化施設[神戸アートビレッジセンター](以下KAVC〈かぶっく〉)。約200席の小劇場、約100席のミニシアターに、ギャラリーやカフェなどを備えた、神戸の芸術文化の拠点と言える施設だ。中でも演劇の分野では、地元劇団の稽古&発表の場として重宝されるだけでなく、自主企画やイベントも積極的に行うなど、名実ともに神戸の演劇シーンの中心的な存在となっている。
そのKAVCは2017年、関西のダンスシーンを長年牽引するプロデューサー・大谷燠(いく)を館長に、2018年には近年2.5次元作品などの演出で目覚ましい活躍を見せる「sunday」のウォーリー木下をプログラム・ディレクターに迎えるなど、体制を一新。お互いのキャリアとコネクションを生かし、地域密着&若手育成に力を入れるとともに、劇場のブランド力を高める活動を行っていくという。その大谷と木下に、他所からはいまいち実情が見えてこない、現在の神戸の舞台芸術シーンについて思うことや、それを踏まえて今後KAVCが目指していく方向、そして6月から始まる新企画「KAVC FLAG COMPANY 2019−→2020(以下FLAG)」のことについて語ってもらった。

■「FLAG」の目的は、KAVCの名前を広め、評価してもらうこと。
──自己紹介を兼ねて、お二人が神戸でどのような活動をされてきたかを教えてください。
大谷 95年頃から大阪でコンテンポラリーダンスの公演を企画するようになりまして、96年に「DANCE BOX」という組織を立ち上げました。最初は大阪を拠点にしていましたが、09年に新長田に移転して[ArtTheater dB 神戸(以下dB)]という劇場をオープンして、あっと言う間に10年が経ちましたね。今新長田はdBだけじゃなく、既存のスペースをアートスポットとして活用できる場所を、地元の方々が10ヶ所ぐらい作って、アーティストとのマッチングを行ってるんです。ここ2年ぐらいで、クリエイターと言われる人たちが、20数人ぐらい新長田に移住し始めてるんですよ。
木下 えー、それはすごいですね!
神戸・新開地に建つ[神戸アートビレッジセンター]外観。「東の浅草、西の新開地」とうたわれた土地で、現在も寄席[喜楽館]や映画館などの娯楽施設が多い。
大谷 新長田の方たちは非常に協力的で、アートスポットも基本的には使用料無料です。「俺たちは、助成金をもらわなくても継続できることをやる!」って言ってて(笑)、面白い現象が生まれてるなあと思います。
木下 僕は神戸大学で芝居を始めて、93年に「劇団☆世界一団(現sunday)」を結成しました。KAVCでは劇団公演以外にも、劇場のプロデュース公演を3本ぐらいやりまして、劇団以外の場所で自分のノウハウをどう生かすか? ということを、すごく試すことができた。本当にKAVCがなかったら、今の自分の作風はなかったと思います。
あと「ロックフェスみたいなノリで、いろんな劇団の作品を観てもらおう」というので、「KOBE Short Play Festival」というイベントも企画しました。それがいろいろ形を変えて、今の「ストレンジシード静岡」というフェスに続いてるんです。本当に神戸で……KAVCで挑戦してきたことが今の自分の根本になっているし、すごく育ててもらった場所。だからプログラム・ディレクターのお話をいただいた時は、もう即決で「やりまーす!」という感じでした。
──プログラム・ディレクターは、芸術監督とは違うわけですね。
大谷 ちょっと違いますね。基本的に芸術監督は、そこで作品を作るというのがメインになりますから。ウォーリーさんは、むしろ劇場のプログラムの仕組みとか枠組みを作っていただき「この劇場の可能性はどこにあるか?」というのを、一緒に探っていただくという感じです。でもその形が変わっていってもいいと思ってますし、予算が取れたら「ウォーリーさんを芸術監督にします」と言うかもしれない(一同笑)。
3FのKAVCホール。可動式の客席なので、対面舞台やオールフラットのスタイルにも対応可能。
木下 いや、僕はやりたいですよ! 今はその前段階で、次は芸術監督として作品を作るという。出世魚的に(笑)。でも僕だけではなく、いろんなアーティストに……しかも10年スパンぐらいで、KAVCで作品を作ってもらいたい。そのための仕掛けを考えるのが今は大事なことですし、少しでもそのお手伝いができればいいなあと思っています。
──今の体制になってから二年目に突入しますが、今期の目玉となるのがFLAGです。間違いなく今後が期待できる劇団ばかりを、見事にそろえてきましたが、この企画の狙いは?
