北村龍平監督インタビュー 『この世
界の片隅に』真木太郎、『ルパン三世
』山本又一朗、EXILE HIROらとの出会
いと10年がもたらした変化

北村龍平監督は『あずみ』、『ゴジラ FINAL WARS』といった大作を世に送り出し、ハリウッドを拠点に約11年間キャリアを積み重ねてきた。その間、アメリカではブラッドリー・クーパー主演『ミッドナイト・ミート・トレイン』、ルーク・エヴァンス主演『NO ONE LIVES ノー・ワン・リヴズ』といったハリウッドスターたちとの作品だけでなく、日本でも小栗旬主演の『ルパン三世』をヒットさせるなど、日米で華々しく活躍している。そんな北村監督の約3年ぶりとなる日本公開作が、『ダウンレンジ』である。
タイヤのパンクで荒野に足止めされた6人の大学生を、正体不明のスナイパーが襲う。そんな刻一刻と状況が変わるシチュエーションスリラーが展開する同作は、『この世界の片隅に』の真木太郎氏がエグゼクティブプロデューサー、『太秦ライムライト』のコウ・モリ氏と北村監督自身がプロデューサーを務め、無名の新人たちをキャスティングすると異色の体制で製作されている。同作で北村監督が目指したのは、各国映画祭を席巻し、自身のブレイクのきっかけとなったインディーズ作『VERSUS』(ヴァーサス)のスタイル。しかし、なぜ今、インディーズスタイルを選択したのか。『ルパン三世』以降のアメリカでの活動や、『ダウンレンジ』誕生のきっかけ、自身の糧となった才能たちとの交わり、そして今後の活動まで、インタビューでじっくり語ってもらった。
ハリウッドの良い面と悪い面
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――『ルパン三世』のあと、アメリカではどう動いていらっしゃったのでしょうか?
ぼくは11年ほど前からロサンゼルスに住んでいて、あくまで拠点はむこうなんです。『ルパン三世』はおかげさまで大ヒット(※編註:興行収入25億円)したんですが、「ヒットしている」というのを聞いて3日後くらいにはロスに帰っていたので(笑)。『ルパン三世』には、企画の始まりから2年ほど没頭していたんですが、ハリウッドは世界中から新しい才能が集まって、過酷なレースが行われているところなので……長く留守にして“周回遅れ”のような感じになってしまったので、「これはマズイな」と。「龍平、日本に帰っちゃったんじゃないの?」と思われていたので、「帰ってねえよ、バカ野郎!」と思いながら、以前から立ち上がっていた企画をジワジワと進めていました。
――なるほど。
どこの国のシステムにも、いい面と悪い面があります。ハリウッドの悪い面は、果てしなく時間がかかるところ。本当に、果てしなく時間がかかるんです。もちろん、いい面も沢山あるから、そこにいるわけですけど。時間がかかるので、ぼくは今も10以上のプロジェクトを同時に進めています。ずっとそういうことを続けているんですが、監督である以上は撮りたい。スターと会ったり、色んな人と景気のいい話をするのも楽しいですよ。でも、作って、それが世に出ないと何の意味もないことなので。だから「やっぱり作らなきゃな」と思ったわけです。
――欲求がたまっていたわけですね。
「もっとフットワーク軽くやりたい」と。『VERSUS』をドイツの映画祭(※編註:シネアジア映画祭、JAPAN FILM FESTIVAL)に持って行ったときも、参加されていた堤幸彦監督とたまたまお会いして、「飲みましょうよ」というところから、「何か二人で共作しようよ」と言っていただいて、『荒神』(北村監督)と『2LDK』(堤監督)を作ることになったり、『Jam Films』の一篇を撮ったりしました。ぼくは、そういうのが好きなんです。パッと(スケジュールが)空いたら何か撮るのが。『ルパン三世』は、制約という意味ではなく、守らなきゃいけない当たり前のことがありました。だから、「次は『VERSUS』みたいな、“100%俺”なことをやりたい」と思っていたんです。そんな中で、ハリウッドにいる仲間の中でも、ぼくが一番才能があると思っている、脚本家のジョーイ・オブライアンと飯を食いながら「何かないかな」と話していたところから、『ダウンレンジ』が生まれたんです。
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――ジョーイ・オブライアンさんは、ジョニー・トー監督の『フルタイム・キラー』や、同じくジョニー・トー製作、ソイ・チェン監督の『モーターウェイ』、最近ではスコット・アドキンス、トニー・ジャー、イコ・ウワイス、タイガー・チェン競演の『Triple theat』でも脚本を手がけていらっしゃいますね。
『フルタイム・キラー』が彼のデビュー作ですね。ジョーイは、今もソイ・チェンと新しい大作の脚本を書いているみたいですよ。
――すごいですね。こういう方と、どうやって知り合うんですか?
