高橋 優 感知した全てを音楽に、自
信に満ちたニューアルバム『STARTIN
G OVER』の強度

高橋 優のキャリア史上、最も音楽的なアルバムが完成した。既発のシングル6曲に加えて新曲10曲。その10曲が実に多彩なのだ。ミクスチャーロックやポストロック、ファンクや洗練されたロックサウンドなど、1曲ごとにサウンドプロダクションごとごっそり入れ替えるほど、楽曲単位で表現したいテーマが明確なアルバムに仕上がっている。そしてその多彩さは高橋 優が今、感知したあらゆる事柄のグラデーションの豊かさにも起因している。「デビューアルバムのつもりで改めて聴いて欲しい」と明言する『STARTING OVER』について、じっくり訊いた。
――「ルポルタージュ」のインタビューのとき、高橋さんが“今、再び一から歩き出そうという時期”と話されていて。まさにそういうタイトルのアルバムになりましたね。
※「ルポルタージュ」インタビュー
そうですね。その時からそうやって思ってたんですね。今年のツアーが終わって、6月ぐらいからずっと“STARTING OVER”と思ってたと思います。
――その感覚は姿勢なのか音楽性なのか、どういう部分なんでしょう。
音楽の部分が大きいと思います。なんか“人”としては悪い風には思ってないけど、そんな成長してないんで(笑)。考え続けてはいるけど、そこに対して大きな不安とかは、まだそんなにないんです。ただ、音楽をやっていく上で、今のままだとすごく良くないと思っていて。今が悪いんじゃなくて、今のまんまだと良くないっていう感じを『ロードムービー』のツアーが終わった直後ぐらいからずっと感じてたので。ちょっと、もう一回スタートしていかなきゃなっていう気持ちになったんだと思います。
――今回のアルバム収録曲は、曲ごとに音数や演奏する楽器の種類も違うし、ジャンルも振り幅がありますね。ちなみに曲はどのあたりからできたんですか?
シングル以外だと「aquarium」と「キャッチボール」っていう曲がまずあったんですよね。
――音楽的な新しさという意味で「キャッチボール」は典型的ですね。ちょっとポリスの「Every Breath You Take」(邦題:見つめていたい)を思わせるような音像でした。
この曲が今年の序盤ぐらいからあって、どうにかしたいなっていう思いがスタッフの中にもあって。シングルなのか、シングルのカップリングなのかっていう候補にずっと挙がってたんですけど、その段階での音の作り方が、僕は全然気に入ってなくて保留されてたんです。で、アルバムに入れようとなった段階で、“じゃあ「キャッチボール」を変えよう”と。これ以前のアレンジが、もっとポップスだったんですよね。すごくきれいな感じだったんですけど、それを質素にしようじゃないけど、僕の中の「キャッチボール」のイメージがあって、レコーディングしたのは割と最近なんですよ。
――「キャッチボール」の歌詞って、自分と自分に関係ある人の間でのコミュニケーション不全というか。でも“人の痛みを分かろうよ”みたいな内容でもなく、もうちょっと問題は複雑というか。
うん。それの方を僕も思いますね。安易に“だからこういうことなんだよ”みたいな風に言うのは、あまり音楽の役割じゃなくなってきている気はしますね。ラブ&ピースみたいな言葉って、不変だし素敵だけど、今だけを切り取るとラブだしピースなんですよね。そうじゃない時の方が“ラブ&ピース”っていう言葉がダーン!ってブランド化してたんだけど、普通すぎておかしくなってきてるっていうのがあるんで。そこは向き合おうと思いましたね。曲を書くとき、そこから目を逸らしちゃいけないなと思いました。
高橋 優 撮影=北岡一浩
新しくやっていく上でも、言葉を生業にしたいっていう意味でも、ドーナツの物質の部分じゃなくて空洞の部分を歌う技術みたいなものを磨きたい。
――今回、特に時代を反映している曲が多い印象があるんですが、高橋さんご自身は人のコミュニケーションの変化をどう感じていますか?
