株式会社ホリプロ代表取締役社長・堀
義貴氏 ロングインタビュー<前編>
~快進撃ミュージカルの内幕

誰もが知る芸能事務所の最大手、株式会社ホリプロは、タレントのマネージメント以外にも、多岐に渡る事業を展開している。中でも舞台ファンにとって今や欠かせないのが、長年に渡り幅広く数多くの作品を手掛けてきたホリプロの演劇事業である。その成果は、ミュージカル『ピーターパン』に始まり、蜷川幸雄演出作品から『デスノート the musical』まで枚挙にいとまがない。
しかしここ最近は社長の陣頭指揮のもと、とりわけ大きなインパクトを演劇界に次々と放ち続けている感がある。その最たるものが、『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』(2017)や『メリー・ポピンズ』(2018)だ。前者は長期に渡る子役オーディションを経て、日本のミュージカル界に一大旋風を巻き起こし、第43回菊田一夫演劇賞・大賞や第25回読売演劇大賞・選考委員特別賞などに輝いた画期的上演だった。後者はキャメロン・マッキントッシュにディズニーという世界最強の製作会社と組み、豪華で壮大なミュージカル上演を実現させた。さらに今年(2018)6月には出資したブロードウェイミュージカル『バンズ・ヴィジット』が第72回トニー賞で10冠に輝く快挙を成し遂げた。
そんなホリプロの代表取締役社長である堀義貴氏が、多忙にも係わらずインタビュー取材に応じてくれた。今秋は新作オリジナル・ミュージカル『生きる』によって海外攻略に向けた新たな一歩を踏み出そうと意気込む堀社長。だが、興味深いその詳細は次回10/2(水)18時公開の<後編>のお楽しみとし、今回の前編では最近の快進撃の内幕を振り返ってもらった。

■第72回トニー賞で10冠獲得の『バンズ・ヴィジット』
――今年(2018年)の6月10日に、第72回トニー賞の発表が、ニューヨークのラジオシティ・ミュージック・ホールで行われました。今回、授賞式に初めて参加されてみて、いかがでしたか。
ショーは4時間半くらいありましたが、長く感じることは一切ありませんでした。1つのパッケージとして演出が完全なんです。最後の最優秀作品賞の発表に向けてどんどんボルテージを上げていくのですが、だからといって序盤がダレているわけでもない。たとえば、一般の人が見てわかりにくいような専門的な部門賞の受賞者スピーチ部分は、全部生放送のCMの間にやってしまう。また、マイアミの高校の演劇部の教師に特別賞が授与されて、最初「誰だろう、あの人は」という感じだったんですけど、話を聞くと、今年2月の銃乱射事件で生徒たちを守った先生なんだとわかって。すると、その高校生たちが出てきて『Rent』の「Seasons of Love」を歌うという……まあとにかく感動的なんです。
さらに、僕の大好きなブルース・スプリングスティーンの歌を、まさか二十数年ぶりに生で聴けるなんて思ってもみませんでした。ロバート・デ・ニーロもサプライズで登場したり……何というか、アメリカのエンターテインメントの奥深さが見事に凝縮されたショーでしたね。しかも、そこには演劇人全体としての主張がしっかりと込められていて、社会性があるんです。
――各賞が発表されていく中で、『バンズ・ヴィジット』が次々と受賞していき、最終的には最優秀作品賞を含め、なんと10冠獲得に至りました。その間の気持ちはいかがでしたか。
下馬評では当初『ミーン・ガールズ』と一対一で争うだろうと言われてました。でも授賞式直前の頃には変わってきて、『スポンジ・ボブ』と一対一になるだろうと。ただ各部門賞に関しては、色々な作品がバラバラに獲るんだろうなぁと思っていました。それで最初、編曲賞の発表あたりでは「おや、獲れちゃった」という感じだったのが、ミュージカル音響デザイン賞くらいから「これは雪崩を打つかもしれない」という気がしてきました。とはいえ「さすがに主演男優賞は無理だろう」なんて、一般観客の気持ちで見ていたのです。ところが、主演男優賞が発表された時には、ひっくり返りましたね。「歌っていないのに獲っちゃうんだ」と(笑)。
