椎名林檎が不惑の誕生日に提示した、
20年の軌跡と現在地

椎名林檎 (生)林檎博 '18 -不惑の余裕- 2018.11.25 さいたまスーパーアリーナ
2018年11月25日。椎名林檎という音楽家でありエンターテイナーが歩んできた20年の軌跡と現在地を、ちょうど40歳=不惑の誕生日を迎えた日に、まざまざと見せつけられた豪華絢爛一大絵巻だった。
椎名林檎 撮影=太田好治
ご存知の通り、彼女は日本の音楽シーンに登場してから今の今まで、誰にも似ていないやり方でその時代と社会を鋭角に照らす音楽表現を見極めてきた。豊富な知識と学理に裏打ちされた誰にも模倣できないイマジネーションとクリエイティビティをもって。本人が望むと望まざるにかかわらず、椎名の存在と才気はたしかに独走し続けている。だからこそ、これまで数多くのフォロワーを生み出し、強大な影響力を持ち続けてきた。それゆえにキャリアの初期は孤独のイメージが強かった彼女であるがしかし、近年はさまざまなフィールドのミュージシャン、歌い手、パフォーマー、クリエイターと交歓し、椎名林檎という磁場は幅広い世代が大衆音楽の粋を知る象徴として、平成の世が終わりを迎えようとしている今、日本にある。
椎名林檎 撮影=太田好治
デビュー20周年を記念するアリーナツアー『 (生)林檎博 '18 -不惑の余裕-』、11月22、24、25日に開催されたさいたまスーパーアリーナ3DAYSの最終日。彼女の20年と40歳を祝うために集った、全国各地のみならず海外の来訪者も多数いたに違いないオーディエンスは、徹頭徹尾、椎名のゴージャスなもてなしに歓喜し、驚かされ、酔いしれた。
椎名林檎 撮影=太田好治
「The Mighty Galactic Empire(銀河帝国軍楽団)」と名づけれたストリングスやブラス、ダンサーも擁したビッグバンドとともに繰り広げられた、アンコールを含む全29曲。オープニングの時点で立体的に広がった生楽器の豊潤なアンサンブルと電子音楽のフューチャリスティックな響きが共存するサウンドプロダクション。そこには普遍的であることと革新的であることが矛盾しない、コンテンポラリーな総合音楽としてのポップミュージック像を実演で提示するという気概を感じさせた。さらに視覚的な刺激を満たす、豪奢でありながら過剰になりすぎない映像演出も見事だった。
Mummy-D 撮影=太田好治
浮雲 撮影=太田好治
椎名林檎 / 宮本浩次 撮影=太田好治
そして、幾度かの衣装チェンジを行いながらステージの中央に立ち、ときにギターを鳴らし、ときにダンサーとともに踊り、ときに客演のボーカリスト──Mummy-D(RHYMESTER)、浮雲、トータス松本ウルフルズ/この日は映像出演)、宮本浩次(エレファントカシマシ)、レキシ──と交わりながらライブを司る椎名の完璧な集中力は、さすがだった、としか言いようがない。この20年、彼女は伊達や酔狂で椎名林檎という看板を背負っていない。あまつさえあまりに振幅の大きい曲調の多様性においては、ボーカリストとしても想像を絶する負担がかかっているはずだが、歌い手としての求心力は今が過去最高に高いのではないかとも思わせるものだった。
椎名林檎 撮影=太田好治
セットリストの頭に「本能」を据えたこともそうだが、その演出も実に痛快だった。Mummy-Dのラップがエスコートするカタチで椎名の登場を導き、彼女はガラスを正拳突きで叩き割ってステージに登場した。言わずもがな、この曲のジャケットのセルフオマージュだ。こういったオーディエンスを手玉に取るユーモアも椎名林檎一流の手つきである。
椎名林檎 / レキシ 撮影=太田好治
アンコールで登場し「きらきら武士」を椎名と披露したレキシが「なぜアンコールで俺なのか、そこはデビュー曲の『幸福論』でしょう」というようなことを言ってオーディエンスの笑いを誘い、椎名自身も「そっか」ととぼけていた(?)が、たしかに冒頭の「本能」や「積木遊び」や「歌舞伎町の女王」など初期の楽曲もエントリーされていたものの、どちらかと言えばセットリストの軸に置かれていたのが、2014年11月にリリースされた現時点で最新のオリジナルアルバム『日出処』以降に発表された楽曲だったのも印象的だった。
椎名林檎 撮影=太田好治
それは銀河帝国軍楽団の素晴らしさを伝えるという音楽面によるところも大きいと思うが、椎名自身も近年のナンバーにこそ、不惑を迎える自身のフィクショナルではないところにあるリアリティも注げるという実感があるのではないだろうか。そういう意味でも、椎名の愛娘が母に代わりオーディエンスに丁寧な謝辞を述べるナレーションが流されたあとに続けて鳴らされた「カーネーション」と「ありきたりな女」は、エンターテインメントを超越した壮大なノンフィクションドラマを目撃しているような感触があった。また椎名が愛娘の年頃に聴いていたのであろう、「個人授業」と「恋の呪文はスキトキメトキス」のカバーもこのツアーだからこそのチョイスだったと思う。
椎名林檎 撮影=太田好治
そうだ、MCでこんなに饒舌だった椎名を見たのも筆者は初めてだった。彼女の言葉に集約されていたのは自身の音楽表現を真摯に楽しんでくれているファンのみんなへの信用と感謝の念に尽きる。
椎名林檎 撮影=太田好治
孔子の『論語』によれば、四十にして惑わずの続きは、五十にして天命を知る、六十にして耳順がう、七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず、だという。その答え合わせを、常に同時代的かつ極上であり続ける椎名林檎の大衆音楽とともにできることを願って。

取材・文=三宅正一 撮影=太田好治

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