名門翻訳家一族の三代目、小田島創志
が翻訳家デビュー!~『受取人不明 A
DDRESS UNKNOWN』

小田島創志、27歳。演劇好きだったらピンとくるはずだ。シェイクスピア翻訳の大家・小田島雄志氏を祖父に、英国戯曲の翻訳を手がける恒志氏、則子氏を両親に持つ翻訳家一家の三代目。演劇ユニットunrato(アン・ラト)で、彼の翻訳デビュー作であり、日本初演の『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』が上演される。小説『届かなかった手紙』(邦題)を原作にした舞台で、1932年、ユダヤ人のマックス、ドイツ人のマルティンがアメリカとドイツの間でやりとりされた往復書簡でつづられる、かなり怖いお話。
――今回が小田島さんの翻訳家デビュー作になるそうですね?
小田島 いえいえ、自分としてはまだまだ翻訳家なんて名乗ってはいけないんじゃないかという思いもあります。8月に台本の読み合わせを皆さんとやって、一緒に作品について考える時間があったんですけど、なかなか上演する言葉、声に出して話す言葉にはならなくて、皆さんにはたくさん指摘をいただきました。でもそれはとてもありがたいことです。演出家さん、役者さんには申し訳ない言い方になってしまいますが、現場でいろんなことを学ばせていただいたと思っています。
――翻訳家というのはすぐになれるわけではありませんよね? 小田島さんの場合はどんな経緯でここにたどりついたのですか。
小田島 はい、僕の場合は今まで両親の関係や大手の劇場さんの海外戯曲の下訳、荒訳はさせていただいていました。ただ下訳というのは、作品を決めるために必要だったりするので、短い時間でできるだけ早く訳すことが求められるんです。もちろんその段階でもいろいろ調べることはあるんですけど、一つの作品を上演できる状態にまで練り上げていく作業は初めてやらせていただきました。今回のお話は、アン・ラトの旗揚げ公演『BLOODY POETRY』を観に行ったときに、面識があったアン・ラトのプロデューサーさんから「いつか翻訳をお願いするからね」とおっしゃっていただいていて。まさか本当に、しかもこんなに早く依頼をいただけるとは思っていなかったんです。ただそこからはものすごい試行錯誤の繰り返しでした。今の段階で7稿、8稿目ですから、最初のころからすると翻訳もずいぶん変わっています。
――日本ではあまり知られていない作品だと思いますが?
小田島 作品そのものは演出の大河内直子さんが探してこられたものです。もともと原作となる小説はキャサリン・クレスマン・テイラーという作家が書いたもので、1938年にアメリカで発表されているんです。ナチスを告発する内容を書いた作品としては、すごく早い時期のもの。ただし小説としては、あまり有名なものとは言えません。
 一方で戯曲化はされていて、海外ではずいぶんやられているらしいのですが、日本では今回が初演になるんです。2004年にフランク・ダンロップというイギリスの演出家が脚色したバージョンです。
――とても怖いお話ですよね。
小田島 ドイツ人のマルティン、ユダヤ人のマックス。アメリカで一緒に仕事をしていた二人ですが、マルティンがドイツに戻ることになって。はじめはマルティンがナチスに陶酔していくように見えるわけですが、いつしかそれをやめさせようとしていたマックスの冷酷さが逆に際立ってくるという。
――恐怖が募ってハラハラしたものですから、もったいなくて最後の5ページは読んでいないんですよ。
小田島 そこからもっと怖くなっていくんですよ(笑)。でも本当に救いのない、いやあな話です。戦後イスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)なんかもそうなんですけど、関係性の逆転というか、狂気の連鎖が描かれた戯曲で、現代にも通じるテーマとして見えてくる。さらにこの作品では、ファシズムと経済的要因の関連性が描かれていることも特徴的です。マルティンが帰国したころのドイツは世界恐慌もあったことで貧困に喘いでいたんですが、その苦しい中で新たなリーダーが現れ、そこに市民が付いていくことからおかしくなっていく。その構造は、アメリカや日本も含め、右派が台頭する今の世界の流れと非常に似ています。たとえばトランプ大統領を支持した一部はプアホワイトという貧しい層。経済的要因が政治的な狂気を生む展開は、決してナチスだけではないんですよね。今日本で上演するにはすごく意義のある作品ではないかと思いましたし、訳していく過程でもその思いは強まっていきました。ただ、僕が翻訳するという意味ではとてもハードルが高い作品で、苦しんだし、試行錯誤も半端ではありませんでした。
――ちなみに、翻訳で苦心したところはどんなシーンですか?
小田島 手紙のやりとりということで、基本的にはモノローグの応酬であり、「手紙らしさ」を失わず、同時に「劇的言語」にしていく難しさや、原文に込められたニュアンスを日本語で表現することの難しさはありました。
祖父や両親が仕事をする姿が楽しそうに見えた
――愚問だと思いつつもうかがいますが、お祖父様、ご両親が翻訳のお仕事をされているわけですが、やはり影響というのは大きかったのですか?
小田島 憧れというわけではありませんが、祖父や両親の姿を見ていて、すごく楽しそうだったんですね。父親がお芝居を見て帰宅して楽しそうに話している姿だとか、翻訳のことで真剣に悩んでいるところも。そういう意味ではある種の刷り込みがあったのかもしれません。僕自身も小さいころから本を読むのが好きでしたし、幼稚園の終わりころから劇場に連れていってもらっていたので自然と芝居を見るのが好きになっていました。自分でも好きなことをしようと思っていたら、こうなったという感じです。
――ダジャレ好きですよね、お祖父様もお父様も。
小田島 あははは! そうですね。みんな真面目なんですけど、言わずにはいられないんだと思います。家族みんなおしゃべり好きなんですけど、だれもしゃべらない瞬間があると、ひとダジャレ出てくるんですよ。一種の病気なんじゃないですか。僕も酔っ払ったときにはダジャレを言うみたいなので、受け継いでいるのだと思います。
――さて、デビュー作というのは1本しかないわけで、そのへんの心境はいかがですか?
小田島 デビュー作です、と胸を張って言えるようにしなければいけないんですけどね。大河内さんやプロデューサーには怒られてしまうかもしれませんが、まだまだ修正しなければいけないという気持ちもあるんです。特に上演翻訳として、役者さんにせりふを言ってもらうまでに、かなりの修正作業がありましたが、それでも気になります。気持ち的には翻訳家ですと胸を張れるような心境ではありません。むしろ勉強しなければいけない課題が増えたという気持ちです。
――翻訳に正解はないじゃないですか。その方のセンスだったりに左右されるものでもありますよね。現時点ではどんな翻訳者になりたいですか?
小田島 僕が大学院で勉強しているのはハロルド・ピンターやトム・ストッパードなんです。そのピンターなりストッパードを翻訳できるような言葉の感性だとか、作品を読み込む力を養っていきたいなと思います。現時点では訳す自信がないので。
――ひとまず本番はドキドキしそうですか?
小田島 そうですねえ……いや、まだまだ見たくない気持ちもちょっとあって(苦笑)。
《小田島創志》1991年東京生まれ。東京大学大学院在籍。お茶の水女子大学、東京藝術大学、明治薬科大学非常勤講師。専門はハロルド・ピンターを中心とした現代イギリス演劇。また、講談社ウェブマガジン『クーリエ・ジャポン』で記事翻訳を担当。
取材・文:いまいこういち

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