ハリウッドに根を生やして、色んな人と出会っていく中で、あるとき紹介されたんです。紹介されたところで、ぼくは作品にしか心が揺れないので、「脚本を送ってくれ」と言いました。そして送られてきたものが、凄まじいものだった。そういうわけで、彼には当時難航していた『ルパン三世』の脚本も手伝ってもらいました。彼とは、今も5本の企画を進めています。
――アニメーションのイメージが強い、真木太郎プロデューサーとの繋がりも意外でした。真木さんはどういった経緯で本作に参加されたのでしょうか?
真木さんは、『heat after dark ヒート・アフター・ダーク』(※編註:1999年公開/渡部篤郎製作・主演)の頃に知人を通じて紹介してもらいました。当時のぼくは何者でもなく、金もないときだったから、よくたかって、高いメシを食わせてもらっていました(笑)。『VERSUS』が世に出たときも、「俺だって金を出したのに!誰が金出したんだこの野郎!」と、彼流の褒め方してくれたり、ことあるごとに「何か一緒にやろうぜ」と気にかけて下さっていたんです。ぼくがハリウッドに行ってからも、帰ってくるたびに、「こういうアイデアがあるんです」という話をずっとしていました。そういう形で20年近い繋がりがあったので、このアイデア(『ダウンレンジ』)を思いついたときに連絡したんです。
左から、真木太郎プロデューサー、藤原紀香、北村龍平監督、祐真キキ、陣内大蔵 『ダウンレンジ』ジャパンプレミアにて
――なぜ日本にいる真木さんだったのでしょう?
むこう(アメリカ)ではピッチといって、飯を食いながら話をします。「こんなアイデアがある」「面白いじゃねえか」というところから、だいたい物事が動き始める世界なので。ぼくがピッチで、「荒野のど真ん中で、タイヤがパンクして、大学生が6人乗っている。タイヤ交換をしていると、『カラン』と音がする。地面を観ると、ひしゃげた銃弾が落ちている。『パンクじゃない!撃たれたんだ』と気づいた瞬間に、『バーン!』と狙撃される。助けを呼ぼうとするけど、携帯が通じない。あと1メートル動ければ、電波が通じる」と言うと、大抵のプロデューサーは「すごい!」と驚く。ハリウッドでは、「今言ったことがすべてです」と、30秒で言い切れることが圧倒的に強い。「ビデオテープを観た奴が、1週間後に死ぬ」って、そりゃあ面白いですよね。
――『リング』ですね(笑)。
ぼくは、そういうのが“キラーアイデア”だと思っていて。ジョーイが出してきた『ダウンレンジ』がまさにそれ。映画会社やプロデューサーはすぐに興味を示すんですけど、そこからがハリウッドの大変なところでもあるんです。本当にブービートラップだらけの戦場なんです。覚えているところでリアリティのある話をすると、まず一人目(のプロデューサー候補)は「犯人の頭にターバンを巻こうぜ」と言い出しました。「最低だな、コイツは。じゃあ犯人は白人にしてやるよ!」と思いましたよ。そんなの、ありえないじゃないですか。
――酷いですね。
色々と交渉して、合意して、いざ契約書とチェック(小切手)にサインするだけになっても、実際に書類に目を通したら内容が全然違っていることもありました。「なんで30年も権利を持つみたいなことになってるんだ?」とか、そういう業界なんです。でも、そんなことでチンタラしたくなかった。だから、真木さんに電話したんです。真木太郎プロデューサーにアニメのイメージがあるというのは、確かにそうです。でも、ぼくはそうじゃないと思うんですよ。本来は、監督であれプロデューサーであれ、どんなことだってやれるのが普通だと思うので。真木さんに電話して、「こんな映画を撮りたいんですけど」とアイデアを話したら、「面白い。やろう!やっちゃえよ」と言っていただけました。
