日本人初の快挙! 最高峰・リエクサ
国際コンクール優勝のユーフォニアム
奏者・佐藤采香に訊く「音楽との向き
合い方」

みなさん、ユーフォニアムの音色を聴いたことがありますか?

金管楽器のひとつで、主に吹奏楽で活躍するユーフォニアム。吹奏楽に関わってきた人なら誰しもが知っている楽器だと思いますが、そうでない方の中には「ユーフォニアム単体の音色は聴いたことがない」という人も少なくないかもしれません。
今回お話を伺うのは、ユーフォニアムを心から愛し、真剣に向き合ってきた新進気鋭のユーフォニアム奏者 佐藤采香(さとう・あやか)さん。2018年には世界最高峰とされるリエクサ国際コンクールで日本人初となる優勝を飾ったほか、2015年の日本管楽器コンクールにおいても第1位など、その実力は折り紙つきです。
佐藤さんとユーフォニアムの出会いとは? 佐藤さんがユーフォニアムを演奏することで伝えたいこととは? じっくりとお話を伺いながら、ユーフォニアムの魅力に迫りたいと思います。
佐藤 采香(さとう あやか)
1992年生まれ、香川県高松市出身。8歳でユーフォニアムを始める。高松第一高等学校音楽科を経て、東京藝術大学卒業、同大学院音楽研究科修士課程修了。2014年 第9回チェジュ国際管打楽器コンクール ユーフォニアム部門第2位、2015年 第32回日本管打楽器コンクール ユーフォニアム部門1位、2018年 リエクサ国際コンクールユーフォニアム部門にて優勝。2018年現在、スイス・ベルン芸術大学修士課程スペシャライズド・ソロイスト・コースに在籍、研鑽を積んでいる。これまでにユーフォニアムを船橋康志、村山修一、齋藤充、露木薫、T.リューディの各氏に師事。
ユーフォニアムは「暗闇の中に灯る優しい光」
−佐藤さんは8歳のときにユーフォニアムを始めていますね。金管楽器の中では早い方だと思うのですが、きっかけを教えてください。
「小学校に金管バンドクラブがあって、保育園からの幼馴染と『一緒に入ろう』と約束していたので入りました。本当は花形楽器であるコルネット(トランペットに似た楽器)がやりたかったのですが、意見をはっきり言える子供ではなく。先生にもそれを見透かされていたようで(笑)、『ユーフォニアムに人が少ないから、ユーフォニアムをやらない?』と言われて、すんなり『はい』と答えてしまいました」
小学校3年生のとき。佐藤さんは左から2番目
−運命のいたずらですね。そうして始めたユーフォニアムを中高も引き続き続けたのですか?
「そうですね。一緒に始めた幼馴染はコルネットを選んだのですが、バンドの中でいつもツートップを競っていて、親友でありライバルであるという関係性になっていきました。彼女の存在はとにかく大きくて、音楽高校への進学を決めたのもコンクールを受けてみることにしたのも、彼女がそうすると言ったからなんです。
コンクールを受けることを決めて、初めてソロの作品を練習することになり、初めて『この音楽を通して自分は何を伝えたいのか』ということに向き合いました。楽器を買ったり先生についたりしたのもこのときです」
高校2年生で出場したコンクール
−刺激を与え合うライバルの存在とは、マンガ化できそう…! 佐藤さんは香川県ご出身ということですが、先生探しには苦労されませんでしたか?
「私はすごく運がよくて、同じ学校の吹奏楽部の先輩のお父さんが香川県の吹奏楽連盟の方で、私が音楽をやりたいと言っていることを聞きつけて、先生を紹介してくださったんです。本当にすばらしい先生との出会いで、その後大学受験までずっと師事しました。
音高時代は、結構ストイックに楽器と向き合っていたんですよ。学校では吹奏楽部に入っていたのですが、まず朝練・昼練・部活動とあって。部活の時間はソロ曲などの練習をしてはいけないという決まりがあったので、ソロの勉強は部活後にしていました。友達と遊ぶ時間はほとんどありませんでしたね」
−8歳から楽器を始めて、思春期をすべて注ぎ込むくらい夢中になれたということですが、それだけユーフォニアムという楽器を好きになれた理由はなんだと思いますか?
