爆音アワー

爆音アワー

いい音爆音アワー vol.97 「ナイス♪
エンディング特集」

いい音爆音アワー vol.97 「ナイス♪エンディング特集」
2018年12月12日(水)@風知空知
12月は1年のエンディングってことで、エンディング特集にしてみました。おやじセンスですみません。
で、イントロには印象的なものが多いと思いますが、エンディングってそうでもないですよね?しかもかなり印象的なもの以外、あまり記憶にない。よーく知っている曲でも、エンディングはどんな?って訊かれると思い出せないことが多いのです。
やはりイントロは曲の顔と言いますか、最初に耳に届くところですから、みなさん、なんとか人の心を鷲づかみにしようと、あの手この手でがんばるのでしょうが、エンディングはねぇ、別に終われりゃいい、困ったらフェイドアウトって手もあるのだからと、あまり気にしないのが普通ですよね。
だからこそ、エンディングをちゃんと作っている曲って、えらい!と思うのです。ナイスなエンディングは、最後までおろそかにしない、丁寧な仕事の証。きっと曲全体も素晴らしい、と信じるのです。


福岡智彦 (いい音研究所)

セットリスト
The Beatles「Hello, Goodbye」
一旦終わったと見せかけて、さらに45秒間の”コーダ”がある。
∨16th シングル(1967年11月24日発売)アルバム『Magical Mystery Tour』(米国:1967年11月27日発売)収録
英国ではEP2枚組(1967年12月8日発売)でリリースされ、そこには「Hello, Goodbye」は入ってない。
作詞・作曲:Lennon–McCartney/プロデュース:George Martin
レーベル: Capitol(米国)、EMI(英)、
全米・全英1位

・コーダの”Hela, heba, helloa”は、ニュージーランドの「Maori」文化とハワイアンを適当に混ぜた感じ?
・実際はマッカートニーの作品。ポールがブライアン・エプスタインのアシスタントのアリステア・テイラーAlistair Taylorから作詞について訊かれたとき、ハルモニウムを弾きながら、「僕が言うことの反対を言ってみて」と。そして「Yes」→「No」、「Stop」→「Go」、「Good-bye」→「Hello」……とやっているうちに歌詞ができた、らしい。
・ブライアン・エプスタインの死後、最初のリリース。
・ミュージック・ビデオを3種類制作したが、当時英国では口パクがNGで、1回も放送できなかった。米国では11月26日、「The Ed Sullivan Show」でオンエアされた。
The Allman Brothers Band「Hot 'Lanta」
ライブなのに、ジャンと終わらないで、クレシェンドしきったところでフッと消える。
∨3rd アルバム『At Fillmore East』(1971年7月発売)収録
作詞・作曲:Duane Allman, Gregg Allman, Dickey Betts, Butch Trucks, Berry Oakley, Jai Johanny Johanson/プロデュース:Tom Dowd
レーベル:Capricorn
全米13位

・Hot ‘Lanta = Hot + Atlanta。ジョージア州アトランタのニックネーム。
・クレシェンド部分はブッチ・トラックスButch Trucksがティンパニーで盛り上げる。
・3拍子。テーマのメロディはディッキー・ベッツDickey Bettsのアイデア。

オールマン・ブラザーズ・バンド:
Duane Allman:1946年11月20日〜1971年10月29日 テネシー州ナッシュビル生まれ
Gregg Allman:1947年12月8日〜2017年5月27日 テネシー州ナッシュビル生まれ