――パッションのある方なんですね。
めちゃめちゃ賢くて、パッションとクリエイティブセンスがあるプロデューサーだと思います。ハリウッドもそういうところはありますけど、日本はどうしても、無難でリスクのないほうに行こうとしますよね。「誰が出るんですか?」「原作は何ですか?」「テレビ局はどこですか?」と。それはわかるんですけど、先に「これをやりたい」というところから話を始めようぜ、と。「こんなのがあるんですけど」から、「面白いな。やろう」とか、「これは面白くない。俺がやることじゃない」でもいい。真木さんはそれが出来る方です。
クライブ・バーカー、山本又一朗らとのディスカッション
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――『ダウンレンジ』は、キャストも無名の俳優さんが多く、箔のつくような有名俳優も出ていないです。何か、こだわりがあったのでしょうか?
(有名俳優を)入れることも出来たんですけど、入れた途端に展開が読めちゃうんですよ。最初のほうで死んじゃって、「いかにもカメオです」という扱いになるか、最後のほうで「実はカメオでした」と出てくるか、みたいな話になっちゃうんで(笑)。誰も知らないような俳優のほうが、普通の映画の展開を逆手にとれるだろうと。だから、「予測できるなら、やってみろ!」というような注文を、ぼくからジョーイに出したんです。こういうワンシチュエーションの、ハイコンセプトな作品はすでにいくつかあるんですけど、成功させるのは本当に難しい。『ソウ』は大成功した例ですよね。でも、ぼくは『オープン・ウォーター』は全然評価していなくて。あれは、掴みはいいんですけど、そのあとはギャーギャーギャーギャー言うだけで、何も起きずにみんな死んじゃうので。
――(笑)
「誰が生き残るのか?どうなっているのか?」というのが、次から次へと変わっていく。クリエイティブのハードルを上げても、それに応えられるクルー、キャスト、理解してくれるプロデューサーがいないと作れないんです。映画は独りでは作れないものなので。ジョーイに、「撃ってくるところから隠れて、車の反対側に移動して、基本はそこで展開する」と、コンセプトを20~30分ほど話す。そうすると、「え?動けないの?」と、めちゃくちゃハードルが上がりますよね。でも、「それはハードルあがるけど、面白いな」と言ってくれるのが、ジョーイなんです。仮に世界中のクリエイターに「銃撃から隠れている人の映画を作れ」と、大喜利みたいなお題を出したとして、どれだけのアイデアを出せるかというところでは、ぼくらは負けない自信があります。
――脚本や画の見せ方で勝負するというのは、原点回帰という感じがしますね。
『VERSUS』も、役者らしい役者なんか誰も出てなかった。ぼく自身もひっくるめて、喧嘩屋とかチンピラみたいなやつらが集まって、金もなくやっただけの映画じゃないですか。それがいまだに世界中で愛されている。「内容で勝負している」とおっしゃいますけど、それは言い換えれば、『ルパン三世』なんかは、「内容以外の要素もいっぱいあった」ということですよね?
――まあ、そうですね(笑)。
内容とか、ぼくのクリエイティビティとはあまり関係のない、『ルパン三世』という原作があって、小栗旬や綾野剛というスーパースターの枠組みがある。それはまさにその通りなので、じゃあぼくは、“それ”が無いものをやろうと思ったわけです。
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――一方で、北村監督らしい画づくりも非常に多い作品です。独特の残酷描写や過剰なアクションは、やはり入れたかった?