木下 僕は劇場の広報係として、KAVCのことを外に発信するという役割もあるんですが、関西の最前線でやってるような人たちでも、KAVCを使ったことがない人がほとんどで。そこで僕一人だけが一生懸命「KAVC使って」と言っても、どうしようもないですよね(笑)。だったら、今関西で発言力も影響力もある人たちに、一度KAVCを使ってもらって「面白い劇場だよ」と言ってもらえたらと思いました。
それで逆に「面白くない」と言われてもいいと思ってるんです。とにかくアーティスト側に、この劇場を評価していただくのが重要。今回参加する七劇団が使ってくれることで、一年後にはだいぶKAVCの名前は、良いにせよ悪いにせよ広まっていくはずです。
大谷 まずはフラグを立てる……印を付けていこうという感じですね。ゆくゆくはそこから、KAVCで製作した作品が生まれ出てくれたら嬉しいなあと思っています。
2月に行われた「KAVC FLAG COMPANY 2019−→2020」記者会見。

■顔が見えない神戸の演劇シーン。「西神戸」が一つのキーに?
──関西の中ですら「神戸の劇団」と言われても、すぐには浮かんで来ないのが正直なところだと思います。神戸の演劇シーンについて、今どのようにお考えでしょうか?
大谷 これは僕が大阪で活動していた時から思っていたことですが、神戸の演劇の顔は見えてこないというのが、基本的にすごくありました。大阪はやっぱり、小劇場っていわれる劇団がすごく活発なんですね。公立ホールがない分、民間の劇場が頑張ってるので、彼らが活動する場所も多いわけです。京都は今、小劇場が少ない状況にありますけど、やっぱり大学が多いというのが強みで。大学を卒業してからも、京都に残って活動を続ける人が多いのは、ある種の小劇場のコミュニティ……そこにはコンテンポラリーダンスも含まれてるんですが、京都ならではのつながりが存在するわけです。
そういう意味では、神戸はそういう地域の特色が見えてこない。ただKAVC館長に就任して、その利用状況を見た限りでは、新劇系の劇団が強いという印象を受けました。でも逆に、神戸で旗揚げする若い劇団があまりいないんじゃないかと。神戸の学生劇団の子たちは、卒業してからみんなどないしてんねやろう? と思いますね。そういう若い人たちが、神戸で新しい演劇を生み出していくために、何ができるのかを考えています。
木下 僕が劇団活動を始めた頃は「惑星ピスタチオ」(注:西田シャトナー、腹筋善之介、佐々木蔵之介などが所属した神戸出身の劇団。全国で1万人以上の動員を誇る人気劇団だったが、00年に解散)が活躍をし始めて、ちょうど神戸の演劇に注目が集まった頃だったんです。[新神戸オリエンタル劇場](注:88年に開館した、約600席の中劇場。18年に閉館したが、今夏から2.5次元ミュージカル専用劇場として再開予定)ができて、さらにKAVCがオープンしたことで、割と神戸の中だけで活動できる環境にもなった。だから周りで劇団を旗揚げした人は、その頃は結構いましたね。ただその中でも「神戸でやっていくぞ!」というムーブメントがどのぐらいあったかというと、正直わからないんですよ。
ウォーリー木下。
プログラム・ディレクターに就任した一年目には、「KAVCアートジャック2018」というイベントをやりました。それはこの企画を通して、周辺住人の方たちや地元のアーティストたちと話をする機会を作り、今の神戸の事情を探るという目的もあったんです。その結果で言うと「今神戸に演劇のムーブメントがあるか?」と聞かれたら「ない」という。
──FLAGの参加劇団も、神戸が拠点なのはKING&HEAVYだけですしね。
木下 神戸で活動している劇団は、今もいるにはいるんですけど……でも逆に言えば、これがKAVCという場をアピールする、一つのチャンスになるかもしれないなあ、とも思います。
大谷 今は表現の形自体が、ボーダレス化してしまってますからね。「これが演劇ですよ」「これがダンスですよ」という形みたいなものが、崩れ始めている。演劇と映像とか、ダンスとメディアアートとか。従来の形を発展させていくような所もあるし、まったく新しい発想で生み出していくようなグループもある。そういう人たちに、新しい身体表現を試す場として、KAVCを活用してもらえたらと思います。たとえばさっきの新長田のアートスポットは、介護ケアの施設とか病院の多目的室とかのオルタナティブなスペースなんですけど、クリエイターにとっては「その場所をどう上手く使うか?」というので、逆に新しいやり方を考えるということもありますから。
