北村明子(振付・ダンサー)、横山裕
章(サウンドディレクター)が語る『
土の脈』。それは迫力あるダンスと映
像と照明と音楽が融合した空間エンタ
ーテインメント

振付家・ダンサーの北村明子が、日本とアジアのアーティストと共につくり上げる「Cross Transit project」。インドネシアの歌謡と伝統的な身体性を日本のコンテンポラリーダンスの手法と融合させた「To Belong」プロジェクトに続く、国際共同制作プロジェクトの第2弾だ。カンボジア、インドネシア、ミャンマー、インドのマニプールなどの各地域に根差した舞踊・音楽などの芸術文化や、古来の武術が持つ身体技法とその芸術性、儀礼性、音楽とのかかわりを探りながら、2016年9月に『Cross Transit』、2018年3月に『vox soil』と本公演を行ったほか、ショーイングも手がけてきた。このプロジェクトに欠かせない存在が、音楽面を支えるサウンドディレクター、横山裕章だ。北村が惚れ込んだ、横山との対談を行った。
『土の脈』

――横山さんはJ-POPの世界ですごく活躍されていらっしゃいますよね。
横山 普段は、テレビで流れているような音楽をつくったり、JUDY AND MARYYUKIJUJU木村カエラといった方々の曲を書いています。ほかには槇原敬之さんなどのライブツアーで鍵盤を弾いたり。
――そんな横山さんが、そもそもコンテンポラリーダンス一直線の北村さんと、どう出会ったのかとても気になります。 
北村 ですよね(笑)。『to belong』を構想していたときに、新しい音楽家の方を探していたんです。そのときにドラマトゥルクとして参加してくださった映画監督・石川慶さんから横山さんを紹介していただきました。その場で音楽がミラクルにできちゃうんだとか、瞬間瞬間の感覚を集めて出てくる音楽がめちゃくちゃかっこいいとか、私と絶対に合うと勧めてくださった。「かっこいい」という言葉には弱いので(笑)、さっそくコンタクトを取りました。初めて電話でお話したときに、若いのになんて懐が深い方だろうと驚きました。とにかくストレートにお話できた。最初にお会いしたのは、『to belong』のプレイベントのためにインドネシアのダンサーと、お正月に豊島区の体育館で稽古をしていたときでした。
横山裕章
横山 車にシンセとかドラムマシンとか機材を山積みにして行ったんですよね。そのとき僕は「コンテンポラリーダンスってなんですか?」という状態でした。北村さんがすごいことをやってきた方だという知識もなく。
北村 きっと横山さんは、まず現場に足を運んで、できることはなんでもやってみるということが、ごく普通な方なんだと感じました。そしてその仕事人ぶりが実際にすごい。
横山 事前に北村さんから、こんな音楽が好きだというメールがいっぱい届いたんですよ。それらが当時の僕もすごくかっこいいと感じて聴きあさっていたものとリンクしたんです。これならご一緒できるかもしれないと。それで年末にいろいろ考えて、音を出さないとわからないだろうから、なんでもできるような機材や楽器を持って出かけたわけです。
北村 その出会いから後は、申し訳ないことに無茶振りばかりをしています(笑)。
横山 いえいえ、僕にとっては刺激でしかないんです。
横山さんは、身体と共存する音楽、身体をそこにおいて異なる温度の音の粒子で空間を満たす音楽をつくれる方
『vox soil』 写真:大洞博靖
『vox soil』 写真:大洞博靖
――「Cross Transit project」はもう横山さんなしでは成立しない状況ですね。
北村 そう。スタートからメインでサウンドのディレクションをしていただいています。
横山 北村さんの考えていること全部をわかっているとは言えないんですが、北村さんの頭の中にある映像を具現化するのが僕の役割だと考えています。7、8年のお付き合いになりますが、まだまだ難しさを感じながらですけど。
