『SURF&SNOW』の非日常と現実、
松任谷由実の歌詞に関する一考察
聴く人を眩惑するユーミン・ソング
“インスタ映え”に限らず、画像/映像は同じ被写体でも撮る人にとってこうも違うものになるのかと思ったことは誰にでもあるだろうが、ユーミン・ソングの場合、被写体がどこかで目にしたことがあるようなものでも、“これは私の知っているものとは明らかに違いますよね?”というような感慨を与えてくれるところがある。未視感と言おうか、聴く人を眩惑するような効果を持っていると思う。
例えば、大瀧詠一の名盤『A LONG VACATION』収録曲はどれもこれも素晴らしいポップスではあるものの、《渚を滑るディンギーで/手を振る君の小指から》(「君は天然色」)とか、《薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべて/海に向いたテラスでペンだけ滑らす》(「カナリア諸島にて」)とか、《君の手紙読み終えて切手を見た/スタンプにはロシア語の小さな文字》(「さらばシベリア鉄道」)とか、そこでは徹底的に生活感が排除されている。筆者は今もディンギーが何であるかよく知らないし、薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべたことはない(レモンならある)。ロシア語の消印が押してある書簡をもらうことなど今後もないだろう。大瀧も作詞の松本隆も意識的に和テイストを入れないことで浮世離れ感を狙ったのだろうし、それはそれでまったく否定する気はない。
ユーミンの手法はそれとは違う。いや、もちろんユーミンにも異国情緒を感じさせるナンバーはある。『時のないホテル』や『ダイアモンドダストが消えぬまに』のタイトルチューンがそうだし、『水の中のASIAへ』や『KATHMANDU』もそうだろう。ただ、印象としては自分が暮らしているところと地続きの歌が多い印象だし、少なくとも人気曲はそちらだと思う。まぁ、それはそれらが恋愛を扱っているからという、理由を言ってしまえば身も蓋もないことであるのだが、その辺にユーミン・ソングの秘密はあると考える。
印象を上位互換させるフレーバー
《自然は雪や太陽つれて/レビューを見せに来る/夕映え 樹氷を染めれば/しばらく地球は止まってる》《自然は波や 雨雲つれてレビューを見せに来る/チューブを透かして見る空/しばらく地球は止まってる》(M8「サーフ天国、スキー天国」)。
まず、“レビュー”という言葉選びがいい。レビューはどこか豪華でハイカラな感じがする。(そもそもメロディーに乗らないが)これが“ショー”だったとすると演歌っぽい雰囲気になり、日常感は拭えなかったと思う。こちらからアクセスするにもかかわらず、“見せに来る”と、海、山を主語にしている点も巧みだ。そこまで意図していたとは思わないが、“見せに来る”となると、どこかこちらに奉仕してくれるような感じもある。しかも、粉雪がスウイングしながら盛り上げてくれるのだ。
《スウイングしてる粉雪/Highな気分にさせるよ》
(M8「サーフ天国、スキー天国」)。
この辺に、例えば“国設○○スキー場”を“○○スキーリゾート”へ、民宿をペンションへと換えてしまうようなコンパチビリティーがあるように思う。サーフィンを“波乗り”と歌っているのもメロディーに乗せるためであろうが、海の家とか路上とかではなく、シャワー・ハウスで着がえて繰り出すのだから、これもまた“○○海岸”を“○○ビーチ”と変換するような効果があるだろう。
《シャワー・ハウスで着がえて/くり出せ熱い波乗り》(M8「サーフ天国、スキー天国」)。
そこが米国であるような不思議さ
《風の外野席 手のひらかざして/青い背番号 たしかめてみる/エラーの名手に届けるランチは/クローバーの上 ころがしたまま》《寝坊できる休みの日にも なぜあわててとんでゆくの そんなに夢中にさせるもの のぞいてみたい》(M4「まぶしい草野球」)。
クローバーが生えているというから外野席と言ってもフェンスすらないないかもしれない。寝坊できる休みの日に慌ててとんでいくこと辺りからすると、おそらく社会人だろう(学生なら部活で早起きするだろうからその表現は変わってくるだろう)。試合後の一杯のほうが楽しみなおっさんが多いチームの匂いもがしなくもない。