そうですね。『ルパン三世』でも、『ゴジラ FINAL WARS』でも変わらないことなんですが、やっぱり予想を超えない画づくりや展開っていうのは、ぼくがやっていて楽しくないんですよ。自分でも、他の人がやったことがない、自分自身でもやったことのない画を観たいと思うし。「どうやって撮るの?それ」ということをやるのが面白い。そういう思いが、凄くあるんです。
――車が衝突して宙を舞うシーンなんかは、特にそうですよね。
あのシーンは、海外でも大喝采ですよ。「すげえことをやるんだな。こんな自主映画なのに」と。そういうところで、自分らしさは出せていると思います。『ワイルド・スピード』の車を一台壊すのにも満たないくらい低予算で作っているわけですから、ウルトラ爆発をさせるわけにもいかないし、50台まとめて吹き飛ばすわけにもいかない。でも、「そこで負けるのか?」というのがチャレンジなんです。撮影監督やスタントチームに、「車がバーンと吹き飛んで、乗っている人間が窓から飛んでいったらすごくない?」と言うと、もちろん、「どうやってやるんだよ?」という話になるんですけど、それを考えてやる。応えてくれるクルーとやっていると、ワクワクしますよね。「難しいですよ。無理です」と言われたら、「いや、そうなんだけど。それを言ったら面白くないだろ」と。ぼくは、そういうセッションが凄く楽しい。逆にそういうことが嫌いな人は、ぼくと仕事をするのに向いてないんだと思います。幸い、いつもそういうことを面白がってくれる人とやれていますけど。
――これまで、色んな方とご一緒されています。『ミッドナイト・ミート・トレイン』のクライブ・バーカーさん、『ルパン三世』の山本又一朗さんとも。クライブ・バーカーさんとは衝突した、というような噂が立ったりしましたが、実際のところどうだったのでしょう?
いや、衝突とか、全然そんなことないですよ。そういう話が都市伝説のようにぼくのキャラになってますけど(笑)。(クライブ・バーカー氏とは)めちゃくちゃ仲いいですよ。ぼくはクライブの小説を読んで育った人間なので、誰よりも理解していると思いますし、原作ものを預かるときは、「売れているから」「有名だから」という理由だけでやったことは一度もないです。そんなことはどうでもよくて、面白いのか、面白くないのか。好きか、好きじゃないかだけの話ですから。『ミッドナイト・ミート・トレイン』も、最初に提案された時に、ぼくは「やめろ」と言ったんです。「おれもやりたくないし、あんたらもやめろ。あんな小説を(映画化)出来るわけない」と。そしたら、「(原作者の)クライブのチームで脚本を作ったから」と言うので、それを読んだら、「これは可能性があるよね。直さなきゃいけないけど」というところから始まりました。
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――ディスカッションが出来たから、いいものが作れた、と。
そう。全然それでいいと思うんですけど、そういうことをやっていると、「北村龍平はいろんなところで揉めている」と言われちゃう(笑)。意味がわからないですよ。ぼくは独裁者のようだったことはないし、誰かに強要されていいなりになったこともないですから。みんなそれぞれの立ち位置と、事情と、感性があって映画を作っていく。絵描きや小説家じゃないので、独りでは作れないわけです。だから、コラボレーションしたほうがいいし、それをしないとろくなモノにならないと思います。
――山本又一朗さんとは、やりやすかったですか?
全然、やりやすくはないですよ。世界最高にやりやすくない(笑)。
――(笑)
でも、それでいいんです。又さんも言ってますけど、クリエイティブで揉めようが、何をしようが、それは憎しみでやっていることじゃないんで。「俺はこのシーンがいい。こういう流れがいいと思う」と、又さんには又さんの理屈がある。又さんも、言ってみればジョーイとのセッションとやっていることは同じです。それを「闘い」と言っちゃうと、色んなところで語弊を生むんでしょうけど(笑)。ただ、ぼくはそれを当たり前だと思っています。最初にやったメジャー映画(『あずみ』)が又さんとだったんで、そういう意味ではぼくは又さんに教わりました。ぼくの守備範囲、ぼくの価値観の中でキャッチボールをするのと違って、山本又一郎という人の価値観はとんでもないところにあるわけです。「そんなとこ? おかしくね?」っていうところでキャッチボールをすることで、幅がどんどん広がって、そこで「メジャーじゃねえか、龍平ちゃん」と言うことに、「それはそうだな」とすごく思えたので。いまだにその教えは大事にしています。

ハリウッドに“こだわらない”北村龍平のこれから
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――ここ10年ほどで、中国やアジア各国の台頭など、世界の映画市場は大きく変わりました。それでも、ハリウッドでの活動にこだわられる理由があるのでしょうか?
