トレンディエンジェル・斎藤司が『レ
・ミゼラブル』を語る「自分の悪の部
分が、いい具合にテナルディエに反映
できれば」

「ミュージカルの金字塔」と呼ばれ、日本でもキャストを変えながら、30年以上に渡って上演され続けている『レ・ミゼラブル(以下レミゼ)』。2019年度も新たなキャストが加わったが、2015年に『M-1グランプリ』王者となった漫才コンビ・トレンディエンジェルの斎藤司がテナルディエ役に選ばれたのは、ミュージカルファンにもお笑いマニアにも、大きなサプライズとなったはずだ。『レミゼ』日本版の長い歴史を振り返っても、現役芸人がメインキャストとして出演するのは初。ある意味パイオニアとなった斎藤が、大阪で記者会見を行った。「えー、森昌子です」(ちょうど同じ時刻に引退会見が行われていた)という芸人らしい挨拶から始まり、稽古の様子や、テナルディエ役への思いなどを、ユーモアを交えて語ってくれた。文末には、その後単独で行ったインタビューも掲載する。
『Les Misérables』 コメント映像/斎藤司
■記者会見「ミュージカルのできる漫才師の地位を築くために、しっかりやらないと」
──映画『SING/シング』の吹き替えを通じて、ミュージカルに興味を持ったとのことですが、そこから本格的にミュージカルの舞台に立とうと思われたのは?
映画きっかけです。『レ・ミゼラブル』はもちろん、『グレイテスト・ショーマン』……ヒュー・ジャックマンに、とにかく圧倒されたんです。あとは『ラ・ラ・ランド』とか。ミュージカルにグッと興味がわき出したのは、映画の影響が大きかったと思いますね。
──今回のオーディションは事務所から参加してみないかと言われたそうですね。
そうです。でも、最初から「絶対受かってやるぞ!」と意気込んでいたわけでもなく「ちょっと一回、胸を借りてみようか」という感じでした。だから正直「受からないでくれ」という自分もいたんです。「こんなとんでもない作品に、いきなり出て大丈夫なのか?」と。でも受かったら、やっぱり嬉しかったですね。マネージャーから「勝ち抜いたんですよ」ということを聞いて、自信にはなりました。
斎藤司(トレンディエンジェル) 撮影=田浦ボン
──昨年11月には、イギリスで実際の舞台をご覧になったそうですね。
ジャン・バルジャンとテナルディエ役の方にインタビューをさせていただいて、舞台を観させていただいたんです。もう本当に普通に泣いて、普通に笑って帰ってきました。テナルディエ役の方はまだ20代だったんですけど、実際演技を観たら全然若さを感じさせないというか、すごく「あ、テナルディエだ」という感じだったんで、その衝撃が一番印象に残っています。あと彼に「目標は何ですか?」と聞いた時に、「今この作品に出ていることで目標が叶ってるから、これがすべてだ」と言われたことに「おー!」となりました。
──現在稽古中とのことですが、ミュージカルの世界ならではという衝撃を受けたことは、何かありますか?
やっぱり発声練習ですね。先生のピアノに合わせて「アーエーアーエー」っていうルーティンがあるんですけど、それを無視して自分なりに壁に向かってやってる人もいて。「怒られますよ、大丈夫ですか?」って思ったんですけど(笑)、でも結構みんな自分なりの発声のルーティンがあるんだとわかってきて、それがプロだなあと思います。共演者の方々も「こういう(声の)出し方をしたらいいよ」と教えてくれるんですけど、それが一番身になったりしますね。やっぱり1から10までの中で、いい所を取ったものを教えてくれるので、近道だという感じがあります。
斎藤司(トレンディエンジェル)。 撮影=田浦ボン
──斎藤さんが演じるテナルディエは、本作の敵役とも言える欲深い宿屋の主人です。彼に関しては、どういう人物だと思っていますか?
