鴻上尚史が語る、“現代”に合わせた
虚構の劇団版『ピルグリム』とは?

初演は1989年に第三舞台の作品として、2003年には新国立劇場で “現代へ、日本の劇”シリーズの第1弾として再演された、鴻上尚史による衝撃作『ピルグリム』。とある流行作家が、最後の勝負として冒険小説を書き始める。物語の登場人物たちが目的地とするのは“オアシス”だ。しかし謎の黒マントの男に呼び出された作家は、自らの物語世界へと連れて行かれてしまう……。劇団の前回公演『もうひとつの地球の歩き方』(2018年)に続き、連続参加となる秋元龍太朗、“梅棒”主宰、“ゲキバカ”所属の才人・伊藤今人の2名を客演に迎え、2019年の今、果たしてどのような虚構の劇団版の新『ピルグリム』が誕生しようとしているのか。稽古場を訪ね、鴻上に語ってもらった。
ーー今回、虚構の劇団の本公演として、16年ぶりに『ピルグリム』を再演することにしたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
虚構の劇団で2012年と2016年に『天使は瞳を閉じて』という作品を上演したら、ありがたいことに、第三舞台のものを虚構の劇団のメンバーで観るのも面白いと好評だったんです。それで、また第三舞台のものをやろうと思ったのがひとつ。でも、その前に秋元龍太朗に再び客演をお願いしていまして。この『ピルグリム』には初演では勝村(政信)が、再演では山本耕史が演じた直太郎という役があるんですが、ぜひ龍太朗が演じる直太郎を見てみたいなと思ったのと、同じく客演の伊藤今人にぴったりの役があるというのが、二つ目の理由です。作品的には、これは集団論というか、集団とネットワークの話なんですね。第三舞台がやった30年前の初演時には“伝言ダイヤル”というもの、16年前の再演時には“分散型コンピューティング”というものをモチーフにしていたんですが、あの時代はまだインターネットと呼ばれるものに希望を感じていた。それが今では、結局“つながる”ということが希望ではなくて重荷とか苦痛になっている時代になってしまったのを感じたので。これが三つ目の理由です。
ーー確かに、この16年間で急激にいろいろなことが変わりました。
それもあって、逆にこの作品をやる意味がすごくあるんじゃないかなと思ったんです。だって、あの頃は目に見えないネットワークができることが間違いなく希望になるだろうと思っていたのに、それがまさか重荷とか苦痛になるなんて。そんなことは誰も思っていなかった。だけどそれが現実で、そういう時代になったわけだから。それを否定しても仕方がないので、ちゃんと引き受けて改めて現代に合わせて描いていくつもりです。
ーーそういったことも含めて、今回の虚構の劇団版ではどういうところを書き換えているんですか。
基本の構造は同じです。要は、作家がいて、そこに下宿する書生がいて。作家が最後の小説として冒険ものを書き始めるところも一緒です。その小説の中の登場人物たちは“オアシス”を目的地に旅を続けるわけですが、今回はオアシス(やすらぎの場所)とユートピア(理想郷)に、アジールも加わります。ですから構図としては同じなんだけれども、現代版としてアダプト(書き直し)しています。
鴻上尚史
ーーそのアジール、というのは聖域ですか、それとも避難所?
避難所ですね。やはり現代にもオアシスを夢見る人、ユートピアを夢見る人はいるんだけれど、権力から自由になれる避難所みたいなものを夢見る人もいるのだろうということです。
ーーそして今回もまた、秋元龍太朗さんを客演として呼ばれたのは。
前回の公演に出てもらった時に、すごく良かったからです。とても真面目だし、熱心なんです。それで思わず応援したくなる人だというか。ぜひここで、さらに大きく花開いてくれるといいなと思っています。
ーー実際に稽古に入ってみて、直太郎役はやはり龍太朗さんに似合っていましたか。
そうですね、僕は彼ならできると思っているんだけど、龍太朗的には「鴻上さんからの試練だ」と言っているみたいです(笑)。
ーーでは、この試練をちゃんと乗り越えられたら。
いいステップになるのではないでしょうか。続けて出てもらうということは、前回とは違うことをお願いするからこそ意味があるわけで。前回は彼の熱心で真面目な部分を活かして演じてもらっていたので、今回は人生を楽天的に生きるとか、ある種の快楽主義者、享楽的に生きるキャラクターを演じてもらおうと思っています。
ーー劇団員の方々に、鴻上さんが今回の作品で期待していることは。
とにかく、うまくなってくれないと!(笑) ホントにもう10年近くここでやってるヤツらが半分くらいいますから。もういい加減、うまくなってほしいんですよ。
ーーさまざまな演目に挑む中で、急に花開く方もいれば、ちょっとずつ成長する方もいらっしゃるでしょうし。
ま、足踏みだけしている場合もあるけど(笑)。なんとか後退さえしなければ、やる意味はあるんですけどね。
ーーそして今回はもうひとり、梅棒の伊藤さんも参加されます。