僕たち(ホリプロ)は『バンズ・ヴィジット』関係者チームの一角にいたのですが、各賞が発表される度にみんなの興奮が高まっていくのがわかりました。そしてついに最優秀作品賞が発表された瞬間、全員でダーッとステージに駆け上っていくという……なかなか得難い経験をさせてもらいました。
ステージに上がると随行した社員から「写真を撮るから目立つところに立って」と言われて、「無茶言うなよ」と思いました。だって外国人は大男ばかりだから、周りを囲まれたら僕なんか見えなくなるに決まってる。そこで、撮影しやすいようになるべく上手(かみて)の隅のほうに移動していたら、今度は番組のスタッフが「中へ行け、中へ行け」って言う。だから仕方なくみんなの後ろに回ったんです。どうせ前からは見えないだろうからと、そこで僕は客席を背景にステージ上で自撮りをしていました。
第72回トニー賞における『バンズ・ヴィジット』の受賞一覧
●ミュージカル作品賞:『バンズ・ヴィジット』
●ミュージカル主演男優賞:トニー・シャルーブ(『バンズ・ヴィジット』)
●ミュージカル主演女優賞:カトリーナ・レンク(『バンズ・ヴィジット』)
●ミュージカル助演男優賞:アリエル・スタッチェル(『バンズ・ヴィジット』)
●ミュージカル演出賞:デヴィッド・クローマー(『バンズ・ヴィジット』)
●ミュージカル脚本賞:イタマール・モーゼス(『バンズ・ヴィジット』)
●ミュージカル照明デザイン賞:タイラー・マイコロウ(『バンズ・ヴィジット』)
●ミュージカル音響デザイン賞:カイ・ハラダ(『バンズ・ヴィジット』)
●オリジナル楽曲賞:デヴィッド・ヤズベック(『バンズ・ヴィジット』作詞作曲)
●編曲賞:ジャムシールド・シャリフィ(『バンズ・ヴィジット』)

――その時の写真はツイッターで拝見しました。
一生に一度しかないだろうと思ったので(笑)。
――ホリプロが『バンズ・ヴィジット』の製作チームに参加していたことは、受賞の報道を通じて初めて知りました。出資の経緯をお聞かせいただけますか。
元々、ポスターにもプログラムにもちゃんとプロデューサーとして​「HORIPRO INC.」とクレジットされていますよ。でも、殆どの人には気づかれていなかったようですね(笑)。
事の始まりは、『バンズ・ヴィジット』がオフ(ブロードウェイ)からオン(ブロードウェイ)に上がる直前でした。僕らが日本で上演したいと考えていた候補作品の中に、それがあったんです。ちょうどイスラム国(ISIL)の活動がシリアで活発だった時期だったのですが、僕はあらすじだけ読んで「今のニューヨークでなら当たるかもしれないぞ」と​。ただそれだけの理由でした。原作の映画は観ていなかったし、そもそもその映画があることすら知らなかった。多分、アメリカ人でも日本人でも、映画の存在を知っている人は少ないはずです。
日本での上演をオファーしつつ、同時に出資することも決めました。それで、さっそくアマゾンプライムで映画を観たんです。すると、まあ地味だし、あまり面白くない。「これは失敗したかな」と、頭を抱えた(笑)。ところが、オンに上がってから最初のプレビュー期間中に、色々な有名人のツイッターに「非常に素晴らしい作品だ」といったコメントが幾つも上がっていて、「これはひょっとしたら当たるかもしれない」と考えるようになりました。
そして今年の4月に初めて現地に観に行き、「なんておしゃれな作品だろう」と。ここ最近ブロードウェイで上演されている作品の中でも飛び抜けておしゃれだったんですよ。そして、『メリー・ポピンズ』も『ビリー・エリオット』もそうなんですけど、誰も死なないし、何の暴力もないし、ひどい事件も起こらず、幸せを感じる作品でした。特にエンディングが素晴らしい。映画ではやらない形のエンディングだったけど、心地いい流れを作りながら、たった2時間で終わらせるというのも、本当によくできた作品だと思いました。
『バンズ・ヴィジット』(PHOTO:Getty Images)