――北村さん、このシリーズは東南アジア、南アジアと出会って何をやろうとされているのか教えてください。
北村 私はずっとダンスをやってきた中で、アメリカ、ヨーロッパに学ぶことがすごくたくさんありました。でもふと気がつくと、近いのに遠い存在のアジアが見えてきて、そこに目を向けなかった自分への疑問と、出会ったアーティストや武術家の方々の生活文化、身体技法、身体表現にすごく刺激になることがたくさんあると改めて気がつきました。同時にアジア、南〜東南アジアをめぐることで自分の表現の方法、技法を見直すいい機会になっています。
――北村さんが旅したさまざまな国を、横山さんも旅してリサーチしているそうですね。しかも現地の方の中に気軽に飛び込める方だと聞いています。
横山 それはミッションを与えられているからですけど(笑)。でも確かに仲良くなるのは早い方かもしれないです。どうせなら北村さんがびっくりするような音楽を録ってきたり、人と出会いたいという思いは常に持っています。
北村 横山さんにいろいろな国のいろいろな場所に行っていただくと、私が知らないこともたくさん経験してきてくださる。それは2015年に初めてインドのマニプールに行っていただいたときに感じて。まず現地の方の日常生活を通して仲良くなって、その視線で吸収してくださるんですね。私ももちろんそうしているんですけど、行動範囲や体験してくるもの、耳で感じ取ってくるものも私とは当然違う。それを見て聞いて、自分だけの価値観や視点に閉じないようにしようと思いましたね。横山さんはとにかく現地の方のディープな生活にまで入り込んでいく。それがまた横山さんの音楽にすごく反映されている。しかも普段のお仕事ではポピュラリティをすごく考えていらっしゃるので、そういう部分も私たちの作品に導入してくださるんです。
横山 アジアには知らない国さえある。初めて出会う音楽も踊りもたくさんあるけれど、現地の方とお会いして温度や湿度を感じたりすることが僕の音楽の中に全部フィードバックされていると思います。
北村明子
北村 横山さんは作曲するだけではなく、プレイヤーでもあるということがすごく大きいと思うんですよ。音楽をダンサーみたいにつくっている。ダンスにも必要な、身体とともにあること、リズムを一緒に刻むということを直感で捉えてくださっているように思います。引き出しが多いということもあるんでしょうけど、ライブ感のある、身体と共存する音楽、身体をそこにおいて異なる温度の音の粒子で空間を満たす音楽をつくれる方なんです。振付家とダンサーと同じような比重でそこにいてくれるという安心感、信頼感があるんですよ。
横山 作品としては、4つ打ち、4ビートでガンガンとやって、それに合わせて踊るというものではないんです。空白で踊るというか、空気を読んで、つかんで踊るみたいな雰囲気のことも多いので、音楽というよりは映像で踊らせる、音像で踊らせるみたいな感覚で僕はやっています。
北村 出た、音像!(笑)。横山さんはよく音像が見えると言うんですよね。
横山 音像というのは奥行きだったり、立体的な……う~ん、なんでしょう(笑)。
北村 その言葉を数年前に聞いたときに面白いなって。この人が見ている音像ってどんなものだろうって思いました。
横山 北村さんの作品は、すごく映像的だと思うんですよ。何か映画を見ているような感覚があって、だからつくる音楽も映像作品のため、みたいなものになりますね。あるいはダンサーのためにというよりは空間のためにつくっているという雰囲気もあります。
足で地を踏むという行為とそのスピリットを集約した『土の脈』

Mayanglambam Mangangsana 写真:大洞博靖

――今度の『土の脈』のドラマトゥルクであるマンガンサナさんはマニプールの伝統音楽の方ですよね?
