【インタビュー】伊藤銀次「音楽はそ
の人のもの。僕はこれを“場外乱闘の
時代”と呼んでいる」

現在「史上最もナイスな曲」アンケートが受け付けされている中で、ちわきまゆみに続き伊藤銀次に「史上最もナイスな曲」といえばどんな10曲になるか、質問をぶつけてみた。お話のお相手は、「史上最もナイスな曲」を募集している「古今東西の名曲/名演奏を、いい音&爆音で聴こう」というイベント<いい音爆音アワー>の主催者:福岡智彦である。

「あなたにとって、史上最もナイスな曲は?」と問われても、テーマを設けないことにはとても絞り込めるものでもない。まずはテーマ選定から始まる「史上最もナイスな曲」探し遊びだが、重鎮・伊藤銀次は「ブルー・アイド・ソウル」をキーワードに、ナイスな曲をあぶり出した。

単に10曲だが、楽曲やアーティストが話に出るたびにトークは広く深く広がっていく。プロミュージシャンとして人生を歩み続ける伊藤銀次から、キャリアに裏打ちされた金言・至言が次々と飛び出してきた。
▲伊藤銀次

──よく「無人島に持っていくアルバム」という酒飲み話がありますが、答えを出すのは簡単ではないですよね。

伊藤銀次:もう45年くらい音楽をやってますので、関わってきた音楽とか好きになった音楽は膨大ですし、普段ジャズやクラシックなんかも聴きますが、自分の音楽の核となるところはザ・ビートルズなんです。じゃ、ビートルズは何なのか?って考えると、彼らは1950年代のR&Bやカントリーとかいろんなものを聴いて育ち、それまでになかった新しいものを採り入れた…それは黒人音楽です。

──ほう。

伊藤銀次:リズミックな黒人音楽はレイスミュージックと呼ばれ白人マーケットには入ってこなかった。チャートの中に入らなかったんですが、僕たちよりちょっと上の世代の人たちが「黒人音楽、カッコいいんじゃねえか」と、白人の世界に黒人音楽が入ってきたんですね。今までになかったリズムのかっこよさとか歌い方をもって、ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズがヒットチャートを席巻した。それによってジョー・コッカーだとか、黒人的な歌い方をする人やリズムに強い音楽・ブルースとかも1970年代のヒットチャートの中に入ってくるわけです。僕は、その最中でモロに影響を受けているんですね。綺麗な音楽もやりますけど、自分の骨格にある部分はブルー・アイド・ソウル…つまり白人がやる黒人の音楽ですよね。それは白人の音楽でもないし、黒人の音楽でもない。その真ん中にあるもの。

──ブルー・アイド・ソウル…青い目をした人達によるソウル・ミュージック、ですね。

伊藤銀次:黒人みたいにやろうとしてるんですけど、やっぱりそうはならない。かといってそれがダメというのではなく、白人が黒人の音楽をやろうとしているジャンル(ブルー・アイド・ソウル)ができている感じなんですよ。これがとても魅力的なものでね。ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズを聴いて最初に受けたのが「ビートの強さ」で、それまでの音楽というのはそんなに激しいリズムがなかった。綺麗なメロディアスなものを聴くのが音楽だと思っていたら、激しさに乗っかってる切ないメロディみたいなものだった。

──それで選んでいただいたのが、この「我が心のブルー・アイド・ソウル」というテーマの10曲ですね。

   ◆   ◆   ◆

「我が心のブルー・アイド・ソウル」by 伊藤銀次
1.Van Morrison /Days Like This
2.Steve Winwood / Higher Love
3.Manfred Mann / Oh No, Not My Baby
4.The Rascals / A Beautiful Morning
5.The Band / The Weight
6.Dusty Springfield / Son Of A Preacher Man
7.Nick Lowe / Raining Raining
8.Hall & Oats / I Can’t Go For That
9.Style Council / My Ever Changing Moods (Piano Version)
10.James Morrison / You Give Me Something

   ◆   ◆   ◆

伊藤銀次:僕の格となるブルー・アイド・ソウルです。僕の音楽って、歌い方は爽やかでもリズムは強いんです。静かな音楽であってもしっかりとしたリズムが組まれているものが好きで、リズムが強くないのは嫌いなんですよね(笑)。歌とバックのグルーヴが成立している音楽が一番カッコいいと思う。

