桑原裕子×扇谷研人×花れんが語るK
AKUTA『ねこはしる』

世代を問わない普遍的な視点と心を抉るような物語で定評のある劇団KAKUTA。その一方で、「Sound Play Series 朗読の夜」と題し、演劇ならではの演出も加えた朗読劇を長く手がけている。その第1作目で、高い人気を誇った工藤直子原作『ねこはしる』を、“言葉と歌が織りなす「とびだす童話」”として新たに手がける。主人公は、のろまでドジだけど気持ちの優しい子猫のラン。池の魚と仲よしになって、いつしか二人(二匹?)は心を通わせ、ともに成長していく。ところがある日、魚はほかの兄弟猫たちに見つかり、魚とり競争が行われることに。ランが悩んだ末、心に誓った哀しくもたくましい決意とは……。演出を担当するKAKUTA主宰の桑原裕子、ミュージカルの音楽監督も務めているピアニスト・扇谷研人、空気のごとくどこまでも広がっていくような澄んだ歌声のシンガー・花れんという顔ぶれで座談会を行った。
−−演劇がKAKUTAのA面だとすれば、メンバーの結婚式などで破天荒な一面も披露していますが(笑)、B面として別の顔を見せてくれるのが朗読劇のシリーズかと思います。その代表作を新たなバージョンとしてつくり直すと聞いて、ぜひ話をうかがおうと思いました。
桑原 そうなんです。その『ねこはしる』初演のときに「朗読って面白いね」ということでシリーズ化していきました。花れんさんと研人さんには朗読シリーズ連作公演『グラデーションの夜』のうちの1本、「桃色の夜」に、音楽と歌で参加していただいて。花れんさんとは近藤芳正さんのユニット「バンダ・ラ・コンチャン」で『相思双愛』を私が演出したときに出会って、2009年秋にKAKUTAの台本を北九州でリーディングしたときにも出演いただいて今回が4回目、研人さんとは2回目の顔合わせになります。
−−『ねこはしる』初演はアルケミストさんを音楽に迎えました。今回、このチームでやることになった経緯を教えてください。
桑原 『ねこはしる』はアルケミストと始まったので、やっぱり最初は彼ら以外では想像がつかなかった。けれど都合がつかないということで、だったらずっとご一緒したかったお二人とやろうと思ってご相談したんです。
花れん・扇谷 ありがたいことですよね。
扇谷 僕らはKAKUTAが大好きで、『ねこはしる』も見ているんですよ。
花れん 逆に「アルケじゃなくていいの?」と思ったくらいです。
桑原 KAKUTAは油まみれ泥まみれ、裏道にいる底辺の人の話が多いので、お二人とはご一緒したいと思いつつ頼みづらい部分もあったんですよ。
扇谷 桑原さんは僕らのことを妖精扱いしてくれるんですよ(笑)。僕はアーティストのサポートの仕事も多いので相手に合わせてなんでもやるんですけど、実はKAKUTAとの仕事のときは僕らの音楽に、桑原さんの世界を寄せてくれているんじゃないかと思っていたんです。
桑原 そんなこともないんですけど……ただせっかくお願いできるなら、ラストを締める曲だけじゃなくて、がっつりやりたかったので今回は本当にうれしいですね。

アルケミスト版『ねこはしる』 撮影:相川博昭
アルケミスト版『ねこはしる』 撮影:相川博昭

−−桑原さんは花れんさんの魅力をどんなところに感じていらっしゃいますか?
桑原 花れんさんの歌は、ほかの人が歌ってもすっと聞き流してしまいそうな言葉でも、研人さんとのメロディと一緒になっているからかもしれないけど、こんなに心に染みるんだと思わせる力がある。ブロードウェイ・ミュージカル『ピーターパン』の演出をしたときも、人魚の声をつくるために作曲家の宮川彬良さんに「こんな感じで」と花れんさんの歌声を聞いていただいたくらい。
花れん 桑原さんは私に人間の役をくださったことがないんですよ(笑)。でも私ね、歌うと動物が寄ってくるの。
扇谷 その手の話題は事欠かないよね。
花れん 地元愛媛の渓谷に、バスが通ると観光客の持っているコンビニ袋を奪おうとする野猿がいるんですよ。私は友達を近くの温泉に案内したあと、その河原で声出しをしようと思って、目をつぶって「もみじ」を歌っていたんです。ところが二番をうたいながら目を開けたら、さっきまでまったく姿が見えなかった猿が集まっていたんです。しかもきれいな目をして、恍惚とした顔をして聞いているの。私は私で怖かったけれど、ピースフルな空間を壊しちゃいけないと歌い続けていたら、バスが来た途端に空気が一変してみんなどこかに行っちゃったんですけど。
桑原 私も馬だったら呼ぶ力があるんですよ!(笑)。ハワイに行ったときに〜(長くなるので割愛)。
扇谷 今回は動物を呼べる人たちが、
桑原 動物の物語をつくろうとしているんです。
扇谷 みんな猫を飼っているしね。
桑原 猫への愛がぎゅっとつまった作品になると思います。
KAKUTAの希望で終わる物語は、お客さんの気持ちを上げて帰ってもらうコンサートに似ている
−−扇谷さんは原作の魅力をどんなふうに感じていらっしゃいますか?
