ピアニスト三浦友理枝が届けた美しい
音色に満ちた音楽世界

「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.5.27ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。5月27日に登場したのは、ソリストとしてはもちろん木管アンサンブル「東京六人組」などの室内楽でも活躍している、ピアニストの三浦友理枝だ。
05年英国王立音楽院大学課程を首席で卒業。07年同音楽院・修士課程を首席で修了した三浦友里枝は、01年「第47回マリア・カナルス国際音楽コンクール」ピアノ部門第1位、06年「第15回リーズ国際ピアノコンクール」にて特別賞を受賞するなど、多彩な受賞歴を誇る実力派ピアニスト。05年にはエイベックス・クラシックスよりCDデビューし、「ショパン:24のプレリュード」「ミニアチュアーズ」は「レコード芸術」(音楽之友社)で特選盤に選ばれ、今年5月、6枚目のソロアルバム「ショパンバラードとスケルツォ」をリリースしたばかり。ソロコンサート、数々のオーケストラとの共演、テレビ、ラジオのクラシック番組への出演も精力的に行っている。
そんな三浦友里枝が初めて「サンデー・ブランチ・クラシック」に登場するとあって、客席は早くから期待でいっぱいの雰囲気。その空気の中に登場した三浦は、熱い拍手に迎えられつつピアノに向かい演奏をスタートさせた。
三浦友理枝
ロシアからフランスへと続くピアノの旅
1曲目はラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調作品3-2「鐘」。フィギュアスケートの浅田真央がバンクーバーオリンピックのフリースケーティングで使用し銀メダルを獲得したことで、国民的に知られたクラシック曲のひとつとなっている。三浦の演奏は始めに遠くから響いてくる鐘の音が荘厳で、中間部は激情的にひと際速いテンポとなり、両手で旋律が重ねられていく。後半の鐘の音の重なりは非常にダイナミックで、やがて静かに余韻を残して音が引いていくと、ため息のような拍手が贈られた。
三浦友理枝
「暑い中をありがとうございます」と挨拶した三浦は、ステージから改めてリビングルームカフェを見回し「広いな、ホールみたいですね」と感想を述べたあと、「今日は特にテーマは定めずに、今弾きたい曲を集めました」とコンサートのコンセプトを語って、続いたのは「掘り出し物です」というラフマニノフと同じロシアの作曲家リャードフの「舟歌」嬰へ長調作品44。リャードフの音楽は日本ではあまり知られていないが美しい曲がたくさんある、という三浦の解説通り、繊細な美しい響きが印象的な楽曲だ。三浦の弱音はきらめくように美しく、それが強い音も引き立てる効果になっている。和音の響きにも特段の個性があり、儚く美しい終わりに引き込まれた。
三浦友理枝
三浦友理枝
続いて曲目はロシアからフランスへ。プーランクの即興曲15番ハ短調「エディット・ピアフを讃えて」。エディット・ピアフはフランスが最も愛したと称される国民的シャンソン歌手として有名だが、ピアフと同時代を生きたプーランクが、面識こそなかったものの自国の偉大な歌手に捧げて書いた楽曲。冒頭がシャンソンの「枯葉」に酷似しているのもオマージュの意味合いが強かったのだろう。ややネオクラシック的な入りから、映画音楽を思わせる趣もあり、パリの情景が浮かぶよう。リビングルームカフェの雰囲気にも実によくマッチしていて、三浦の豊かな表現力が堪能できる1曲となった。
「ピアニスト三浦友理枝」を象徴するショパン
続いてオールショパンプログラムでデビューリサイタルを行った三浦の真骨頂でもあるショパンの「ノクターン」第15番ヘ短調作品55-1。ショパンのノクターンと言えば作品9-2が殊に有名だが、こちらはショパンの円熟期に書かれた作品。「最後に向かう展開が素晴らしい曲です」と語った通りに、三浦のピアノは気持ちが高揚しかけては抑え、終盤に向けて昂っていく構成を見事に表現。切々と美しいメロディーが奏でられ、天に昇っていくようなラストまで音色の美しさが際立つ時間となった。
三浦友理枝
三浦友理枝
