【インタビュー】リチャード・カーペ
ンター、オーケストラ・サウンドを加
えヒット曲に新しい息吹

12月7日に『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』が全世界でリリースされた。何年経っても決して色褪せないヒット曲や名曲の数々を収録したこのアルバムは、カーペンターズのオリジナルのヴォーカルとインストゥルメンタル・トラックに、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオで録音された、リチャード・カーペンター指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(以下 RPO)の演奏による新しいオーケストラ・サウンドが加えられている。このニューアルバムは、カーペンターズの15番目のスタジオ・アルバムと言えるかもしれない。これまでに聴いたことのないカーペンターズのサウンドを生み出したリチャードに、このアルバムに込めた深い思いを聞いた。

■リバーブをほぼ全部削ることによって
■カレンの声が目の前で歌っているように響いてくる

──今回のアルバムの企画はいつ頃からアイディアがあって進められてきたんでしょうか?

リチャード・カーペンター(以下、リチャード):そもそもユニバーサルミュージックのCEOであるブルースから電話をもらって「ロイヤルフィルのシリーズをカーペンターズでやってみるか?」って声をかけられたんだ。会って話をしてちょっと考えさせてもらって「カーペンターズの曲とオーケストラってやっぱりピッタリ合う」と思って話を受けたんだ。引き受けて良かったなと思っているよ。
▲Photo Credit Sujata Murthy

──アルバムにはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の素晴らしい演奏が足されていますが、主にどういったところをリアレンジしていこうと?

リチャード:曲によってだけど、長年、自分で聴き直している間に「この曲はこうしたらよかったかな」とか「もっとこうすればよくなるんじゃないか」とか。例えばストリングスやブラスのパートなどで思うところがいろいろあった。でも、わざわざやり直す理由もないかなって思っていたんだ。でも、今回の話をもらったときに、これまでに考えていたことを実現するチャンスだと思った。曲によっては、やり直したことによってより良くなったものもあったし、あえてそのままにした曲もある。

──資料によると、オリジナル作品にはご自身が気に入らないノイズがあったりして、それをずっと直したいと思い続けていらしたということですが、そういうことも大きかったんですか?

リチャード:それもあったけど、ノイズ自体は大きな問題ではなかったんだ。というのも入り込んでいるノイズは自然の音だったわけで、例えばちょっとしたエアコンのノイズが「イエスタデイ・ワンスモア」のファーストヴァースのところに実は鳴っていたり。でも、よほど耳がいい人じゃないと聞き分けられない。普通の人が気がつかない程度の音なんだけれど、大きなサウンドシステムで流したりすると自分的にはどうも気になるというのがあって。今の技術をもってすれば、そういう音を削除しても、ヴォーカルの音の響きには影響がなく、むしろアンビエント的なノイズが消えることによって本来のヴォーカルが際立つということができるので、それを今回やったということなんだ。
──楽器が足されたことによってアレンジ自体が変わっている曲も多いと思うんですが、カーペンターズの曲は何十年もリスナーに聴かれてきて、オリジナルの音が耳に焼き付いていますよね。その曲のアレンジを変えてファンの方に「こんなんじゃないのにな」って思われる心配はなかったんですか?

リチャード:だから、ブルースから話があったときに、すぐに返事をしないでちょっと考えたというのは、それが理由なんだ。当然、心配したんだ。新しいことをやりたい、変えてみたいという自分の想いも当然あるけれど、「いっさい変えてほしくない」と思っている人たちがいることも僕は理解していたので。だけど、結局、新しいヴァージョンが気に入らないという人は、オリジナルの曲がまだ存在するので、そっちを聴いてもらえばいいじゃないかと。新しいものは新しいものとして、いじりすぎなければいいと思うし、もとの曲の良さを損なわなければいいと思った。もちろん、曲の良さを損なうところまでいじっていないと僕は自負しているよ。

──今回のアルバムは、カレンさんのヴォーカルの音がずいぶん変わったと僕は感じたんです。例えばリバーブがかなり浅くなっていますね。カレンさんのヴォーカルトラックを変えたのは、今作の大きいトピックだったんじゃないかと思っています。

