串田和美率いる劇団TCアルプが、手塚
治虫原作『人間ども集まれ! 2018』上
演。手塚るみ子氏を招いて、木内宏昌
(脚本・演出)、細川貴司(TCアルプ
)が作品を語る。

俳優・演出家の串田和美が芸術監督を務める「まつもと市民芸術館」(長野県)を拠点に活動する劇団TCアルプが、手塚治虫原作「人間ども集まれ!」を再び舞台化する。急速に世界のヒノキ舞台に立つ東南アジアの独立国、太平天国。その国から輸出されていたのは、天下太平という一人の男性の特殊な精子から製造される男でも女でもない“無性人間”。人間たちの欲望を満たし、戦争もする便利な道具として重宝される無性人間は、世界中で数を増やしていくが――。2016年にも本作を手がけた演出・脚本の木内宏昌が、劇団のメンバーとともにまったく新たな視点で立ち上げる舞台とは。手塚プロダクションの手塚るみ子氏、木内、TCアルプの細川貴司による座談会で掘り下げる。
手塚るみ子
――るみ子さんは初演をご覧くださったと聞きました。そのときの感想から教えていただけますか?
るみ子 実は最初にこれを舞台化するという話を聞いたときは、限られた時間のなかで、この長くて複雑な話をどうまとめるのかと、疑問や不安な気持ちがありました。でも拝見させていただいた舞台は物語をうまく整理し、伝えるべき部分をクローズアップしていらしてすごいと感じました。と同時に、私も子供のころから読んでいる漫画にもかかわらず新たに気づくこともあって、手塚もこういうことが書きたかったんじゃないかと改めて考えさせられるなど刺激を受けました。
――木内さんは手塚作品を舞台化するのは、『人間ども集まれ!』が2作目、今回が3回目になるんですよね?
木内 最初は『アドルフに告ぐ』でしたね。そのときアフタートークでいらしたるみ子さんと出会いました。
るみ子 神奈川芸術劇場で上演された『アドルフに告ぐ』も本当に素晴らしかったんですよ。すごい長編大作で、歴史的背景から幾つもの話が複雑に絡み合うんですが、そのときも非常にダイナミックにつくられていてものすごく感動したのを覚えています。その興奮を引きずったままご挨拶させていただいたんですよね。その木内さんが今回も演出をされるとのことで、続編には期待しかなく、いろんな人に見ていただきたいという気持ちがあります。
木内 るみ子さんにはTwitterなどでも宣伝していただいて、本当に感謝しています。
木内宏昌
――木内さんは相当な手塚ファンでもいらっしゃいますよね。手塚作品の魅力、舞台化の難しさをどんなところに感じますか。
木内 僕のなかでは、手塚さんの作品に手を加えることはまかりならんと言われたとしても当然だと思っています。でもお兄様の眞さんが著書「父・手塚治虫の素顔」で「どんなに作家やアーティストが手塚作品を手がけても、天才・手塚治虫は超えることはできない、むしろどんどんやってほしい」ということを書かれたくだりがあって、それが僕の拠り所でもあります。ただそのときに思っていることがあって。一般的に手塚作品として知られているものはごくごく一部。知られていない作品がものすごくあって、もし自分が取り組むのであれば、その中から演劇をつくりたいんです。その一つが『人間ども集まれ!』。そして、手塚さんの作品には「漫画で初めてこれをやった!」という挑戦が山ほどある。では僕らが演劇をつくるときに、演劇でできる挑戦をしないと、ほかの漫画を舞台化するのと変わらなくなってしまう。そういうものを扱うんだという緊張感はあります。
TCアルプ『人間ども集まれ!』(2016 撮影:山田毅)
――『人間ども集まれ!』をやってみたいと思った理由はなんですか。
木内 無性人間とはなんだろうということですね。るみ子さんの昔の写真を拝見すると、無性人間第1号・未来に見える。そこに手塚先生との親子関係が見えてくるようで。この物語は、父親が子供を産んで、その父親と子供の関係で大河ドラマを編んでいく、人類の歴史を描いている。それこそ聖書の「創世記」だと思ったわけです。東南アジアの架空の国を設定して、その国の戦争の脱走兵から子供が生まれたと。ここからは僕の想像ですけど、書かれたのは1967、68年当時ですからベトナム戦争をイメージされていたでしょう。そして天下太平父子は戦争の産物の一つなんじゃないかと想像したんです。たとえば「ゴジラ」もそうですよね。これは一見、ギャグ漫画風のタッチで描かれているけれど、そうすることでしか書けないモチーフがいっぱいあるにちがいない。今なら演劇としてギャグではないタッチで、手塚さんがモチーフとしたものに触れながらこの作品をつくれるんじゃないかと思ったんです。現代人にとってどんな出来事が突き刺さるのかを、もう少し明らかにしてもいいんじゃないかと今回は思っています。