演奏のあと三浦からこのノクターン15番は海外で初めて弾いた、最初のコンクールで演奏した曲なので「いつも初心に返る」曲だというエピソードが語られて、いよいよプログラムの最後は同じショパンの「バラード」第3番変イ長調作品47。「ショパンのバラードの中で1番幸せに終わる曲を今日の為に選びました。色々な情景があるけれど、聴く人の人生に重ね合わせて聴いてもらえれば」との三浦の言葉通りに、物語性のあるバラードの場面、場面の表現が鮮やか。軽やかに珠を転がすような粒の揃った音色と、美しくもダイナミックな音色との対比がドラマチックで、激しい展開にも演奏に悠々としたゆとりがあるのが心地よい。安定感抜群の見事なフィニッシュに喝采が沸き起こった。
鳴りやまぬ拍手の中戻ってきた三浦がアンコールに選んだのはドビュッシーのベルガマスク組曲第3番「月の光」。ドビュッシーの中でも1、2を争う有名曲だが、三浦の演奏は音の美しさと共にテンポが全体に速めなことが個性的。繊細な音色がカフェを包み込み、その響きに観客が聴き入る集中力が強く感じられた。ピアニストと観客、カフェの空気が一体となった濃密な時間だった。
三浦友理枝
ショパンと近現代の作曲家たちの作品により深く取り組んでいきたい
演奏を終えた三浦にお話を伺った。
ーー今日の会場の雰囲気などはいかがでしたか?
とても広いカフェなので、サンデー・ブランチ・クラシックをやっているスペースだけでも結構奥行もあり、お席もゆったりしているので、お客様がかなり遠いところにまでいらっしゃるなと感じました。ですからPAが入っているとはいえ、遠くまで音を届かせようという意識で演奏させていただきました。
ーーコンサートホールと同じような感覚とおっしゃっていましたね。
サロンだともっとギュッと凝縮された空間で、1番前のお客様はもう手が届きそうなところにいらっしゃるという雰囲気のところが多い中、ここは本当にゆったりと空間を使っているので、音を飛ばすぞ、という感覚はホールの時と同じでした。ただ、座席がソファタイプが多いので、お客様が寛いでいらっしゃる姿もよく見えて、とても独特な場所だなと思いました。
ーー美しい繊細な音色でいらしたので、お客様も集中して聴いていらっしゃいましたね。
もっと皆さんお食事をされながらなのかな? と思っていただけに、皆さんが微動だにせず聴いてくださったのにびっくりしたくらいでした。でもこちらもその集中に応えたいなと思いましたし、お客様の熱意が伝わってきました。
三浦友理枝
ーー今日の選曲はまずご自身のお好きなものというベースがあったというお話でしたが。
こういう会ですので、あまり深刻な歌とか、精神に堪える曲ではなく(笑)、お食事が美味しいと思えるような曲にしたいなと思ったのと、やはり全体で30分のコンサートですから、その中に25分の曲を入れるというのもできないので(笑)、幕の内弁当ではないですが、良いものを少しずつというコンセプトで、敢えて特にテーマを決めるということもせずに選んでいきました。  
ーーバラエティーに富んだ曲を数々聴かせていただきましたし、あまり頻繁に演奏される機会がないかな?というものもありましたが、中でもリャードフの「舟歌」はご自身もYouTubeで出会われた曲だということでしたね。
全く偶然に闇雲に出会ったということではないのですが、とあるリサイタルのプログラムを考えている時に、後半を舟歌特集にしたいと思ったんです。舟歌と言えばすぐに思いつくのが、ショパン、フォーレ、またシューベルト、メンデルスゾーンなどですが、もっと他の作曲家で舟歌ってないのだろうかと、「バルカローレ(舟歌)」でYouTubeで検索をかけて出て来たものの中に、たまたまリャードフがあって。聴いてみましたら最初からものの30秒で「あ、いい曲じゃない!」と。もともとリャードフの曲は自分のCDの中に「音楽の玉手箱」というとても可愛らしい曲を入れていたこともあって、作曲家に対して信頼感はあったんです。その彼が舟歌を書いていたということで、期待して聴きましたら素晴らしい作品だったので、機会を見つけては演奏しています。なかなか弾く方が少ないので知名度は高くないのですが、1回聴いていただくと皆さん「良い曲でした!」と言ってくださいます。
ーー本当に素晴らしい作品で聴かせていただけて幸せでした。そして三浦さんご自身がもうすぐデビュー20周年を迎えられるということで、ここまでの年月を振り返るとすると?