──そういう観点で選ばれた10曲なんですね。
伊藤銀次:カッコいい曲は、まだこんなもんじゃないんですけど(笑)。ブルー・アイド・ソウルって言っても広いんです…ボズ・スキャッグスとかロッド・スチュアートなんかもそうですし。

福岡智彦:境界もわりと曖昧ですよね。

伊藤銀次:そうなんですよ。ある意味1970年代以降の白人音楽ってのは、全てブルー・アイド・ソウル色がありますから。

福岡:影響しているんでしょう。

伊藤銀次:ビング・クロスビーのような、昔からあった黒人的な歌い方も標準装備になっちゃったので、わかりにくくなっているとは思うけれど、今回の10曲はソウル好き/R&B好きを自ら語っている人たちです。

福岡:「ブルー・アイド・ソウル」と言われていた時代は、1970年代以降1980年代ですよね。

伊藤銀次:最初に「ブルー・アイド・ソウル」と言葉が出たのは、ラスカルズ、ライチャス・ブラザーズかな。ライチャス・ブラザーズの「ソウル・アンド・インスピレーション」という曲がチャート1位になったんだけど、低い声のビル・メドレーがまるでレイ・チャールズみたいな歌い方をするんです。そこで「ブルー・アイド・ソウル」という言葉が生まれた。もちろん青い瞳の人ばかりじゃないんですけどね(笑)。

福岡:まるでインディアンのレッドボーンとかもいますし。

伊藤銀次:「黒人以外の人がやるソウル」ですけど、「リバプール・サウンド」とか「マージービート」みたいな総称で、要は「白人が黒人の歌を歌う」ジャンルってことですね。

福岡:僕もブルー・アイド・ソウルはすごく好きですけど、今回の10曲の中でヴァン・モリソン「Days Like This」とか、知らなかったです。

伊藤銀次:ヴァン・モリソンはコンスタントにアルバムを作り続けていて駄作がないんです。最近もアルバムを出していて、めちゃくちゃいい。新しさはないんですけど、いつも「おお、間違いないヴァン・モリソンがいる」って思う(笑)。アイルランド人ですけど、昔からずーっとR&Bをやっていてアメリカに渡った人。ブルー・アイド・ソウルっていう言葉がぴったりくる人で、いい曲が本当にいっぱいある。この曲もなかなかの名曲ですよ。
▲福岡智彦

福岡:ヴァン・モリソンと言えば、僕は1970年代初期の『ワイルドナイト』とか『ムーンダンス』とかのイメージなんだけど。

伊藤銀次:一番売れた時期ですね。

福岡:ホーンセクションが気持ちいいですよね。

伊藤銀次:やっぱりバラードであっても、揺れ/グルーヴがある。日本とアメリカの音楽の違いは、アメリカは全て「踊り場の音楽」なんですよ。ジュークボックスがあってみんなでパーティで踊る。バラードはチークダンス。ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリングストーン」が大ヒットしたのは、あれがかかると6分間チークダンスが踊れるわけです(笑)。ベトナム戦争が始まって「徴兵されるかもしれない」「俺たちも戦争行くのかな」という若者がダンスホールで踊っている、そういう社会現象だったわけですね。そう考えるとバラードでもリズムのない音楽はない。R&Bとはよく言ったもんだと思います。

──日本の文化とは違うんですね。

伊藤銀次:僕は「日本はお祭り」だと思っています。日本の楽しい音楽の原点はお祭りで、だいたいお祭りっぽい曲は売れるんですよ。モーニング娘。「ラブマシーン」も「日本の未来は(Wow Wow Wow Wow)」ってお祭りでしょう?YMO「ライディーン」やウルフルズ「ガッツだぜ!!」の調子のいい節回しもね。たくさんの人が集まってみんなで楽しいことを共有する場所がお祭りであって、必ずしも踊る場所ではない。

──幼少の頃はどんな音楽に接していたんですか?