――『バンズ・ヴィジット』作詞作曲のデヴィッド・ヤズベックさんは、ホリプロが上演した『ペテン師と詐欺師』を手掛けていたソングライターですが、そこはあまり関係なかったのですか。
同じ作曲家だなんて、頭の中には全くなかったです。うちの担当者もそんなこと言わなかったですし(笑)。あとから聞いて、「ああ、そうだったの」って。
――ホリプロは、日本語に翻訳して上演できる作品を、いつもブロードウェイで色々探していらっしゃるんですね。
そうです。やはり、どうやったって日本では理解されにくいだろうという作品もあるわけです。『ハミルトン』を日本人で演じてもあの面白さは絶対出せないはずですし、『ブック・オブ・モルモン』だってそうでしょう。モルモン教の話を笑えるまでの文化は日本にないですから。そういう意味だと、コメディは文化の異なる日本では当たらない可能性も高く、選択肢から除外されやすいですね。
『バンズ・ヴィジット』に出資したのは、あまり巨大なバジェットじゃなかった、という理由も大きかったですね。「この程度の金額でクレジットされちゃうんだ」という金額でした。もしこれが、1億です、2億です、なんて言われたら、絶対やっていなかった。
――それが、トニー賞であそこまでとは行くとは……。
全く予期していませんでした。小さな作品だし、中東の話だし。運がよかったのは、強豪ライバル作品がそれほどなかったことでした。とはいっても、わざと『スポンジ・ボブ』みたいなものを推してくるという傾向もかつてはありましたからね。でも結果として、今回そうはならなかった。
――いずれ日本で『バンズ・ヴィジット』が上演されるとすれば、まず原語のプロダクションによる来日公演からになるのでしょうか。
招聘公演をやっても日本ではおそらく当たらないと思うんです。日本のお客さんはとにかく新作の招聘ものに対して保守的で慎重。序盤は動員がきびしく、しかし後半になるとチケットが一切とれなくなるというパターン。1ヶ月の公演だと、ようやくチケットが動き始めた頃には閉幕を迎えなければならない。だから招聘公演という選択肢は今のところ考えずに、日本語版からスタートしたいという希望があります。ただ、向こうのプロダクションは招聘を希望するんですよね。その方が出資者としては儲かるから(笑)。
――『バンズ・ヴィジット』を日本語で上演するにしても、課題は色々ありそうですね。
正直言っちゃうと、舞台を見た瞬間に「これはできないぞ」「どうやってやるんだろう」と思いました(笑)。ヘブライ語を話す人たちと、アラブ語を話す人たちが、片言の英語と共通言語としての音楽を通じて徐々に近づいていくというニュアンスを、どうやって日本語を話す者同士で表わせるのだろうかって。その答えはいまだに出ていません。
あと、問題はミュージシャンです。アラブ風の楽器がまず日本にあるのか、それを弾ける人がいるのか、とか。場合によっては実際にアラブから連れてくるという考えもあります。それにしても、ヴァイオリン奏者は、曲によって殆どアドリブでやっているし、パーカッションの人は楽譜も読めないと言っていた。その日のノリで演奏しているんです。だから楽譜化されていない部分が沢山ある。それ、どうすんのよ、というのが最大の懸案です(笑)。
出資してみたはいいけど、そんなに大変なのかというのは、観てからわかった。だから、場合によっては日本で上演しないという選択肢だってあるかもしれませんよ。
■『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』から『メリー・ポピンズ』へ
――次の話題に移らせていただきます。演劇賞を総嘗めにした『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』は社運を賭けた公演だったと思いますが、いま改めて堀社長としては、どのように総括されているのか、お聞かせいただけますか。
終わってしまえばね、素晴らしい賞もいただいたし、いい経験だったって言われれば、まあその通りなんです。ただ、一方で「なんでこんな大変なものやらなきゃいけなくなっちゃったんだ」という方が大きかったし、実際やり始めてから出てきた問題点は山程ありました。だから総括して言うと、こんな大変な公演が、2、3ヶ月で採算を合わせるというのはとても大変だということ。その背景として、日本のお客さんは日本人の公演をなんとも信用していないんだなぁ、と感じました。