「8歳で初めてユーフォニアムを渡され自分の音を出してみたときからずっと、ユーフォニアムの音色が大好きなんです。金管クラブの帰りに、とあるお家の玄関前を通っていたのですが、そこの灯りが薄暗い道をいつもふわっと照らしていて、『ユーフォニアムの音ってまさにこの光だ!』と思って。それ以来私は、ユーフォニアムの音色を『暗闇の中に灯る優しい光』と表現するようになりましたし、そんな音色を目指しています。
ちなみにユーフォニアムの語源は『ユーフォノス』というギリシャ語で、『よく響く』という意味です。音域は成人男性の声くらいで、人の心が音になって伝わりやすいと言われているんですよ」
−光のような音色を目指す…ですか。小学生のときからその境地にたどり着くというのもすごいですね。
「金管楽器の音色ってよく『明るい』とか『暗い』と表現されるので、自分の例えもそれと近いものがあるかなと思います。練習も、音の中心部分の“光”を磨いていくようなイメージで。中高時代まではテクニックの練習というよりも、自分の音とひたすら向き合い続けるという、そういう練習をしていました」
高校3年生でのソロコンクールガラコンサートにて
−よく吹奏楽器は口まわりが疲労したり傷めてしまったりと、長時間練習はできないと耳にするのですが。
「そうですそうです。4時間くらい吹くと、笑うだけで頬の筋肉疲労を感じます。でも私は、動けないくらい吹いた方が調子がよくなりますね」
−ストイックだなあ…。
ユーフォニアムで幸せを届けたい
−ユーフォニアム愛がすごく伝わってくるのですが、逆にいやになってしまったことはないのですか?
「それは比較的最近あって。去年の春にモチベーションが下がっていて、さらに本番で大失敗をしたものだから、ものすごく自己嫌悪に入ってしまいました。私はずっと『皆さんを幸せにしたい』という気持ちで演奏をしてきたので、気持ちの入らない状態で演奏することも、それで満足のいく演奏をお届けできないこともつらくて、『これでは誰も幸せになれないから、やめた方がよいのでは…』と思いました」
−モチベーションが下がってしまったきっかけはなんだったのでしょう。
「2015年に日本管打楽器コンクールで1位をとって、皮肉にもそれがモチベーション低下につながってしまいました。というのも、自分が長年描いていた “日本管打楽器コンクール1位の演奏” と “自分の演奏” が自分の中ではかけ離れていて、手放しで1位を喜ぶことができなかったんです。
でも去年の出来事からこのままではいけないと思い、反省文としてWordで11枚分、自分の人生を振り返って自省したんです。それで明確になったのですが、元々コンクールを受けたり、藝大を受験したりと『難しいものに挑戦して成功させる』ということを続けてきたのは自分のキャリアのためというより、それで両親や応援してくれている人たちが喜んでくれるということがモチベーションでした。今自分がいる場所は、そうやっていろんな困難を乗り越えてきた結果だし、逆に音楽でしかここまで来られなかったと思うし、まだまだ応援してくれている人に届けたいものも多い。ここでやめたら中途半端になってしまうと思い、気持ちを立て直すことができたんです」
−反省文っていうのもまた独特ですね…! それを書く中で、次の目標なども具体的になったのでしょうか?
「自分の尊敬する演奏家をリストアップして、その人たちがどのような生き方をしているかというのを分析し、『こんな演奏家になりたい』という大きな目標が定まりました。あと、ちょうど今年の夏にその反省文を読み直していたのですが、具体的に次の目標として『リエクサ国際コンクールで結果を残す』と書いていました」
−そのときの挫折が、今年のリエクサ国際コンクールでの結果につながっていたのですね! 本当にドラマチック!
“めちゃくちゃすてきなコンクール”
画像出典:リエクサ ブラスウィーク公式サイトより
−リエクサ国際コンクール*についてもぜひいろいろと教えていただきたいのですが、最初にこのコンクールを志したのはいつ頃ですか?
*リエクサ国際コンクール:1998 年に始まった国際金管楽器コンクールで、世界で最も大きな金管楽器コンクールのひとつ。リエクサ・ブラス・ウィークと呼ばれる金管楽器の祭典の会期中に開催されており、毎年ひとつの楽器を取り上げてコンクールが開催される。
「前回リエクサ国際コンクールにおいてユーフォニアムが取り上げられたのは2011年だったのですが、そのときに日本人の安東 京平さんが3位を取られたんです。それを音楽雑誌で知って、そのときから目標として頭の中にありました」
−そして2018年にチャンスがまわってきたということですね。かなり力が入っていたのではないですか?
「いえ、むしろ肩の力は抜けていたと思います。コンクール期間は7月20日〜だったのですが、本格的に準備を始めたのは6月の中旬くらいからです。大学2年生のときにチェジュ国際管打楽器コンクールに参加したのですが、そのときはめちゃくちゃストイックに練習して挑みました。結果は2位だったのですが、それから4年経った今年は、もっと音楽性を前面に出した演奏がしたいと思って取り組み方を変えたんです。コンクールの準備をしたというより、自分のコンサートを開くような気持ちで準備をしました」
コンクール後の一枚
−なるほど…。アプローチを変えてみた結果が1位というのは本当にすごいことだと思います。
「でも、本当に納得いく演奏ができたのは一次審査だけだったんです。二次審査は40分で4曲を演奏するのですが、演奏順は自分で好きに決められるので、自分の中ではこれがアンコールピースだなという曲を4曲目にして。1〜3曲目はアグレッシブな曲目だったのですが、何も弾けなかったと言っても過言ではないくらいの出来で…。4曲目だけは自分の伝えたいことを伝えようと開き直って演奏したところ、なんとか本選に進むことができました。ほぼその曲だけで評価していただけたという感じですね。ちなみにその4曲目は、エンリケ・グラナドスの書いた『マドリガル』という曲です」
−本選も納得のいく演奏はできなかったのですか?