伊藤銀次:小学生くらいのときは平尾昌晃とか山下敬二郎とか、テレビでウエスタンカーニバルを観たり。でも親は「あれは不良だ」と。だから「ロックには近づいちゃいけないんだな」って気持ちで観ていて、洋楽には入っていけなかったんですよ。そんな時、テレビで「全米でビートルズ旋風」みたいなニュースを見て「そんなにいいのかな」と思って、ちょっとおませな洋楽を聴いている友だちからシングルを1枚借りたの。それが「プリーズ・ミスター・ポストマン」と「マネー」のカップリングだった。

福岡:なるほど。

伊藤銀次:そのレコードを家に持って帰って針を乗っけたら、人生変わっちゃった。「プリーズ・ミスター・ポストマン」の「オーイエ、 プリーズミスターポストマン ウェイト!」を聴いたときに「この世にこんな音楽があるんだ」と、ものすごく激しい音楽だと思った。けど切ない。誰が歌っているかわかんなかったけど、ジョン・レノンだったんですよね。今思うとシンバルやハイハット、タンバリンの音がやたらでかいんです。15歳でしたけど、激しく身体を揺さぶられてそこから狂ったようにラジオを聴くようになった。

福岡:中3ですよね。

伊藤銀次:ザ・ビートルズを聴きたくてラジオを聴いてるんだけど、洋楽の番組を全部チェックして聴いたらアニマルズとかストーンズとかビーチボーイズもドーッと身体の中に入ってきて、今の伊藤銀次ができた。

──ご両親は「あの日を境に息子が変になった」と思ったでしょうね。

伊藤銀次:いやもう「熱病に冒された」って言ってましたね(笑)。勉強してるふりして、ラジオからの情報をノートに全部書くっていう。おふくろがお茶持って来るとパッと隠したりして。

福岡:あはは(笑)。

伊藤銀次:そこからはもう朝から晩まで音楽。

福岡:ギターもやってたんですか?

伊藤銀次:ギターは、中2の頃から友だちから借りてました。いいと思うものは何でも聴いていたんですけど、プロコル・ハルムが出てきたときは黒人だと思った。「白人がこんな歌い方するのか?」って。スペンサー・デイヴィス・グループ「キープ・オン・ランニング」を初めて聴いたときも黒人だと思って「えーっ」って。それまで僕はリード・ボーカルのつもりだったんですけど、僕のボーカルの時代は終わったと思った(笑)。16歳だったかな。

福岡:あっはっは(笑)、早いですよ。
伊藤銀次:ほんとに(笑)。イギリスのアイドルグループだったザ・ハードの歌もまるで黒人だった。ピーター・フランプトンですね。顔は本当に綺麗なアイドル顔してるのに。そこにエリック・クラプトンとかジミ・ヘンドリックスが出てきてね、「よし、もうボーカルは諦めてギターに行こう」ってなったんです。それまでかき鳴らすだけだったギターが、クリームのシングル盤ではギターの音が伸びているんですよ。

福岡:うん、うん。

伊藤銀次:それまでベンチャーズでもベンベンベンベンって感じだったのが、クゥウゥゥゥ~ってサックスのように伸びている。

──サステインがある(笑)。

伊藤銀次:どうやって伸びてんだ?と思って、クリームにはまっていった。ヤードバーズからジェフベック、クラプトン、ジミー・ペイジとか、1970年代に入ってブルースロックが僕の主流になっていくんです。だから、1971年にごまのはえを作ったときは、僕がボーカルじゃないんです。僕が曲を書いてギターを弾いて全体のアレンジを考え、ガラっとした声の黒人的なボーカリストを入れたのはそういうわけ。ザ・バンドにも影響を受けたな。ハードな曲もあればバラードもあってカントリーもある。

──今回のセレクト10曲を丁寧に追ったら、ものすごいロックの歴史に触れられそうですね。

伊藤銀次:ロッド・スチュワートも入れたかったし、マイケル・マクドナルド…ドゥービー・ブラザーズも、ブルー・アイド・ソウルを語る時には外せないかなあ。

福岡:ニック・ロウは意外だった。

伊藤銀次:ベーシストですから、この人もモータウンとかに影響を受けていてね、1980年代になってエルヴィス・コステロもニック・ロウも1960年代の音楽スタイルで売れてくるわけですが、この曲なんか明らかにテンプテーションズへのオマージュですよね。ニック・ロウは全部好きですよ。ポップスと黒人音楽という相容れないものがちょうど重なり合ってるような中途半端なスタンスに共感を覚えるんです。ベイ・シティ・ローラーズに曲を書いて印税が入り生活が豊かになったというあたりも。

福岡:生き方が銀次さんと似てますね(笑)。

伊藤銀次:彼がプロデュースしてるものを聴くと、彼も僕と同じで黒人音楽一辺倒にはならないんですよ。ルーツの中にはカントリー/ロカビリー/ブルース/R&Bみたいなものがあって、それがとても似てる。あと、ジャズバラードとかもね。

