若冲だけじゃない!『奇想の系譜展』
レポート 岩佐又兵衛、曽我蕭白など
8名の尖った江戸絵画が一堂に

2016年に『生誕300年記念 若冲展』で入場者数44万6,000人を動員し、熱狂的ともいえる若冲ブームを起こした東京都美術館で、エキセントリックな江戸絵画の展覧会『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』(2019年2月9日(土)~4月7日(日))が開幕した。
展覧会名にある「奇想の系譜」とは、1968年7月より12月にかけて『美術手帖』で連載された「奇想の系譜・江戸のアバンギャルド」に、長沢芦雪の章を書き加えて出版された本のタイトルに由来する。著者は、日本美術史学者の辻惟雄氏だ。
同著で取り上げられた絵師は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6名。本展覧会は、さらに鈴木其一と白隠慧鶴を加えた計8名の作品で構成される。
伊藤 若冲 《象と鯨図屛風》 紙本墨画 六曲一双 各159.4×354.0cm 寛政9年(1797) 滋賀・MIHO MUSEUM
2月8日に行われたプレス内覧会には、『奇想の系譜』著者の辻氏、そして辻氏が東京大学で教鞭をとった最初の年の教え子であり、本展監修者である山下裕二氏(明治学院大学教授)が登壇した。
山下氏は、「8名の代表作といえる作品が揃いました。たとえば若冲の《旭日鳳凰図》は最高のクオリティ。サイズも《動植綵絵》より大きいものです。加えて、新発見の作品、アメリカから初の里帰りを果たした作品で構成された展覧会です。辻先生も『お腹いっぱいになるなあ』とおっしゃっていました」と、充実の展示内容に自信のコメント。辻氏も「さらに展示替えもある」「まるで顔見世興行のよう」と笑顔で続いた。
長年の師弟関係にある辻惟雄氏(右)と山下裕二氏(←)。後ろには、伊藤若冲《象と鯨図屛風》(部分)。
若冲の再発見作も登場