大谷燠。
──大谷さんは新長田でdBという小劇場から活動を始め、今や「下町芸術祭」など新長田一帯を巻き込んだアートイベントを行うほど、アートと地域の密着化に成功していますが、その経験はKAVCでも活かせるのではないかと。
大谷 地域との連帯が濃すぎるぐらい濃いという(笑)、非常に珍しい例だと思います。それは新長田という、あの地域の面白みが大きかったんです。韓国やベトナムなどの在日外国人が多くて、さらに戦前までさかのぼると、もともと九州とか沖縄の人たちが流れ着いた地域。いろんなバックグラウンドの人が集まっているという魅力がある上に、外の人に対して寛容で、未知のものをすんなり受け入れる気質があるんです。
10年前にdBを始めた時も、60代ぐらいの地元の有力者の方たちが、本当にウェルカムで。「ダンスなんて全然わからんけど、みんな観に行ったれや。観に行くのが支援するってことやで」って言ってくれるおっちゃんがいてくれたりね。そこから僕らも地域に開いていって、それがさらに若い層につながる……という、いい流れができています。
木下 その点KAVCは、劇場もあってギャラリーもあって稽古場もあって……と、施設面では充実してるんですけど、dBみたいな地域の中でのアクションみたいなものは、まだまだ弱いです。そこをどうやって起こしていくかが課題かなあ、とすごく思います。(KAVCのある)新開地も、新長田と似たような空気がある面白い町なので、ゆくゆくは外に拡張していけたらいいですよね。
大谷 神戸のイメージって、だいたいみんな(新開地の東隣の)元町辺りで止まっちゃうと思うんですよ。今年の秋には「TRANS-」という神戸市主催のアートフェスタがあるんですけど、それは新開地、兵庫港、新長田という、元町より西側のエリアが主な会場なんです。KAVCも場所を提供しますし、dBもコーディネイトに加わっています。神戸市はこの「西神戸」の活性化のために、いろんなアートイベントを頑張って仕掛けているので、そういうのに僕らも少しずつリンクしていければと思います。
(左から)ウォーリー木下、大谷燠。

■面白いものがあり、面白いことをしても怒られない施設に。
──大谷さんは今、KAVC館長とdB代表の二足のわらじ状態ですが、この二劇場のすみ分けであったり、あるいは連携などはどのように考えてますか?
大谷 まずKAVCは公立、dBは民間という明確な違いがあって。公立だからできること、民間だからできることって、やっぱりあるんですよ。KAVCは今「ダンスの天地」という、公募制のダンスの連続企画をやってるんですけど、同時にインタビューや批評も展開してるんです。それも神戸大学の学生に書いてもらって、ちゃんと冊子にしたりして。こういう企画はdBではなかなかできてなかったんですが、公立だと……決して潤沢ではないですが、自主事業費が出るということもあって、比較的やりやすいんです。
木下 そうですね。dBとはその辺をすみ分けながら、いろいろと連携していきたいですよね。[新神戸オリエンタル劇場]も、ここから地下鉄で4駅ぐらいの所にあるわけですし、神戸の劇場同士が上手くつながれたらいいなあと思います。
大谷 (兵庫県)豊岡市も、演劇祭が行われるじゃないですか? 平田オリザさんとも「何か連携したいね」という話はしてるんです。
木下 あそこは演劇の大学もできますし、その人たちが劇団を作ってKAVCで公演を打って、そこから大阪や東京に行くというルートもあったら、面白いかもしれないですよね。やっぱり、上手い劇場の使い方を覚えた方がいいと思うんですよ、アーティストは。何か変な言い方ですけど(笑)。もちろんさっき言ったみたいに、オルタナティブスペースみたいな所で、垣根を取り払ったような作品を作ることも重要だけど、同時に「劇場」というすっごい固い空間を、自分の形にねじ込むようなやり方も覚える必要が、僕はあると思っていて。

B1の「KAVCシアター」。普段はミニシアターとして利用されているが、演劇公演やギャラリー使用も可能。

そういう意味で言うとKAVCのホールは、大き過ぎも小さ過ぎもしない適度な空間だから、お客さんをどう取り込むか、劇場空間をどう使うかという実験がしやすいと思うんです。劇場スタッフも「あれはダメ、これもダメ」って言うんじゃなくて、一緒に考えてくれるような人ばかりですし。
