Nulbarichにしかできない武道館公演
、世代やルールを超えた芯の部分で空
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Nulbarich ONE MAN LIVE at 日本武道館 -The Party is Over-

2018.11.2 日本武道館
九段下の駅からすでに様々な年齢層の人々が、各々ちょっとオシャレして武道館に向かっている。中には仕事を終えて猛ダッシュで駆けつけたビジネスマン、90年代レアグルーヴ好きの40~50代とその子供世代、さらにはもっと若い親子など、普段の特定の街以上に多様な世代がいる、そのことにまず感銘を受けた。彼らはファン度の濃淡はあれ、“Nulbarichの音楽が好き”でここに集った人たちだから。この日のためのスペシャルなグッズの数々や、アパレルショップのそれのようなショッパーなど、センスも抜群でトータルの世界観が維持されているのもいい。
Nulbarich 2018.11.2 日本武道館
会場に入ると、シンプルなしつらえに見えるステージ上の横並びになった大量の楽器と機材が目に飛び込んでくる。開演予定時刻ごろに背景のスクリーンにカウンターが投影され、加えて「Please put your [Cellphone]Lights on.」と表示され、オーディエンスはスマートフォンのバックライトをつけ始める。特にスタンドの光景が美しいなと思っていたら、暗転し、ステージ上のライトはアリーナを照らす中、ピアノとウッドベースのメンバーが登場し、バータイムのようにしっとりアンサンブルを聴かせ、続々、メンバーが登場。なんとギター3人、キーボード3人(うち一人は曲によってエレキベース)、ドラム、ベース兼ウッドベースという8人編成の大所帯だ。シンセベースが印象的なセッションがP-ファンクのようなオープニングからJQがセンターの少し高い位置に現れ、ビッグバンドならではのアレンジで「Hometown」を、そしておなじみのギターカッティングに歓声が上がる「It’ s Who We Are」、さらにファンキーな「Lipstick」と武道館全体が横揺れるするオープニング。ギター3本全てがカッティングしつつ、少しずつ違う音色が作り出すグルーヴが心地よい。意外にも背景のスクリーンにJQの表情は大映しになり、メンバーは演奏する手元やギタリスト3人のスタイルがよく分かるようなアングルがチョイスされ、良質なジャズのドキュメント映像を見ているような気分に。
Nulbarich 2018.11.2 日本武道館
「ご機嫌いかが? これ、最初に言っとかなきゃいけないな、夢、叶えてくれてありがとう。間違いなく緊張してるけど、いつもどおりにやるわ」と、いかにもJQらしい言葉で感謝を述べて、ウッドベースがぐっと曲の世界観へ引き込む「Handcuffed」へ。音源から生の8人編成に大きくアレンジを変えているし、大所帯であるにも関わらず、8人+JQの声が各々絶妙なバランスで聴こえる。とかく大音量で圧高めなPAのライブが多い最近の武道館だが、NulbarichのPAは彼らの演奏を最大限解像度高く表現することに特化している。最高に心地よい。3本のギターしかり、スタンっ!と落ちるスネアしかり。
「NEW ERA」ではサビをオーディエンスに歌わせたりして、すっかり武道館が温まったところに、このバンドのヒップホップ/ファンク/ジャズが当然のようにバックボーンにある音楽的な筋力が発揮される。チャンス・ザ・ラッパーばりのフロウを聴かせる「On and On」ではJQもサンプリングパッドを叩き、さらにはドラムセットに座り、掛け声やラップとともにタイトなドラミングを聴かせるあたり、アンダーソン・パークを彷彿とさせた。「バンドを始めた頃、こんなグルーヴを武道館でかませたら最高だねって言ってたようなことをやる」というJQの一つの念願が今、実現している。そしてそれは無意識のうちにも現行のヒップホップ・アーティストの姿が重なるのだ。ドラマーに交代して、新曲の「JUICE」。これも明らかに生音ヒップホップの影響を感じるドープなナンバーだった。そのあとのMCで、もともとドラマーだったことを明かし、驚きの声が上がると「なんか俺よりみんなの方が緊張してた感じだね」と笑わせる。