1968年、兄弟は”Hour Glass”というバンドで、Liberty Recordsより、2枚のアルバムをリリースするが、見事に空振り。
デュエインはアラバマ州マッスル・ショールズのFAME Studiosでセッション・ギタリストとして活躍する。
1969年、オールマン兄弟、Jai Johanny Johanson (Jaimoe) (dr)、Berry Oakley (b)、Dickey Betts (g)、Butch Trucks (dr)というラインナップで、”The Allman Brothers Band”を結成。オーティス・レディングのマネージャーだったPhil Waldenが設立したCapricorn Recordsと契約。
 同年11月4日、1st アルバム『The Allman Brothers Band』をリリース。売上げは約35,000枚。全米188位。
1970年、年間300本のライブをこなしながら、9月、Tom Dowdのプロデュースによる2nd アルバム『Idlewild South』をリリース。全米38位。
1971年7月、やはりダウドのプロデュースで、3rd アルバム『At Fillmore East(フィルモア・イースト・ライブ)』リリース。全米13位。
 同年10月29日、デュエインがオートバイ事故で死亡する。
1972年2月、4th アルバム『Eat a Peach』リリース。全米4位。
 同年11月11日、今度はベリー・オークリーがオートバイで事故を起こし、死去。
1973年8月、5th アルバム『Brothers and Sisters』リリース。全米1位の大ヒットとなる。シングル「Ramblin' Man」も全米2位。
・・・
Led Zeppelin「Rock and Roll」
最初と最後にドラム・ソロ。
∨シングル(英国以外)(1972年2月21日発売)
4th アルバム『(Led Zeppelin IV)』(1971年11月8日発売)収録
作詞・作曲:John Bonham, John Paul Jones, Jimmy Page, Robert Plant/プロデュース:Jimmy Page
レーベル:Atlantic
全米47位、独13位、オリコン34位 アルバムは全米2位、全英1位

・たまたまボーナムがリトル・リチャードの「Keep a Knockin’」のイントロを叩き始めたところ、ペイジが即興のリフで応じ、セッションしているうち、15分後には曲の骨格ができあがった。
・ピアノはイアン・スチュアートIan Stewart。
Santana「Para Los Rumberos(情熱のルンバ)」
ルンバだけどタンゴのような”ウー!”で終わる。
∨3rd アルバム『Santana(サンタナ III)』(1971年9月発売)収録
作詞・作曲:Tito Puente/プロデュース:Santana
レーベル:Columbia
アルバムは全米1位

・このアルバムから、当時17歳のNeal Schonが加入。
・アルバム名は『Man with an Outstretched Hand』の愛称でも知られる。
・このアルバムの次に全米1位を獲得するのが1999年の『Supernatural』であるが、それまでの28年間は同一アーティストで、世界で最も長い間隔とのこと。
YMO「Ballet(リマスタリング)」
スネアの”タッタタ”で終わる。これがYMOの定番だと思っていたら、実はそんなにやってない。
∨YMO結成40周年記念アルバム『NEUE TANZ』(2018年10月17日発売)収録
作詞:高橋幸宏、ピーター・バラカン/作曲:高橋幸宏/編曲:Yellow Magic Orchestra/プロデュース:細野晴臣/選曲監修:TOWA TEI/リマスタリング:砂原良徳/アナログ・カッティング:Bernie Grundman
レーベル:Great Tracks (Sony Music)

・オリジナルは、5th アルバム『BGM』(1981年3月21日発売)に収録。
・フランス語のヴォイスは布井智子。
矢野顕子はYMOの中で一番お気に入りの曲としてこの曲を挙げているらしい。
加藤和彦のアルバム『うたかたのオペラ』レコーディングで、1980年7月はベルリンに滞在、2度目のワールドツアー「FROM TOKIO TO TOKYO」が1980年10月11日〜12月27日(11/4まで海外、12/24-27は武道館)だったため、レコーディング開始は81年1月15日。3月21日の発売に間に合わせるのがたいへんだったらしい。
・温泉マークロゴはこのアルバムから使い始めた。
Jason Derulo「Want to Want Me」
“ダダッダダ”という短いキメに、”get up! get up!”と言葉を乗せてカットアウト。
∨先行シングル(2015年3月9日発売)
4th アルバム『Everything Is 4』(2015年5月29日発売)収録
作詞・作曲:Jason Desrouleaux, Ian Kirkpatrick, Samuel Denison Martin, Lindy Robbins, Mitch Allan/プロデュース:Ian Kirkpatrick
レーベル:Beluga Heights / Warner Bros.
全米5位、全英4週連続1位
ジェイソン・デルーロ:
1989年9月21日、米国フロリダ州ミラマー生まれ。両親はハイチ人。
10代からソングライターとして活躍する。
2009年8月4日、1st シングル「Whatcha Say」をリリース。Imogen Heapの「Hide and Seek」をサンプリングした作品。11月には全米1位となる。
2010年3月2日、1st アルバム『Jason Derülo』リリース。
2011年9月27日、2nd アルバム『Future History』リリース。先行シングル「Don't Wanna Go Home」が全英1位となる。
2013年9月24日、3rd アルバム『Tattoos』リリース。2枚目のシングル「Talk Dirty」は全米3位となる。
2015年3月9日、次アルバムの先行としてシングル「Want to Want Me」をリリース。この曲は全米156のラジオ局でTOP 40にランクインされ、これは史上最も多い。
 同年5月29日、4th アルバム『Everything Is 4』リリース。
2016年7月29日、初のベストアルバム『Platinum Hits』リリース。
2018年8月24日、David Guettaとのコラボで、Nicki MinajとWilly Williamをフィーチャーしたシングル「Goodbye」をリリース。
Patrick Nuo「Reanimate」
近頃よくあるアッサリ終わり。これは歌だけちょっと残って。
∨2nd シングル(2003年発売)
1st アルバム『Welcome』(2003年9月4日、ヨーロッパのドイツ語圏でのみ発売)収録
作詞・作曲:David Jost & Dave Roth/プロデュース:Dave Roth, David Jost & Christian Fleps
レーベル:Warner Music
スイスで18位 アルバムはスイス11位、ドイツ13位