つまり、ニューヨークやロンドンで観た舞台が素晴らしかったので、日本人でやるとそれより数段落ちるに違いないという認識からスタートするわけです。でも『ビリー・エリオット』のスタッフはワールド・ワイドで全く同じカリキュラムでやっているわけです。そもそも、日本でレベルが下がるんだったら彼らはやれないって言うでしょう。そういうことをもっと、お客さんに理解していただくよう努めるべきでした。
とくに序盤、最初の2、3週間は売り上げがきびしくて、もう失敗したと思いました。最悪どのくらい赤字になるか計算し始めましたもん。ボーナスも減るし、うちの社員からも恨まれるなと(笑)。
――開幕後しばらくは心配が絶えなかったんですね。
心配はずっと続いていました。あれほど自分が感動した作品なのに、どうして世間にはわかっていただけないのだろう、と苦悶の日々でしたね。ビリーを演じる子役達の2年間を見てきて、いま目の前でこんなに凄い奇跡が起きている。そんな彼らのためにみんな観に来てほしい。彼らを観ておっさんたちにも、頑張って欲しいと願いました。
幸いなことに、観た人のツイートやインスタグラムの影響で、徐々に評判が伝わり、1ヶ月半を越えたあたりでやっと、採算がなんとかなりそうだとわかってきました。そうしたら、今度はチケット転売サイトで20~30万円で売られるようになり、「どうゆうことだよ」と騒がれ、「お前たちが対策とるのが当たり前だろ」みたいなことも書かれました。「舞台は映像化しない」と言えば、またボロクソに叩かれて……そんな簡単じゃないんだよ、劇場に観に来てよと、正直言いたくもなりましたけどね(笑)。
『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』フォトセッション (撮影=横川良明)
――社長のツイッターがオープンなので、一般のお客さんも簡単に物が申せるようになりましたね。
もうバンバンきます。『ビリー』の公演が中盤に差し掛かった頃には、『メリー・ポピンズ』の契約が成立したんですよ。翌年の春に上演なのに、なかなか契約が成立できないまま、そこまでギリギリのところまで来てしまった。とにかく『ビリー・エリオット』のタイミングで発表しなきゃいけない。同じように子供が出るんだから。どんどんネジを巻いて、今来てるファンに売らなきゃ仕方ない。それで「明日重大発表します」と書いたんです。すると、さっそく色々な作品名がSNSに飛び交いましたね。そして『メリー・ポピンズ』であることが発表されると、結構騒然としました。というのも、製作元のキャメロン・マッキントッシュはこれまで東宝さんとやってきて、ウォルト・ディズニーは劇団四季さんとやってきたわけですからね。その両社とホリプロが組むことは、ちょっとした事件として受け止められたんです。こちらは作り手側として、一番最初に期待感を煽ることができたと思いました。僕のツイッターなんかたかだか1万くらいのフォロワーしかいませんが、やはりそういう意味のある呟きをしないといけないな、と思っています。
――『ビリー』の途中からの熱い盛り上がりは、ツイッターの拡散によるところが大きかったですよね。
当初『ビリー』は、プレビュー期間を終えたらカーテンコールの写真を撮ってはいけないという話でした。しかし、序盤が売れていないわけだから、なんとか拡散させたい。公演初日の際に、エリック・フェルナーさんという、『ビリー』の版権を持っている会社(ワーキングタイトル)の社長がプライベート・ジェットに乗って、やって来たんです。で初日のパーティーの場で、写真を撮らせろ、ツイッターやらせろ、これもあれもやらせろと色々要請して、やっとOKしてもらいました。ビリーとマイケルのカーテンコールの写真はかなり拡散されましたが、あれがなかったらと思うとゾッとします。そして、それがうまくいったから『メリー・ポピンズ』も、あの厳しいディズニーが、プレビューのカーテンコールは写真撮影を許可してくれました。