一言で言っちゃうと、純粋な人。本当に悪い人なんですけど、とにかく「生きていくためにお金が欲しい」という目的に純粋だからこそ、悪かったり笑わせたりする。目標という芯がしっかりしている人だな、という印象です。自分もやっぱり、芸人になった時に「いい車に乗ってチヤホヤされたい」などの、煩悩みたいなものがあって。自分の芸人としてのプロセスに、何か通じるものがあるなあという認識です。
──駒田一さん、橋本じゅん、KENTAROさんさんとのクワトロキャストですが、斎藤さんならではのテナルディエを、どういうふうに演じようとしていますか?
正直「演じよう」という余裕を持てるところまで、まだ辿り着けていないんです。稽古でも「どうしても怖さが足りない」と言われるんで。かと言って「怖さ重視でやってみようかな」と思ってやってみても「ちょっと迫力がなくなった」と言われて「あ、これは違うんだ」という。今結構、試行錯誤している段階ではあるんですけど。でもコミカルな部分はすごく褒められるので、そういう所は活かせると思うんですけどね。
斎藤司(トレンディエンジェル) 撮影=田浦ボン
──演出家やスタッフから、何を求められて『レミゼ』に受かったのかを、聞いたことはありますか?
それは聞いてないんですけど、自分で思うのはテナルディエという役に対して、本当に目標を達成するためのサービス精神でしょうか。僕はオーディションで、終わった後のサービストークとギャグを結構頑張ったんです。自己紹介ギャグとして「レシーブ、トス、斎藤で~す」というのをやったら、外国人スタッフが「サプライズ」という感じの顔になって。で「これが日本のトップだ」と言ったら、ウケてました。そこで「あ、この人本当にテナルディエがやりたいんだ」という、その意志が伝わった……かどうかはわからないですけど。
──エハラマサヒロさんが『ファントム』に出演するなど、ミュージカルに出演する芸人さんが最近増えていますが、ライバル意識などは。
エハラさんは一昨日会ったんですけど、そのことは聞いてなかったです(笑)。エハラさんはミュージカルに結構出ているので、そういう意味では全然先輩。あとは(渡辺)直美も『ヘアスプレー』に出たりするので、やっぱりうかうかしてられないという感じはあります。ここは本気で取り組んで、ミュージカルのできる漫才師という地位を築くことを、しっかりやっていかないと。それに関して言えば(『レミゼ』は)初めてには十分すぎる作品なんで、ここで結果を残さないと、という気持ちはあります。
斎藤司(トレンディエンジェル)。 撮影=田浦ボン
──これで初めて『レミゼ』を観るお笑いファンも多いと思いますので、「ここに注目したらいい」などの、鑑賞ポイントを教えてください。
逆に「ここに注目」と言う必要がないほど、何も考えずに観て大丈夫なのが『レミゼ』だと、僕は思っています。一見、高貴で難しそうなイメージですけど、僕は意外と「あ、こんなにわかりやすくて、感動できる話なんだ」と思いますし、最後の『民衆の歌』の所では、三回稽古して三回とも泣きましたから。だからとにかく、遅刻しないで劇場に来てくれればいい(笑)。[ルミネ(theよしもと)]でもよくいるんですよ。一番前(の席)で遅刻してくる人。一幕が肝心ですから、遅刻するようなことだけは、絶対もったいないから止めてほしいです。
──最後にお客様に、メッセージをお願いいたします。
ミュージカルデビュー戦にふさわしい……って言ったらアレですけど、本当に素晴らしい作品だと思います。斎藤はもしかしたら、初日は大根のような演技かもしれませんが、いろいろと試行錯誤してやるつもりなので、千穐楽にはだいぶ味が染み込んで、箸で切れるような演技をお見せすることができると思いますので……おでんですね(一同笑)。「おでん」という感じで観に来ていただければと思います。
斎藤司(トレンディエンジェル)。 撮影=田浦ボン
■インタビュー「『レミゼ』の稽古を通して、また新鮮な気持ちで漫才ができてます」
──本格的な稽古に入られる前のインタビューでは「(同じ役の人に)靴隠されたりするのかな?」と危惧されていましたが、実際の稽古はいかがでしたか?
