ベルリンの縁がつないだ二瓶真悠(ヴ
ァイオリン)と酒井有彩が伝えるドイ
ツ・オーストリーの音楽

「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.5.13ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。5月13日に登場したのは、ヴァイオリニストの二瓶真悠とピアニストの酒井有彩だ。
福島県出身で5歳からヴァイオリンを始めた二瓶真悠は、東京藝術大学附属高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科を卒業し、現在ベルリン芸術大学大学院ソリストコースに在籍している新星ヴァイオリニスト。第3回横浜国際音楽コンクール第1位、第8回東京音楽コンクール第1位および聴衆賞等受賞歴も多く、数々のオーケストラと共演。ベルリンと日本を往復しながら、演奏活動を重ね研鑽を積んでいる。
一方ピアニストの酒井有彩は、文化庁新進芸術家在外研修員、明治安田クオリティオブライフ文化財団奨学生として、ベルリン芸術大学を最優秀で卒業。ヤマハ音楽振興会留学奨学生として、同大学国家演奏家コースを卒業し、ドイツ国家演奏家資格を取得した俊才。国内外のコンクールでも多彩な受賞歴を誇り、交響楽団との共演も多く2018年デビューCDのレコーディングも予定されている。
そんな二人がステージに姿を現わすと、温かい拍手がカフェを包み込み、二瓶がまず挨拶。「パリに1年半、ベルリンに10年留学していて、ピアニストの酒井さんがベルリンに3年留学していらしたので、先輩に当たります。ベルリンではすれ違いで会えなかったのに、こうして日本で共演できることになったので、今日はドイツとオーストリーの曲を演奏します」とのことで、いよいよプログラムがはじまった。
二瓶真悠(Vin)、酒井有彩(ピアノ)
軽やかなモーツァルトと、クライスラーが感じたアジア
1曲目はモーツァルの「ヴァイオリンソナタ第25番より第1楽章」ヴァイオリンとピアノの協奏的な融合が特徴的な作品で、ピアノが伴奏ではなく、明らかに二重奏ソナタの楽想で創られている1曲だ。その成り立ちに相応しく、酒井のピアノの珠を転がすような軽やかな音色が、二瓶のヴァイオリンの豊かな音色を引き立てる。モーツァルトらしい明るさ、心弾むメロディーが奏でられ、クライマックスの掛け合いにも二人が互いの音楽に呼応し、セッションしているような特段の躍動感があり、見事なフィニッシュに拍手が湧きおこった。
二瓶真悠
酒井有彩

二瓶真悠
その拍手の中「モーツァルトが姉のナンネールと一緒に演奏しようと作曲した曲なので、今日はお姉さまの酒井さんと一緒に演奏できて嬉しいです」と二瓶が喜びを語り、続いて2曲目はクライスラーの「中国の太鼓」。「クライスラーが中国や日本に旅した時に作曲された曲で、外国人が中国語を聞いた時の高低差、リズム感が表現されています。日本人が弾くと説得力があるね、と言われる曲です」という二瓶の言葉通り、跳躍の闊達なイメージが超絶技巧で演奏され、技術的な面白さがまず前面に出る。一転中間部ではもの悲しく、外国人の感じる東洋のエキゾチシズムがたっぷり盛り込まれたメロディーを、二瓶のヴァイオリンが滔々と歌う。再びテンポがあがり、更に重音で畳みかけ、酒井のピアノと共に駆け上るように鮮やかに演奏が締めくくられた。自身も名ヴァイオリニストだったクライスラーのヴァイオリンの面白さが詰め込まれた小品だった。

端正なハイドンから色彩豊かなブラームスへ
ここでピアニストの酒井が改めて挨拶し「30分のコンサートなので2曲終わって、もう前半が終わりましたね」と笑わせて、3曲目はハイドンの「ヴァイオリン協奏曲より第1楽章」。二瓶が小学生の頃先生に「音程が悪い、もっと練習しなさい!」と怒られてばかりいた曲でイメージが悪かった(笑)」と幼い学習者時代のエピソードを披露。「でも最近になってこんなに良い曲だったの? 何故これまで弾かなかったの?」と思い直せたそうで、知名度はそこまで高くないが是非皆さんに聴いて欲しいと、演奏がはじまった。なるほど真摯で端正なハイドンらしさにあふれた楽曲で、二瓶のヴァイオリンの正確で品位のある演奏が曲の美しさを際立たせる。メロディーが繰り返される度により豊かさが増し、伸びやかになっていくのが印象的。酒井のピアノにも礼節があり、ヴァイオリンの華麗なカデンツァが繰り広げられ、堂々と息のあった締めくくりに会場から大きな拍手が贈られた。
(右から)二瓶真悠、酒井有彩
二瓶真悠
二瓶真悠
酒井有彩