荒波の中で船を漕いでいるときっていうのは、みんな一致団結してその波を越えようとするから、乗り越えられれば一番いいんですけど。今の恐ろしさって、波が立ってない状態なんですよね。そこで頑張って漕がなくてもいいし、越えなくちゃいけないものもないから。みんな周りの顔色を伺いはじめて、でもSNSとかで思ってることがダダ漏れで、“あいつほんとはこんなこと思ってたのか”みたいになってるんですけど。個人的にですよ? 僕の中では何も起こってない状態なんですよね、総括すると。昔からあった、人の汚い部分が今は露呈されてるだけだと思ってて。じゃ、時代に対して音楽にできることってなんだろう? と思ったら、そこはやっぱり“そんな時に流れた、こんな曲”みたいな(笑)。そこに答えを出したり、物申す訳ではなくて、“あ、そう! そういうこと!”みたいな、ちょっとその人の気持ちにかするぐらいのワードが入ってることなのかな?って考えたんですよね。
――投げかけがなければ、かすりもしないですからね。
自分でこれから新しくやっていく上でも、言葉を生業にしたいしっていう意味でも……僕がよく例えるやつなんですけど、ドーナツの物質の部分じゃなくて空洞の部分を歌う技術みたいなものを磨きたいなと思ってて。結論じゃない部分で“こう言おうとしてんじゃないかな? この曲”というのを投げかける曲にしたいなというのは思ってましたね。「キャッチボール」も「aquarium」も、確かそんな気持ちで書いてたような気がします。
――「aquarium」は音楽性がポストロック的というか、今までの高橋さんの曲にはなかったタイプで。
ああ、そう言ってくれるんですよね、みんな。僕の中では何かわからないでやってるんです(笑)。“これは何拍子だ”とか“これは何分の何だ”とか言われるんですけど、僕はあんまりわかんなくて、音楽的な人たちがそれをしっかり作ってくれてます(笑)。

――(笑)。自分のやっていることは世の中のためになるとか、自分の仕事を誇りに思っているが故に追い込まれていく人をイメージしたんですが、高橋さんは“それは深刻な状況だ”とは表現してないですね。
いろんなことにカチンと来ちゃうこともあるし、ニュースを見てても、誰かのさりげない態度に“んん?”ってなる時もあるんですけど、最終的にそういうのを楽曲に落とし込んで行ったりすることで何が起こるかっていうと、“一緒にムッとしようぜ”っていう曲はやっぱりやりたくないんですよね。そういうことは解決してくれる人が現れるかはさておき、聴いてくれた人の心がほんのちょっと解き放たれるような瞬間というか、モヤモヤして言葉にできてなかった部分が、“あー! それそれ”っていう、痒いところに手が届く感覚というか、埋まってなかったピースがぱちっとはまる感覚みたいなところに音楽が来るといいのかなぁ?っていうのは思いますかね、最近は。
――それと音楽的に止まっていたくないと思ったというのは、すごく関係があるんじゃないですか?
そうですね。今回6曲収録させてもらえるシングルが、僕の中での一つか二つの表情というか、割とにこやかな表情で歌ってる楽曲と、ちょっと熱を帯びて甲子園とかを応援する楽曲を歌わせてもらったりしていて。アルバムを作らせてもらうなら、もっといろんな表情があるし、その表情とみんなと一緒にライブで“こういう感じになったらいいな”って表現のパターンってまだまだいっぱいあったので、それをやらずして次には進めないなっていうのがあったんですね。それをやらないまんまで何かをやったような気になるのも早いというか、違うなと思ったし。だから今回、まずは自分がゼロになるまで全部出すっていうのをやりたかったんですよね。
――今までの感情よりも、さらに感情と感情の間にあるようなものも全部出したと?
