唐組『ジャガーの眼』再演! 演出・
出演の久保井研が語る~「唐十郎らし
い死生観、物体への愛情、人間愛が描
かれた作品です」

唐十郎が率いる劇団「唐組」の、春のテント公演の季節が今年もやってきた。唐が病に倒れて以来、ベテランの劇団員・久保井研を中心に、唐の過去作品を新解釈で演出するというスタイルが定着している唐組。今年は、状況劇場による1985年の初演以来、たびたび再演されてきた代表作の一つ『ジャガーの眼』を、大阪・新宿・池袋・石巻・長野の五都市で上演する。この公演に先駆けて、今回も演出を担当するとともに、唐が演じてきた迷探偵・田口役を務める久保井が、大阪で会見を実施。本作の解説に加え、唐と寺山の知られざる関係や、昨年逝去した劇団員・辻孝彦についても語った。
在りし日の辻孝彦(唐組)。 (c)唐組
寺山修司の演劇論集『臓器交換序説』と、初演当時はまだ議論の最中にあった臓器移植問題、そして83年の寺山の急逝。『ジャガーの眼』は、この三つの要素を元に生まれた荒唐無稽な科学冒険譚だ。角膜移植手術を受けたばかりの平凡なサラリーマン・しんいち(福本雄樹)の前に、くるみ(藤井由紀)と名乗る女性が現れ、その角膜はもともと彼女の死んだ恋人のものだったことを告げる。さらにくるみの上司である探偵の田口(久保井)、もう一人の助手の蝋人形・サラマンダ(月船さらら)、自らの身体で人体実験を繰り返すDr.弁(全原徳和)などの奇妙な人々と、独立した意志を持つ角膜「ジャガーの眼」が見せるビジョンが、しんいちを激しく翻弄していく……。
唐組『ジャガーの眼』迷探偵田口を演じる唐十郎。バックに映っているのが、巨大なサンダルでできた探偵オフィス。 (c)唐組
「この作品は“寺山修司へのオマージュ”と言われてるんですけど、実際かなりネタにしている感じはあります。『臓器交換序説』から、モチーフとなる言葉やエピソードが出てきますし、お話も寺山さんが逮捕された事件(注:80年に、渋谷のアパートへの住居不法侵入の疑いで逮捕。当初は“のぞき”と報道されたが、寺山は市街劇のロケハンだったと主張した)があった町内から始まりますし、田口は寺山さんがいつも履いてらっしゃった、ジーンズ地のサンダルを会社にして[サンダル探偵社]をやってますから。やはり寺山さんが亡くなったことへの一つの受け止め方を、戯曲にしたんだろうと思います。
臓器自体が一つの意志を持ち、器となった人間の意識や生き方を変えていくというのは、実に唐さんらしい発想で、面白い話の作り方。また、テーマというほどクリアにはしてませんけど、言葉の端々や行動に、唐さんらしい死生観が反映されています。“亡くなった人がどこかの世界にいる”と考えて追いかけようとするのではなく、生きている人の中で再生され、また不思議な力を持ってその人を動かしていくという。亡くなった人の意志や記憶がテコになって、未来への活力になっていくというような考えが、やっぱり唐さんにはあるのかなと思います。
あとは生物と物体との関係性……オブジェのような物体に対する、唐さんの愛情みたいなものも描かれています。物体の方が生き物以上に、何か感情を持っていたりとか、生に対する執着が強いだとか。実際サラマンダは、(蝋人形だけど)意志を持って行動するようになりますし。唐さんは“物体にも意志があるよ”みたいな言い方をしますから、そういうものも『ジャガーの眼』の重要なテーマだと思います。
僕は前回の再演で、20歳以上サバを読んで(笑)しんいち役をやったんですけど、その時にすごく思ったのは、基本的には人間関係の話……人は人のことをどう思って、どういう行動をしてしまうのか? こういう出来事に向かい合った人たちは、また再生していけるのか? というような話だと考えたんです。そこには死生観も入ってますけど、とてつもない人間愛があるんですね、唐さんの。人間関係をキチンと見せることで、そういうことを描き出せていけたら、ドラマがすごく豊かなものになるんではないかと考えながら、今回は演出をしています」
久保井研(唐組)
ちなみに唐と寺山といえば、60~70年代に「状況劇場」「劇団天井桟敷」でアングラ演劇のトップの座を競い、時に警察沙汰の事件を起こすなど、対立関係にあったというイメージが強い。しかし実際の二人の関係は「兄貴分と弟分だったと、本人たちが言ってました」と、久保井は証言する。
「唐さんはいつも“寺山さんはインテリだからな”と言ってましたね(笑)。でも自分が作家になる決心をしたり、劇団をやるようになった頃は、やっぱり“寺山さんからどういう評価を得るか?”というのが、最大の問題だったという言い方をしていました。自分の力や才能を、少しでも認めてもらいたいという気持ちがあったと思います。