別にこだわってはいないですよ。単純に好きだったのがハリウッド映画というだけで、ぼくが香港映画ばっかり観て育っていたら、きっと香港に行っていると思います。なんだかんだ言っても、ハリウッドに肌があっているというか。ハリウッドでやっていても、中国資本の企画もありますし、今も中国や韓国でやりたいものもあります。逆に、向こうでやっていると、日本のよさというのも見えてくるんです。例えば、『ダウンレンジ』のような作品に、真木太郎プロデューサーのような人が乗るのは、あり得ない話だと思いますよ。世界中の人が普通にハリウッドの作品だと思って観ている作品だと思うんですけど、プロデューサーは3人とも日本人なんですよね。これは言ってみれば、ぼくらしかやったことがないと思います。
――確かに珍しいケースですね。
それと、いいのか悪いのかはわからないですけど、おそらくぼくだけが“日本人であることと”とか、“日本的であること”をウリにしないで戦ってきた監督だと思うんです。(国籍の)関係ない、単なる監督・プロデューサーとして勝負している。だから、自分の国際感覚みたいなものには自信があります。「誰にも評価されないよ」と言われていた『VERSUS』が逆輸入で(日本に)入ってきたのもそうですし。『ダウンレンジ』についても、「いまどきこんな映画を作ってもしょうがない。『激突』の時代じゃないんだから」とか、「こんなんではトロントには行けないですよ」と言うやつもいました。でも、ちゃんとトロント映画祭に出品してるわけです。
――なるほど。
それと、『ダウンレンジ』は低予算と言いながらも優秀なハリウッドのチームを集めているんですが、編集は北島翔平という日本人がやっています。『ルパン三世』だったり、『バトン BATON』という作品でも一緒にやっています。ぼくは、彼のセンスが世界的だと思ったからアメリカに連れて行ったんですが、ハリウッドのクルーもびっくりしていました。「こんな速さで、こんなクオリティで編集できる奴は見たことがない」と。そういうとんでもない才能って、いるんですよ。役者だって、(世界に)通じる人がいっぱいいます。『ミッドナイト・ミート・トレイン』を撮っているときに、友達の加藤雅也さんがフラッと現場に遊びに来たんですけど、ブラッドリー・クーパーは「おれよりイケメンを連れてくるなよ」と、嫌がってたんですよ(笑)。雅也さんは完璧な英語を喋れるし、アクションもできるし、タッパもあるし、全然世界でやれる。ぼくは最近、そういう“ジャパンパワーみたいなものを見せつけるような作品”を、たまに作らないといけないという意識をすごく持っています。
――『ルパン三世』から時間が空いていたので、北村監督は日本に見切りをつけてしまったのかと思っていました。
そんなことは全然ないですよ。素晴らしいスタッフやキャストは日本にもいっぱいいます。ただ、日本では、特にある程度お金をかけた映画を作ろうとすると、原作ありきで、テレビ局がつくといった“フォーマット”がある。ほかにどういう方法論があるんだろうと考えると、どうしても難しいですよね。ありがたいことに、ぼくには頼もしい味方がいます。そこをぶち壊すのが、真木太郎のようなプロデューサーだと思うんです。あれだけ難しいと言われた『この世界の片隅に』を責任を持って作って、あれほどの成功に導くって、類まれなる才能だと思いますよ。『この世界の片隅に』を観たときに……作品が素晴らしいのはもちろんですけど、感動したのはエンドロールで「プロデューサー 真木太郎」と出てきたことなんです。
――というと?
