英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH
)シネマシーズン 『ラ・バヤデール
』のスリリングな愛憎と白い幻想世界

英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)シネマシーズン 2018/19のバレエ第2弾は古典の名作『ラ・バヤデール』だ。古代インドを舞台としたエキゾチックなバレエ作品で、物語は戦士ソロルと舞姫ニキヤの恋にラジャの娘ガムザッティや大僧正の横恋慕が絡み、さらには毒蛇を使った暗殺なども加わるというスリリングな内容。「夢いっぱいのおとぎ話の世界」と思われがちなバレエのイメージを覆すストーリーであり、またバレエならではの幻想的で幽玄なコールドバレエもしっかり盛り込まれているという、いわばバレエの面白さが凝縮された舞台なのである。普段あまりバレエを見ない人を誘って行くにはうってつけともいえる、見応え満点の作品だ。
【動画】『ラ・バヤデール』PV

■登場人物の生々しい思いが交錯するストーリー
『ラ・バヤデール』のストーリーは生々しい。神殿の大僧正(ギャリー・エイヴィス)は舞姫ニキヤ(マリアネラ・ヌニェス)を一目見て恋に落ちる。聖職者でありながらニキヤに求愛し、突っぱねられる大僧正は、しかしニキヤが戦士ソロル(ワディム・ムンタギロフ)と恋仲であることを知り嫉妬に燃える。
一方ソロルはラジャ(トーマス・ホワイトヘッド)に娘のガムザッティ(ナターリア・オシポワ)との結婚を一方的に言い渡されるが、美しいガムザッティにまんざらでもない様子。2人の婚約を知らされた大僧正はラジャにソロルにはニキヤという恋人がいることを伝えるが、ラジャはそれがどうしたといわんばかり。一方それを盗み聞きしていたガムザッティはニキヤを呼び出し、ソロルをあきらめるように告げるが、ニキヤも引かない。口論がエキサイトした挙句、ニキヤは思わず短刀をガムザッティに向け、我に返りその場を去る……。
ここまでが1幕2場までの展開であるが、この『ラ・バヤデール』という作品、そこに至るまでの1時間にも満たないうちに、大僧正の嫉妬、娘の結婚を邪魔する者を排除しようとするラジャ、ニキヤに怒るガムザッティによる、「殺してやる…!」のマイムが3回も出てくるのである。
ガムザッティ(ナタリア・オシポワ) (c)ROH, 2018. Photographed by Bill Cooper
古典バレエは言葉がない代わりに「マイム」という、いわばジェスチャーが使われる。それぞれのマイムに「結婚」「愛を誓います」などの意味があり、片手を上から下に降ろしながら拳を握り、腹の位置あたりで手のひら側を下に向けてググっと拳に力をこめるのが「殺してやる…!」のマイム。こんな空恐ろしい古典バレエは、実はそうそうないのだ。
さらに戦士ソロルはいわば上司のラジャの命には逆らえない。戦士とはいえど部下であり中間管理職のような悲哀もあり、恋と現実の間で心が揺れる。清純なプリンセスが主役のバレエが多いなかで、ニキヤも聖なる舞姫でありながら恋人と逢瀬を繰り返す、ある意味神に背いた女という解釈もできる。三角、四角に思いがもつれ合う恋と権力の葛藤。面白くないはずないのだ。
ソロル(ワディム・ムンタギロフ) (c)ROH, 2018. Photographed by Bill Cooper
■マカロワ版ならではの「寺院崩壊」に注目
『ラ・バヤデール』は1877年にロシアで初演されて以来、初めて西ヨーロッパで紹介されたのは1961年、ソ連時代のキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)のパリ公演でのことだ。この時ルドルフ・ヌレエフがソロルを踊り、その作品世界ともども西欧は大きな衝撃を受ける。さらに衝撃だったのは、このパリ公演の折にヌレエフが西側に亡命したことである。
ヌレエフは亡命後、パリ・オペラ座の芸術監督時の1994年、『ラ・バヤデール』を改訂上演。この版は「ヌレエフ版」として現在もパリ・オペラ座のレパートリーになっているが、今回上演される『ラ・バヤデール』はやはり1970年にソ連から英国に亡命したナタリア・マカロワが1980年に改訂・追加振付をしたもので、「マカロワ版」といわれている。
マカロワ版の最大の特徴は、再終幕の「寺院崩壊」の場が追加されていることである。
物語は結局、ラジャ父娘の画策でニキヤが命を落とす。ニキヤの死に後悔するソロルが阿片の幻覚により幻のニキヤと出会うのが2幕「影の王国」で、舞台はそこで終わるものが多い。マカロワ版はその「影の王国」のあとに一堂に天罰が下る「寺院崩壊」の場を付け加えたものだ。これにより物語に一本の筋が通り、ニキヤとソロルの物語がより、説得力のあるものになっているのだ。
ニキヤ(マリアネラ・ヌニェス) (c)ROH, 2018. Photographed by Bill Cooper
■幻想的な白い世界。高田茜ら、日本人ダンサーにも注目
ストーリーのつじつまが合い、よりドラマチックになったマカロワ版の『ラ・バヤデール』は、踊りはもとより演技力に定評と誇りを持つROHにはうってつけである。
ソロルを踊るムンタギロフは、その繊細な魅力が戦士でありながらも揺れるソロルにぴたりとはまる。ヌニェスはソロルに思いを寄せる一途で純粋なニキヤを好演し、またオシポワのパワフルな魅力は誇り高く気の強いガムザッティそのもの。演技派エイヴィスの大僧正は、ニキヤに寄せる細やかな心情がさすがといわんばかりの味わいだ。3幕で登場する黄金の仏像(アレクサンダー・キャンベル)の踊りは、このバレエの名場面の一つである。
2幕の「影の王国」はバレエの魅力の神髄とも言える幻想世界にただ、息を呑む。ここではプリンシパルの高田茜や日本出身の崔由姫がヴァリエーションを踊るので、ぜひご覧いただきたい。ソロルに付き従う修行僧マグダヴェーヤにはアクリ瑠嘉が配されるなど、日本ゆかりのダンサーの踊りや演技も注目だ。
見どころ豊富な『ラ・バヤデール』。古典バレエでスリリングな「火サス」のようなストーリーが楽しめるのはこれだけである。
2幕「影の王国」 (c)ROH, 2018. Photographed by Bill Cooper
文=西原朋未

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