そしていよいよ今日のラストを飾るのはブラームスの「FAEソナタよりスケルツォ」。「FAEソナタ」シューマンが友人のディートリヒとブラームスと共に作曲したヴァイオリンソナタで、3人の共通の友であるヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムに献呈されたもの。曲名となったいる「FAE」は音楽と結婚したと言われるヨアヒムのモットー「自由だが孤独に」(Frei aber einsam)の頭文字をとったもので、ドイツ音名のF・A・Eは日本で一般的に使われているイタリア音名で言えば「ファ・ラ・ミ」になり、この音列が楽曲モチーフとなっている凝った趣向の1曲だ。現在ではブラームス作曲の、このソナタの第3楽章として書かれた「ピアノとヴァイオリンの為のスケルツォ」のみが頻繁に演奏される楽曲として残っている。ミステリアスな部分、美しさ、明るさ、また切々と迫るもの、二瓶の演奏にはすべてのメロディに芯があり、たっぷりと歌われる様が心地よい。酒井のピアノも力強く呼応し、ヴァイオリンと演奏者が一体となって音色が奏でられていることが実感できる迫力ある演奏に「ブラボー!」の歓声が飛び交った。
二瓶真悠(Vin)、酒井有彩(ピアノ)
二瓶真悠
その喝采に応えて再びステージに登場した二瓶が「今日は母の日なので」とのことで、アンコールはドヴォルジャークの「我が母の教えたまいし歌」。本来は歌曲として作曲され、ソプラノ歌手がレパートリーにしていることの多い楽曲だが、クライスラーがヴァイオリンとピアノのために編曲したことによって一層著名な楽曲となった経緯があり、G線(ヴァイオリンの1番低い音を奏でる線)を使ったヴァイオリンの温かいメロディーに、ピアノの高音が美しく添う。やがてヴァイオリンのメロディーが中音域、高音域に移り、より音楽のもつ世界観が切々と訴えかけられ、ピアノも激しく呼応。最後に再び低音に戻ったメロディーが、カデンツァのように高音に駆けのぼってピア二シッシモで消えていった時には、その美しさにため息が漏れた。ヴァイオリンとピアノのデュオの美しさを再認識させてくれる時間だった。
二瓶真悠
ベルリンのゆったりとした時間の余裕に育まれて
演奏を終えた二瓶真悠と酒井有彩にお話を伺った。
ーー素晴らしい演奏をありがとうございました。今日の会場の雰囲気や、演奏していて感じたことなどから教えてください。
二瓶:皆さんお食事もされていて、食べながら飲みながら話しながら、というクラシックコンサートはなかなかないので、お客様と近い感じがしてとても弾きやすかったです。
酒井:とても集中して聞いてくださっている感じが伝わりましたよね。
二瓶:本当にすごく伝わりました! こういうステージは新鮮でした。
酒井:お客様との距離感が近いので、お顔を見ながらコミュニケーションが取れる素敵な空間だなと思いました。
ーー今日は留学先にちなんでドイツ・オーストリーの曲ということでしたが、選曲の意図はどんなところに?
二瓶:プログラムのテーマを決めるにあたって、初めはどんなものが良いかな? と思っていたのですが、ピアノを酒井さんにお願いすることになって、ベルリン芸術大学の先輩ですので、それなら! と、ドイツ、オーストリーのプログラムにしました。
二瓶真悠
ーーそうなんですよね。お二人は留学先の先輩後輩の間柄で。
酒井:でも会ったのは今回が初めてなんです(笑)。
ーーそうだったんですか?
二瓶:はい「はじめまして」です。
酒井:二日、三日前にね(笑)。
ーーということは、今回のステージのリハーサルをなさったのが初対面に?
二瓶:そうです、そうです!
ーーその偶然はまた素晴らしいですね! そんなお二人での演奏はいかがでしたか?
酒井:弾きやすいの!
二瓶:すごく上手くてびっくりして。
酒井:そんなことない(笑)。
二瓶:いえいえ!(笑)。お話は聞いていたんです。ベルリンで一緒にやっている先輩から酒井有彩という方がいらして、もう日本に帰られたのでベルリンにはいないけれども、とても上手な方だから日本に帰ったら共演できるといいよね、と言われていて。それもあって今回お願いしたら、リハーサルも私がやりたいことをサッと理解してくださるので、無駄な時間が全くなかったですね。
酒井:彼女の音楽の意志が強いので、「どうしたいのか」がすぐわかりますから、私も弾いていてとても楽しかったです。
酒井有彩
二瓶:ジャズじゃないのですが、セッションが楽しいという気持ちになりました。「こうくるのか、じゃあこうしてみよう」みたいな。
ーーそういう掛け合いを楽しんでいらっしゃるな、というのは聴かせていただいていても伝わりました!
二瓶:本当ですか? 良かった! やっぱりそういう交感ができるとクラシック音楽もより楽しく聞いていただけると思います。
ーーお二人共ベルリンに留学していて、その経験というのはやはりご自身の音楽に大きな影響を与えるものですか?