ただ“天井桟敷派”“状況劇場派”という世間の風潮があった中で、“一座を率いる以上、向こうに負けるわけにはいかない”っていう意識もあったでしょうから、揉めごとを起こしちゃったりとか(注:69年に両劇団員がケンカとなり、唐と寺山を始めとする数人が逮捕された)。でも渋谷署の留置所で、唐さんは二階で寺山さんは一階の牢屋に入れられて、寺山さんが房内をホウキで掃いてるのを上から見た時に“申し訳ないことしちゃったなあって、俺は本当に反省したよ”なんて言ってましたけどね(一同笑)」
また会見の中では、エキセントリックな役で数々の怪演伝説を残し、2018年7月5日に内分泌性食道がんで亡くなった劇団員・辻孝彦のことにも触れられた。追悼や励ましを多数いただいたことへの感謝の言葉とともに、最後まで唐組の役者として劇団に関わり続けていた、その姿も語られた。
唐組『ジャガーの眼』(95年再演)。当時の辻孝彦(右)は「扉を背負っている男」を演じた。 (c)唐組
「『ビンローの封印』(17年)に出たのが、劇団としては最後になってしまいました。その公演の後に“食べた物がつっかえる”というので検査に行かせたところ、その時点でかなりステージの高い状態で。ただ、その後抗ガン剤治療がとても良く効いて、ガンがなくなったんですよ。“これならまた復活しても大丈夫だ”というので、年明けに東京乾電池と唐組のコラボ『笑うカナブン』に辻も出まして。体調の具合で、半分はお休みしながらでしたが、相変わらずの辻節で面白い芝居を見せてくれてました。
でもその後、頭と肝臓に転移しているのが発見されて、かなり厳しい状態になってしまいました。その年の4月に始まった『吸血姫』に辻は出なかったんですけど、東京の花園神社公演では、テントの建て込みを手伝いに来たんです。“元気じゃねえか”なんて話をしてたんですけど、それから状態が進んでしまって……僕らが(6月末の静岡の)千秋楽をやって、東京に帰って来るのを待っててくれたみたいな感じでした。僕も30年ちょっと唐組にいますけど、まさか劇団員の葬式をあげることになるなんて、思ってもいませんでしたね」
ちなみに08年の『ジャガーの眼』再演で辻が演じ、やはりトラウマ級のインパクトを与えた老婦長役は、今回は岡田悟一が務めるとのことだ。
「野外劇が日本一盛ん」と言われていた大阪ですら、20年近く続いていた「大阪野外演劇フェスティバル」が終了したことに象徴されるように、野外劇・テント劇を行う集団はいちじるしい減少傾向にある。しかしそんな時代だからこそ、劇場すら自力で立ち上げることにこだわる唐組のスタイルが、コンビニエントなものに慣れた若者たちに、大きな刺激を与えられるはずだと言う。
久保井研(唐組)
「芝居を作る、モノを作るっていう作業が、一つのひな形の中でしかできなくなってしまっているのかと考えますね。気軽に、手軽に、快適に物が入るような時代になってしまって、それがすごく当たり前と思ってて。だけどそれで本当に、人が観て心をわしづかみにされるようなものが作れるんだろうか? っていう。“空き地さえありゃ、何かができる”って信じて、大変な作業を積み重ねる。そういう自分のしがみついてる意地とか意志を、精一杯詰め込んだ作品を作っていきたいです。
ただ、こんなにコンビニエントなものに慣れてしまった人たちは、どういう風になっていくんだろうか? っていう、そんなことをちょくちょく考えるようになってしまいました。そういう若い奴らを、どうやって焚き付けていけるのか? こんな時代をどう変えていくのか? っていうことも大事だし、今後の自分の仕事になってくるのかなあと思ってます」
また今年は「唐十郎 1985年名作選」と銘打ち、春はこの『ジャガーの眼』、秋は「劇団第七病棟」に書き下ろされた傑作『ビニールの城』と、共に1985年に発表された2作品を連続上演。劇団員たちの強いリクエストで、唐組では初の上演が実現する『ビニールの城』では、近年休団状態にあった看板俳優・稲荷卓央が待望の復活を果たすという大ニュースが! まずは、30年以上経っても色あせることのない、異形の愛ときらめくようなロマンチシズムに圧倒される『ジャガーの眼』で、コンビニエントな空間ではなかなか味わえないような、心をわしづかみにされる気持ちを体験してみよう。
唐組『ジャガーの眼』稽古風景。 (c)唐組
取材・文=吉永美和子

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