自分が日本でフルリサイタルを行ったのが19年前で、約20年なのですがその時にはまだ高校生でしたし、そこから日本を出て初めて一人で海外に留学してというところを経て、更に学生という身分が遂になくなり、ピアノを100%プロとして弾くようになった。というこの20年間の中で、何段階かの自分の生活、スタンスが変わった大きな節目があったのですが、その度にどんどん大きな階段を昇っていったなという意識があります。まず海外に行った時には、日本にいる時、家庭では一人っ子だったこともあって大変守られた環境だったところから、何もかも自分でしなければならない、しかも自己アピールを積極的にしないことには、ただ黙っていたのではあっという間に置いていかれるという経験もしました。それまでは自己アピールをするというのは1番苦手なタイプだったのですが、7年海外にいる間に非常にオープンになったなと。今もトークをしながら進めるコンサートもやっていますが、昔の私を知っている人には「あなたがこんなに喋る人だとは思わなかった!」と言われるくらい、人が違った、性質も変わったところが大きくあります。アウトプットをしないといけない世界だったので、それが自分の演奏にも反映されましたね。そこから帰国し、日本でプロの演奏家として10年を経ましたが、この間に培ったものもまた非常に大きくて。学生ではなくなると定期的にみてくださる先生はいなくなってしまうのですが、ではどこから学ぶのか?と言えば、コンサートに通い素晴らしい演奏家の演奏を聴いたり、また室内楽で一緒にやるメンバーから学ぶことがすごく多くて。そういうひとつひとつの機会から学びを見つけています。
三浦友理枝
ーー節目、節目にご自身でプラスになることをつかみ取っていらしたのですね。
そうですね。その都度引き出しを増やしながらやってきました。
ーーそんな道のりの中で、ピアニストとしての今後の活動へのビジョンや、夢などは?
今までショパンとフランスものを中心にやってきていて、ピアノのソロのレパートリーというものはあまりにも膨大なので、一生の間でそれをすべて網羅することは難しいんです。そう考えた時にやはり私の好きなのはフランスものとショパンと近現代のものなので、そこを更に掘り下げていく演奏家になっていきたいなと思っています。最近はラヴェルの全曲演奏会をさせていただいたのですが、ドビュッシーが今年没後100年のアニバーサリーイヤーなこともあって、室内楽も含めて演奏させていただく機会が多いので、ラヴェルに加えてドビュッシーも更にレパートリーを増やしていきたいと思っています。あとは色々な楽器とのコラボレーションがやはり面白くて、最近変わったところではお琴や三味線の和楽器と演奏させていただいていて、最初は「合わないのでは?」と思ったりもしたのですが、意外にも綺麗にマッチするのでそれはアレンジものにはなりますが、続けていきたいです。また、今年はクラリネットとのデュオという機会が生まれてはじめてあって、大きな木管楽器との室内楽は「東京六人組」という形で継続してやっているのですが、クラリネットとピアノというデュオは今年初めてな上に、3人の方とさせていただくので、今年はクラリネットの当たり年だなと(笑)。そういうご縁というのは本当に大切なものなので、今年はクラリネットとのレパートリーが増えることになります。新しい楽器とやると初めて聴く音色や、初めてのフレージングのコツ、特徴などの発見もあって、自分がソロで演奏する時に「じゃあこのメロディーは、この前言っていたあのフレージングで弾いてみようかな?」と言った新しい試みができるんです。ピアノの音色はやはりオーケストラの音色を模倣していかないといけないところもあるので、そういうことにもとても役に立ちます。そうした発見や出会いから、自分自身も新しいものを得て自分のソロにも還元していきたいので、室内楽もソロと両輪で一生懸命活動していきたいと思っています。
ーー更なるご活躍を楽しみにしています。またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください。
ありがとうございます。頑張っていきます。
三浦友理枝
取材・文=橘涼香 撮影=山本 れお

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