濃いバンドのインタープレイを堪能させた後は、リラックス感と愛らしさのあるレゲエ・ライクな「Ordinary」。様々なフォントで歌詞が投影されるのだが、ラストの<Sorry,I’ m Ordinary Boy>というフレーズを丁寧に歌い終えるJQのはにかんだような表情に、今ここにいるオーディエンスへの偽らざる感謝の気持ちと同時に、自分は自分でしかないという前向きな意思を勝手に見てとった。
Nulbarich 2018.11.2 日本武道館
ポップでアメリカンなイラストを背景にした「SMILE」は、普遍的なポップソウルがステップを踏ませる。そして現在のところリリースされている中で一番新しい「Kiss You Back」はプリミティヴなビートとシンセが空間を拡張。もっともEDM以降のポップミュージックに接近したサウンドだが、「ジャンプって言ったらこれでしょう」と演奏を始め、それまでも自由に揺れたり踊っていたオーディエンスがサビで思い切りエモーションを弾けさせるようにジャンプしていた。それでも皆が同じことをしているわけじゃない。この自由度、皮肉なことだが、なかなか最近のライブでは味わえないものだ。
さらにカッティングと弾力のあるベースが最高な「Zero Gravity」。ソウルの名作映画『Superfly』を模したようなビジュアルが投影されて気分がさらにアガる。この辺り、分かる世代や好きな人には演奏やアレンジ以外にも色々見所満載で、JQが経験してきたあらゆるブラックミュージックのエッセンスが、彼流に昇華されているのも楽しい。ダンサーがいたり、本人も派手なアクションがあるわけじゃないけれど、逆にNulbarichを見る人それぞれの角度で楽しめる音楽的な演出はそこここにあるのだ。
さらに新曲「VOICE」を披露したり、「Follow Me」ではサビのシンガロングを促したり、歌えなくても“ラララララ ”だけでもクラップしながら歌ったり、このステージの中心にいるのはJQではあるけれど、なんのルールもなく、メロディがシェアされている。なんとも美しい光景だ。続く「Almost There」は、大切な場所を守りたい、そんな気持ちがJQのボーカルにも厚いアンサンブルにも、エンディングに向かってより大きくなっていくたくましいグルーヴにも表れていた。
Nulbarich 2018.11.2 日本武道館
巨大なウォール・オブ・サウンドに満場の拍手が起こる中、「次の曲で最後になります」というJQに軽くブーイングが起こる。それを制して、今、見えている情景に対する驚きと感銘を正直に口にしながら、「みんながお金と時間の都合のつく限り、いつでも戻ってこれる場所があると思って、また来てください」と、その場所を用意する柔らかな意思を言葉にしてくれた。本編最後は「夢叶っちゃったよ!」と言いながら、自然とハンドウェーブが起こる、暖かなナンバー「Heart Like a Pool」で締めくくった。いや、今、ここまで音楽を主軸に繋がれるアーティストっているだろうか。JQはマイペースにその時々思ったことを曲中でも言うぐらいだし、煽るのはスタイルじゃないのだろう。メンバーやオーディエンスに向かって「いけるっしょ?」と声をかけたり、煽るより普段の会話の延長線上。盛り上がるのはあくまで歌と演奏だ。でもそのことが逆にJQのアーティスト・パワーを強く印象付けたのだった。パーソナリティは自然と滲み出る。
鳴り止まないアンコールに答えて登場したJQとメンバーは「もう曲がない! カバーとか歌う? うそうそ、カバーとか一番苦手」と笑わせる。さらには最初で最後の武道館を意識してか「もっとでかいとこでやってやる」と、前向きな発言も飛び出す。その気持ちも含めて、多様なファンに向けてNulbarichが最後に送った曲は、愛もブルースも抱えて生きるあらゆる人が、いい日を迎えられるようにと歌う「LIFE」だった。
エンドロールのようにスタッフクレジットが投影され、続いて2月6日のニューアルバムのリリース、3月からの全国ワンマンツアーがさりげなく流れた。アルバム『H・O・T』と、その少し先までの物語が自己最大のキャパシティで完結したその先のNulbarichは果たして、2019年のポップミュージックをどう定義しているのか? 楽しみで仕方がない。
取材・文=石角友香 撮影=岸田 哲平、本田裕二
Nulbarich 2018.11.2 日本武道館

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