北村 ペナという弦が一本の楽器の奏者です。消えゆく伝統音楽に危機感を持っていて、積極的な保全活動をされている。彼のペナの師匠は91歳の天才的な演奏家だそうなのですが、今後誰がその技術を継承していくのかというと、40代後半に差しかかったマンガンサナ自身が師匠となっていくわけです。そう話すのを聞いて、伝統文化を守っていくというミッションを背負うのは大変なことなんだと思いました。そして彼は伝統音楽を保全するだけではなく、いろんなチャレンジもされていて、現代的なものも学び、自分の創作に取り入れたり、可能性を探りたいと強くおっしゃったのがすごく印象に残っています。私がマンガンサナとお会いしたときに、すぐにペナの演奏と唄を披露してくださったのですけど、それが心に響く音色とメロディでした。もう泣きそうなくらいにいい音楽なんですよね。彼の持っている音楽世界が横山さんがつくる世界と融合したときに、どんな化学反応が起こるんだろうと期待しているし、予想以上素晴らしい結果となっています。
横山 僕は最初に現地にうかがったときは、僕たちの音楽はこんな感じですよと演奏と説明を受けたんですが、なんか日本人が突然やって来たぞみたいな雰囲気で終わっちゃったんですよ。2回目のチャンスをもらったときは、前回と同じでは困るので、ペナをやりたいという意思を事前に伝えておいたんです。そしたらとてもウェルカムモード(笑)。やっぱりこういうことは大事ですね。ペナ職人の家に連れていってもらって、僕の体に合うものを買って、1週間くらい毎朝2時間ほど練習してやる気を見せたら、現在もっとも高度な技術を持つペナの師匠、娘のマンカさんの歌の先生、友達の親戚のパーティに連れていってくれて。パーティではペナを弾きながら「上を向いて歩こう」を歌いました。前回の『vox soil』のときに、自分が鳴らしている音楽と北村さんが目指している現代的な手法でミックスされた音を聞いて、マンガンサナさんも刺激を受けてくれているみたいで。新しいものを教えてくれよとか、コミュニケーションも取れるようになってきているので、今回はもうちょっと彼の方に食い込んでいこうかなと思っています。
――新作の『土の脈』というタイトルはどんなイメージでつけたのですか?
北村 「Cross Transit project」を始めて、舞踊や武術、音楽などのリサーチをしていると土、地面、アース感を実感させられることが多いんです。武術の稽古は、夜遅く、暗くなってから土の上で行うことが多々ありますし、足を踏みしめて、倒されたりもするから泥だらけになりながら、湿った土を感じて地面との密接な感覚が、自ずと身体に浸透していきます。彼らにとってはそれが日常。音楽も土の上に座って円陣を組んで練習するなど、野外で奏でることが日常だったりします。私の中にもある感覚のはずですが、土、地というものに対する畏怖や感謝の念が頭の中で考えていたよりもすごく強い。日本の神楽もそうですけど、踏んで神様にお祈りをしますよね。ダンスはそもそも足の踏み場=地がないと踊れないわけですから、足で地を踏むという行為とそのスピリットを、自身の身体を通して改めて体感した3年のリサーチの終結なので、『土の脈』とつけました。土の声、土地の声、身体のパルス(脈)、という意味も込めて、「脈」という言葉がフィットしたんです。フィールドリサーチを続けていると自分の体の中に吸収して、自分たちの体の脈に取り込んでいきたい、という未知のものとの出会いに満ちているんです。
『土の脈』リハーサル風景 写真:大洞博靖
『土の脈』リハーサル風景 写真:大洞博靖
――このシリーズではどこを目指していたのでしょうか?
