田原綾子(ヴィオラ)が伝えた「ヴィオ
ラ」という楽器の馥郁とした豊かさと
美しさ

「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.8.12ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。8月12日に登場したのは、ヴィオラ奏者の田原綾子だ。
桐朋学園大学音楽学部を卒業後、現在はパリ・エコールノルマル音楽院にてブルーノ・パスキエ氏の下、研鑽を積んでいる田原綾子は、第11回東京音楽コンクール弦楽部門第1位及び聴衆賞、第9回ルーマニア国際音楽コンクール全部門グランプリを受賞。読売日響、東京交響楽団、東京フィル等と共演。JTが育てるアンサンブルシリーズ、宮崎国際音楽祭、武生国際音楽祭、題名のない音楽会、クラシック倶楽部、リサイタル・ノヴァ等に出演、室内楽奏者としても著名なアーティストと多数共演する等、多彩な活躍を続けているヴィオラ奏者だ。サンデー・ブランチ・クラシックには初めての出演で、弦楽カルテットやオーケストラ等ではお馴染みのヴィオラをソロで聴ける貴重な機会でもあり、リビングルームカフェ&ダイニングは期待感に包まれる。その空気の中、この日ピアノを演奏する、桐朋学園大学大学院修士課程2年在学中で、第86回日本音楽コンクール第3位をはじめ多くの受賞歴を持つピアニストの原嶋唯と共に、田原が登場すると大きな拍手が贈られる。田原の真紅のドレス、原嶋のピンクのドレスで花が咲いたようなステージで、演奏がはじまった。
田原綾子(Vla)、原嶋唯(ピアノ)
ヴィオラの音色で奏でられることで生まれる名曲の新たな魅力
始めはフンメルの「幻想曲」。ヴィオラ独奏曲として有名な1曲で、フンメルがモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』等の著名なメロディーを用いながら、オリジナルの音楽を絡めて構成されている。18世紀に流行した楽曲の形態で、原典へのリスペクトにあふれているのが特徴だ。そんな楽曲の世界観を原嶋の前奏が堂々と重厚に提示し、田原のヴィオラの深い音色のもの悲しいメロディーが引き立たち、低音の逞しさ、高音の力強さに改めてヴィオラという楽器の豊かさを感じる。明るいパートにも大人の雰囲気があり、ヴィオラの深みとピアノの華やかな高音の掛け合いも楽しい演奏になった。
田原綾子
原嶋唯
ここで田原が「暑い中来てくださってありがとうございました! おそらくあまりヴィオラだけの演奏を聴くことがないと思うので、今日は是非ヴィオラの世界を楽しんでください」と挨拶。一旦原嶋が退場し、続いて「有名なヴァイオリンの名曲を5度下げて、ヴィオラ版として演奏します」とのことで、田原のソロでバッハの「シャコンヌ」を。「シャコンヌ」は、バッハ作曲の『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』の『パルティータ第2番』の中の1曲。アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、シャコンヌ、の5曲からなる組曲だが、特に著名なのが「シャコンヌ」で、ブラームスやブゾーニがピアノ曲にも編曲している。ヴァイオリンでの演奏があまりにも馴染み深い曲だけに、ヴィオラで奏でられるメロディーは弾き始めからハッとするほど新鮮。田原の胸の奥にしみいってくるような音色と、豊かな表現力で一気に楽曲の世界に引き込まれる。弱音に特段の緊張感があり、そこから重音の迫力と音色の幅がまるで2台の楽器が共演しているかのよう。セピア色に黄金色を加えた絵画を想起させる、歌心にあふれた堂々たる1曲だった。
田原綾子
田原綾子
ピアノの華やかな高音とヴィオラの深い音色が紡ぎ出す相乗効果
再び田原がマイクを持ち「30分のコンサートなので、もう次が最後の曲になります。桐朋学園大学の先輩、森円花さんにヴィオラ用に編曲していただいた曲で、このあと、日本の歌もたくさん編曲していただいて演奏していますが、その記念すべき第1曲をお聴きください」との解説があって、舞台に戻った原嶋と共に演奏されのは成田為三の「浜辺の歌」。ピアノ前奏が美しい高音のパッセージを奏で、ヴィオラのメロディーが最低音で歌いはじめると、もともとが歌曲なだけにバス歌手が歌っているような心持ちになる。2フレーズ目からはヴィオラのメロディーは重音になり、二重唱を想起させて実に自在。ピッチカートをはさんで、最高音でピンと張ったメロディーを聴かせたあと、ヴィルトゥオーゾもたっぷりのカデンツァに。豊かに羽ばたいた音楽が再び低音に帰結して静かに終わると、ため息のような喝采が湧き起こった。
田原綾子
原嶋唯
田原綾子
その喝采に応えてのアンコールはフォーレの「夢のあとに」。室内楽に名曲の多いフランスの作曲家フォーレの楽曲の中でも特に著名な1曲で、ヴィオラが奏でる馥郁とした音色を聴かせる、アンコールに相応しい美しさが堪能できた。ヴィオラという楽器の魅力を十二分に伝えてくれる時間だった。
「ヴィオラってこんなに素敵な楽器なんだ」と感じていただけるように音楽と向き合いたい
演奏を終えたお二人にお話しを伺った。
ーー素晴らしい演奏をありがとうございました。リビングルームカフェ&ダイニングでの演奏はいかがでしたか?