今(橋本)じゅんさんは、(劇団☆新感線の)本番中で稽古に来れてないんですけど、駒田一さんとKENTAROさんにいろいろ質問すると、お二人ともすごく丁寧に教えてくれるんですよ。ビックリするぐらい優しいし、それが本当に救いです。イジメなんて、本当に漫画の中だけですね(笑)。
──会見で「テナルディエは純粋な人」とおっしゃられてましたが、確かに記者発表での斎藤さんの歌を聞いた時「すごくピュアだな」と思ったんです。
そこが今、自分の中で戦ってる所なんです。テナルディエって軽さも必要だけど、やっぱり重さもなきゃいけない。今は軽さが100%で、ふわっふわで。でも悪は絶対にありますから、僕の中にもね。そこを今、どう出していくかというのが課題です。だから今はとにかく、悪いことをいっぱいしようと思ってます。既読スルーとか(一同笑)。小さい悪はいっぱい溜まってます。
Les Misérables JAPAN 2019-Mater of the House/斎藤司&朴璐美&アンサンブルキャスト
──ただ「そのピュアさが逆に怖い」という感じも受けたんですよ。
あー、確かに。表面上はすごくいい人だけど、明らかに裏があるというか、心の中ではまったく違うことを考えてるテナルディエには、本当にすごく共感できる部分があります。たとえば後輩とかが「芸人辞めます」みたいな感じで言ってきたとしたら「頑張ったよね」と口で言いながら、心の中で「まあ、人の人生だしなあ」と考えてたりすると思うんで。
──まさに「右の手で握手して、左で銭巻き上げる」(『宿屋の主人の歌』の一節)じゃないですか。
そう。思ってもいないことを、全然言ってしまえる。今、自分で話してて「あ、あったなそういう部分」と思いました(笑)。そこがやっぱり、いい具合に出ればね。
──マダム・テナルディエと娘のエポニーヌに対しては、それぞれどういう思いを抱いて演じようと思っていますか?
演出のクリス(演出補のクリストファー・キー)が言うには、マダムへの愛はすごくあるんですよ。それは単純に「金を取りたい」という意志が一緒だから、本当に愛してるかどうかは知らないですけど。エポニーヌに関しては、バルジャンの家に強盗に入ろうとしてる時に、彼女が邪魔するじゃないですか?「あれは、殺してしまおうぐらいの気持ちなんだ」みたいなことを言われて。本当に非情な男だなあと思いました。
斎藤司(トレンディエンジェル)。 撮影=田浦ボン
僕は『レミゼ』の出演が決まった時はね、娘を「エポニーヌ」と呼んでたんですけど、途中から「コゼット」と呼ぶようにしました(笑)。やっぱり可哀想過ぎるんで。だから今は本当に、エポニーヌへの愛をできるだけゼロにするようにしています。そっちの方が多分、何かつじつまが合うんですよね。
──本格的にミュージカルに挑戦して、特に声の面で発見したことなどはありますか?