《ちょっと高いフライ 雲に溶けてボールが消えた/今日はじめて見た あなたがまぶしい草野球》(M4「まぶしい草野球」)。
しかし、ここで歌われているのはアメリカのボールパークでのひとコマのような感じがする。雲を破るようなフライというのは、彼女にはそう思えたとか、ボールの軌道が太陽と重なったとかいうことなのだろうが、軟球でおそらく金属バットなのだろうに、カーンという乾いた甲高い音を挙げて、打球がどこまでも昇っていくような画が浮かぶ。
M5「ワゴンに乗ってでかけよう」はスポーツものではないが、これにも同じ匂いがある。夜、楽器の音がうるさいと大家にどなられるということは、この物語の舞台は日本であろう。まぁ、比喩表現であろうから野暮な突っ込みであることを承知で述べるが、大陸横断と言ってもそもそも日本は大陸じゃないし、陽が昇るところから落ちるところを目指しても1日あれば行けてしまう。
《アクセルふかして Keep on truckin'/自由な心は Happy/あてどもない旅 一度したいと思いませんか》《潮風感じて Keep on loving/たまにけんかして Slappy/陽が落ちるところ めざしてゆけば大陸横断》《荒野の灯りを Keep on searching/迷ってもいいさ Hippy/自然のベッドで 目ざめた日から世界が変わるよ》M5「ワゴンに乗ってでかけよう」)。
それなのに、キャンピングトレーラーか何かで果てしなく続く一本道を走っているようなイメージがある。これはHappy、Slappy、Hippyもそうだし、Keep onもそうで、英語詞の効果が過分にあるであろう。
現実と地続きであることを堅持
ただ、ユーミンが凡百のシンガーソングライターと大きく異なるのは、それが単に素敵な恋愛のBGMにとどまっていないことだと思う。眩惑するにはするが、我々が暮らす場所と地続きであることを堅持しているからこそ、それが現実と薄紙一枚も隔てていないことも、残酷なまでに提示している。その点ではM2「灼けたアイドル」が極めて興味深い。
《ああ 時はさざ波 私達を/離ればなれ 遠い島へ運ぶ/ああ 店はさびれて ひと足先/彼の姿 この町から消えた》《誰かうわさしている あいつ見かけたよ/夜のダウンタウンで ビラをまいてたと笑う/ああ 時にゆられて 誰もかれも/いつか淋しい 大人になってゆく》《ああ 同じビーチで夕陽見れば/胸の奥の彼は変わらないの/会いたいわ 昔にもどって みんなに》(M2「灼けたアイドル」)。
非日常がいつまでも続かないことは自明の理だが、それをあえて明言しているかのようである。何しろこれがアルバムの2曲目だ。《踊り明かす ロッヂのディスコティーク》と歌われるポップなM1「彼から手をひいて」から続くのだから、勢い深読みしてしまうし、そこにユーミンの凄み、薄ら怖さすら感じさせる。
アルバム『SURF&SNOW』には、ユーミンの代表曲のひとつと言えるM6「恋人がサンタクロース」が収録されており、M8「サーフ天国、スキー天国」と併せて、映画『私をスキーに連れてって』(1987年)のそれぞれ劇中歌、主題歌となったことから、このアルバムは当時のミーハースキーヤーの定番BGMとなった。正直に告白すると、筆者も本作を聴きながらスキー場へ行ったことが何度もある。完全に浮かれていたあの頃はまったく意に介さなかったが、約30年振りに聴き直してみて、“インスタ映え”的センスを改めて感じると同時に、そこで描かれている非日常はおとぎ話のようではあるものの、決して空想や絵空事ではないこともしっかりと伝えていた。まぁ、だからこそ、彼女は日本音楽シーンのトップアーティストであり、それこそSNS的に言えば日本サブカル史上における最強のインフルエンサーとなり得たのであろう。しかも、過去にユーミンから影響を受けながらも、今は彼女言うところの“淋しい大人”になり下がった人も多い中、ユーミンは今も一線級の現役であるというのは何ともすごいことだと思う。
TEXT:帆苅智之
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