うん、そうですね。でも今は出したけど、まだ出るかも? ぐらい制作意欲がありますけどね。
――それは素晴らしい(笑)。「若気の至り」のこの高校生の心象風景というか、答えがなくて、切ないという言葉でも表現できない景色も新鮮でした。
それはそういう感想を待ってました(笑)。僕、結構、そっちの曲が好きで。結論もなくて具体的なワードもない曲が一番好きで。なんだろ……バーでお酒とか飲んでる時にそういう曲が一番合うんですよね。
――そういうことですか?(笑)
バーン!て何か物申してる曲よりも、なんだかよくわかんない曲が流れてる時の方がすごくお酒が美味しい時もあるし、その場が落ち着ける時もあるし。でもあんまりそういうのをやってこなかったな、自分自身は、と思って。例えば“恋してる”とか“あと何時間しかない”とか“好きだよ”とかいうワードはないんだけど、余白の部分でそれを言おうとしてんのかな? とか、言った後なのかな? とか。気持ちのキュンとする部分をかする、みたいなことをやりたいなぁって、ずっと思ってて。で、チャレンジしてみたんです、「若気の至り」っていう曲は。だからラブソングというよりは、まさに学生時代に何かがあったっていう(笑)。
――そして「ストローマン」はバリバリのミクスチャーですけど、でも一緒に“おー!”っていう感じでもないというか。この曲は自分を含めて“つながり”っていう表現に対して懐疑的じゃないですか?
うん(笑)。
―― 一人称が自分じゃなくて、俯瞰で高橋 優的な人を見て書いているというか。
そう、かもしれない。かっこいい例えで言うと「俺はいいけどYAZAWAがOKって言うかわかんないよ?」って矢沢さんが言うじゃないですか? 8年活動してきて一つ思うのは、やっぱりシングルでやってる高橋 優の感じを、どこかで見ている高橋 優もいて。たまーにごはんを食べに行って、そこの店員さんが「あれっ? ちょっと失礼だったらすいません、歌を歌われてる高橋 優さんですよね?」っていうのが以前より増えたんですけど、その時に僕、色々実験するんですよね。
――怖いなぁ(笑)。
「そうですよ」っていうのが普通の答えなんですけど、その時に「ああ、俺よくそれ言われるんだけど、マジあいつ嫌いなんだよ」って言うと、「あっ、そうですよね、ごめんなさい」って店員さんもそれに便乗する、みたいな。“便乗してんじゃねえよ”って心の中で思う、みたいな(笑)。嫌いって言う奴に便乗すんな、高橋 優、ここにいるよこのヤロー、って自分でやってるくせに実験する時があって。矢沢さんほどカッコいいもんでもないんだけど、高橋 優ってものに対して思う高橋 優もいるっていうのは、あんまり曲で表現してこなかったなと思って。それをやったんです、多分「ストローマン」で。“つながっているよね”って歌うし、それを信じてる部分もあるんですけど、“そういう曲ってどうなの?”とか言ってる奴もいるんですよね、自分の中に。いろんな顔の奴がいる感じにしたいと思った曲ですね。

今何が起こってるかっていうことを全部歌にするぐらい、自分が見てるものを全部自分の視点で歌っていこうって思ってました。
――今回は“元気づけられたい”という人とかはちょっとびっくりするかもしれないアルバムかもしれない。
うん。でも元気づけたいですよ、全体的に。元気になってもらいたいんですけど、ただカラ元気の曲にしちゃうのはちょっと違うかなって感じですね。“ま、何でもいいから元気出そうよ”って言うよりは、ちゃんとそのグラデーションをたどって、“よし!”ってなっていく感じというか、酸いも甘いも知った上で立ち上がる方が、どっちかっていうと、高橋 優がやろうとしてたことなんじゃないのかな?っていう感じはちょっとしてて。ただただお花畑を走るキャラより、お花畑に対してクスッとして走ってる自分がいいなっていう。
――そしてタイトルチューンの「STARTING OVER」という曲がロックンロールだったので、こういう曲順になったのかなと。
ああ、嬉しい。その曲、ロックンロールって言ってもらえるの嬉しいですね。もうバンドがみんなで“ロックンロールの曲にしよう”って言ってたんですよ。実はこの「STARTING OVER」は、一昨日(取材は8月中旬)ぐらいに書いたんですけど(笑)。
――(笑)。タイトルはあったのに。
