満席続出で上映劇場が4館から50館以
上に! 映画『判決、ふたつの希望』
はなぜ感動できるのか

公開から約3週間が過ぎても、観客動員、そして好評を維持している映画『判決、ふたつの希望』。2018年アメリカ・アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、ベネチア映画祭では最優秀男優賞を受賞するなど、日本公開前から世界中で高い評判を誇っていた同作。今回は、この映画がなぜ多くの人の心を感動で包み込んでいるのか、その理由について取材をまじえながら考察する。
●「水漏れ」が原因で、大統領が仲裁する前代未聞の裁判に!
物語の起点となるのは、なんと「水漏れ」という些細な出来事だ。
レバノンの首都・ベイルートの町の一角で、パレスチナ人・ヤーセルが違法建築の住宅の補修工事をおこなっていたところ、とあるアパートの水漏れを見つけて善意で修繕。ところが、「こんなものを取り付けやがって!」と住人・トニーが怒り出し、配水管を破壊。ヤーセルは思わず、トニーに汚い言葉を吐いてしまい、後日謝罪に訪れる。
映画「判決、ふたつの希望」 (c)2017 TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL–EZEKIEL FILMS–SCOPE PICTURES–DOURI FILMS
だが、トニーから「お前は、シャロン(イスラエルの第15代首相)に抹殺されてしまえば良かったんだ」と、イスラエル・パレスチナの紛争問題を絡めた暴言を浴び、ヤーセルは謝るどころかパンチをお見舞い。かくして二人の裁判がはじまり、やがて大統領が仲裁にのりだすほどの大騒動にまで発展する。
●肉体的な暴力VS.言葉の暴力、本来の裁判はどちらに軍配?
同作で描かれる裁判の争点になるのは、「ヤーセルのパンチVS.トニーの暴言」だ。こういった場合、本来の裁判ではどのような判断がくだされるのか。
情報バラエティ番組『サンデー・ジャポン』などにも出演する弁護士・角田龍平さんに話を訊いたところ、「日本の刑事司法にのっとった上でお話しをすると、ヤーセルが殴ったことは間違いないので、それは傷害罪。彼を弁護するのであれば、やむを得ない事情があったということで、刑を軽くする方向へ持っていく。ただ、正当防衛をのぞいて肉体の暴力は決して許されることはなく、無罪になることはありえません」と裁判の実情を語る。
映画「判決、ふたつの希望」 (c)2017 TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL–EZEKIEL FILMS–SCOPE PICTURES–DOURI FILMS
そもそもヤーセルは良かれと思って水漏れ工事を施したわけだし、生真面目で不器用な雰囲気がどこか好印象だ。映画を観る側としては、トニーの嫌味なキャラクター性も相まって「さすがにそれは言い過ぎじゃないか、これはヘイトクライムだ」と、ヤーセルの方についつい肩入れをしてしまう。
しかし角田龍平弁護士は、「そういった人情をまじえた“大岡裁き”は通用しない。日本では法的安定性が大事で、様々な前例に基づいて判断をしていきます。刑事司法が発達している国ほど、そうなんです。事実のみでやっていかないと、冤罪の可能性が高まるからです。トニー側に立って考えると、確かに侮辱的な言動はありましたが、でも殴られても良い理由なんてない。暴力は明らかに有罪。言葉は、情状酌量の余地にすぎません。傷害罪を“なかったことに”はできません」と強く指摘する。
●角田龍平弁護士が指摘「紛争解決の最善策は双方の譲り合い」
この映画では、「水漏れ」から、それぞれの民族、宗教、政治など背景的なところにまで争点が膨張。「ごめんなさい」のたった一言がなかったために、収拾がつかなくなっていく。その部分についても、角田龍平弁護士に尋ねてみた。
映画「判決、ふたつの希望」 (c)2017 TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL–EZEKIEL FILMS–SCOPE PICTURES–DOURI FILMS
「確かに本来であれば、この映画のように、人間同士の紛争は、お互いがどういう人生を歩んできたかという、点ではなく線として見ることも大切なんですよね。しかし、合理性を考えると、裁判では“いつ、どこで、何があったか”だけを見る。そもそも代理人としてまず、双方に提案するのは“譲り合い”です。これは万国共通ではないでしょうか。裁判は時間、費用だけではなく精神的にも非常にきついものがあります。だから、甲が乙に「100万円を請求したい」と言ったとしても、代理人は「もし民事で裁判をおこなった場合、0になったりする。ただ示談・和解であれば、50万円にはなるかもしれない。それでも良いと思いますよ」と助言します。多くの人は、渋々ですがそれで納得されますね。裁判まで発展すると、負うものの方が大きいですから。でもこの映画の物語としておもしろかった部分は、控訴の段階では当事者が歩み寄っているのに、代理人が背景を持ち出してくるから、落としどころを見失っちゃうんですよね」
●「2018年ナンバーワン映画」と絶賛が続出、上映劇場が4館から50館以上に!
『判決、ふたつの希望』は8月31日の公開初日時、全国でわずか4館しか上映されていなかった。だが公開初日、2日目に各館で満席回が続出。SNSでも「2018年のナンバーワン候補」など絶賛の声がたくさんあがった。その結果を受けて2週目以降、上映劇場が50館以上に拡大。
もちろん映画会社の元々の戦略もあるだろうが、しかし「良い映画を多くの人に観てもらいたい」という映画館の“判決”によるものが、やはり大きい。
映画「判決、ふたつの希望」 (c)2017 TESSALIT PRODUCTIONS–ROUGE INTERNATIONAL–EZEKIEL FILMS–SCOPE PICTURES–DOURI FILMS
事前に試写会で映画を鑑賞していた角田龍平弁護士も、同作の大盛況ぶりには納得を示す
「ヤーセル、トニーの裁判の着地の仕方がすごく良い。この映画を司法制度の部分だけ捉えて『こんな場当たり的なことは、本当はありえない』と言うのは、おかしい。あれだけ複雑な対立、紛争の中で、あの答えが見つかったところが素晴らしいんです。どんな物事であれ、必ずしも絶対はないということを僕らも分かっておかなければいけない。『判決、ふたつの希望』には理想的かつ真の紛争解決が描かれています。まだご覧になっていらっしゃらない方がいれば、ぜひ観て欲しいですね」
各国の人々の気持ちを揺るがした裁判映画を、ぜひ映画館で“傍聴”してほしい。
映画『判決、ふたつの希望』は全国公開中。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着