パトリック・ニュオ:
1982年8月31日、スイス・Lucerne生まれ。母はスイス人、父はアルバニア人。
ドイツのハンブルグに渡り、コーラスの仕事などをやりつつ、
2002年、ソングライターのDavid Jostと出会い、彼の尽力により、Warner Musicと契約する。
2003年9月4日、1st アルバム『Welcome』をリリース。
 同年、CCM (Contemporary Christian Music)のプロジェクト”Zeichen der Zeit”に加入。
2005年5月、2nd アルバム『Superglue』リリース。スイス4位となる。
2007年、Ariolaに移籍。3rd アルバム『Nuo』リリース。
2009年9月、Flash Recordsより、シングル「Come On Now」リリース。
米国ロサンゼルスに移転。
Earth, Wind & Fire「KeepYour Head To the Sky」
コーラスだけが残って、しかもなかなか終わらない。
∨シングル(1973年発売)
4th アルバム『Head to the Sky』(1973年5月発売)収録
作詞・作曲:Maurice White/プロデュース:Joe Wissert
レーベル:Columbia
全米52位、R&B 23位 アルバムは全米27位、R&B 2位

アース・ウィンド・アンド・ファイアー:
当時のメンバー
Verdine White: vocals, bass, percussion
Philip Bailey: vocals, congas, percussion
Maurice White: vocals, drums, kalimba, leader
Jessica Cleaves: vocals
Johnny Graham: guitar, percussion
Al McKay: guitar, sitar, percussion
Larry Dunn: clarinet, piano, organ
Ralph Johnson: drums, percussion
Andrew Woolfolk: soprano saxophone, flute

モーリス・ホワイトは、初期はジャズ・ドラマーとしてラムゼイ・ルイスのバンドに参加していた。離脱後、1969年にシカゴにて、”ソルティ・ペパーズ”を結成
1970年、”Earth, Wind & Fire”結成。10人の大所帯バンド。ワーナーと契約、2作リリースするがヒットはせず、バンドは一度解散する。
1972年、コロムビア・レコードに移籍。フィリップ・ベイリーやラルフ・ジョンソンが加入。
1973年5月、移籍第2弾、通算4th アルバム『Head To The Sky』をリリース。ゴールド・ディスクを獲得する。
・・・
Queen「Don't Stop Me Now」
バラード調で始まり、スーパーソニックで疾走し、またバラード調で終わってゆく。
∨第2弾シングル(1979年1月5日発売)
7th アルバム『Jazz』(1978年11月10日発売)収録
作詞・作曲:Freddy Mercury/プロデューサー:Roy Thomas Baker
レーベル:EMI(英)/Elektra(米)
全英9位、全米86位 アルバムは全英2位、全米6位