リチャード:まず、ブレスはいっさい何も削除していない。例えば「ハーティング・イーチ・アザー/HURTING EACH OTHER」の息を継いでいるところや、いちばん最後の曲の息を吸ってから歌い出すところなど、一切いじってないんだ。当時のレコーディングは録った段階でブレスの音を削ってしまうのは普通だった。でも、僕は当時それをあえてしなかった。テープに残っている息継ぎや息の音は全部残している。消したものがあるとすれば、さっき話したアンビエント的なノイズを消したということぐらいだね。そして、おっしゃる通り、リバーブはほぼ全部削ったんだ。それによって僕にとってはカレンの声がより目の前で歌っているように響いてくると思っている。

──今作はリチャードさん自身が選曲したベストアルバム的な有名な曲ばかりがピックアップされていますが、選曲にはかなり頭を悩まされたのではないかと。というのは、僕としては「There's A Kind Of Hush」とか「A Song for You」とか「Only Yesteday」とか入れてほしかったんですけど。

リチャード:でも、全部1枚に入らないもん(笑)。選曲には全然苦労しなかった。選ぶのはとても簡単だったよ。個人的な好みでいうと、シングル以上に好きなアルバム曲がいくつかあって、それを優先したりね。
──初期のアルバムから最後のアルバムまで非常にバランスよく選ばれているし、選曲に感激していることは間違いないです。

リチャード:少なくとも、どのアルバムからも1曲は入れたいと思って、そのへんは意識して選んだよ。

──ボーナストラックをふくめて19曲が収録されていますが、「この曲がこのアルバムの全てを決めたんだ」というキーになった曲はありますか?

リチャード:この曲が決め手になったというのは特にないんだけど、ミーティングが終わって車で家に帰って「さて」と思ったときにポッと頭に浮かんだのは、1曲じゃなくて、「雨の日と月曜日は/RAINY DAYS AND MONDAYS」と「スーパースター/SUPERSTAR」と「イエスタデイ・ワンス・モア/YESTERDAY ONCE MORE」と「涙の乗車券/TICKET TO RIDE」の4曲。すぐに「これをやりたいな」と思ったんだ。
■オーケストラ用にアレンジし直したただけでなく
■オーバーチュアから書いて全部の曲を繋げている

──アルバムはアビーロードスタジオでオーケストラの指揮をされながらレコーディングされたのことですが、どういった雰囲気で進められたんでしょうか?

リチャード:すごく緊張したし、すごく深い経験だった。スケジュールを調整するのは大変だし、自分が求める演奏を大人数のミュージシャンから引き出さなければならないので、本当にずっと緊張はしていたよ。仕事の量も多いので精神的にもけっこう大変だったけど毎日本当に楽しみで、「明日もまたスタジオに行くんだ」ってすごく充実した日々だった。頭の中に描いているものと、実際にそれが音になって聴こえてくるのは全く別もの。でもそれを体験するのは本当に楽しかった。
──サブ・プロデューサーのニック・パトリックさんとの作業は?

リチャード:ニックは本当にいい人なので、一緒にいてくれて楽しかったし、すごく才能のある人だと思う。特に今のテクノロジーだからできることっていっぱいあって、僕は自分でレコードをしばらく作っていなかったから、きわめて伝統的なレコードメーカーなわけだよね。それが今回、ニックとのレコーディングの過程で、「こういうふうにすれば今のテクノロジーではこういうことができるんだ」ということをわりと早く体得できたと思う。だから今だったら一人でできるかもしれない(笑)。そのへんをアシストしてくれたのがニックだったんだ。

──アルバム全体に流れを感じました。前の曲を引き継いで次の曲が始まる流れが、ミュージカルのような映画的に作られていると思いましたが、そのあたりは意識されましたか?

リチャード:今回のほかのアーティストのシリーズとの大きな違いがそこだと思うんだ。僕は、オーケストラ用にアレンジし直したただけでなく、オーバーチュアから書いて全部の曲を繋げている。ほかの作品とはそこが違うところかな。サントラ的だとかミュージカル的というのは、自分では意識していなかったんだよ。言われてみたらそうだね。イントロがあって曲が始まって曲間があって次の曲に行くのではなく、全体が流れていく。その感じはサウンドトラック的だと言えるね。
──何曲かポイントをお聞きしたいんですが、「ふたりの誓い/FOR ALL WE KNOW」のイントロがアコースティックギターから始まるのにちょっとビックリしたんですが、この曲のアイディアは?

