上杉昇「自分の価値観が覆される不安

上杉昇の12年ぶりとなるソロ・アルバム『The Mortal』が10月24日にリリースされた。

WANDS脱退後、上杉昇はal.ni.coでの活動を経て2002年からソロ活動をスタートし、2006年からはロックバンド“猫騙”とソロ活動を並行して行ってきた。元々はハードロックにルーツを持ち、その後はグランジ/オルタナを追求してきたボーカリストであるが、今作の音作りはバンド・サウンドではなくエレクトロニカだ。研ぎ澄まされたような緻密なサウンドと上杉の繊細かつエモーショナルな歌とのコンビネーションは、刺激的でありインパクトに満ちている。

そして、更なる衝撃を与えてくれるのが歌詞の世界観だ。太平洋戦争の時代を生きた人々をリスペクトした楽曲もある一方で、現代社会に対する疑問や怒りも詰め込まれている。そこに息づいているのは、日本人である誇りと矜持である。『The Mortal』は、自身の信念を貫くメッセージ色の強い歌詞を最新のサウンドに乗せた、攻めの一枚となった。
「アルバム制作に取りかかった当初に考えていたのは、今の日常に於ける不安感だったり、漠然と感覚的に感じる緊張感とか、ちょっと切迫した感じというか。動物的本能で感じる危機感のようなもののことで。たぶん目まぐるしく変わっていく世の中の流れだったり、そういったものについて行けるのかなっていう。取り残されるんじゃないかっていう自分がいたりとか。それは、歌いたいって思ったテーマではあったんですけど、じゃあ具体的に何がそうさせてるのか。それを今の世の中から汲み取ろうとすると、難しかったんですよね。あまりにもいろんなことが…ひとつじゃなくて様々な事が変わっていってるから。あっちでは“なんとかハラ”みたいなことで騒いでるとか、こっちでは物事の表現などに対して過度の自主規制をしてるとか。今まで常識だったことが常識ではなくなるっていうことって、やっぱり不安ですよね。自分の価値観っていうものが覆されるかもしれないっていう。で、どうしたもんかなと思った時に、“温故知新”っていう言葉を思い出して。あぁ、そういえば俺は何年か前から、太平洋戦争くらいの頃の人たちに興味をもって、いろんな所に行ってたなって」──上杉昇

沖縄や鹿児島へ、特攻隊員の遺書や遺品、関係資料が展示してある記念館を訪れたり、人間魚雷について書かれた記録を読んだり。以来、先人たちのことが頭から離れなかったという。

「戦争自体はもちろん悲劇なんですけど、それとは別の次元で、その時代の人たちがどういう思いで戦ってたのかとか。今ある幸福感と当時の幸福感みたいなものっていうのは、果たしてどっちが純粋なのかとか。そういうことも考えるようになって。それで、太平洋戦争くらいの時代の人たちのことをテーマに詞を書こうっていうところに、自然と気持ちが向かった感じですね」

今ある幸福感と当時の幸福感。今作には、まさにそれらが描かれている。ネット社会の問題点やセクハラ/パワハラ、自殺に追い込まれるほどの心の闇。そんな中で生きる現代人の幸福とは何かを問う曲もある一方、戦時中の人々の意識を描いた曲もある。国のために戦い死を覚悟する時、彼らの胸に去来するものは何だったのか。今でこそ特攻隊はテロと呼ばれたりもするが、誰だって無駄死になんてしたくはない。命をかけてでも守りたい大事なもの。そこにあるのは愛であり、尊い信念でもあったのではないか。

