【レポート】稲垣吾郎がベートーヴェ
ンを演じる『No.9 -不滅の旋律-』
待望の再演~あまりに剥き出しな、荒
ぶる魂

稲垣吾郎が“楽聖”ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンを演じる『No.9 -不滅の旋律-』が2018年11月11日(日)より東京・赤坂ACTシアターにて開幕する(12月2日まで上演。その後、大阪・オリックス劇場、横浜・KAAT神奈川芸術劇場<ホール>を回った後、年明けには久留米シティプラザ<ザ・グランドホール>での上演も行なわれる)。
初演は2015年。作曲家が、聴覚障害や人間関係に悩み、生きることに苦しみながらも創作の炎を激しく燃やし続ける姿を描いた評伝劇で、脚本を「劇団☆新感線」の中島かずき、演出を白井晃、音楽監督を三宅純が務め、好評を博した。その作品が、再演を望む多くの声に応えて帰ってきたのだ。
白井は、秋に上演された『華氏451度』でも、人が生きていくにあたって芸術が人生にもたらすもの、その意味を深く問いかける素晴らしい演出を見せたばかり。稲垣も、8月の京都劇場公演『君の輝く夜に』において、三人の女性たちと繰り広げる小粋な音楽劇で新たな境地を拓き、舞台役者としての魅力を大いにアピールした。ちなみに、『No.9 -不滅の旋律-』の東京公演が行なわれている赤坂ACTシアターが2008年3月に開場した際、初めて上演された作品が、奇しくもKバレエカンパニーの『ベートーヴェン 第九』(熊川哲也振付)だった。
初日前日の公開ゲネプロ(11月10日17時)。ピアノ工房で楽器の出来不出来に激しく文句をつけ、コーヒーを飲めば60粒ではなく61粒で淹れるのは味が変わるからけしからんと言い放ち、傲岸なまでに己の音楽の才能を言い募り、音楽の道、芸術の道に邁進する男、ベートーヴェン。その聴覚障害を疑い、彼の家にメイドとして入り込んだマリア(剛力彩芽)は、最初は反発しながらも、その音楽の美しさに魅せられ、彼の創作を手助けする存在となっていく。
『No.9 -不滅の旋律-』
マリアの姉ナネッテ(村上絵梨)は夫のアンドレアス(岡田義徳)共々ピアノ職人、我こそはベートーヴェンの一番の理解者であるとの自負がある。ベートーヴェンは貴族のヨゼフィーネ(奥貫薫)と愛し合っているが、階級差に阻まれ、結婚できない。そして、人気作曲家として活躍するベートーヴェンの脳裏に、ときおり、虐待に近い音楽教育を施した父ヨハン(羽場裕一)の記憶がよぎるのだった――。ベートーヴェンの聴覚障害は進んでゆき、メトロノームの発明家メルツェル(片桐仁)が持ってきた補聴器が必要になってゆく。しかし、彼は言う。自分の頭の中の完璧な音楽さえあれば、人の余計な声、雑音が聞こえなくてかえって好都合だと。
『No.9 -不滅の旋律-』
彼は美しい曲を作る。その曲に、聴衆は熱狂する。だが、彼のあまりに偏屈な態度に、兄弟をはじめとする近くの人々はそばを離れてゆく。その、せつなさ。美の道に邁進するあまり、孤独の態を深めていくその姿を、天賦の才にあふれた芸術家ならばそれも仕方がないとして崇めるか、それとも、一人の人間としてのあまりの不器用さに嘆息するか、それは、観る者の心にあくまで委ねられている。
それにしても、稲垣がここで演じるベートーヴェンは、不思議なまでに“演技”をしない人間である。――人は通常、社会生活を営むにあたって何らかの役割を“演じ”、そうするにあたって“仮面”をつけている。例えば、父、息子といった家庭上のものから、上司、部下といった職業上のものまで、“仮面”の種類はさまざまに考えられ得るし、人によってその“仮面”の厚さ、薄さも変わってこよう。その“仮面”こそが、社会において人間関係を育んでいく上でのある種の潤滑油になっている。
『No.9 -不滅の旋律-』