・CMなどに何度も使われているが、映画では2004年のゾンビ・コメディ「Shaun of the Dead」、ロシア系米国人のアクション映画「Hardcore Henry」(2015年)など。2018年の映画「Bohemian Rhapsody」では1979年1月26、27日にベルギー・ブリュッセルの「Forest National」で行われたライブの映像が、エンドロールで流された。
Chase「Get It On(黒い炎)」
これぞ”The Ending”って感じ♪
∨1st シングル(1971年発売)
1st アルバム『Chase』(1971年4月発売)収録
作詞・作曲:Bill Chase, Terry Richards/プロデュース:Frank Rand, Bob Destocki
レーベル:Epic
全米24位 アルバムは全米22位

・”T-Rex”の同名曲「Get It On」(1971年7月2日発売)がヒット中だったので、「黒い炎」という邦題をつけたとのこと。

チェイス:
1970年、ビル・チェイスBill Chase(1934年10月20日 - 1974年8月9日)を中心に結成。
1971年、デビュー曲の「Get It On(黒い炎)」が大ヒット。
 同年4月、1st アルバム『CHASE(追跡)』リリース。全米22位、26週間チャート・インする。
 2nd アルバム『ENNEA(ギリシャの神々)』の収録中、家族との時間を大切にしたいなどの理由でメンバーが次々と離脱。1972年3月のアルバム・リリース後、解散。
1974年、ビル・チェイスはメンバーを一新して再結成。ジャズ色を強めた3rd アルバム『PURE MUSIC』をリリース。ライヴ活動も精力的に開始する。
 同年8月9日、4th アルバム制作が進む中、ツアー中の飛行機がミネソタ州ジャクソンで墜落し、ビル他4名が死亡、バンドは消滅した。
 なお、この事故の際、ゲストvoで出演予定だったが、バスで移動し、難を逃れたジム・ピートリック(3rdに参加)が、旧Chaseメンバーのデニス・ジョンソンとゲイリー・スミスを誘って、1978年に結成したグループが、1982年に映画「ロッキー」のテーマとして大ヒットした「Eye of the Tiger」をリリースする”Survivor”である。
ピンクレディー「渚のシンドバッド」
続いてちゃんとエンディング系。複雑なキメにリズムが判らなくなるが、最後のドンのタイミングは4拍目頭♪
∨4th シングル(1977年6月10日発売)
作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一
レーベル:ビクター音楽産業
オリコン1位(8週)、1977年年間1位

・2nd シングル「S・O・S」(1977年11月)から10th シングル「カメレオン・アーミー」(78年12月)まで、9作連続オリコン1位を達成。

ピンク・レディー(Pink Lady):
ミー(未唯mie 本名:根本美鶴代) 1958年3月9日生 静岡市葵区出身
ケイ(増田恵子) 1957年9月2日生 静岡市葵区出身

中学、常葉高校時代に同級生だったミーとケイは、“クッキー”というデュオを結成して歌手を目指した。
1976年、テレビ番組「スター誕生!」出場。揃いのオーバーオールで、”ピーマン”というフォークグループ(後の”サーカス”メンバー叶正子が在籍)の「部屋を出て下さい」を唄い、合格する。
 同年8月25日、ビクター音楽産業より、シングル「ペッパー警部」でデビュー。
 同年11月25日、2nd シングル「S・O・S」リリース。オリコン1位。
・・・
1981年、解散。
キャンディーズ「危い土曜日」
ちゃんとエンディング系。専用のフレーズできっちり終わる。
∨3rd シングル(1974年4月21日発売)
2nd アルバム『危い土曜日〜キャンディーズの世界〜』(1974年6月21日発売)収録
作詞:安井かずみ/作曲:森田公一/編曲:竜崎孝路
レーベル:CBSソニー
オリコン46位

キャンディーズ:
伊藤蘭(ラン、1955年1月13日、東京都武蔵野市生まれ)
藤村美樹(ミキ、1956年1月15日、東京都世田谷区生まれ)
田中好子(スー、1956年4月8日 - 2011年4月21日、東京都足立区生まれ)

