【kainatsu インタビュー】
日々の暮らしの中で
無理なく寄り添える音楽
近頃は自身の新たな音楽的方向性を見い出し、それを確立すべく創作意欲を沸かせているkainatsu。ニューアルバム『BOOKMARK』はhuenicaがアレンジメントを全面的に担い、まさにそれが結実。現在の彼女ならではの作品となっている。
今作からは従来以上にリラックスした、肩の力が抜けた印象を受けました。
今回も前アルバム『暮らし の はなし』に引き続き、基本的にアートワークも含め全て自分でディレクションをしたんです。もちろんそこには覚悟や意気込みはありましたが、不思議と力みはまったくなかったんです。その上手いバランスは自分でも感じます。
それには何か理由でも?
その辺りは今回サウンドプロデュースを担ってくれたhuenicaのふたりによるものも大きいかもしれません。あのふたり自体がすごく自然体なので。レコーディングもふたりが在住している埼玉の本庄(東京から電車で約1時間半の郊外)の自宅スタジオや地元のスタジオまで都度通って録ってましたから。その暮らしと音楽が同化している中でのレコーディングも関係してるかも。おかげさまで終始リラックスした雰囲気の中で作れたんです。
前作でもhuenicaが何曲か参加してましたもんね。では、そこで見えた何かを今回は突き詰めて?
ですね。前作で一緒に作った3曲が“次はこの方向性をもっと突き詰めていきたい!”との気持ちにさせてくれて。今、自分は子育てをしながら音楽をやっていて、音楽も生活の中で“ながら”で聴くことが多いんですが、良い意味で“邪魔にならない、だけど何度聴いても飽きない音楽”にすごく助けられてきて。そのような作品を自分でも作りたい気持ちが強くあったんです。そこにhuenicaの音楽性はベストマッチで。
それは良い意味でのBGM的な?
そうです、そうです。生活や日常の中に溶け込む音楽というか。“あわわ…”となっている時に、ふと耳に入ってきた音楽に深呼吸させてもらったり落ち着ける、そんな瞬間が自分にも多々あって。日々の暮らしの中で無理なく寄り添える音楽…そんなものを自分でも作りたくなったんです。
とはいえ、こと歌詞や歌内容に関しては結構耳を惹くものが多いですね。
ふと耳に入ってきた言葉や歌に力をもらえたりすることってありますよね。自分の日々や自分自身を見直したり。そんな言葉の力も大事にしたくて。音でも言葉でも包み込める…“みんなもそれぞれ頑張ってるし、私も頑張ってる。そして、これを聴いているあなたも頑張っているよね”みたいな。そんな各人と並走するかのような作品を作りたかったんです。
まさにhuenicaの作り出す音は、そこには打って付けだったようですね。
バンドサウンドながらアコースティックな雰囲気や手触り、作り込みや遊び心がたっぷりなんだけど、シンプルで素朴に聴こえる、あのサウンドは今の私の歌にとっては理想で。もちろん歌が中心ですが、それと同等にサウンドもふたりのおかげで突き詰めることができました。
その共存やバランスがすごく良くできています。
そこはかなり意識しました。もともと私の書く歌詞って日常の中のちょっとした愛しさや本音をきちんと携えて作っていて。その上でいわゆるユーモアみたいに、クスリと笑えることが大事だったりするんです。子育てや仕事もそうですが、何事も本気で向き合うと結構しんどいじゃないですか。だからこそユーモアは常に持っていたいし、それが最終的には自分を守る術にもなり得ますからね。
歌自体は基本的に俯瞰や客観で書かれてますもんね。
これは昔からそうなんですが、主人公はなるべく自分ではありたくないんです。もちろん私が書く以上、そこに主観や自身の経験は混じってはくるでしょうが、物語や主人公を予め設定して、それをもとに書くことが多いんです。そんな中、前作は出産後だったこともあり、想定以上に自分が真ん中にがっつり表れた。でも、私の原点はいろいろな主人公が出てくるオムニバス映画のような作品作りで。前作で音楽的な方向性が掴めたこともあり、改めてそこに私以外のいろいろな主人公の物語を収めたくなったんです。いろいろな人々の暮らしにパッと栞をはさむような。そんな意味も含め、このタイトルにしたんです。いわゆる“ブックマーク”しておいた、その主人公各人の動向を覗いていくみたいな。
歌の内容にしてもさまざまでした。
そんな中でもシティ感は意識したところではあって。街という景色の中で展開する物語というか。なので、サウンド面でもほっこりしすぎに感じたものは“もっとシティ感を出してください”とリクエストさせてもらいました(笑)。また、huenicaのふたりにも“雰囲気ものにはしたくない。ポップスとしてちゃんと昇華できる楽曲を作りたい”とも伝えていて。それを踏まえ、もっとサウンドに寄った歌い方もできたんでしょうが、あえてそこはkainatsuの歌を堂々と自分らしく歌わせてもらいました。その結果、huenicaがもともと持っていた朴訥で素朴、それでいて洗練されたサウンドとの面白い融合が表せたんじゃないかな。
私は前作同様、もっとkainatsuさんの生活に根付いた作風を予想していたので、良い意味で裏切られました。
そこはすごく意識しました。今作では自分の中で3部に分けていて。前半は明るめのメッセージソング、中盤はラブソング、後半はもう少し生活感のある曲といった具合に。各主人公にバリエーションが欲しかったんです。あと、今回は最初から曲順を決めてアレンジをしていったのも大きかったです。
それは?
今の音楽って配信等も含め曲単体で楽しむ方も多いんでしょうが、私はパッケージ世代でもあるので、やはりアルバム全体の流れは大事にしたくて。それと何度聴いても飽きずに、掛けっぱなしで邪魔にならずに流しておける、ずっと聴き続けていられる作品にも挑戦したかったんです。
それゆえの聴き手との共通項もうかがえます。
いろいろな人たちと“そうだよね”と共感し合える感覚、それは常に自分の中でも持っていたくて。現在の自分のリアルな立場、そこだけに留まらない視点でさまざまなものを描きたかったんです。それもあって曲の長さやメリハリ、あえての余韻や行間、イントロやアウトロのサイズにもこだわりました。なので、例えばアウトロを長く保ち、いわゆるエンドロール的な余韻に浸ったり、自分に当てはめてもらったり。そんな箇所も作品中には多々用意してたりします。それらも含め今作をぜひ通しで何度でも聴いてもらいたいですね。
取材:池田スカオ和宏