「このアルバムを聴いて、俺のことを右寄りなのかなとか思う人もいるかと思うんですけど、実際本当に右でも左でもないし…もし右だったら、こんな英語の歌詞の刺青を腕に刻まないですよね(笑)。これはアルバムを作ってから思ったことですけど、その世代の人たち…いわゆる特攻していった人たちとかが、ほんの一瞬でも未来の日本のこと、つまり我々のことを考えてくれた瞬間があったんだとしたら、それこそが俺たちにとって無償の愛だなと思ったんですね。そして無償の愛をくれた人たちに対して、やっぱりそれは無償の愛で応えたいし。そう思った時に、“人は二度死ぬ”っていう言葉…“1度目の死は肉体が滅んだ時、2度目は誰からも忘れ去られた時”っていうのを思い出して、“あぁ、日本のためにそこまでしてくれた人たちを、二度死なせたらいけないな”と思ったんです」

本作のアレンジを担当したのは、新海誠監督の「言の葉の庭」での音楽も担当しているエレクトロニカの俊英KASHIWA daisuke。これまでハードロックやオルタナ的な作品を発表してきた上杉昇だが、レディオヘッド、ビョーク、アノーニなども愛聴してきた彼のこと。エレクトロニカやインダストリアルといったサウンドへの変化も自然な流れだったようだ。

「音はエレクトロで、歌詞は古語。日本の古いものと、最新のエレクトロをミックスしたものを作りたいと思ってたので。俺の中で何がロックかって言ったら、別にメッセージ性はなくてもいいんですけど、刺激的であって欲しい。そのどっちも感じられないのはロックじゃないなってところで、よっぽどエレクトロやってる人間のほうがロックっぽい奴らがいて。強烈なメッセージを発信してたりとか。そこは何か、見習わざるを得なかったというか。だから今回、自分の中のロックっていうものも示せたし。“サウンド的に変わったよね”とは言われるかもしれないですけど、自分の中ではブレてないんですよ」

本作リリース後には、11月に東名阪ツアーも予定されている。
▲2018年10月21日(日)に川崎ラチッタデッラで開催されたフリーライブ&サイン会イベント<上杉昇 FREE LIVE 2018 AUTUMN>の模様 撮影:朝岡英輔

「正直、エレクトロのライブってやったことないので、どうなるかっていうのはまだ見えてない部分もあるんです。でも、やるからには中途半端なことはしたくないので、きっちりやりたいですね。やっぱり「The Mortal」だったり、そういう曲の持ってるパワーもすごく影響すると思うので、まずはそこをしっかり表現することかなと思ってます。メンバーには曲の内容も一曲一曲ちゃんと説明して、実際にステージで歌ってみて、それがより具体的に自分の中に入ってくるっていうのが…内容が重いだけに怖くもあるんですけど、伝えたいっていう思いのほうがさらにもっと強くあるし。どこまで自分がその世界観に入り込めるかっていうところが楽しみですね」

取材・文:舟見佳子

『The Mortal』

2018年10月24日発売
通常盤3,426円(+税)OPCD-2182
初回限定盤4,444円(+税)OPCD-9001
All songs Written and Produced by 上杉昇
1.Red Spider Lily
2.Subzero
3.赤い花咲く頃には -KM mix-
4.青き前夜
5.Interception
6.The Mortal
7.Survivor's Guilt -KM mix-
8.Pearl Harbor Blues
9.Chrysanthemum north pole
10.Ativan
11.遺書は燃やせ
12.白痴の鬼畜
13.絶望
14.桜舞い錯乱
15.Frozen World -KM mix-


<上杉昇ELECTRIC TOUR 2018 The Mortal>

11月11日(日)@東京・渋谷club asia OPEN18:00 / START18:30
11月16日(金)@愛知・名古屋SPADE BOX OPEN19:30 / START20:00
11月30日(金)@大阪・南堀江knave OPEN19:30 / START20:00
ADV 5,000Yen / DOOR 5,500Yen チケット発売中

<弦カルテットとピアノ、アコースティ
ックギターによる公演 SHOW WESUGI S
TRING QUARTET LIVE『black sunshine』
2018>

12月14日(金)
@東京・日本橋三井ホール OPEN18:00 / START 19:00
ADV 8,000Yen / DOOR 8,500Yen
チケット一般発売:11月11日(日)10:00

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