──音楽の親潮と黒潮が混ざる潮目こそ、最も肥沃な環境ですからね。

伊藤銀次:そうですね。ジャンルでくくっても平気でジャンル外へ出て行くやつがいっぱいいますよね。特に1960~1970年代は激しくみんなが外へ出て行った。ザ・ビートルズもインド音楽をも解放しちゃったから。

福岡:何でもありにしちゃったよね。

伊藤銀次:キング・クリムゾンとかのプログレが出てきたのもザ・ビートルズの影響のおかげですよね。前衛音楽やジャズロックみたいなものですらポップスになる。ポップス=ポピュラー・ミュージックは「人気のある音楽」という意味で、音楽の形じゃない。だから「こんなものポップスになんかならないよ」と、誰も手をつけていなかったものに手を加えたらヒットする可能性だってある。レッド・ツェッペリンなんてブルースの要らないところを削ぎ落とし、カッコいいところをぎゅっと絞って3分に仕上げた。クリームにしても「ブルースなんかポップスにならないよ」というものをちゃんとポップスにした。ボブ・ディランとかサイモン&ガーファンクルもね。イギリスのトラッド伝承歌…民謡のようなもののエキスを持ち出して整えたのが「スカボロー・フェア」。みんなが見捨てているものに手を入れれば、誰もやらない新しいものになるわけ。だから黒人音楽も、1950年代にプレスリーが出てきたことによって一気にそっちへ行っちゃったんですよね。

──なるほど。
伊藤銀次:改めてブルー・アイド・ソウルを振り返ると、スティーヴ・ウィンウッドは迷ったな。僕が最初に影響を受けた「キープ・オン・ランニング」か「ギミ・サム・ラヴィン」も黒っぽいけど、彼が作ったブルー・アイド・ソウルとしては「Higher Love」が頂点かと思っています。あとホール&オーツとスタイル・カウンシルの場合は、ダリル・ホールもポール・ウェラーも1980年代終わりから1990年代にかけてどんどん黒人音楽へ向かっていった事があって、スタイル・カウンシルは女性ボーカルを入れ、ダリル・ホールももろソウル・ミュージックを演っていた。でもね、全然面白くない(笑)。特にスタイル・カウンシルに関してはポール・ウェラーも歌っていない。そこにいる必要がないんです。ブルー・アイド・ソウルのバンドを組みたいと思った時、本格的なドラムはあいつ、バックコーラスにはあのゴスペルを、ホーンセクションも…と音を作っていくと、自分の居場所がないことに気付くわけです(笑)。すごく悲しい気持ちになっちゃっう。

──皮肉ですね。

伊藤銀次:ふたりともすごくソウルを愛してるんですよ。黒人音楽をやりたい、近づきたいけれど、でも誰かにはなれない。そう考えるとスタイル・カウンシルもミクスチャーの音楽ですね。ボサノバありジャズあり、いろんなのが入っている。

──おもしろい。

伊藤銀次:イギリスって世代交代が激しくて、上の世代がパンクやってると次の世代がやらないのね。だってかっこ悪いから。パンクの精神はあるんだけど、もっと違う形で…極端に言うとボサノバみたいなのをパンクでやろうとかね。そういう断層がつながってるところがイギリスの面白いところだよね。そういう意味では日本人にはピンとくるところがあるんですよ。なぜってすべてのロック・ミュージックとかボサノバがルーツじゃないから。イギリス人と日本人は似てるんです。そういう音楽を観ながら学習してやるところがすごく似てる。

──迂闊な売れ方をすると、伊藤銀次に素行がバレそうだ。

伊藤銀次:バレた方がいいじゃないですか。バレるってことはその人がどういうことをやりたかったってことだから、そこでシンパシーを感じるわけでね。「好きだね、君も」って(笑)。その人しか持ってないオリジナリティももちろん大切ですけど、世界をうならせるクオリティを持っている音楽にしても、ソウル全部含めたポピュラー・ミュージックの大きな川の流れに浮かんでいるわけですから、「大河の影響をちゃんと受けている」と音楽に表していた方がいいと思うんですよ。何も知らずに作ってそれをオリジナリティって呼ぶ人もいるけどね。それはちっちゃい子どもの鼻歌にすごいオリジナリティがあるっていうのと同じことでね、もちろん波及力のある曲を作る子もいるかもしれないけど、音楽というのは、大きな流れの中で異彩を放つから凄いんです。サム・クックからバトンを受け取ってロッド・スチュワートが歌う。ブルー・アイド・ソウルっていうのは、1960年代後半から1970年代にかけてのある種のロックミュージック/ポピュラーミュージックの標準装備ですよね。

──逆に、「ブルー・アイド・ソウルに影響を受けた黒人」もいるってことですか?