あとメインのヴィジュアル。あの絵柄は世界共通なんです。あれを日本人のビリーに替えさせてくれというのが通っただけでも世界的な快挙でした。これがなきゃ売れないと強く言って、途中から変えることができました。世界で初めて、日本だけです。
それにしても『ビリー』は色々厳しかったですね。ビリー役は私服姿で写真を撮っちゃいけないとか、ビリーと書いてあるTシャツはビリー役しか着ちゃいけないとか。もうえらいことになっちゃったなと。だから、思っていたような宣伝は一切できなかったです。稽古場に綾瀬はるかが訪ねてくるとか藤原竜也が訪ねてくるといった番組の企画に対しても、先方はすごい不満そうでしたね。早く終わらせろ、早く帰れみたいな(笑)。そこらへんは全然協力してくれなかったですね。もし『ビリー』を再度やれることになったら、最初からこれとこれはやらせてくれという条件でオファーしなきゃいけないんだなというのは、1つ学んだことですね。
――現場もさぞや苦労されたことでしょう。
通常、僕は稽古場には行かないんだけど、『ビリー』は心配だから足を運ぶことが多かったんです。しかし、向こうのチームはとにかく秘密主義だから、何も教えてくれない。それで役者さんに「どこまで進んでいますか?」と訊いても、「僕たちもさっぱりわからないんですよ」と(笑)。複数の異なるスタジオで、バラバラなことやっていて、最後の最後まで一斉に合わせるってことをしないから、どこまでできあがってるのか全然さっぱりわからない。そんなこともあって、演者は倒れないのに、スタッフが次から次へとバタバタ倒れていってね。それで余計リハーサルは混乱するし、そういうことの連続でした。
僕がやりたいなんて言いさえしなければ、みんなをこんな目に合わせなくて済んだのにって内心思いましたが、しかし走り出してしまった以上そういう顔はできません。開幕してからもしばらくはチケットが全然売れず、大失敗だなこれは、っていう感覚ではありました。今だから笑って話せますけれど。
――公演会期中も現場には結構、通われていたのですか。私(安藤)も、5人のビリーをコンプリートするためにリピート観劇しましたが、その都度、開場前などに堀社長の姿を劇場界隈でお見かけしました。
散財させましたね(笑)。僕も劇場にはよく行きました。お世話になっているスポンサーさんが来られたりもしますし。それに、『ビリー』は何回観ても飽きないんです。そうするうちに、常連さんの顔もだんだんわかってくるんです。この人、何十万円使っていただいているんだろうな、とか思いながら。このあいだも熊川哲也さんのバレエの公演に行ったら見ず知らずの人に声をかけられて「私は13回観ました」と。『ビリー』ファンの人だったんです。「それはありがとうございました。何十万も使わせちゃって申し訳ありません」って返礼しました。『ビリー』をきっかけに、自分がすっかり顔バレしちゃっているのが怖いですね(笑)。
――『ビリー・エリオット』や『メリー・ポピンズ』のような大掛かりな作品になると、できるだけ上演期間の長いほうがペイできると思いますが、日本だとやはり2ヶ月か、長くても3ヶ月が劇場を使える限界でしょうか。
そうですね。公共の劇場は普通1ヶ月以上貸してくれないわけですよ。公平にということだけど。でも、それだと海外からいい作品は持ってこれないし、オリジナルで大きな作品を作ろうと思っても、どうせ初演は苦労するわけで、コストがかけられない。そうなると韓国やウエストエンド、ブロードウェイの作品に見劣りするのは決まってるんですよ。日本の映画がハリウッド映画に見劣りするのと一緒で。そんなことで世界と戦うなんてできないと。だから公共劇場の考え方もそろそろ変わっていかないといけないんです。