扇谷 詩のようでもあり、人生の酸いも甘いも、柔らかい言葉の中に閉じ込められている感じが素敵ですね。そしてそれがKAKUTAの世界に通じるような気がする。
花れん 私もそう思うなぁ。
扇谷 KAKUTAの舞台は最後に希望を見せて終わってくれるのがいいんですよ。
花れん 希望までは行かなくても光が見える。
扇谷 演劇はバッドエンドのものもけっこう多いじゃないですか。もちろんそういう舞台も嫌いじゃないんですけど、コンサートだと、現代音楽でもない限り、絶望的な曲で終わるということはなくて、お客さんには来たときよりもいい気分で帰ってもらうのが普通なわけですよ。そういう意味では、『ねこはしる』は大好きな友達を食べるという試練が待っているけど、そのぶん強くなって生きるという物語。そこがKAKUTAに似合うし、僕らも共感できるんです。
−−今回は曲はどのくらい書かれるのですか?
花れん 桑原さんの指定で私たちの楽曲から『a bird in the sky』など2曲は使うんですけど、ほかはすべて書き下ろしです。
桑原 曲数で言えば20くらい、かな。『ねこはしる』が面白いのは、朗読でやろうと思ったきっかけでもあるんですが、いろんな生き物の長い一人語りの集合体みたいな構成なんです。全部の景色、動物たちの特徴や心境を踏まえた曲を研人さんがつくってくださるので、役者たちにとってはそれぞれのテーマ曲みたいになる。初日の稽古場ではそれをセッションで行ったんですけど、役者が泣き出すくらいすごくぜい沢な時間でした。
扇谷 やっぱりイチから一緒につくることは、大変だけど楽しいですよね。アルケミストとの『ねこはしる』も素晴らしかったけど、彼らの既存の楽曲を使っていたのでアルケミストとKAKUTAのコラボ色が強かった。今回は桑原さんの世界に寄ってつくれるぞ、そこには僕らのカラーも出るんですけど、そういうスタンスでやれることにワクワクしていますね。
−−花れんさんは、こだまという役ですね。
花れん まだ具体的な演出のことは聞いてないし(取材は9月中旬)、原作にも出てこないので、今の時点の解釈ですけど、基本的には歌うようにしゃべるんですよ。こだまって、人が何かを言ったら、その言葉に表された感情が返ってくるもの。痛いものを投げたら痛いもの、優しいものを投げたら優しいものが返ってくる。この物語の舞台が大地だとしたら全部の感情がフィルターなくあふれ出ると思うんです。その感情にダメなものはない。そういうつもりで、空気みたいに自由でいたいと思うんです。私の声ってよく羊水声って言われることがあります。水というフィルター、ベールがあるようだって。今回はその声で生き物の世界を優しく包みこむような、こだまでいたいなあって思いますね。
−−テーマ曲はどんな印象ですか?
桑原 すっばらしい曲ができましたよ!
扇谷 新作にかかわらせていただくときに、最初につくりたいのはテーマソング。その曲によって世界観を皆さんと共有できるし、みんながそこに向かってアイデアを出していける。ただ、テーマ曲で今まであまりリテイクした記憶はなくて……。
一同 笑い
桑原 本当、すみません。私が迷ってしまったからご迷惑をおかけして、申し訳ない気持ちでいっぱいです。けれど私にとっては完全に初演の作品を忘れられるくらい没入できることが大事だった。結果的に、その世界にドーンと引きずりこまれる、新たな「『ねこはしる』だ!」と思える曲をつくっていただきました。
−−歌詞は桑原さんが書かれたんですか?
桑原 私がメモ的に書いたものを、花れんさんに直していただいたり、そこへさらにこういうテーマを入れたいんですってお願いしました。私が1日悩んで考えたものを、シュルシュルって魔法のように花れんちゃんが直して、言葉が紡がれていきましたよ。
『ねこはしる』が地方劇場ネットワークの中心になったら
−−桑原さんは4月から穂の国とよはし芸術劇場の芸術文化アドバイザーを務めています。今回の公演は、豊橋と水戸と松本だけで都内はないんですが、意図はありますか?