大谷 そうそう、やっぱり劇場で作る面白みはまた違うんでね。完全暗転が効く場所って、なかなかないですから。
木下 FLAGも今後続けていくようであれば、KAVCが一緒に頑張って遊べるようなカンパニーを、毎年必ず見つけていきたいなあと思います。オリザさん所の若い人たち(青年団リンク)も、オリザさんが[こまばアゴラ劇場]という場を作ってきたことで、新しいアーティストが生まれる土壌ができたわけですから。KAVCも神戸の若い人たちにとって、そういう場になればいいなあと思います。
大谷 ただ公立劇場の話で言うと、たとえばレジデント・カンパニーが作った作品に対して、結構市民から批判されるというのは聞くんですよね。
木下 やっぱり「税金使って何やってる!」という話に。僕は最近、静岡県でも仕事をしているのですが、SPAC(注:静岡芸術劇場のレジデント・カンパニー)も「SHIZUOKA」という名前が世界中に広がるすごい活動をしているわけだけども、一部の市民の人たちからしたら、演劇の世界ってよくわからないところもあると思うんですよね。僕は(「ふじのくに せかい演劇祭」の中で)「ストレンジシード静岡」をディレクションさせてもらっているのですが、演劇が地域市民の生活により密接に関わるためには、どうすればいいかも考えながらやっています。
周辺の住民たちの憩いの場ともなっている1Fのロビースペース。同じフロアにはミニギャラリーも。
──最先端の取り組みで地域のブランド力を上げつつ、地元の一般市民も満足できるような仕掛けも考えていかねばならないと。
木下 そういう意味ではSPACやdBのように、海外とつながりつつ地域ともつながるということをやっていくのが、劇場としてはすごく理想ですよね。
大谷 ただdBのように「この劇場の性格を、こう出していきたい」と僕らが思っても、そのための自主事業を増やしたら貸館が減ってしまうというジレンマがあって。
木下 そうですよね。貸館をシャットアウトするのは、公立劇場としては絶対まずい。
大谷 それをどう上手く両立させるのかということも、考えないといけないんです。今でも結構(貸館スケジュールが)いっぱいいっぱいなので、ウォーリーさんの力を借りて、自主事業の隙間を広げていこうと思います。ギャラリーやシアターも、ジャンルを越えて活用するとか。実際にシアターでは、ポールダンサーと造形作家が一緒になって、一年をかけて作品を作って、作家の作ったオブジェでポールダンスを踊るということをやってるんです(※ART LEAP 2018「道具とサーカス」。掲載時点では終了)。スペースとしても企画としても、そういうボーダレスな広げ方をしていければと。
木下 シアターでは今年から「ナショナル・シアター・ライブ」が始まったので、そこから演劇好きと映画好きを両方巻き込むようなこともできそうですしね。いろんな人がいろんな隙間を動きながら、KAVCを使ってもらえるようになったらいいのかなあと思います。
1Fの[はっちゃんの台所]。おかずを自由に選べるお弁当やランチが人気。はっちゃん弁当500円。日替わりランチ700円~。
大谷 ここ(ロビースペース)なんか、本当に地域のいろんな人が来ますからね。
木下 お弁当屋さん(はっちゃんの台所)がありますから。もう別に、ご飯食べに来る場所でいいと思う(笑)。
大谷 実際、来館者のアンケートでも「何の目的で来ましたか?」の所に[はっちゃんの台所]って書いてる人、結構いますよ(笑)。
──では結論としては「まずはお弁当食べるだけでもいいから、一度KAVCに来て」というのでいいでしょうか?
木下 本当にそれでいいと思いますし、逆に何か売りに来てもいいと思う(笑)。パリに[ポンピドゥー・センター]という国立の文化施設があるんですけど、あの前には広場があって、そこでみんなが勝手に大道芸をしたり、フリーマーケットみたいなことをしてるんです。ああいうのって、空気感的に面白いなあと思って。つまり、ここに来たらきっと面白いものがあるとか、面白いことをしても怒られないとか。そういう空気とか場を作ることが、劇場にとっては大事かなと思います。
FLAG記者会見出席者。(下段左から)福谷圭祐、ボブ・マーサム、飯嶋松之助、若旦那家康。(上段左から)大谷燠、大熊隆太郎、ピンク地底人3号、FOペレイラ宏一朗、ウォーリー木下
取材・文=吉永美和子

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