二瓶:ベルリンは時間の流れが違うんです。
酒井:ゆったりしていますよね。自分の勉強にすごく集中できるというか、自分の音楽だけに没頭できる時間があって。東京はだからこそ活気もあるのですが、ちょっと忙しい感じがあって、あれもこれもしなきゃ! と思ってる間に1日が過ぎていくので。
二瓶:向こうは「シエスタ」と言って平日でも午後1時~3時には音を出してはいけない、と決まっているんです。そういう時間を楽しむ余裕もあるし、首都ですが緑もたくさんあって小鳥の声も美しいんです。そんな余裕や、豊かな心はクラシック音楽を学ぶ中で絶対に影響があると思います。
酒井:あとはやはり言語ですね。言葉が音楽と直結しているので、そこからインスピレーションを得るものも多かったです。
ーーそうした素晴らしい環境の中で研鑽を積んでいらして、今日のドイツ・オーストリアの演奏曲の中で特に思い入れの強いものなどはありますか?
酒井:私は今日のプログラムのモーツァルト、ハイドンの曲は今回が初めてだったんです!
二瓶:えっ!? そうだったんですか? とてもそうは聞こえなかった!
酒井:2週間前にプログラムを聞いてからさらったの(笑)。
二瓶:あー! すみません!(笑)。でもモーツァルトなどはどんどん引っ張っていってくださるから、まさか初めてとは! ブラームスと「中国の太鼓」は?
酒井:ブラームスは何回か弾いたことがあって、「中国の太鼓」はアンコールで。
二瓶:わぁ、もう本当にありがとうございました! 私の思い入れとしてはやっぱりハイドンはレッスンでいつも怒られていた曲だから(笑)、怒られた曲は弾きたくないな(笑)、と思っていたのですが、ベルリンにいると本当にたくさんのソリストたちが演奏にきて。その方達の演奏を聴いて「私の知ってるハイドンじゃない!」と思い、せっかくベルリンにいるんだからもう1回勉強しようと思ったんです。それで今回協奏曲はこういう場ではあまり弾かないのですが、弾いてみようと思いました。
(右から)二瓶真悠、酒井有彩
ーーそうですね。こうしたコンサートの場ではそれほど多く演奏されている曲ではないかな? と思うので、お客様も新鮮にお聞きになったのでは? と思います。今、勉強もされながら演奏活動をされている中で、今後の活動への夢や目標などはありますか?
二瓶:目標としてはまだドイツで勉強が足りないところがあるので、まだまだ勉強は続けたいのですが、今悩んでいるのはこのままドイツにいるのか、日本に帰るのかということです。ピアノと違ってヴァイオリニストはオーケストラに所属するということがあるので、日本にはヨーロッパに劣らない素晴らしいオーケストラがたくさんありますから、それも魅力ですし、でも今ドイツにいますから身近に言えばベルリンフィルハーモニーなどがあるので、機会があるならドイツで働いてみたいという気持ちもありますね。
ーー酒井さんは日本に戻るという選択をされた訳ですが、今後については?
酒井:私は留学していた時にはほとんどソロ演奏のコンサートをやっていたんです。室内楽を集中的にさせて頂く機会が増えたのは日本に帰ってきてからで、デュオもありますが、どちらかと言えばトリオ、カルテット、クインテットが多く、この1年本当に多くの室内楽を勉強させていただきました。それによって楽譜の見方もすごく変わりましたし、ピアノは打楽器なので、シンプルで簡単なフレーズを弾くのがすごく難しかったりもするんです。弦楽器の方だと横の流れで綺麗にフレーズが作れるのですが、ピアノはそれが難しくて。
ーーピアノは伸ばした音にクレッシェンドがかけられない楽器ですものね。
酒井:そうなんです。そのシンプルなフレーズを美しく歌うということで、室内楽からたくさんの刺激を受けていますし、今までは室内楽を練習していても自分のことが頭を占めていたのですが、今ではヴァイオリンの弓はこうくるのか、とか、チェロとベースがが重なるからここのピアノは完全にサポートに回った方が良いとか、ここのベースはピアノだけだからしっかりと支えなければとか、全体像を見るようになって。それによってソロで演奏をする時にも楽譜の見方が変わりましたので、これからもソロと室内楽を並行してやっていきたいと思っています。今年初めてのCDを録音するので。
二瓶:(拍手)
酒井:来年の1月発売なのですが、頑張ろうと思っています。
ーーこういう先輩のお話にも刺激を受けるでしょうね!
二瓶:はい、本当に! 今日はそういう意味でも一緒に演奏ができてとても嬉しい時間でした。これからもよろしくお願い致します!
酒井:こちらこそ!
ーーお二人のご活躍を楽しみにしています。またサンデー・ブランチ・クラシックにもいらしてください!
二瓶:是非伺いたいと思います! 頑張ります!
(右から)二瓶真悠、酒井有彩
取材・文=橘 涼香 撮影=岩間辰徳

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