『六本木クロッシング2019展:つない
でみる』レポート 最新鋭のアートか
ら見出される多様な“つながり”

2019年2月9日(土)〜5月26日(日)まで、六本木の森美術館で『六本木クロッシング2019展:つないでみる』が開催中だ。本展はキュレーター3名の共同企画で、日本のアーティスト25組による新作41点を含む60点の作品で構成される。タイトルにもある「つないでみる」とは、一貫したグランドテーマではなく有機的な“つながり”を重視しており、会場はセクションごとに隔てないつくりになっている。また、「つなぐ」ではなく「つないでみる」としたのは、アーティストの持つ実験性や新しいことへの挑戦を示したそうだ。
本展では、内容を深く知るための手がかりになる3つのキーワード、「テクノロジーをつかってみる(Trying Out Technology)」「社会を観察してみる(Trying to Observe Society)」「ふたつをつないでみる(Trying to Connect Two)」が設けられている。以下、多様な“つながり”を感じさせる展示内容の中で、見逃したくない作品を紹介しよう。
全体が見えない大きな課題と、身近な問題への眼差し

会場に入る前から目につくのは、ピンク色の巨大な猫。この猫は、どんな場所からも全身を確認することができない。本作、飯川雄大の《デコレータークラブ―ピンクの猫の小林さん―》は、エコーチェンバー現象やフェイクニュースに象徴されるように、物事の全体像が見えにくくなっている現代をポップな猫の姿で皮肉っているかのようだ。猫は、観察される側でありながら、こちらを覗き込んでいるようでもあり、見る側がどのような心境で相手を見ているかを反映する鏡の役割をしているとも考えられる。

左:徳山拓一(森美術館 アソシエイト・キュレーター)

竹川宣彰の作品にも猫が登場する。2020年の東京オリンピックが課題になっている《猫オリンピック:開会式》は、展覧会の準備中に作者が愛猫のトラジロウを喪ったことが制作のきっかけになったそう。大きな課題を追っていると、身近で起きている問題を置き去りにしがちであることを思い起こさせる。個性を備えた1,300匹以上もの猫たちが集結して大きな作品になっている様子は、壮観ながらもどこか滑稽であり、陶製であるだけに危うさや脆さも感じられる。

テクノロジーの力と、人間らしさの多義性

顔は人間の形をとっているが、身体は機械がむき出しになっているAIロボットは、土井樹+小川浩平+池上高志+石黒浩✕ジュスティーヌ・エマールによる《機械人間オルタ》の映像だ。ときおり流れるイルカの声のような音が彼らの言語であり、2体のオルタは互いにコミュニケーションを図っているかのように見える。どことなく切なさを漂わせる美しい映像は、機械であるはずのオルタが最も人間らしく見える瞬間をとらえているようだ。
一方、林千歩による《人工的な恋人と本当の愛-Artificial Lover&True Love-》におけるAIロボットは、陶芸教室を営む既婚者という一風変わった設定だ。AI社長がアンティークの家具に囲まれ、社長室で一人佇むさまは違和感があり目をひく。AI社長は明確な表情を浮かべていないが、人間の女性にエロティックな雰囲気で陶芸を教える映像に囲まれているため、どこか変態的に見える。林のAI社長は、《機械人間オルタ》が体現するクールで理想化されたものとは逆の、隠していたい人間くささを示す。甘く俗っぽい旋律で忘れられないインパクトを残すBGMは、渋谷慶一郎によるもの。
ファッションブランド・アンリアレイジのブースでは、暗闇に白いドレスが浮かび上がり、カラフルな映像が周囲を飾る。ドレス《A LIVE UN LIVE》は東京大学の川原研究所とのコラボレーション作品で、低沸点液体を素材として制作され、人の体温で形が変わる。着用者のコンディションを反映するドレスは、カメラのフラッシュ機能を稼働させて撮影すると色がついた写真になり、周囲の映像の花を移植したように見える。音楽はサカナクションの山口一郎が担当しており、動きのある音と映像、そして変化するドレスといったボーダレスなアートの連携と、それを可能にするテクノロジーの先鋭的な力を実感させる。
孤独と自我、知覚と経験、言葉とルール……さまざまな要素の再考
一見実写に見えるが、デジタルアニメーションやデジタル絵画の手法で描かれているのは、佐藤雅晴の《Calling》。映像中のカラオケボックスやバーなどでは電話の音が鳴り響き、先ほどまで人がいた雰囲気が漂うが、誰かが電話に出ることはない。映像は本物に見まごうばかりに精緻だが、陰影が少なくのっぺりしているなど、デジタルアニメーションに見られる特徴を残しており、作品世界の空虚さや違和感を強めている。フィクションの世界でもつながりを得られないとすれば、恐らく現実世界での孤立よりも孤独だろう。

前谷開の作品《Kapsel》は、作家がカプセルホテルで過ごした一夜を記録したもの。前谷にはカプセルホテルが洞窟のように見えたとのことで、自分自身と向き合える場所として選んだそうだ。確かに、カプセルホテルの狭く完結した空間は、人間にとって最もプリミティブな空間、胎内と類似するところがある。作家が裸で絵を描こうとしたのは、太古の芸術表現である壁画が念頭にあり、撮影にはフィルムカメラを使っている。カプセルホテルという都市を象徴する場所で、原初的な方法で捉えようとしているのは、自我という最大にして最古の課題だろうか。
アーティストグループ・目による《景色》は、海の景色のように見えるが、近づくとひとつの黒い塊のようにも感じられる、不思議な存在感を放つ作品だ。本作のコンセプトは、「私たちは、海の景色そのものに近づくことは出来ない。海に近づけばそれは波になり、さらに近づくと水になる」という内容で、見る者の知覚や過去の経験を揺さぶり、再考するきっかけを与えてくれる。
市松模様の床が目をひく未来的な空間は、津田道子の作品。映像の特性を活かした作品を多く発表している津田の今回のテーマは、ルイス・キャロルの児童小説『鏡の国のアリス』で、作品名《王様は他人を記録する(Although King Logs Others)》は、『鏡の国のアリス』の英語タイトルのアナグラムだ。床の柄は『鏡の国のアリス』で登場するチェス盤を模しており、観客はカメラ(キング)、モニター(クイーン)、フレーム(ナイト)、壁(ルーク)、鏡(ポーン/アリス)の間を歩きながら、鏡の国の不条理な世界を追体験しつつ、言葉やルールから生じる歪みを実感できるだろう。
展示全体を見ると、作品は必ずしも3つのキーワードのいずれかに属するというわけではなく、複数のキーワードにまたがっているようにも思われた。同じ空間にあることで個々の作品が持つ意味が強化されたり、対比によって輪郭が明確になったりと、多様で有機的な関係性が構築されている。鑑賞者は、作品の間に複数の“つながり”を見出し、また、関係性を発見している今の自分の在り方に気づくことができるだろう。見る側に気づきを促し、さまざまな可能性を含む『六本木クロッシング2019展:つないでみる』に、是非足を運んでいただきたい。

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