今、世界的に見ても、ひとりのプロデューサーで映画を作ることはないんですよ。「すごいな。プロデューサーは真木太郎ひとりで作ったのか!」と。こういう人がいてくれて、20年の信頼関係が今もあった。それがありがたくて。だから、真木さんとだったら、色んなことが出来る気がしています。今、アメリカや海外でやるものも、日本でやるものも全部ひっくるめて、二人で色んな企画を進めています。
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――LDH(※編註:EXILE、三代目 J Soul Brothersらの所属事務所/EXILE HIROが会長)には、どういう経緯で所属することになったのでしょう?
ぼくの髪を切ってくれている、ヘアメイクアーティストのCHIKAさんという方がいるんですけど。そのCHIKAさんが、たまたまHIROさんと仲が良かったんです。HIROさんは上戸彩ちゃんの旦那さんですけど、ぼくが日本にいなかったので、お会いしたことがなかった。ぼくは彩を16歳の頃から知ってますし、「『ちょっと食事でもいかがですか?』と言っておいてよ」と(CHIKAさんに)お願いして、初めてお会いしました。そこから意気投合して「ウチに来てよ」というところから、「何かできることがあれば」と言っていただいて組んでいる、という感じです。
――HIROさんって、クリエイティブを認めない人には協力しない方ですよね。北村監督のビジョンをお話しされたんでしょうか?
映画を好きな方なので、色んな話はしましたよ。ただ、真木さんも、又さんもそうですし、ぼくもそうですけど、認めない人間とは何もしないですよ。時間の無駄だと思うので。それぞれが、それぞれのフィールドで積み上げてきた実績と自信があるので、その中でやってみて波長が合えばいいし、合わなかったら離れればいい。色んな人とのつながりは、みんなそういうものです。
――北村監督は、最終的な目標みたいなものをお持ちなのでしょうか?
目標……というのは、特にないです。死ぬまで映画を作るしかないので。毎回、「前の作品よりもいいものを作りたい」と思っています。もし、完璧な映画だと思えるようなものを作れたなら、そこで引退しますけど、毎回反省点はありますし。『ルパン三世』であろうが、『ダウンレンジ』であろうが、監督というのは、「こんなに割りのあわない仕事はないな」と思うような仕事だと思います。クルーや役者さんはピンポイントの参加ですけど、監督はデベロップメント(企画)の段階から、全部やらないといけない。『ダウンレンジ』ですら、ぼくとジョーイが思いついてから、6年経っているわけで。それぐらい時間のかかる世界だし、自分の生命力、エネルギーを注ぎこまないといけない仕事なので、やっぱり、やりたいことしかやりたくないんですよ。
――なるほど。
仕事なんだけど、仕事じゃないんです。一回やると、一生残っていく作品になるので。だからこそ、毎回自分が誇りに思えるものをやりたい。そのやりたいことを、やりたいメンバーと、やりたいようにやれている限りは、ぼくはハッピーです。今は拠点がハリウッドなので、ハリウッドで準備をしているのはもちろんなんですが、日本でもいくつも立ち上げていることがある。それは、逆に言うと日本でしかできないことです。ぼくが日本にいた頃は、どちらかと言うと“ハリウッドっぽいもの”をやっていました。『ゴジラ FINAL WARS』をやらせていただいたときも、ハリウッドっぽい『ゴジラ』を作ったんだと思います。そこを評価されて(当時のライオンズゲートから)ハリウッドに呼ばれたと思うんです。日本にいた10年以上前は、そういう発想だった。今は「せっかく帰ってくるなら、日本でしかできないことをやらないとな」という気はしています。そうじゃなければ、ハリウッドでやっていればいい。そうやって作り続けていくのが、目標と言えば目標ですかね。
『ダウンレンジ』は9月15日より東京・新宿武蔵野館にて2週間限定レイトショー。9月22日からは大阪・第七藝術劇場にて公開。
インタビュー・文・撮影=藤本洋輔

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