北村 固定概念から生まれる境界線や枠組みを超える、破るということがイメージにありました。この国の方とコラボレーションするからこんな感じとか、そういったこれまでついうっかり持ってしまうイメージは捨てて、さまざまな国の方との共同作業で、いろいろなものを混ぜて、自分でも予期しないものを生み出したいな、ということだったと感じています。そう、まるで、アジアの蛇・龍の神が、雑多に林立するものの間をスルスルとすり抜けて、グルーヴ(うねり)をつくって混ぜ合わせ、誰もにとって新鮮なものを仕上げていくみたいに。
横山 僕は北村さんのダンスしかわからないのですが、コンテンポラリーダンスの作品とは思っていなくて、一つの映像作品だと思っているんです。空間作品という感覚です。音響のことをいうと、歌詞を聞かせるために歌の比重が大きいライブではありえない、地を這うような振動を与えたりもできるので、お客さんには五感を刺激するような見せ方もしたいですね。北村さんの作品は体に訴えかける音が多いので、そういうものをスピーカーで表現して、お客さんの心の中に残していかれればいいなと思います。ダンサーさんの動きとか単純にすごいし、迫力もある。それらと映像と照明と音楽とが融合した空間エンターテインメントですよ。僕は知り合いに、そう言ってすごくお勧めしているんですよ。
北村 ダンスってそもそも、躍動、静寂、高揚、あらゆる種類の身体の情動が満ちた時空間を体感するものですよね。生身の身体を通してのみ共有される臨場感ある時間をぜひとも体験しにきてほしいです。
――最後に、神奈川芸術劇場の主催事業にとお声がけがあったことはいかがですか?
北村 とてもありがたいです。こんな国際交流企画をインディペンドのアーティストが一人でやることに無理があって、すごく苦労しながらコツコツと進めてきました。劇場やフェスティバルのバックアップがあってこそ、豊かなクリエーションができる。同時に、芸術監督の白井晃さんが、私のこれまでのアジアとのコラボレーションを継続的に見てくださって、3月の『vox soil』はこれまでと印象が違っていたなどご意見をいただけるのもすごくありがたいし、うれしいです。そしてそれを関東だけではなく、松本で上演できるということも一つの挑戦で、素晴らしい機会だと思っています。
《北村明子》振付家、ダンサー、信州大学人文学部准教授。1995年文化庁派遣在外研修員。Bates Dance Festival(USA)、American Dance Festival(USA)にて委託作品発表。代表作『finks』(2001年国内初演)は多数都市にて上演、モントリオールHOUR紙2005年ベストダンス作品賞受賞。2005年ベルリン「世界文化の家」委託作品『ghostly round』は2008年まで世界各国で上演し、絶賛を得た。2011年インドネシア国際共同制作To Belong project (第7回日本ダンスフォーラム賞受賞)を開始し、国内外にて毎年新作を上演。2015年ACC個人助成日米芸術交流プログラムグランティスト。2015年アジアとのプロジェクト第2弾Cross Transit projectを始動、2017年、サウンドモーフィングとダンスの実験として、ソロ作品『TranSenses』をNY、モントリオールにて発表。2017年11月『Cross Transit』をカンボジア、プノンペン市にて上演。2018年3月にはCross Transit project最新作『vox soil』の東京初演を行った。
《横山裕章》サウンドディレクター。アメリカテキサス州生まれ。幼少時代をオランダで過ごす。5歳よりピアノを始め、15歳でワルシャワにてポーランド国立クラクフ管弦楽団と共演。東京音楽大学作曲科(映画放送コース)を卒業。大学在学中からさまざまなアーティストのツアーにサポートメンバーとして参加しながら幅広いフィールドで音楽制作を行い、頭角を現していた。2010年agehasprings加入。YUKI、JUJU、MISIA星野源、木村カエラ、吉澤嘉代子などアーティストへの楽曲提供・アレンジ、サウンドプロデュースを手がける。槇原敬之、たむらぱんmiwaのツアーにはキーボードとして参加。曽我部恵一ランデヴーバンド、L.E.D.のメンバーとしても活動中。さらにTV-CMや映画、アニメなどの音楽、コンテンポラリーダンスシーンを牽引する北村明子(ダンサー・振付家)によるアジア国際共同制作プロジェクト Cross Transit “vox soil”の音楽を担当するなど、その活動は多岐にわたる。
取材・文=いまいこういち

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