伊藤銀次:プリンス、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなんかそうですよ。スライなんて、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの前は、黒人音楽の要素がまったくないようなバンドのプロデュースを演っていましたからね。

福岡:バンドの中に白人を入れたもんね。

伊藤銀次:ビートルズとかストーンズの音楽が好きだったんですよね。プリンスとスライ&ザ・ファミリー・ストーンは、黒人なんだけど白人の音楽やりたいっていうブルー・アイド・ソウルの対極にいる人たちかもしれないね。

──マイケル・ジャクソンも?

伊藤銀次:マイケルもそうですね。黒人だから黒人の音楽やらなきゃいけないっておかしな話ですもんね(笑)。マイケルより上の世代の人には「黒人だからブルース以外聴いちゃいけない」なんていうお爺さんもいたかもしれないけど、歌っている人はマニアックになりたいなんて思ってはいませんよ。当たり前でしょ(笑)。生活かかってるんだから。ブルースの師匠と言われるロバート・ジョンソンだって、ほとんどビートルズに近いでしょ。ブルースだけじゃなくていろんなスタイルの曲も入ってて、ものすごくポップな曲もある。だからエリック・クラプトンが彼をカバーしてたもしていた。ブルースっていうと暗くて地味で、ポップスの要素がないと思う人がいる。

──コードも3つしかない地味な音楽と。

伊藤銀次:全然違いますよね。歌詞も面白いし。

──福岡さんがブルー・アイド・ソウルを10曲選ぶとしたらどうなりますか?

福岡:割と路線は近いと思うんですよ。もうちょっとミーハーかもしれない(笑)。ボズ・スキャッグスとか。

伊藤銀次:ああ、ボズは迷ったんだよね。

福岡:ホール&オーツなら「プライベート・アイズ」とかね。あと、スティーリー・ダン。

伊藤銀次:スティーリー・ダン!これも迷った(笑)。

福岡:あと、ミッジ・ユーロのソロとかも結構ソウルで。

伊藤銀次:歌い方がそれほど黒人っぽくないけど、すごくソウルの影響を受けている人だね。

福岡:あとアヴェレージ・ホワイト・バンドとか。

伊藤銀次:アヴェレージ・ホワイト・バンドは黒人がカバーしたりしてるからね。アヴェレージ・ホワイト・バンドはもうイギリスのソウルですよ。
福岡:現代のポップミュージックって完全にヒップホップですけど、その点はどう思いますか?

伊藤銀次:まずエルヴィス・プレスリーが、音楽教育をちゃんと受けていなくても音楽は作れるという門戸を開いたと思うんです。それでザ・ビートルズやディランも出てきた。才能さえあれば、自分たちで曲を作って詞も書いてアレンジもできると。そこから50年くらい経つ中で時代は「プロフェッショナルな音楽」ではなく「誰でも作れる音楽」という方向に向いているんです。ヒップホップが生まれた頃、AKAIのサンプラーが出てきた。上手いドラマーがいなくても過去のレコードの中にバーナード・パーディーのカッコいいドラムがある。これをサンプルしてきてループしてまわせばバーナード・パーディーを雇ったのと同じ音楽が出来上がる。

福岡:そうですよね。

伊藤銀次:アマチュアでも、サムクックのカッコいいオケをバーナード・パーディーのオケにのっけて、寸法違うから伸ばしてくっつけてループして、そこにブラッド・スウェット・アンド・ティアーズのブラスを持ってきて…と音楽理論や下地がなくても、自分が言いたいや考えていることを表現できる時代なんです。

福岡:あとは詞ですか?

