想いと感性を演奏に乗せて伝える17歳
の異才ピアニスト・Kyle(紀平凱成/
きひらかいる)

「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.7.15ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう!というコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。7月15日に登場したのは、17歳の異才ピアニスト・Kyle(紀平凱成/きひらかいる)だ。
2001年生まれ現在高校2年生のKyleは、2歳の時に自閉症との診断を受けたが、幼児期から数字、アルファベット、漢字など記号に興味をもち、難解な熟語や計算式や音符で落書き帳をいっぱいにしていたという。また同時期にロックやジャズ、クラシックなど幅広い音楽に興味を持ち、一度聞いただけの曲をエレクトーンで再現し始め、それらの英語の歌詞も耳で聞き取り丸ごと覚える才能をみせはじめる。いつしかコード本で和音を覚え、風の音、雨のしずく、鳥のさえずりなどをコードネームで表現するようになっていき、小学校に入ると、徐々に簡単な意志を伝え始め、ピアニストになりたいと宣言。聴覚過敏の為、生活音にも嫌悪感を示す一方、読譜も自然と身につけ、書きためた楽譜の数は膨大なものになっていった。
13歳の時には、東京大学と日本財団が進める、突出した才能を伸ばす人材養成プロジェクト「異才発掘プロジェクト」のホーム・スカラーに選ばれる。16歳でイギリスの音楽学校“トリニティ・カレッジ・ロンドン”の”advanced certificate“(上級認定)に高得点で合格。感動を沢山届けるピアニストになりたい、と日々チャレンジを続けている。
そんなKyleが「サンデー・ブランチ・クラシック」でソロリサイタルデビューを果たすとあって、この日のリビングルームカフェは満員の大盛況。熱気の中登場したKyleは、客席に深々とお辞儀をして演奏がスタートした。
Kyle
一心不乱な演奏から湧き上がる疾走感
まず1曲目はウクライナ出身の作曲家でありピアニストのニコライ・カプースチンの「ビッグ・バンド・サウンズ」。ラヴェル、バルトーク、プロコフィエフなど近現代の作曲家に強い影響を受けたカプースチンは、クラシック音楽をベースにしつつ、ジャズやラテンロックなどの様々な現代音楽のリズムや感性を取り入れた独自の世界を展開していて、Kyleが特に好きな作曲家だという。演奏からはカプースチンの音楽世界への愛がダイレクトに伝わり、登場時には緊張している様子も見られたKyleだったが、曲に入り込むにつれて堂々とした雰囲気を醸し出していく。ビッグバンドの響きをピアノで表わした楽曲に、どこか哀愁があるのが個性を感じさせ、満員の観客が早くもKyleの紡ぎ出す世界観に聞き入った。
Kyle
Kyle
2曲目は同じカプースチンの「8つの演奏会用エチュード5番“冗談”」。タイトルの“冗談”からもわかるように、カブースチン曰く「ユーモラスなブギウギ」とのことで、非常にアップテンポな1曲。Kyleの演奏には遊び心というよりも、一心不乱にピアノに向かっている故の疾走感があることが新たな感動を生み、演奏者の高い技術レベルに裏打ちされた超絶技巧が楽しめた。
Kyle
3曲目もカプースチンで「24のプレリュード11番」。ショパンのものが殊のほか有名な「24のプレリュード」は、プレリュード=前奏曲といいつつも何かの前奏ではなく、J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集の前奏曲の、24の長短調すべてに対応する楽曲集というスタイルを踏襲したものが、多くの作曲家によって生み出されている。カプースチンのプレリュード11番は渋いスローなブルースで、Kyleの演奏には特段の憂いがあり、カフェ全体がその感性に染まって、ひと際の静寂に包まれるのを感じた。
4曲目はラヴェルの「ハイドンの名によるメヌエット」。この曲は、1909年のハイドン没後100年を記念して、パリの音楽雑誌「レヴュー・ミュジカル」が6人の作曲家に「ハイドン」にちなんだピアノ曲を作曲するよう依頼したうちの1曲。「HAYDN」の5文字をそれぞれを音名に置き換えた「シラレレソ」をモチーフに創るというある種ゲーム的な出版社の要求に、ラヴェルが見事に応じて作曲されている。そんなラヴェルの近代的な個性による響きと、ハイドンの端正さが融合された曲に相応しく、Kyleの演奏も実に精緻。深く静かに訴えかけてくるもののある印象的な1曲になった。
Kyle
そこから5曲目は再びカプースチンで「変奏曲」。Kyleがカプースチンに魅了されるきっかけともなった1曲だそうで、ジャズ、スウィング、ワルツ、バラード等々、多彩なリズムが次々に現れる。細かいパッセージが美しく響き、Kyleがこの曲の多彩さを愛していることがよくわかる。ピアニッシモで奏でられる静かなパートが特に美しく、どこかセレナーデのよう。この静けさが効果になってラストに向けて疾走し、迫力をもって終わるエンディングにダイナミズムがあふれ出る演奏だった。
美しい自作曲から伝わる温かい笑顔
ここでKyleがマイクを持ち「ありがとうございました!」と挨拶。「変奏曲はいかがでしたか?」の問いに万雷の拍手が応える中「ありがとうございます。次にKyleが創った『Winds Send Love』を聴いてください」と、自作曲の紹介があり、6曲目はKyle作曲「Winds Send Love」。森を吹き抜ける爽やかな風、イルカのジャンプと共に海を駆ける風など、様々な風をイメージして作曲されたという1曲。ジャズ系列の楽曲たちのあとで、美しく明るくクラシック的な響きも持つメロディーが実に新鮮。左手にメロディーが移ると、右手がカデンツァのような華麗なパッセージを奏で、その軽やかさがまさに吹き渡る風のよう。温かい笑顔を感じさせる美しい楽曲が、Kyleの言葉として響く素晴らしい時間となった。
Kyle
ここでもう1度マイクを持ち、Kyleが客席に謝辞を述べ、プログラムラストを飾る7曲目を上原ひろみの「ザ・ギャンブラー」だと力強く紹介してくれる。日本が誇る世界的ジャズピアニストである上原ひろみが、眠らない街ラスヴェガスの喧噪や、ギャンブラーたちの駆け引きなどの様々な情景を描いた1曲で、Kyleは音楽の中に入り込み、時に立ち上がっての熱のこもった演奏を披露。曲の展開の面白さを十二分に伝えると共に、抜群のテクニックが光り輝き、大きな拍手と歓声が湧き起こった。
Kyle