そんな社会において、芸術作品とはある意味、禁断の起爆剤である。例えば、コンサートホールにおいてある曲を聴き、指揮者、演奏者と聴衆の心が一つになるとする。本来は“仮面”をつけて接している者同士の、その“仮面”を、心の垣根を、一気に取り払ってしまう、それが優れた芸術作品の恐ろしき効用である。芸術家とは、そのようなものをこの世に生み出す存在である。当然、“仮面”をつけたままで創作はできまい――真に心の奥から生まれたものだけが、他の者の心にも作用を及ぼす。そして、ここで描かれるベートーヴェンは、創作の場においてだけでなく、社会生活を営む際も、何らかの“仮面”をつけることをせず、創作にあたるのと同じ、あまりに剥き出しの心のままで、周囲の人たちに接していく。そして、当然ながら、傷つく。剥き出しの、裸の心をそのまま舞台に乗せることを厭わない、役者・稲垣吾郎の潔さに打たれる。その潔さがあったればこそ、劇中、さまざまな場面で、あるときは彼の心に寄り添うように、あるときは彼の心に逆らうように、美しく響く数々のベートーヴェンの調べが、目の前にいるこの人から生み出されたものなのだと、観る者は信じることができる。
『No.9 -不滅の旋律-』
剛力演じるマリアは架空の存在で、ベートーヴェンを支えた数多の人々を凝縮したような役どころ。稲垣の力演に対し、まっすぐに、素直に立ち向かう様が実に好感度大。さまざまな舞台で観てみたい人である。その姉ナネッテ役の村上も、19世紀にピアノ職人として活躍する女性として凛とした美しさを見せる。その夫アンドレアス役の岡田は、気丈な女たちの間にあってほっこりと癒し的存在、人のよさが味わい深い。メルツェルを演じる片桐はコミックリリーフ的役どころ、荒ぶる魂を描くこの物語において、観客がふっと息を抜ける上質の笑いをもたらす。白井の愛と熱のこもった演出により、キャストそれぞれから魅力が引き出されている。舞台左右に置かれた二台のピアノを、末永匡、富永峻の二人のピアニストが実際に奏でるという趣向も贅沢な限りだ。
中島の脚本は、この時代のヨーロッパ社会と文化に大きな変革をもたらした男、ナポレオン・ボナパルトの存在や、変わりゆくウィーンの政治体制なども巧みに取り込んでおり、芸術家の創作活動とは、彼の生きる時代、社会と深く関わり合って成立していること、だからこそ、優れた芸術作品とは、時代を超える普遍性と同時に、その成立した時代を雄弁に伝えるものでもあることを示している。
ゲネプロ前に行なわれた囲み会見には、ベートーヴェンの扮装をした稲垣吾郎が登場。「再演にあたり、パワーアップした『No.9 -不滅の旋律-』をお届けできると思う。キャストが変わるとお芝居が変わるということもあり、またゼロから作っているような感覚。5月にウィーンに行き、ベートーヴェンゆかりの地を訪ねたこともあって、初演の際には“天才ベートーヴェン”と思っていたのが、今では“人間ベートーヴェン”と感じるようになった」と抱負を聞かせてくれた。
『No.9 -不滅の旋律-』
自分とベートーヴェンの共通点については、「やっぱり、ヒステリックなところかな。香取(慎吾)くんと草彅(剛)くんから“ヒステリックゴロチ”と言われるんですよね。大人になりましたし、少しはおとなしくなったと思うんですが、せっかちだったりするし、そういうところがあるのかな。そこはでも、ベートーヴェンを演じる上で活きていると思いますね」と語る。「3年経って自分の置かれた環境も変わりましたし、人間、成長もしますし」と、再演の舞台への期待を抱かせ、「ベートーヴェンも56歳まで生きましたし、僕も吾郎(56)にちなんで、56歳までこの役をやりたい」と、当たり役の続演に強い意欲を示していた。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)  写真撮影=寺坂Johney

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