伊藤銀次:詞というか、言いたいことですよね。その人が何をメッセージするか。音楽をやる人は音楽を借りてメッセージにするわけだし、小説を書く人は人生について考えていることが小説に出てきますよね。建築でもそうですよ。音楽の世界は、誰もが感じていることを表現できる時代が来たんだと思うんです。

福岡:いろんなヒップホップ・アーティストがいるんだけど、違いがよくわかんない。音楽的な違いもほとんど変わんないし…。

伊藤銀次:福岡さんや僕が考える音楽って「メロディ」「リズム」「和音」みたいなのが整うでしょ。

福岡:そう、そう。

伊藤銀次:でもね、鬼太鼓座みたいなのもあるんですよ。だからヒップホップって、要するに誰にでもできるわけだから「その人のヒップホップ」になっていくわけです。あの時代に比べたら今は表現方法は無数にあるわけで、ヒップホップに限らず渋谷系と言われる音楽をやる人もものすごくいる。以前は渋谷系だったらフリッパーズと誰と誰くらいしかいなかったけど、その遺伝子を受け継いだ人がいっぱい拡散していく。だから昔みたいにジャンル分けもできない。ひとりのその人の音楽なんですよ。僕はこれを「場外乱闘の時代」と呼んでいるんです。かってはリングの上に上がる資格のある人しかリングに上がれなかった。それをみんなが観ていました。

福岡:リングに上がるためには多くの条件が必要だったわけですね。

伊藤銀次:今はリングの上で試合が行われていない。場外で行う。だから上にいた人たちは降りていかなければいけない。つまりCDが売れなくなったっていうのもそういうことなんです。かつてはアーティストをリスペクトし拍手をして、一般の人たちがリングを観て楽しむ世の中だった。すべての企業もそうですよ。昔はキムタクが憧れただったけど、今はみんながキムタクのような格好をしている。場外乱闘の時代ですよ。まさに多種多様で、すべてのものにそれなりの存在が認められちゃっているんです。まったく無名でも音楽が聴かれライブができる時代なんですよ。僕たちが描いていた音楽の価値観と、また違う時代に突入したんです。

福岡:そうですね。そこはそう思うんですよ。

伊藤銀次:僕は『フリースタイルダンジョン』という番組が楽しみで観てるんですけど、でもあれは音楽番組ではないですよね。音楽の本質と人気とは関係ない。それにね、駅で歌ってる子がいて「俺より歌うまいんじゃないかなあ?」って(笑)そんな子いっぱいいるわけ。特にカラオケが普及してから。

福岡:ストリートミュージシャンも歌がうまいですね。

伊藤銀次:上手くなった。でもね、カラオケの番組を観ても、すごく上手いけど何にも感じないの。声を出したときにゾクゾクってくるものがなくて、それこそ点数でピッチ外れてないとか演奏を勝手にする自動ピアノみたいな感じ。だからあそこからはクリエイティブなものは生まれてこないよね。オーディションでもね、例えば安室ちゃんの歌を歌うとむちゃくちゃ上手いんですよ。ところがね、曲を書いてあげるでしょ?全く上手く歌えないんですよ。これがクリエイティビティなんだと思う。

──なるほど。

伊藤銀次:歌の上手い子だったら、お手本をコピーするのはできる。でも「ここはこう歌いたい」「ここはぐっと締めた方がいい」とかはクリエイティビティの問題。プロフェッショナルってそこですよ。だからヒップホップっぽいやつはたくさんいるけど(笑)、なんかね、そんな気もしますよ。
福岡:<いい音爆音アワー>も、いい音を爆音で聴きたいという単なる趣味もありますが、「録音芸術の復権」に寄与できればいいなという思いもあるんです。

伊藤銀次:もともとレコードって記録ですよね。ザ・ビートルズがレコードを出していた時代は、誰もがレコーディングできるわけではなく、レコードを出すなんてとんでもないことだった。でも今は誰でもリリースできる。スタジオもあるしコンピューターで完璧な音も作れちゃうから、録音物に関しての希少価値はなくなった。誰でもできるからわざわざ買いたいとも思わない。もちろんすごい人は売れるけど、自分たちのものと差がないんです。だけどライブはそこに行かないと聴けないからね。

福岡:それはそうね。

伊藤銀次:やっぱり生きた音楽だから、ライブに行きたいって思うんじゃないかなね。

福岡:データがタダでコピーできるのを知ってるから、音源にはお金払いたくないですよね。

伊藤銀次:レンタルCDが現れた時、危険だと思ったな。1枚借りるだけで友だちに行き渡るでしょ。

福岡:クラス中にね(笑)。

伊藤銀次:どれだけ金がかかっているアルバムでもね。もう僕たち作る側が容認していくしかない。

福岡:受け入れざるを得ないんだけど、レコーディングする楽しみとか、面白さ、実験的な面白さもあるでしょう?