3人とも東京音楽学院のスクールメイツ出身。
1972年4月、NHKの新番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールに選ばれる。
「8時だョ!全員集合」にレギュラー出演。
1973年9月1日、シングル「あなたに夢中」でデビュー。
1975年2月21日、5th シングル「年下の男の子」リリース。伊藤蘭をセンターに変更する。オリコン9位と初ヒット。
1976年3月1日、9th シングル「春一番」リリース。オリコン3位。
1977年3月1日、13th シングル「やさしい悪魔」リリース。オリコン4位。
 同年7月17日、日比谷野外音楽堂のコンサートの終了際、突然3人は涙を流しながら解散宣言を行った。そのとき伊藤が発した「普通の女の子に戻りたい!」というフレーズは流行語になった。
1978年2月25日、17th & the Last シングル「微笑がえし」リリース。「全国キャンディーズ連盟」(全キャン連)を中心としたファンの強力な後押しにより、初のオリコン1位を達成。
1978年4月4日、後楽園球場に5万5千人を集め、解散コンサート=「ファイナル・カーニバル」が開催された。
アン・ルイス「女はそれを我慢できない」
もっとちゃんとエンディング系。エンディング用にキメを作っている。
∨14th シングル(1978年5月5日発売)
6th アルバム『Think! Pink!』(1978年9月25日発売)収録
作詞・作曲:加瀬邦彦/編曲:佐藤準
レーベル:ビクター音楽産業
オリコン12位

・この曲から”歌謡ロック路線”に転身。

アン・ルイス(Ann Linda Lewis):
1956年6月5日、兵庫県神戸市生まれ。父親が米国人(米海軍の軍人)で母親が日本人。
7歳からモデルの仕事を始める。
1970年(14歳)、横浜外人墓地を散歩中、なかにし礼にスカウトされる。
1971年2月25日、シングル「白い週末」でデビュー。
1974年4月5日、シングル「グッド・バイ・マイ・ラブ」リリース。ヒット。
1978年5月5日、14th シングル「女はそれを我慢できない」リリース。歌謡ロック路線に転身。
1979年12月25日、山下達郎プロデュースによる17th シングル「恋のブギ・ウギ・トレイン」リリース。
1980年、桑名正博と結婚。
1981年、長男・美勇士出産。
1982年6月5日、山口百恵作詞、沢田研二作曲による20th シングル「ラ・セゾン」リリース。
1984年10月5日、24th シングル「六本木心中」リリース。ヒット。
 同年、桑名正博と離婚。
2013年10月、桑名正博と美勇士と親子3人共演CDをリリース。芸能界から引退。
Pages「Chemistry」
間奏のパターンの変形で、スリリングなエンディング。
∨2nd アルバム『Future Street』(1979年発売)収録
作詞・作曲:Richard Page, Steve George, John Lang/プロデュース:Bobby Colomby
レーベル:Epic

ペイジズ:
Richard Page (vo,key) 1953年5月16日、米国アイオワ州Keokuk生まれ
Steve George (key,vo) 1955年5月20日生 米国イリノイ州Bloomington生まれ

ペイジとジョージはともにアリゾナ州Phoenixの高校に通う。
1977年、二人はAndy Gibbのバックバンドに参加。そこで、ピーター・ラインハイザーPeter Leinheiser (g)、ジェリー・マンフレディJerry Manfredi (b)、ラス・バッテリーンRuss Battelene (dr)と出会い、このメンバーでデモテープを制作する。それを元”Blood, Sweat & Tears”のドラマーでEpicのプロデューサー:Bobby Colombyが気に入る。
1978年、1st アルバム『Pages』リリース。Philip Bailey、Steve Forman、Dave GrusinMichael Breckerらをゲストに迎える豪華盤だったが、チャート・インできなかった。
1979年、2nd アルバム『Future Street』リリース。
 バンドはペイジとジョージのデュオとなり、Capitolに移籍する。
1981年、今度はJay Graydonをプロデューサーに、3rd アルバム『Pages』をリリース。今回もゲストに、Steve Khan (eg), Jeff Porcaro (dr), Paulinho DaCosta (per), Vince Colaiuta (dr), Tom Scott (sax), Al Jarreau (vo,flute)ら豪華メンバーを配したが、やはりチャートインできず、程なく解散。
1982年、 Pat Mastelotto (dr)、Steve Farris (g)とともに “Mr.Mister”を結成。80年代中期には大ヒットを輩出するグループとなっていく。
・・・
Toto「Girl Goodbye」
エンディングのために作られた、スペシャルで派手でかっこいいキメ。
∨1st アルバム『TOTO(宇宙の騎士)』(1978年10月15日発売)収録
作詞・作曲:David Paich/編曲・プロデュース:Toto
リード・ヴォーカル:Bobby Kimball
レーベル:Columbia
アルバムは全米6位、全英37位、オリコン39位