るみ子 確かに難しいテーマ、暗いテーマをもっています。でもナンセンスなタッチだからこその読みやすさを考えていたと思うんですね。先ほど申し上げたように『人間ども集まれ!』の舞台で気づかされたことは、男女の性とはなんだろう、性がない存在が登場することで、生殖して遺伝子が残っていくという生き物の営みがなくなったら人間はどうなっていくんだろうと。舞台を見て、改めて原作を読み返したときに、木内さんが非常にうまく舞台化してくださったんだなと思いました。
――木内さん、TCアルプという集団について、るみ子さんに紹介していただけますか。
木内 はい。芸術監督の串田和美さんが呼び集めた元教え子、目に留まった俳優さんたちで構成される劇団です。串田演劇の夢がつまった団体とも言えます。串田さんが演出する舞台に参加したり、自分たちで公演を打ったりしていますが、東京の同世代の劇団に比べると、ものすごい経験値を持っている。ルーマニア公演も行っているし、外国人とも普通に共演しています。演劇的知性もとても高い。この人たちはある世界観、方法論を持っています。彼らは台本がなくても芝居がつくれてしまうんです。僕としては、せっかく一緒にやるわけですから、そのすべてをなんとか刺激しながら新たな芝居を立ち上げていきたいんです。
細川貴司
――木内さんには作・演出家として手塚作品をやるうえでの心持ちがありますが、役者としてはいかがですか。
細川 実は僕らは手塚作品をベースにして作品をつくることはけっこうあるんです。『罪と罰』を最初に2007年にやったんです。あのすごく長い物語をドストエフスキーの原作から立ち上げていくということで、もちろん読み込むんですけど、長すぎてよくわからない。そのときに手塚さんの漫画はすごくよくできているんです。ゲーテの『ファウスト』のときも手塚さんの本を読みました。そして『人間ども集まれ!』なんですけど、手塚作品の一番のすごさは場面の設定力だと思うんです。このコマは、こういう場所でこういう状況であるべきだとか、距離間まで見てえくる。そういう意味で原作を読んでしまうと、演劇としてここに立ち向かうのが難しくなってしまう、それが前回の印象でした。サブテキストのときはとても便利なのに。言い方を変えれば、僕らは原作の力を借りすぎていないかと。もっと自分たちで発想しなければいけなかったんじゃないか、もっと演劇的な表現ができないのだろうか、という思いが残ったんです。今回はそこが新たな勝負だと思っています。
木内 もっと役者としてできることがあるんじゃないかということだよね。
――自分たちの作品にするということですね。
細川 そうです。手塚さんの世界を僕らが演劇にしたらこうだという部分で、もっともっと先に行きたいですね。前回の千秋楽に、天下太平を演じた武居卓がカーテンコールで突然客席に向かって、「再演したいと思います」って叫んだんです。それがこういう形で実現してうれしいなって思っています。
――2018年版は、前回とどう違うのでしょうか。
木内 今回は連載版の一番最後のページから始めるんですよ。不思議なことに、最後のページにいくと、突然ナレーションが遠いところから「誰よ、これって」としゃべる場面があるんです。物語を俯瞰して、誰が誰にしゃべっているんだろう、あるいは誰かがこの話をしゃべっているんだろうかというような感覚になるんです。今回はそこから始めようと。〈こう性風俗がコンランしてくると、やがてマトモな男や女はかえって息苦しくて連中に同化してしまうにちがいない。ちょうど無性人間に人間が去勢されたように〉と警告している。それを現代人としての僕らが感じる方向と、原作の登場人物として何が立ち上がってくるか、この両方の要素を同時に走らせる芝居をつくっています。前回も最初から膨大な物語全部をやろうとは思わず、次にやるときは後半をやるぞという気持ちでいたので、細川くんが言ったように実現してうれしいです。
