實川風が『サンデー・ブランチ・クラ
シック』に登場 透明な音色が奏でる
気品あふれる世界

“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.1.28ライブレポート
日曜のお昼時をクラシック音楽とともにゆったりと過ごす『サンデー・ブランチ・クラシック』。1月28日に登場したのはピアニストの實川風だ。これまではヴァイオリンの演奏家とともにこの『サンデー・ブランチ・クラシック』へ出演したことのある實川だが、ソロでは初登場。シューベルトやショパンといった名作曲家をはじめ、アルゼンチンのヒナステラ、自身の編曲を加えた曲など、多彩な音楽を披露した。
会場の様子
語りかけるような音色とワルツのリズム“ワン・ツー・メイビー(Maybe)”
1曲目はシューベルト「即興曲変ト長調 作品90-3」。實川の透明で気品に溢れた音が、ノスタルジックな味わいを漂わせる甘いメロディを奏でる。まるで何かを語りかけてくるような音色が会場に染みわたる。三連符の一音一音が優しく歌う傍ら、左手の低音部が心の深いところから、何か不安な思いを訴えかけてくるように響くのが印象的だ。
實川風
「シューベルトは優しさと淋しさが一体化したような人で、明るい曲でも明るい要素がない」と弾き終えた實川の言葉に、なるほど、と思う。
続いて演奏されたのはやはりシューベルトと同じオーストリアの、しかし陽気なウィーンを代表する作曲家、ヨハン・シュトラウス作曲『「美しき青きドナウ」による演奏会用アラベスク』だ。シュルツ=エヴラーによるピアノ編曲版で、「楽譜が真っ黒で譜面読みをする時点ですでに難しい」と實川。
實川風
冒頭、ドナウ川のさざ波のような細かいトレモロが右手で奏でられる。この部分だけで音符がどれだけ連なっているかと思わせられるが、しかし紡がれる音楽は陽気で、どこか現代風の、都会的な味わいも感じさせる洒脱なワルツだ。
實川によるとワルツのリズムは「ワン・ツー・メイビー(Maybe)」なのだそう。これは現在拠点にしているオーストリアのグラーツで演奏会をした際に現地のオーストリア人に言われた言葉で、つまりワルツの3拍子の3拍目は感覚やセンスなのだとか。どことなく都会風のテイストは實川ならではの味わいなのかもしれない。
自身のアレンジによる「トルコ行進曲」。そしてアルゼンチンへ
3曲目はベートーヴェンの「トルコ行進曲」だ。これは名ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタイン編曲版を、さらに實川がアレンジしたものだ。軽快なマーチの、しかし左手の低音が時折不思議な、しかし心地よい不協和音を響かせる。演奏後に「今日が一番いろいろと音を足して演奏した」と語った通り、厚みと奥行きが感じられた。
そして最後はアルゼンチンの作曲家、ヒナステラの『アルゼンチン舞曲集 作品2』から「年老いた牛飼いの踊り」「優雅な乙女の踊り」「ガウチョの踊り」の3曲が演奏される。「年老いた牛飼い」というタイトルとは裏腹に、曲はアップテンポ。どこかお酒に酔ってくるくると回っている元気なおじいさん、という雰囲気だ。そして「優雅な乙女」は、南米らしい極彩色の衣装をまとった美女が艶やかに舞う、そんなエキゾチックなムードが漂う。「ガウチョ」はアルゼンチンのカウボーイのこと。陽気で武骨で荒々しい男性が草原(パンパ)を馬で疾走する。若々しい力が漲るような、しかし気品も湛えたピアニスト「實川風」のもう一つの顔を窺い知ったような力強い一曲に、客席からは大きな拍手が湧き起こった。
實川風
静かな音までしっかりと染み入るショパン
アンコールはショパン「練習曲作品10第3番ホ長調」。日本では「別れの曲」として知られている名曲だ。繊細なショパンの、弱い音――ピアニシモの音が、だがしっかりと響き身体に染みわたってくる。
さらにアンコールの2曲目はドビュッシー『子供の領分』より第6曲「ゴリウォーグのケークウォーク」。黒人の男の子を模したゴリウォーグ人形の動きを題材にした、ユーモラスで、しかしどこかドラマチックな曲である。心地よい強弱のメリハリのなか、最後はコケティッシュにフィニッシュ。ウィーンからアルゼンチン、パリのサロンから印象派の世界へと移り変わり、心に染みるような、色彩に溢れたひと時であった。
實川風
2手のピアノ曲をそれ以上に聞かせる挑戦
演奏後、實川にお話を伺った。
――今回、単独では初めての『サンデー・ブランチ・クラシック』出演となりましたが、いかがでしたか。
過去に2回出ていますので、雰囲気はわかっていました。アットホームで寛げます。ホールの舞台とは違って気負いがなく、自然とリラックスして演奏を始められました。
――1曲目のシューベルトが染み入りました。
シューベルトは歌曲をたくさん書いた作曲家です。今回の即興曲は具体的な言葉はイメージしていませんが、一音一音に言葉やドラマがるようなつもりで弾きました。シューベルトは内気ですが、優しいだけの内気ではなく激しく、どこかとっつきにくいネガティブなものもあると思うんです。
――シュトラウスの、ワルツのリズムは「ワン・ツー・メイビー(Maybe)」という言葉はなるほど、と思いました。今回も意識して弾かれていたのでしょうか。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの映像を見て、「ンチャッ・チャ」というワルツのリズムに近づけたいなと。今回はシュルツ=エヴラーの編曲にちょっとカデンツァも加えて演奏しました。
――ベートーヴェンの「トルコ行進曲」は、實川さんのアレンジということでしたが。
前半はルービンシュタインの編曲ですが、後半はほぼ自分の編曲でした。右手でメロディを、左手でリズムを取りながら、カデンツァを膨らませて、トリルで装飾を加えながら音を足していきました。これまでもこの曲はアレンジを加えて何度かやっていますが、今日が一番音を加えたかもしれません。2本の手でそれ以上のことを演奏しているかのように弾くにはどうすればいいか、それを考えるのは面白いです。リストやラフマニノフといった名ピアニストで作曲家がそういう作品を残しているので、そうした編曲の例を参考にして、またいろいろ考えていきたいと思います。
實川風
――アンコールでショパンを弾かれました。昨年ショパン集のCD『ブレイズ・ショパン』も出されましたね。
CDは出しましたが、自信満々というよりは挑戦でした(笑)。ショパンは私にとって複雑な思いが多い作曲家なんです。ずっと昔から好きなのですが、近づこうとすると逃げていく。なかなか自分で「これでいい」と思えないところがある。とても多面的なんですよね、ショパンって。例えばベートーヴェンなら喜んでいるときは徹底的に喜んでいるから、こちらも弾くときは150%喜んで弾くわけですが、ショパンは「怒っている」と思い、その気持ちに寄り添って「怒っている」ように弾いていると、「なんでそんなに怒ってるの?」って冷めた目で言われそうで(笑)。
――わかる気がします(笑)。
どこか感情表現が一筋縄じゃいかない(笑)。ある意味とても人間的です。
――今後はどのような活動を?
これからもコンサートで演奏を続けていくことが一番大切だと思っています。人からは、フランスの作品がよいと言われたり、ドイツの作品が向いていると言われたりしますが、どの作曲家に対しても自分が演奏するからには、フラットにかつ誠実に向かい合って演奏していきたいと思います​。
實川風
取材・文=西原朋未 撮影=岩間辰徳

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