実は都内23区にはそれぞれ1000人以上入る公共ホールがいくつもありますが、実際の稼働率は2割もないって聞きます。50年も経てばそれにまた数百億円もかけて建て直すことになる。全部税金でね。そこを実際に使っているのはママさんコーラスとか、カラオケの発表会とか。だったらうちに1年貸してよ、と。税金分にプラスして利益還元してあげますよって思うんだけど、それぞれの区の規則でできないんです。遠方には「どうぞうちを長期で使ってください」というホールもありますが、あまり不便な場所だとそれはそれで……。
――今年春に上演された『メリー・ポピンズ』も高く評価され、人気を博しました。その成功は『ビリー・エリオット』の経験が活かされたと考えてよろしいでしょうか。
活かす間もなく『メリー・ポピンズ』がスタートしてしまったので、殆ど活かせませんでした(笑)。
『ビリー』は子供が主役で、しかもちょうど成長期の子供で、みるみるうちに大きくなるし、先月履けていた靴もすぐに履けなくなる。身長が1センチ2センチ伸びたかもしれないということが、ひょっとしたら即事故に繋がるというのもあり、大人キャストには申し訳ないと思いつつ、毎日、場当たりを丹念にやってました。セットはオートメーションの機械も含めて、すべて日本で作ったものですが、事故は一回も起きませんでした。
『メリー・ポピンズ』のほうは外国から持ってきた機械だったので何度も止まってしまった。天井で宙ぶらりんになっちゃうみたいなこともあって、芝居を止めざるを得なくなったことが何度か。お客さんには大変申し訳ないことをしたと思っています。もっとも問題点は『ビリー』とはまた別のところにあったのですが。
大体『ビリー』ですごく苦労して、そのすぐ半年後に『メリー・ポピンズ』をやるなんてめちゃくちゃですよね。『メリー・ポピンズ』は当初、客席が満杯になっても赤字になるという採算でした。再演しないと絶対にペイしないんです。だからその前に「絶対当たるよ」と僕が言っていた『ビリー』がもしコケたら、悲劇でした。『メリー・ポピンズ』は、上演することだけは前から決まっていたのです。先方のプロダクションのスケジュールと、こちらで借りられる劇場のスケジュールの関係で、今年の春に上演するしかなかったのですが、契約の関係でなかなか発表ができなかったのが本当に辛かったです。
――『ビリー』や『メリー・ポピンズ』の成功で、子役の出演するミュージカル市場が今まで以上に活性化したと思います。特に、未来のビリーを志す男の子も増えているのではないでしょうか。そうした筋から『ビリー』の再演に関する問い合わせも増えていませんか。
演劇賞を受賞した際のスピーチで「あまりにも要望が多いので、いずれやりたいです」とは言いました。ですが、具体的にいつやるかまでは、現時点ではお話できません。オーディションは準備期間を入れても最低2年は必要とします。また、何があるかわからないので、ビリー役はやはり4人はいないと、とてもじゃないけど回せませんね。
――主役は子供ですが、大人の観客が何回も通いたくなるのは、『ビリー』という作品の力ですね。
あれは子供のための作品ではなく、完全に大人のための作品です。子供が主役ではあるけども、実際には家族が主役です。年配の男の目線で見ればお父さんに感情移入するだろうし、女性から見ればお母さんの側にいくでしょう。兄弟がいる人ならお兄さんの気持ちに寄り添う。近所の人からすれば、あんなに濃厚な近所付き合いっていうのはもう日本にはないわけだから、ある意味すごく羨ましい状況でもありますよね。みんなで一人の少年の夢を叶えてやろうという。今の日本では絶対にない。そういう意味でも、家族やご近所の話なんですよ。たまたまずっと出ているのが子供であるというだけで、内容は完全に大人に向けて色々なことを考えさせる作品ですね。
次回<後編>に続く
<堀義貴> 株式会社ホリプロ代表取締役社長。1966年6月20日、ホリプロ創業者・堀威夫の二男として生まれる。1989年にニッポン放送入社後、編成制作部に配属。1993年ホリプロ入社、2002年代表取締役社長に就任。 2013年より一般社団法人日本音楽事業者協会会長。
取材=兵藤あおみ・安藤光夫  構成=安藤光夫  写真撮影=敷地沙織

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