一昨日の夜中ぐらいに書いて。僕、デモを録る時って何十回ぐらい録り直すんですね。微妙な弾き方の違いで全然伝わり方が変わるんですよ、弾き語りって。結構、余裕ない中で弾き語りで録ったから、これを例えばそれこそ「ストローマン」みたいにミクスチャー的な感じの曲に受け取られちゃうか、サンバみたいな曲に受け取られちゃうか、カントリーミュージックになるのか、もう、みんなでどうするのか?っていうのが見えてない、まっさらな状態でできるだけ歌ったんですよね。で、「STARTING OVER」ってタイトルにしちゃったし、割とアルバムの中心を担うような曲に、もしなっちゃうとしたらどうなればいいんだろう?ってなった時に、聴いてくれた人たちがみんな“これはロックンロールの曲にした方がいいでしょう”っていう風な感じがあったんですね、ベースにもドラムにも。でも、ドラムパターンとかすごく悩んでやったので、聴いてくれた人が果たしてこの曲が僕らが思った通り、ロックンロールの曲として受け取ってくれるのかなぁ?っていうところでの、今、初感想だったので、この記事を読んでくれる人もそう受け取ってくれたら嬉しいですね(笑)。
――最初におっしゃったように波が立ってない時代ではあるけど、不安から守りに入りがちな時代でもあると思うんです。そんな中で大きな声で歌うってどういうことなのか? がこの曲に現れてると感じました。
やっぱり僕は音楽って自由であるべきだとずっと思ってて。“なにぃ?”って炎上されたって別にいいし、誰かのことを傷つけちゃよくないけど、傷つけようと思ってなければ、別に過激な表現なんていくらでも入ってていいと思ってるんです、個人的には。ただ、それでどっちかに流されてっちゃうのもよくないと思うんですよね。みんながパンクなことをやりだしても面白くないし、みんながラブソングに走っても面白くないし、炎上してるとかテレビでこんなことが映ってる、政治家がこうなってる、人はこうなってるっていうのを、やっぱりどこかで俯瞰して、どれでも歌えるぐらいの音楽じゃないと、その時代に響き渡る音楽っていうのはあんまり健全じゃない気がするんですね。その時代に生きながらやるのはしんどいんですけど、もしかしたら歌の価値っていうのは、やっぱり今何が起こってるかっていうことを全部歌にするぐらい、日記みたいでもいいから。それを、メロディを付けて歌えばシンガーソングライターかもしれないっていう安易な考え方に陥ったらダメだけど(笑)、でもそれぐらいに思ってできるだけ今の時代、今、自分が見てるものを全部自分の視点で歌っていこうっていうのは、思ってましたね。どの曲を書いてる時も。自分がSNS側の人間になっちゃ絶対ダメだし、シンガー側に立ってもカッコ悪いし、ラジオパーソナリティー側に立っててもよくないし、全部自分が見てるものをちょっと引いてみるというか。そこが一番曲作りしてて面白かった部分でもあったんですけどね。
――高橋 優というアーティストがこれから歩いていくための大事なアルバムになりそうですね。
まさに再出発しようとしてるんで、改めてこれがデビューアルバムだと思って出しますよね。みんな1stアルバムを超えられないとかいうけど、『リアルタイム・シンガーソングライター』を余裕で超えてるんで、このアルバムは。だからぜひ初めての人も聴いて欲しいし、2ndから聴くのやめたっていう人にも、改めてこのアルバムでデビューするんで聴いてくださいって言いたいです。
高橋 優 アーティスト写真
――最後にもう一つ。リリー・フランキーさんが撮影されたアーティスト写真とジャケ写。この真正面感、すごいですね。
ははは。なんか“イノセント”がテーマだったらしいです。リリーさん的には。リリーさんも箭内(道彦)さんもおっしゃるんですけど「俺が知ってる高橋はまだ世に出てない」と(笑)。それが面白くて、撮影の時もずっと笑ってました。
――意外と真正面から撮れないと思います。
なんかソファとか座ったりしてたんですけど、すぐやめましたもん。リリーさんが「いや、これはイノセントじゃないからやめる」とか言って(笑)。

取材・文=石角友香 撮影=北岡一浩
高橋 優 撮影=北岡一浩

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着