桑原 この作品が動き始めたのは、前回の『ねこはしる』を水戸芸術館の芸術監督・井上桂さんが見てくださって、水戸でもやってほしいとおっしゃってくださったことから。それが2016年。劇団や劇場などの都合で、今年できることになって、水戸芸術館が幹事館、穂の国とよはし芸術劇場が主催を引き受けてくださったんです。私は数年前から北九州芸術劇場で作品づくりをするようになってから、東京でなければ何もできないということはないんだって思うようになりました。地方の劇場でも頑張っているところはたくさんある。今後、地方の劇場同士がネットワークを組んで、この作品を通じて演劇界を底上げしていこうと盛り上がっていけたらうれしいなと思います。
扇谷 僕は水戸芸術館でこのところいろいろお世話になっていますし、まつもと市民芸術館はライブでお邪魔している劇場さんなんです。
花れん 私もまつもと市民芸術館には『空中キャバレー』を何度か見にいっているので、出演者として舞台に立つのが楽しみ。
−−次はお二人の故郷、札幌や宇和島にも行けたらいいですね。札幌にも新しいホール、札幌市民交流プラザがちょうど初日のころにオープンしますしね。
扇谷 本当ですね! 実は今回、僕は生演奏じゃないんですよ。ちょっぴり残念なんですけど、桑原さんからライフワークのように長くやりたいと聞いたので、音源をつくったほうが身軽に動けるんじゃないかと思ったんです。だから今公演をきっかけにいろんなところに出かけて行かれるといいですね。
《桑原裕子》1996年に結成メンバーとしてKAKUTA に参加、98 年から主宰・演出家となり、2001年より全作品の脚本・演出を手がける。俳優として阿佐ヶ谷スパイダース、道学先生、オフィス3◯◯、福原光則 作・演出『俺節』など、さまざまな人気劇団、プロデュース公演へ舞台出演。戯曲はもちろん小説、映画、ドラマ、ゲームシナリオなど多方面で執筆活動を行っている。また最近では演出家としても、東京ヴォードヴィルショー若手公演、近藤芳正率いるユニット バンダ・ラ・コンチャン、ミュージカル『ピータパン』などの作品に携わる。09年『甘い丘』(再演)の作・演出で第64回文化庁芸術祭新人賞、14年『痕跡』で第18回鶴屋南北戯曲賞を受賞。2018年4月に穂の国とよはし芸術劇場PLATの芸術文化アドバイザーに就任。
《扇谷研人》ピアニスト・作編曲家。札幌生まれ。幅広い音楽性と感性で、宇崎竜童EXILE TAKAHIRO辛島美登里西野カナ平原綾香などさまざまなアーティストのライブやレコーディングに携わる。またミュージカルや舞台の音楽監督・作編曲も務め、大原櫻子主演『リトル・ヴォイス』、水戸芸術館主催・吉川友主演『夜のピクニック』、蘭寿とむ主演『イフアイ』、KAKUTAでは花れんと共同出演で『桃色の夜』など多数手がける。今後は12月新国立劇場『Ay曽根崎心中』に演奏者として出演予定。2003年から4年間、日本を代表するサルサバンド、オルケスタ・デ・ラ・ルスに在籍、国内外で活躍した。自身のソロアルバムも2作をリリース、高い評価を得ている。
《花れん》シンガーソングライター。愛媛県宇和島市出身。宇和島文化大使。早稲田大学在学中よりシンガーとして活動。日本語の美しい響きを大切にした詩と世界観をつくる。「森の声」「風の音」「春のささやき」「冬の星」など、自然界を表すような音に似た独特の声も持ち、映像音楽、CM音楽、舞台音楽、アニメ・ゲーム音楽やBGMなども手がける(Sound Horizon『Nein』、SEGAゲーム『PSO2』オープニング曲など)。歌唱指導やディレクション現場においてアーティストからの信頼も厚い。舞台『リトル・ヴォイス』歌唱指導(大原櫻子・安蘭けい高橋和也ほか出演)など。桑原裕子との出会いは2009年バンダ・ラ・コンチャン『相思双愛』。同年、北九州芸術劇場『甘い丘』で再びタッグを組み、2011年KAKUTA『桃色の夜』では扇谷研人と共に音楽を手がけた。今回『ねこはしる』で7年ぶりにKAKUTA作品参加となる。
取材・文=いまいこういち

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