『良い子はみんなご褒美がもらえる』
稽古場レポート~堤真一×橋本良亮(
A.B.C-Z)がそれぞれの「自由」を問

舞台『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『アルカディア』、映画『恋に落ちたシェイクスピア』等で、日本でも多くのファンを持つ英国劇作家の巨匠トム・ストッパードとアンドレ・プレヴィンが、俳優とオーケストラのために創作した異色作『良い子はみんなご褒美がもらえる』が、2019年4月から東京・大阪にて上演される。
ソビエトと思われる独裁国家の精神病院の一室を舞台に、誹謗罪でつかまった政治犯の男(アレクサンドル・イワノフ)と、自分はオーケストラを連れているという妄想に囚われた男(アレクサンドル・イワノフ)。全く異なる状況、立場で同じ精神病院へ送り込まれた同じ名前の二人を、社会はどう扱うのか……。
堤真一と橋本良亮(A.B.C-Z)が初タッグを組んだことでも注目の本作。信じることの「自由」(堤)と想像することの「自由」(橋本)をそれぞれに主張する二人は、現実社会における実際の「自由」も含めて、どう描こうとしているのか。この稽古場を見学した。なお、同姓同名のため、堤の役名はイワノフ、橋本の役名はアレクサンドルと表記する。
稽古場には不思議な光景が広がっていた。ステージ奥にはクラシックコンサートでよく見るオーケストラのセッティングがあり、その前に役者が動き回る階段状のステージがあったのだ。下手には診察室らしい机と、椅子が2脚。そして上手と下手の端には櫓のような階段が組まれていた。
キャストたちは柔軟体操や、小道具となるヴァイオリンを構え、クルクルと回しながら不思議な動きを繰り返していた。
演出のウィル・タケットが「始めましょう」と笑顔を見せるとそれぞれが持ち場につく。
監房の場面では政治犯の男イワノフ役の堤は何かに苦悩するように、あるいは何かから身を守るように身体を丸めた状態で床に転がっている。そこに精神病患者アレクサンドル役の橋本が、常にオーケストラを連れているという彼の頭の中の世界にいながら、彼らを個の場所に収監した当局への不満をぶちまける。台本で約3ページとなる長台詞と格闘する橋本。その話を聴いているのか流しているのかうつろな表情の堤。タケットと共に寝転がった状態からどのタイミングで身を起こすのか、その時の体や顔の向きは、などと細かく芝居を整えていた。
場面は変わり、イワノフの息子サーシャ(シム・ウンギョン)と、教師(斉藤由貴)との場面。父が捕まった事について子どもなりに疑問をもっているサーシャと、サーシャに「教育」の形を借りながら暗に当局に逆らわない方が無難といいたげな教師。この作品のタイトルが頭にちらつく場面だ。斉藤は自分の芝居に疑問があれば、タケットとじっくり言葉を交わし、少しずつ、だが確実に演技を積み上げていく。

芝居自体は重苦しいテーマを扱っているが、キャストとタケットとのやり取りでは常に笑顔に溢れていた。アレクサンドルの頭の中にいるオーケストラを演じる役者たちが、楽器を手に踊りながら登場する不思議な情景がイメージにぴたっとハマった瞬間「Good!」と声を上げるタケット。また前の場面の小道具を次の場面に移る際、ステージ上からいかに自然に消すかという、芝居ではよく発生する問題では、堤が手にしていたある物をそこにいた橋本にとっさにポンと渡して自分はステージからハケ、それを持ったまま橋本が後を追う、という台本にはない動きを見せるとタケットはじめ全員が大笑い。堤も「……ってのはどうですか?」と言いつつ笑っていた。

堤は、おそらく収監中に当局から様々な圧力を受け、あげくに同部屋住人のイカレた妄想を聴かされ続け、ボロボロに疲れ果てているが、それでも自分が正しいと思う事を信じ続け、訴え続ける男の意志の強さを目の奥にぎらつかせていた。愛する息子を想う時だけその意志に揺らぎが見える父親としての心境も垣間見せ、さすが芝居巧者、と感じさせた

橋本は精神病患者というぱっと見シリアスな役どころではあるが、自分のオーケストラのメンバーと共に動くときは非常にコミカルな表情をキレのいい身体の動きと共に見せ、この物語に躍動感を与える存在となっていた。自身の出番がない時はほとんど動かずその場に座っているので、動き出してからのギャップの大きさに目を奪われる。
タケット自身が元はバレエダンサーであり、現役の振付師でもあるからか、役者たちに物事を伝える時に自らの身体を使って示すという場面も多かった。例えば役者が歩くスピードを説明する際、普通の演出家であれば何かのきっかけや目印を口で説明するのだろうが、タケットはその役者の少し前に立ち「僕を追い抜かないように歩きながら台詞を言ってみて」と役者と一緒に歩いてイメージを伝えるなど、ちょっとしたところで「タケット流演出」を感じさせる。

また外国人スタッフが演出を手掛ける際によく感じる事なのだが、その場で「判断する」スピードがタケットもやはり速かった。場面の仕上がりに悩ましいところは、そこで全体を止めてああだこうだと話し合うより「ここは飛ばしましょう。後で考えます。次」と効率重視。無駄な時間を作らない、役者が目の前にいるからこそできる事を最優先したい、そんなスタイルが現場スタッフにも伝わっているようだった。

この日は本物のオーケストラがまだ入っていない稽古だったが、この後、生の音楽が入るとどれだけこの物語に厚みと深みが増すのだろう。仕上がりが楽しみだ。
取材・文・撮影=こむらさき

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