・アルバム発売当時は「Rolling Stone」誌初め、評論家連中からボロクソにけなされた
・グラミー賞の最優秀新人賞にノミネートされた。

トト:
Bobby Kimball: lead and backing vocals
Steve Lukather: guitars, lead and backing vocals
David Paich: keyboards, lead and backing vocals
Steve Porcaro: keyboards
David Hungate: bass
Jeff Porcaro: drums, percussion

David Paich (key)とJeff Porcaroはロサンゼルス近郊のGrant High Schoolの同級生、高校では”Rural Still Life”というバンドを作っていた。彼らが卒業した後、そのバンドに入ったのがSteve Lukatherと、ジェフの弟Steve Porcaroだった。
彼らはいずれもロスのセッション・ミュージシャンとして多くのアーティストのレコーディングに参加するが、やがてペイチとジェフは自分たち自身のバンドを作ることを決意、ボズ・スキャッグスのバック・バンドでいっしょになったDavid Hungate (b)に声をかけ、ルカサーとスティーヴ・ポーカロを誘う。さらにBobby Kimball (vo)が加入。
1976年、Columbia Recordsと契約。
1978年10月、!st アルバム『Toto(宇宙の騎士)』リリース。
1979年10月1日、2nd アルバム『Hydra』リリース。
1981年1月、3rd アルバム『Turn Back』リリース。
 同年12月15日、キムボールがコカイン販売容疑により逮捕される。
1982年4月8日、4th アルバム『Toto IV』リリース。
・・・
Electric Light Orchestra「Mr. Blue Sky」
最後ヴォコーダー声で、"Please turn me over"と言ってるのは、サイドCの最後の曲だから。
∨第2弾シングル(1978年1月28日発売)
7th アルバム(2枚組)『Out of the Blue』(1977年10月3日発売)収録
作詞・作曲・プロデュース:Jeff Lynne
レーベル:Jet
全英6位、全米35位 アルバムは全英・全米4位、オリコン32位

・随所に登場する特徴的な”カンカンカンカン”という金属音は、消化器を叩いているらしい。
・ヴォコーダーを多用した最初期の作品のひとつ。
The Beatles「Strawberry Fields Forever」
最後の方で、ジョンが"I buried Paul"と呟いているように聞こえる!?
∨14th シングル「Penny Lane」と両A面(1967年2月17日発売)
アルバム『Magical Mystery Tour』米国盤(1967年11月27日発売 英国では1976年10月29日になって発売)
英国盤EP2枚組(1967年10月29日発売)には「Strawbwrry〜」は入ってない。
作詞・作曲:Lennon–McCartney/プロデュース:George Martin
レーベル:Capitol(米国)
全英2位、全米8位

・""I buried Paul""の呟きは、当時、なぜか広まった「ポール死亡説」を裏付けると騒ぎになったが、実は""Cranberry sauce""と言ってるらしい?
・1966年8月に米国ツアーを終え、11月10日に、以後ビートルズがコンサート活動を行わないことが報道された。本曲のレコーディング開始は11月24日である。
・アルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967年6月1日発売)のレコーディング・セッションの最初に録音されたのがこの曲。『Sgt.〜』に収録予定であったが、レコード会社とマネージメントが早く新作を、と要望したので、「Penny Lane」とともにシングルでリリースし、「既発のシングルはアルバムに入れない」という彼らのポリシーから、『Sgt.〜』収録は見送った。
・シングルは英国チャート2位(Engelbert Humperdinck「Release Me」が1位)止まりで、それまで4年間続いていたシングルの連続1位記録が途切れた。
・2コーラス目の冒頭、""Let me take you down, 'cause I'm going to""の、""I'm""と""going""の間(開始から1分)で、キーとテンポの異なる2つのテイク(テイク7=Aメジャーと26=Bメジャー)の録音テープの回転速度を、前半は上げて、後半は下げて、繋ぎ合わせた。
・ジョンは映画「ジョン・レノンの僕の戦争(How I Won the War)」(1967)の撮影で滞在していたスペインのアルメリアでこの曲を書いた。



次回の爆音アワーは・・・

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