田原:元々ここで弾かせていただくことが決まった時に、お食事をされながらクラシック音楽を楽しむというコンセプトということで、どんな雰囲気になるのかな? と思い、以前サンデー・ブランチ・クラシックで演奏したことがある友人等にも話を聞いていたのですが、聞いていた通りにアットホームな空間で。本当に皆さんが集中して聴いてくださったので、とても楽しく弾かせていただきました。
原嶋:私も同級生がここで演奏していたりもするのですが、実際に来たのは今日が初めてで。とても広いのに親しみを感じられる弾きやすい空間でした。
田原:本当にね!
ーーお客様も近くにいらっしゃるので、反応もダイレクトに伝わったのでは?
田原:その距離感がすごく良い会場ですね。お客様が集中していらっしゃるのも感じられて、また私自身も集中できて良かったです。
田原綾子
ーー今日は、どちらかと言うと大きめな曲をたっぷりと、というプログラムでしたが、選曲にあたってはどのような工夫を?
田原:こちらでヴィオラ独奏という機会はあまりなかったと思うので、折角ですからヴィオラって良いな! と思っていただきたいと思ったのと、私はヴィオラは1番人の声に近い音を持った楽器だと思っていて。弦楽器の方は皆さんヴァイオリンの人もチェロの人もそれぞれそう思っていると思いますが(笑)、私はヴィオラが1番近いと思うので、フンメルや「浜辺の歌」では人が歌っている曲が持つ温もりや、深み、ヴィオラを聴いていて感じる温かいものがお伝えできたらと思いました。そこから、その2つの曲の間に挟む曲はひとつ本格的なものを入れても良いと思って、バッハの「シャコンヌ」を選びました。この3曲のプログラムを組んだ時点ですでに30分間ギリギリだったので、アンコールはどうしようか……と思いましたが、やはり折角コンサートに来ていただいたので、何か短めなものをということでアンコールにはフォーレの「夢のあとに」を選びましたが、やはりこの曲も元々が歌曲なので、今回のプログラムに合うなと思って。弦楽器ではチェロで1番弾かれる曲でもありますから、ヴィオラで聴いていただけて良かったです。
ーーやはりヴィオラの独奏を聴かせていただく機会というのはそこまで多くないので、低音から高音までの豊かさや、重音がまるで二重唱のようだと感動しました。ピアノの華やかな高音とヴィオラの深い音色の対照も印象的でしたが、一緒に演奏されていていかがですか?
原嶋:様々な場所で一緒に演奏させていただいてきているのですが、やはり会場によって聞こえ方が違うのが楽しいなと思っていて。今日は大きなホールとは違うぬくもりがすごく感じられました。
ーーそんな風にずっと一緒に演奏されているお二人が、お互いに感じている魅力は?
田原:えっ!? それ恥ずかしい!(笑)。
原嶋:うん、恥ずかしいよね!(笑)、でもじゃあ私からね(笑)。音楽性にもすごいものがありますし、まず音を聞いただけで惹きつける魅力があります。また一緒に弾いていると、その時に感じる想い、フィーリングが通じ合えるのが嬉しいです。
(左から)原嶋唯、田原綾子
田原:原嶋さんとは高校から一緒だったのですが、特に大学での実技試験などで伴奏をお願いするようになって、レッスンに行って、本番に臨むことをずっと一緒にさせてもらっていて。演奏が大好きなのはもちろんですが、一緒にいて心地が良い、こちらから言わなくてもヴィオラを弾くだけで私のその日の調子まで分かってくれて。そういう人がいるということのは本当に嬉しいことですし、恵まれていると思います。
ーーコンビとして信頼感が持てるというのは何よりのことですね。お二人共これからますます活躍の幅が広がっていく演奏家でいらっしゃると思いますが、今後の活動への夢やビジョンなどは?
田原:私はヴィオラ奏者の今井信子先生の音と、音楽、更にお人柄に触れて、こういう風にヴィオラに対して自分の人生を捧げられるのはなんて素晴らしいんだろうと思っています。先生のようにはなれないでしょうけれど、先生のようにヴィオラに対して、音楽に対して愛情を持って、これからも真摯に音楽に向き合っていきたいと思っています。演奏を聴いていただいて1人でも多くの方に「ヴィオラってこんなに素敵な楽器なんだ」と感じていただけるように、一生音楽と向き合っていけたら良いなと思っています。
原嶋:私は人との出会いって本当に大事だなと思っていて。私も今までに出会えた方々とのご縁があったからこそ、今コンサート活動もできていると思うので、その出会いを大事にしながら、更に色々な方との出会いを大切に、これからどんなことができるのかはまだわかりませんけれども、ひとつひとつのコンサートをソロもアンサンブルも心をこめて演奏していきたいです。
原嶋唯
ーーこれからのご活躍を楽しみにしています。是非またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください。
田原:はい、是非伺いたいです! よろしくお願いします!
(左から)原嶋唯、田原綾子
取材・文=橘涼香 撮影=山本れお

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