リチャード:そもそも前の曲「青春の輝き/I NEED TO BE IN LOVE」のキーがAで「ふたりの誓い/FOR ALL WE KNOW」のキーがGなんだ。だからキーを変えなきゃいけないんだけど、不自然に無理やり変えて繋ぎたくない。ここはけっこう時間をかけて作ったアレンジなんだけど、アコースティックギターでやってみたらいいんじゃないかなとひらめいて、ギターのティムに来てもらってやった結果がすごく良かったんだ。だから、「じゃあ、“スーパースター/SUPERSTAR”でもやってみようか」って。オリジナルにはギターが入ってないし、必要とは思っていなかったんだけど、上手い人の演奏を聴くとやってみようかと思うものなんだなと。
──もう一つ、「涙の乗車券/TICKET TO RIDE」でよくわかるんですが、ドラムのシンバルの音がかなり違うんじゃないかと感じたのですが、ドラムは全体に音質も変えていらっしゃるんですか?

リチャード:ステレオで録り直したんだ。「イエスタディ・ワンス・モア/YESTERDAY ONCE MORE」のタムタムもステレオになっているんだよ。1969年の1stアルバムの頃は贅沢だったんだけれど、まだ8トラックしかなかったからね。それで作ったものなのでエンジニアと喧々諤々やりながら「これを録ったら、あっちが消えちゃう」ってやりながら録った曲だから、ヴォーカル重視でやらざるを得なかったところもある。「イエスタディ・ワンス・モア/YESTERDAY ONCE MORE」もそうだけれど、「遥かなる影/(THEY LONG TO BE)CLOSE TO YOU」のピアノや、「涙の乗車券/TICKET TO RIDE」のアコースティックの部分、みんなモノラルだったものを今回、ステレオに変えているんだ。それによって、オケを入れる前の段階でステレオにしただけでも元の音源がかなり膨らんでいたということになるよね。音的に。

──なるほど。だから、かなり印象が違って聴こえたんですね。

リチャード:当時は、ストリングスセクション全部でワントラックしか使えなかったんだ。ブラスやバックボーカルでさんざんトラックを使っちゃってたから、エンジニアに「何かあきらめてよ」って話になって、仕方がないからストリングスはまとめてワントラックっていう。よく聞き分けられたね?

──そうですね。とにかく40年間、聴きこんでますから。

リチャード:まさにそこだよね。これはロイヤルフィルを入れたというだけの企画ではないんだ。それ以前の段階で僕らにできることがいっぱいあったということなんだよね。

──最後に「プリーズ・ミスター・ポストマン/PLEASE MR.POSTMAN」が日本語版のボーナストラックで入っているんですよね。日本以外の人たちはかわいそうですね。

リチャード:オーッ(笑)。たぶん文句言ってるんだろうな。

──日本のファンにメッセージを。

リチャード:ホントにずっとついてきてくれて感謝しているよ。おかげさまで、来年はもう結成50年。ここまで応援してくれたときにとにかく感謝しています。

取材・文●森本智

リリース情報

『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』
Carpenters “Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra
2018年12月7日(金) 全世界同時発売
CD品番: UICY-15801  価格: 2,500円(税抜価格)+税
1. オーヴァーチュア OVERTURE
2. イエスタデイ・ワンス・モア YESTERDAY ONCE MORE
3. ハーティング・イーチ・アザー HURTING EACH OTHER
4. 青春の輝き I NEED TO BE IN LOVE
5. ふたりの誓い FOR ALL WE KNOW
6. タッチ・ミー TOUCH ME WHEN WE’RE DANCING
7. アイ・ビリーヴ・ユー I BELIEVE YOU
8. 想い出にさよなら I JUST FALL IN LOVE AGAIN
9. メリー・クリスマス・ダーリン MERRY CHRISTMAS, DARLING
10. ベイビー・イッツ・ユー BABY IT’S YOU
11. 遙かなる影 (THEY LONG TO BE) CLOSE TO YOU
12. スーパースター SUPERSTAR
13. 雨の日と月曜日は RAINY DAYS AND MONDAYS
14. マスカレード THIS MASQUERADE
15. 涙の乗車券 TICKET TO RIDE
16. 愛にさよならを GOODBYE TO LOVE
17. トップ・オブ・ザ・ワールド TOP OF THE WORLD
18. 愛のプレリュード WE’VE ONLY JUST BEGUN
日本盤ボーナス・トラック
19. プリーズ・ミスター・ポストマン PLEASE MR. POSTMAN

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