伊藤銀次:ただね、プロデューサーたちはなるべく金かけないで作りたいんだよ。なぜって、売れるかどうかわからないから。なるべく損をしたくないから段ボールを叩いて作ったような音もあるんです。それがいいとは言いませんけど、それはプロフェッショナルの仕事で、自分もプロデュースの仕事をするようになって、やっとその意味がわかってきた。僕たちがドリーミーに捉えていたアメリカン・ミュージックは、実は経済クオリティがしっかりした中で作られていたんです。無駄にいい物は作るけど、無駄には金はかけられないってね。そんな中で打ち込みが出てきた。打ち込みはカッコいいからっていうのもあったけど、経済効率がいいから使うんですよ。スタジオに入る時間が凄く減る。バジェットにゆとりのある仕事は楽でいいけど(笑)、締め切りがあり予算もここまでで、その中で「自分なりにいいものが作れないのか?」って問われたら、「いや、作ってみせるよ」っていう意地はある。だから、必ずしも今のこの状況にネガティブな感情を持っているわけでもないんです。音楽家だから、どんな状況になっても、ギターが弾けなくなっても歌だけでもいいやって。

福岡:前向きですね(笑)。

伊藤銀次:特に僕たちの時代って、音楽機材…エレクトロニクスが物凄い変化を遂げた時代でしょ?それを採り入れながら今まで生き残ってきた体現があるので、CD不況と言われるのであれば「じゃあ実演で勝負しよう」って考えますよ。僕らの世代はみんな元気で、ここまでやれてきた自信とどうせなら最後までやり通そうっていう意気込みがすごい。意外と40代くらいのミュージシャンが戸惑っているかな。彼らはいい時代に入ってきたからね。ミリオンセラーが出る時代にレコード会社からも大歓迎を受けたから、いきなりCDが売れなくなって一番困ってるんじゃないかなあ。

福岡:銀次さん世代は元気なんですね。

伊藤銀次:1972年にデビューしたんですけど、この歳になるまでこんな風にやれるなんて、思わなかったですから。

福岡:そうですよね。

伊藤銀次:「売れなくていいからさ、いいもん作ってよ」って言われてね、喜んでいいのかわかんないでしょ(笑)?「売れなくていいけど」って期待されてないのかって。

──そんなセリフ、今の音楽業界からは全く聞こえてきません。

伊藤銀次:そうですよね。レコード業界が大ピンチですもんね。

──「売れなくてもいいからいいもの作ってよ」って、素敵なセリフです。

伊藤銀次:ずっと永遠に続いていくのかなあって思っているものがある日突然変わるわけでね、レコードがなくなる…そんなことがあり得る訳ですから。自分はどんな形になっても音楽はやり続けたいって思うんです。ジミ・ヘンドリックスが出てきたときはでっかいアンプでガーンと音を鳴らすのがカッコよかったけれども、今どうかっていったら、そんなにカッコいいわけではない。金さえあれば何でも買えて誰でも真似できるからね。今は、おませで耳年増でうるさいやつが出てこないとダメですよ。そういうやつって浮くじゃないですか。そういうやつが負けずに頑張って出てくると面白いんです。みんないい子たちなんだけど、音楽って専制君主じゃないとね。民主主義じゃないから。

──民主主義の時代もありました?

伊藤銀次:いや、みんながすごいバンドって喧嘩して解散しちゃうんです。だいたいスーパーグループってそれぞれに自分の意見があるから、長続きしない。すごいやつがいて、そこに共鳴し合うやつがいて、それを支え合う形でバンドができてるのがだいたい上手くいくよね。

福岡:そういう人も、ソロよりもバンドの方が良かったりしますしね。

伊藤銀次:目に見えないバンドの人間関係ができてるんですよね。精神的な支えだったりする人もいたりして、その人はなかなか外には出ないんだけど、大切な役割なんですよ。

   ◆   ◆   ◆

話は尽きぬまま、取材時間はあっというまに終了となってしまった。たかが10曲なれど、そこにまつわるエピソードやキャリアがなし得る知見に満ちた話は、まるでいつまでも渇れることのない音楽の泉に身を寄せるようなかけがえのない時間となった。

さて、あなたの「史上最もナイスな曲」はどんな10曲であろうか。音楽への刺激をたっぷりとしたためて、ぜひともアンケートにご参加を。

取材・文:BARKS編集長 烏丸哲也

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