今人(いまじん)さんですね。彼はもう、ここでも大変な破壊力です。たいしたもんですね。
ーー伊藤さんに声をかけたのはどうしてですか。
劇団鹿殺しが僕の『パレード旅団』という作品を(菜月)チョビの演出で2017年に上演してくれた時、今人さんが出ていて。もちろん以前から存在は知っていたんですけど、改めて、梅棒の作品ではないところで演技をする今人さんを見たら、すごく面白かったんです。それで今回、黒マントの男という破壊力抜群の役で出てもらおうと思いました。これは第三舞台の初演で大高(洋夫)がやった役ですが、今だったら彼しかいないでしょうということで。
ーー演出的には、どんなことを考えていらっしゃいますか。
でもやっぱり、脚本を現代に合わせて書き直して、今の作品にちゃんとしないといけないというのがまずは大事ですね。今回は虚構の劇団版ですから、要はKOKAMI@networkの時とは違ってそんなにお金はかけずに、みんなの手弁当でやっていくものなので。演出もケレンというよりは、今のものとしてうまくアダプトできるような演出をしたいと考えています。
ーー劇団だからこその楽しさというものも、ありそうですが。
そうですね。それに『ピルグリム』は集団の話なので、まさに劇団でやるということが大きな意味を持つんです。集団というものは初期の頃はすごく楽しいんだけれど、何年か続けているとだんだん、いろいろな問題が起こってくる。そうやって問題が起こったからといって放っておかずに「さあどうしよう?」と考えた試行錯誤が、もともと初演の『ピルグリム』を書いた動機だったんです。そういう意味でも、やはり劇団でやるのが一番合っている作品だと思います。
鴻上尚史
ーーちなみに今回のメンバーの中では、どなたがムードメーカーなんですか?
この劇団は、全員自分がムードメーカーだと思っていそう。小沢(道成)も、小野川(晶)も、三上(陽永)も、みんな自分が、と思ってるでしょうね。逆に言うと、ムードメーカーの主導権争いが面倒くさいです(笑)。リーダーの主導権争いならわかるんだけど、虚構の劇団にはリーダーはいないので。
ーーそれはあえて作らなかった?
いや、生まれなかったんです。みんなが同時にヨイショとスタートしたからじゃないかな。だけど、もし誰かすごく傑出した奴がいたら、リーダーになったのかもしれないけれど。
ーー鴻上さんにとって、劇団員の彼らはどういう存在ですか。第三舞台の時の、仲間のような関係とも違うでしょうし。
違いますね。もう、とにかく早くみんな成長してほしい(笑)。
ーー生徒みたいな感覚なのかとも思いましたが。
ああ、それはありますね。早く、引く手あまたになってほしいんですよ。第三舞台の時も、仲間とか言いながらもいつも「僕がもし明日交通事故で死んだとして、すぐいろいろな劇団から引く手あまたになるようでなきゃダメだ」って、しょっちゅう言っていたんです。仲間でもあり、生徒でもなんて言ったら彼らは怒るだろうけど、そのくらい手のかかる奴らだとは思っていたので。それに比べると今は、手のかかる部分が割合的にもっと多いですね、こっちのほうが。ホント、早く旅立ってもらいたい。
ーー早く大きくなってほしいという、親心ですね(笑)。
本当ですよ(笑)。とにかく今回は劇団員だけでなく龍太朗も今人さんも含めて、僕の演出を越えた、想定外の何かを見せてもらいたいんです。だいたいこのくらいの演技をするんだろうと予想していたのに、それを越える表情や、アイデア、動きが見せてもらえたら、やっている意味がすごくあると思えるので。僕としては自分の思い通りに動いてもらうだけでは、あまり面白くないんです。それだと別に、わざわざやらなくてもよかったなって思ってしまうので。
ーーでは、どんどん自分のアイデアを出してもらいたい、と。
そう! それも、ぜひとも面白いアイデアを。ただ、出せばいいってものでもない(笑)。
ーー鴻上さんを驚かすような。
なるほど! と感心させるような、ね。
ーーでは最後にお客様へ向けて、お誘いのメッセージをいただけますか。
2003年版の時は、実を言うと自分の中ではちょっと不本意な部分があったんです。それは自分の責任、自分の問題であって、俳優さんたちはみんなすごくがんばってくれていたんですが……。今、振り返ると、この作品の捉え方を自分がちょっと間違えていたように思うんです。だから、もしも前回の公演を観ている方がいれば、新たな『ピルグリム』として生まれ変わったものを今回は観ていただけると思いますし、初めてご覧になる方は、スマホやネットでつながることが苦痛や重荷になってしまった今の時代にどう生きていこうかという点について描いていますから。騙されたと思って来ていただければ、結局は騙しはしませんので(笑)。そして、あとはイキのいい若い俳優たちの活躍を楽しんでいただけたら、僕としてもうれしいかなと思います。
鴻上尚史
取材・文=田中里津子 撮影=山本 れお

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