展示は若冲からはじまり、同時代に京都で活躍した蕭白、芦雪と続く。構図もサイズもダイナミックな《象と鯨図屛風》に迎えられる若冲のセクション。注目は、山下氏が紹介した《旭日鳳凰図》と、再発見された作品《梔子雄鶏図》。
《旭日鳳凰図》は、縦186cm✕横114.3cmの大きな作品で、宮内庁三の丸尚蔵館より出品された。《梔子雄鶏図》は、入札目録によりその存在を確認されていたものの、90年に渡り行方がわからなくなっていた作品。今回の展覧会のための調査の過程で、再発見されたという。
伊藤 若冲 《梔子(くちなし)雄鶏図》 絹本着色 一幅 85.8×43.1cm 個人蔵
若冲は、鶏をモチーフにした作品を多く残している。しかし梔子(くちなし)との組み合わせは、現在のところ、他に例がないのだそう。自宅の庭で鶏を飼っていたという若冲。土に落ちた梔子の実から、ついばもうとするくちばし、とさか、脚の細密な描写や優美な尾へ導かれた目線は、そのまま梔子の木の枝を伝い、空へと流れる。
伊藤若冲《乗興舟》一巻 紙本拓版 28.7×1151.8cm 明和4年(1767)京都国立博物館 ※場面替えあり
曽我蕭白のサイケな世界
展示室の角を曲がったところでギョッとさせられるのが、曽我蕭白(しょうはく)の《雪山童子図》。修行中の若き雪山童子(釈迦の前世)が、鬼に身を変えた帝釈天に試練を与えられている場面だが、どぎつい青と赤のコントラストと、アクの強い表情に思わず身構えてしまうが、独創的な世界から目を逸らせなくなる作品だ。
曽我蕭白 《 雪山童子図》 紙本着色 一幅 169.8×124.8cm 明和元年(1764)頃 三重・継松寺
辻氏が『奇想の系譜』を執筆するひとつのきっかけとなったと語る《群仙図屏風》は、3月12日(火)から公開される予定。仙人や山水など、伝統的なモチーフでさえ蕭白のカラーがにじみ出る。圧巻の《唐獅子図》は3月10日までの展示。
曽我蕭白《唐獅子図》 紙本墨画 双幅 各224.6×246.0cm 明和元年(1764)頃 三重・朝田寺 【展示期間】 2/9 –3/10
白い犬にも注目の長沢芦雪
円山応挙の門弟である芦雪は、師匠の技術を身につけた上で、オリジナリティを追求した絵師なのだそう。《白象黒牛図屏風》には、巨大な白い象とその背中の黒いカラス、そして巨大な黒い牛と、その懐の白い犬が描かれている。応挙の影響を感じるデッサン力を礎に、元来の大胆さと遊び心で楽しませてくれる。
なお、この白い犬は、刺繍ブランドの京東都やパルコとのコラボにより、オリジナルグッズとなっている。
長沢 芦雪 《白象黒牛図屏風》 紙本墨画 六曲一双 各155.3×359.0cm 米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション
親子あわせて26匹の猿が描かれた《群猿図襖絵》は、1匹それぞれに個性と感情を見受けることができ、内覧会来場者たちの頬を緩ませていた。襖8面に渡り2匹の龍を描いた《龍図襖》から、3cm四方の中に五百羅漢を描いた《本寸五百羅漢》まで、芦雪の画力や発想力、そしてウィットを感じられる展示となっている。
長沢芦雪 《群猿図襖》 紙本淡彩 四面 各166.0×117.5cm 寛政7年(1795) 兵庫・大乗寺長沢 芦雪 《龍図襖》 紙本墨画 八面 各174.7×114.7cm 島根・西光寺
辻惟雄氏が研究を続けた岩佐又兵衛
辻氏にとってライフワークといえる研究対象であり、修士論文のテーマであり、著書『奇想の系譜』でもトップに紹介されるのが、岩佐又兵衛だ。《山中常盤物語絵巻》は、およそ12.5m✕全12巻の中から、特にインパクトの強い場面が展示ケースに広げられ、みる者の足をひき止める。
展示風景。思わず足を止め見入ってしまう、岩佐又兵衛『山中常盤物語絵巻』。
賊に胸をつき殺される常盤御前。腰巻だけの姿に血が流れ、侍女と思われる女は、悲壮な表情ですがりついている。さらにゾッとさせるのは、刀をもつ男の顔が楽しそうにみえることだ。
岩佐 又兵衛 《山中常盤物語絵巻 第四巻》 紙本着色 一巻 34.1×1259.0cm 静岡・MOA美術館 【展示期間】 2/9 – 3/10
又兵衛は、戦国武将・荒木村重の子として生まれるも、村重が信長に逆らったことで一族は滅亡。奇跡的に生き残った又兵衛は、母方の姓である岩佐を名乗ったという。このバックグラウンドを知ると、残虐なシーンの制作への影響を想像せずにはいられない。本展に向けた調査の過程で見出された注目の新出作品、伝岩佐又兵衛《妖怪退治図屏風》は、2月19日より公開される。
学者肌の狩野山雪
「狩野派きっての知性派」と冠されたセクションで紹介されるのが、狩野山雪だ。山雪は学者肌であり、伝統的な画題を独自の視点で再解釈した絵師だという。《梅花遊禽図襖》は、京都・天球院からの出品。荒々しくうねる白梅だが、その幹や枝葉は、構図的に計算された場所で決められた角度で折れ曲がっているよう。
枝の先には、梅の花。幹には、紅葉した蔦。春と秋、ふたつの季節が存在している。金の背景に無理やり押し込められた幾多の要素は、自然の姿とは異なり人工的。それにもかかわらず、作品の前に立つと梅の木の生命力を感じずにはいられなかった。
狩野 山雪 《梅花遊禽図襖》 紙本金地着色 四面 各184.0×94.0cm 寛永8年(1631) 京都・天球院
「奇想」に加わった白隠と其一
本展では、近年再評価の機運高まる、白隠慧鶴と鈴木其一のセクションも設けられている。辻氏が「18世紀の京都画壇で、奇想的表現が生まれる起爆剤となった存在」と考える白隠の作品や、山下氏が「若冲に感化されたのでは」と考える其一の作品も展示されている。
鈴木其一《夏秋渓流図屏風》紙本金地着色 六曲一双 各166.4×363.3cm 東京・根津美術館 【展示期間】2/9 – 3/10
幕末の浮世絵師、歌川国芳
展覧会を締めくくるのが、浮世絵師である歌川国芳。《宮本武蔵の鯨退治》では、3枚続きの横長の画面に大きく鯨を描き込み、見落としそうな小ささで宮本武蔵を描き、鯨の大きさを強調する。大きな波が躍動感を演出し、みる者をワクワクさせる。
歌川国芳 《宮本武蔵の鯨退治》 大判三枚続 弘化4年(1847)頃 個人蔵
ポップでユーモラスな作品の後にたどり着くのが、金龍山浅草寺が所蔵する《一ツ家》。縦228cm✕横372cmの特大絵馬だ。旅人を泊めては殺し、金品を奪っていた老婆の物語がモチーフとなっている。画面中央が老婆、右手は娘。左手には、旅人に姿を変えた観音菩薩。老婆の化け物じみた形相に、経年変化も含めた支持体の質感が、おどろおどろしい雰囲気を作っていた。
歌川国芳《一ツ家(絵馬)》顔料・板、一面 228.2×372.0cm 安政2年(1855)東京・金龍山浅草寺

前情報なく、現代の感覚でみても刺激的な展覧会『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』は、東京都美術館で4月7日までの開催。早春の上野で、江戸絵画のアヴァンギャルドを体感してほしい。

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