るみ子 後半が残されていますもんね。手塚の作品で何かをつくろうとすると、どうしても原作にひっぱられて、なぞることになって苦労すると思うんです。でも私たちは、つくる方の心の中にその作品がどう感じられたかをどんどん出してもらい、果ては原作とはまったく違うものになってしまうかもしれない、あるいは個人的な感想が入ってくるかもしれない、それでいいと思っているんです。ファンの方には原作をいじってくれるなという思いがあるかもしれない。でも原作は変わらずにありますから、逆に新しい表現にしていただくことで手塚の原作がより深く楽しめることになる、そういう結果になってくれれば我々としてはうれしいんです。それは役者さんも同じで、原作のキャラクターに引っ張られたら役者がやる意味がなくなってしまいます。だったら漫画でいい。細川さんがおっしゃったように、演劇にするのであれば漫画ではできないことをすることに意味があると思うんです。だから一番最後のページがこういうふうに見える、じゃあそこから初めてみようというのも木内さんが読まれてインパクトを感じたことだと思うので、それがどんなふうになるか楽しみでもあります。
——それはありがたい言葉ですね。
るみ子 不思議なんですけど、手塚の作品を映画化すると失敗することが多いんですよ。リアリティを追求しても原作はしょせん漫画なので、足りない情報をどんどん取り入れるうちに原作にかなわなくなってしまう。逆に演劇は、最初から見る側が舞台という限られた時空間でやるものだという意識がありますよね。漫画もそうですが、足りない部分は見る方が想像を差し込んで、自分なりのダイナミズムをつくりあげてくださる。演劇と漫画はメディアとして近いものがあって、だからこそ成功するんじゃないかなと思うんです。ですから自由にやってください。
木内・細川 ありがとうございます。がんばります。
細川 もちろん面白くするのが第一義ではありますけど、現代に生きる私たちの抱えた世界の中で面白いねというだけじゃないものを目指しているんですね。楽しみにしていてください。

TCアルプ『人間ども集まれ!』(2016 撮影:山田毅)

取材・文:いまいこういち
《手塚るみ子》プランニングプロデューサー。手塚プロダクション取締役。漫画家・手塚治虫の長女として生まれる。広告代理店でセールスプロモーションやイベント企画に携わったのち、父親の死をきっかけに手塚作品のプロデュース活動を開始。アトム生誕40周年を記念した「私のアトム展」をはじめとする各種イベントや、朝日放送創立50周年キャンペーン「ガラスの地球を救え」年間イメージソングのプロデュースなど幅広く手がける。また音楽レーベル「MUSIC ROBITA」を設立し、2003年の「鉄腕アトム」生誕にあわせたトリビュートCD「Electric-Brain feat. ASTROBOY」といった手塚作品の音楽企画も制作。
《木内宏昌》演出家・劇作家・翻訳家。上智大学文学部卒。2002年からtptに参加し、海外戯曲の翻訳、演出に取り組む。ハイナー・ミュラー作『カルテット』、マヤコフスキー作『ミステリア・ブッフ』、マヌエル・プイグ作『薔薇の花束の秘密』、ミュージカル『イントゥ・ザ・ウッズ』などの演出、ユージン・オニール作『楡の木陰の欲望』、『夜への長い旅路』などの翻訳台本、ホメロス原作『イリアス』、高橋克彦原作『炎立つ』、手塚治虫原作『アドルフに告ぐ』などの脚本がある。2014年にニーナ・レイン作『Tribes トライブス』、ジャン・コクトー作 『おそるべき親たち』で第7回小田島雄志・翻訳戯曲賞。
《細川貴司》1981年生まれ。高知県出身。TCアルプ所属。04年日本大学藝術学部演劇学科卒業後『コーカサスの白墨の輪』で串田作品に初参加。07年TCアルプの前身であるまつもと市民芸術館レジデントカンパニーの旗揚げに参加。以後長野県松本市を拠点に活動。近年の出演作にコクーン歌舞伎『三人吉三』『K.テンペスト』『空中キャバレー』(串田和美演出)TCアルププロジェクト『ユビュ王』(小川絵梨子演出)等。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着