「はい。私も含めて、本選に行った3人とも、ポテンシャルを出し切れなかったのではないかなと思っています。だから1位になったとき、審査員に聞きに行ったんです。『なぜ私が1位なんですか? うまくいかなかったのに』と。そうしたら審査員の方が『それは僕たちもみんなわかっているよ。でもあなたの音楽を評価したかった』と言ってくれて。
価値観が変わりました。どの楽器もそうだとは思うのですが、金管楽器は特にミスが目立つ性質があって、とにかくミスが命取りという認識でいたんです。もちろんミスはない方がよいですが、このコンクールでは “正しい演奏かどうか” ではなく “音楽性” を見てもらえた。この経験は、今後の演奏を大きく左右すると自分で感じました。
ついでに二次審査の演奏についても審査員に聞いてみたところ、『マドリガルで泣いたよ』と言っていただけました。他の曲については『まあね(笑)』という感じだったのですが(笑)」
−すばらしいコンクールですね。
フィンランド・リエクサ
「めちゃくちゃすてきなコンクールでした。本当に”音楽をしている人たち” が集まっていて。
こんな印象的なこともありました。一次審査で他の参加者の演奏を聴いていたとき、すごくおもしろい演奏をする人がいたのですが、暗譜が飛んでしまったんです。日本だったらもうだめだろうなあと思ったのですが、結果は通過。二次審査は聴けなかったのですが、非常に個性的な演奏だったそうで、審査員から『君は本選には行けなかったけれど、僕たちは評価している』と花束を贈られていたんです。
審査員は30〜40代の方が多く、まさに今の音楽界を牽引しているような方々。そういう方たちが、テクニック以上に一人ひとりの『音楽』を評価してくれているということが、すごく学びになりましたし、今後の金管シーンが変わっていくんだろうなと感じました」
−すごく生き生きとお話されるので、本当に佐藤さんの音楽観を左右するような経験になったのだろうなあと伝わってきます。
「私、国際コンクールが好きなんです。会ったことのないいろんな国の人が集まって、演奏を聞いたり意見交換をしたりすると、自分の世界が広がる“しか”ないという認識で。友達も増えますし。今回はその中でも貴重な経験だったなと思います。
余談ですが、日本は世界的に見ればかなりの吹奏楽大国で、学ぶ環境も整っているほうなんですよね。今回のリエクサ国際コンクールでは世界から30人がエントリーしていたんですが、その中の10人が日本人でした。ユーフォニアムって割とマイナーな楽器だと思うのですが、ユーフォニアムの国際コンクールでの日本人の割合はいつも高いんですよ」
佐藤さんのお話を伺っていて感じたのは、なんてまじめな方なんだろうということ。華々しい結果の上にあぐらをかくようなことは決してなく、どこまでも「いかに真っ直ぐ音楽と向き合えるか」を突きつめていく姿勢に感銘を受けました。
後編のメイントピックは、現在留学中のスイス・ベルン芸術大学での学びについて。なんと、リエクサ国際コンクールで最終審査に残った3名全員がベルン芸術大学で学んでいるそうですが、佐藤さんいわく「誰の演奏も似ていないのは先生の教え方がすばらしいから」とのこと。より具体的なエピソードをご紹介します。
また、2018年12月19日に発売予定のデビュー・アルバム『Beans』や、2019年2月15日に開催予定のソロ・リサイタルへの意気込みもお届けします!
■プロフィール全文
1992年生まれ、香川県高松市出身。8歳でユーフォニアムを始める。高松第一高等学校音楽科を経て、東京芸術大学音楽学部器楽科卒業。卒業時にアカンサス音楽賞及び同声会新人賞を受賞。同大学大学院音楽研究科修士課程修了。これまでにユーフォニアムを船橋康志、村山修一、齋藤充、露木薫、T.リューディの各氏に師事。
2014年韓国・チェジュ国際金管打楽器コンクールユーフォニアム部門第2位、2015年日本管打楽器コンクール ユーフォニアム部門第1位及び文部科学大臣賞、東京都知事賞、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団特別賞、2016年米国・ITECコンペティション第2位を始め、国内外での優勝・入賞多数。2018年にはフィンランド・リエクサ国際コンクールユーフォニアム部門にて優勝。1998年のコンクール創設以来、全部門を通して日本人、そして女性として初の快挙を成し遂げ、新進気鋭のユーフォニアム奏者として海外からも注目を集めている。
2017年香川県文化芸術新人賞受賞。2018年度ロームミュージックファンデーション奨学生。NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」をはじめ、TV・ラジオ・雑誌・新聞等メディアに多数出演。
これまでにソリストとして東京フィル、東京シティ・フィル、瀬戸フィル、東京藝大ウインドオーケストラ等と共演。2018年現在、スイス・ベルン芸術大学修士課程スペシャライズド・ソロイスト・コースに在籍、研鑽を積んでいる。ぱんだウインドオーケストラユーフォニアム奏者。

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