テナルディエが物乞いをするシーンで、クリスに「声を弱々しく変えて」と言われるんですけど、そこが今本当に苦戦しています。芸人はやっぱり、物真似とかいろいろ試したりするじゃないですか?(ビートたけしの声真似で)「あ、あんな……」と言ってみたりとか。それでもやっぱり「声を変えて」と言われるんですよ。明らかに(地声と)違うじゃないですか? だから(外国人っぽく手を広げながら)「いや、変えてるじゃないか。何を言ってるんだ、クリス。君のいうことはわからないよ」って感じです、本当(笑)。だから、リアルに声質を変えるというより、演技で弱々しくなるというニュアンスで、多分言ってきてるんでしょうね。どもったりとか、咳き込んでみたりとか。そこはもう、いろいろ試すのが面白いです。たまにクリスが英語の台詞で見本を見せるので、それをそのまま真似するとすごくウケるし、褒められるんですよ。「あ、こういうことか」というニュアンスをつかむには、すごくいい訓練になってます。
──「上手く歌うことと、感情を込めて歌うのは違う」という話もされていましたが。
テナルディエをやってる方たちって、上手く歌い上げるというよりも、泥臭さとか汚さ、怖さみたいなものの方が、声に出てると思うんです。だから時に、音階を無視するみたいな所もあります。いざ演技で感情を込めると、音からはみ出す部分がもちろん出てくるけど、それで外して怒られる時もあれば、外さないで怒られる時があるんです。「そこは台詞で言い切っちゃって大丈夫」みたいな所とか。音からはみ出したとしても、それが合ってるということが起こるのは、すごいなあと思います。でも、逆に言うと、ちゃんと音をたどれば、その時の気持ちや心情が出るように、やっぱりなってるんです、『レミゼ』って。だからそういう意味では、音程を完ぺきに叩き込んでおきさえすれば「音を外しても正解」という境地に行けるのかなと思います。
斎藤司(トレンディエンジェル) 撮影=田浦ボン
──この『レミゼ』の経験を通して、トレンディエンジェルの活動も広がりを見せると思うのですが。
本当におっしゃる通りです。何が一番良かったかというと、今までひたすら漫才漬けで、漫才が嫌いになり始めていたんです、本当に。一日6ステとか9ステとかが、作業になってきていたというか……その感じってわかりますか?
──楽しんでやるというより、ルーティンになっていた。
そうです、そうです。「早く終わんないかなー」ってなってたんですよ。それが『レミゼ』の稽古に参加することで、クリスから「お客さんはこうなんだ」「お客さんはこうさせなきゃいけないんだ」というのを、いろいろと聞くわけですね。それで「あー、確かにそうだよな。やっぱりライブだもんな」ということを考えた後で、ふと漫才に戻るじゃないですか? そうすると、芸人になったばかりの時のような新鮮な気持ちで漫才ができたり、お客さんのリアクションを受け止めることができるんですよ。特にテナルディエは、お客さんと掛け合うというか、巻き込まなきゃいけない役なんで、余計それを感じるのかもしれないです。
──となると「なぜテナルディエ役にお笑い芸人を?」という疑問に対する回答は、それだったのかもしれないですね。
そうかもしれないですね。でも逆に「なぜ今までいなかったんだ?」とも思います。

斎藤司(トレンディエンジェル)。 撮影=田浦ボン

──『レミゼ』は、以前コゼットをやった方がファンテーヌに、ジャベールだった方がジャン・バルジャンにと、違う役で再出演される方も多い作品です。斎藤さんは、テナルディエ以外で今後やってみたい役はありますか?
リアルにマリウスをやりたいです。マリウスはキスシーンがあるんで(笑)。あとは逆に、マダム・テナルディエとか。男のような女、ハゲちゃってるけど女、みたいなのも、もしかしたらアリかもしれないですよね。
──あとは、娘さんをコゼットかエポニーヌ役にするとか。
あー、それもいいですね。親子でテナルディエとエポニーヌとか、それができたら面白いですね。ミュージカルの俳優さんってやっぱり上品なんで「こういう道に娘を進ませるのもいいな」って、ちょっと思ったりするんですよ。それを目標にします。でも家でテナルディエの歌の練習をすると、泣いちゃうんですよねえ、娘が。
──橋本じゅんさんも「ホラー映画か!」ってツッコんでたほど、音程が低くて不気味な曲が多いですからねえ。
でもそこはもう、心を鬼にして歌い続けます。英才教育です(笑)。

斎藤司(トレンディエンジェル)。 撮影=田浦ボン
取材・文=吉永美和子 撮影=田浦ボン

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