卑弥呼のバッハ探究21「無伴奏パルテ
ィータ第1番 アルマンド」

こんにちは、ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。今日からは新しい曲、パルティータ第1番を取り上げます。

この曲の音源を撮っていた時期にちょうど帰省を挟んでいたので、ロケーションもあれこれ遊んでみました。たいして「インスタ映え」しているわけではありませんが、少しでもクスッとしていただければ幸いです。
もっともコンサバなパルティータ
この連載の中では今回が最後のパルティータで、これまでに第2番と第3番を取りあげました。やれ、曲のタイトルが何語で書かれていて、これはどこのお国ふうで…という話はみなさまも聞き飽きたと思うのでしません(笑)。
むしろこのパルティータで特筆したいのは曲のラインナップです。アルマンド、クーラント、サラバンドそしてテンポ・ディ・ボレアという4曲をメインに、それぞれが「ドゥーブル」という変奏と対になっていて、合計8曲によりパルティータ第1番は形成されています。
バッハは組曲と名のつく曲集をいろいろな楽器のために書いていますが、「スイート(Suite)」と「パルティータ(Partita)」という言葉を使い分けていたそうです。どちらも日本語にすると組曲ですけれど、バッハは「古典組曲の正当なスタイルに則ったもの」を「スイート」、「より自由なラインナップで作ったもの」を「パルティータ」と名付けました。
ヴァイオリンのためのパルティータに話を戻しましょう。第1番はアルマンド、クーラント、サラバンドまではとてもオーソドックスな組み合わせで、スイートを名乗れるレベルですが、終曲にジーグを持ってくるべきところをあえて外しています。でもバロック時代に馴染み深いドゥーブルを用いた点や、4種の舞曲でまとめた点などから、ヴァイオリンのためのパルティータの中では1番がもっともクラシカルなスタイルだと言えるでしょう。
ロ短調って鳴らしにくい

 

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個人の感想で恐縮ですが、ロ短調ってヴァイオリンにとって難しいなと思います。圧倒的に鳴らしやすいニ長調の平行調でありながらなぜとも思いますが、そもそもロ短調の主音である「シ」の音程を定めるのが難しいのです。
どうして「シ」の音は取りづらいのでしょうか。たとえば開放弦の「レ」に短6度上の「シ」を合わせると、その「シ」は平均律より低めになります。しかし同じ「シ」ではE戦の開放弦の「ミ」と合わせるには低すぎて壊滅的に不協和です。
ロ短調にとって「レ」は主和音「シレファ」の構成音ですし、「ミ」は下属和音「ミソシ」の根音なので、どちらもキーパーソンとなる音です。たとえばこれがニ短調だったら、開放弦「レ」が主音になるので、絶対的な音程のもとにほかの音を合わせることができますが、主音が開放弦になく、また属音や下属音などの重要な役割をもつ音が開放弦で動かせない音程になると、主音のピッチを微調整することになります。
解釈の根拠

 

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アルマンド自体がどういった舞曲か、ということについては過去のコラム(▷卑弥呼のバッハ探究11「無伴奏パルティータ第2番 アルマンダ」)に詳しいです。ではほかのアルマンドとの違いはなんでしょう?
この曲は、パルティータ第2番のアルマンダと比べると、テンポが遅い気がします。バッハによる速度指定はありません。けれども、パルティータ1番のほうが和音が多く含まれていて、パルティータ2番のようにさらさら弾くことは不可能です。ただ、パルティータ2番のアルマンダは奏者によって速度がかなり異なり、とても荘厳に弾く方もいて、その場合はこのパルティータ1番のアルマンドとほとんど同じ速度になるかもしれません。
わたしはバッハのそれぞれの曲の解釈は、同じ組曲の中の別の楽章だけでなく、ほかのナンバーの曲とも相互関係をもつべきと考えています。たとえば曲の速度を考えるときも、ほかのナンバーと比較してみて、それに似ているのか異なるのか、自分の中でクリアにしたいのです。誰にとっても当てはまる絶対的な解はないけれど、その速度に理由があって、自分にとって自然に奏でられるのだったら、それがその人の正解なのだと思います。
変奏の心構え

 

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Maho Harada channelさん(@realsail_movie)がシェアした投稿 – 2019年 1月月4日午前6時07分PST
無伴奏ヴァイオリン曲の中では、パルティータ1番に固有の「ドゥーブル」。これはそれぞれの舞曲の変奏なので、元になった舞曲と同じテンポで弾くのがお約束です。
元の舞曲の輪郭をなぞるように紡いでいく変奏は、まるでレースのハンカチの縁取りのように美しいです。特にコンクールなどではドゥーブルなしで弾くように指定を受けることもありますが、舞曲と変奏は「ふたりでひとつ」なように思います。
まとめ
Wikipediaによりますと、このアルマンドはアニメ『タイガーマスク』の第103話「虎の穴の真相」という回において、“タイガーマスクの正体である伊達直人が、恋人・若月ルリ子の前で猛虎のマスクを脱ぎ、自らの正体を知らせる場面” で使用されているそうなのですが、どなたかご存じの方いらっしゃいますか…? わたし自身はタイガーマスクのアニメを見たことがないため、使用シーンを確認していませんが…。
ロ短調の神秘的な感じとアルマンドの厳格さが、カミングアウトのシーンではよく作用したのかも…? 思いがけないところでクラシック音楽が使われていること、ありますよね。
それではまた次回お会いいたしましょう。次はクーラントです、お楽しみに!

アーティスト

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