Kyle
その歓呼の声に応えるようにステージに戻ってきたKyleが客席に手を振り、アンコールはショパンの「ノクターン遺作」今日のプログラム全体と全く趣が異なるこの1曲がアンコールにきた効果は絶大で、Kyleが繊細な美しい音色を持つピアニストでもあるという一面を、ハッキリと示してくれていた。

鳴りやまぬ拍手にもう1度ステージに戻ってきたKyleは、再び客席に手を振り2曲目のアンコールはジョージ・ガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム」。ジャズのスタンダードナンバーとして殊に有名な1曲だが、短いアレンジの中にリズムの面白さがいっぱい。メロディーの盛り上げ方も巧みで、アンコールに相応しい楽しい演奏となった。17歳の見事なデビューリサイタルに、客席からの温かい拍手が長く続いた。
ジャンルレスに好きな音楽を奏でるピアニストに
演奏後も写真撮影などにも応じてくれたKyleは、インタビューで、たくさんのお客様を前にしても「緊張しませんでした」と話し「楽しく演奏ができました」と本人も納得の様子。
Kyle
元々リビングルームカフェダイニングを下見に訪れた時に「映画『レミーの美味しいレストラン』に似ている! 楽しい感じだ!」とこのカフェを好きになってくれていたそうで、デビューリサイタルをこの場所で開けることをとても楽しみに、準備を進めてきたというだけあって、堂々とした演奏にも納得だった。
中でもカプースチンは「ジャズやブルースが入っている感じが大好きで、『変奏曲』のプレストの部分が特に気に入っている」といい、将来的にはクラシックもジャズもどんどん演奏していきたいし、「ビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』や、オスカー・ピーターソンの『The Days of Wine and Roses』を弾いていきたい」と意欲的。音楽に対してあまりジャンル分けをしていないそうで「クラシックもジャズも両方やっていきたい」、好きだと感じる曲はなんでも弾いていきたいし、聴いている曲も多岐に渡っているので、大好きなカプースチンのようにジャンルレスな演奏家になるのが目標とのことだった。なるほどこの日の多岐に渡る演奏からも、その目標に向けた可能性が強く感じられていて、Kyleの音楽世界の広がりを示してくれていた。
Kyle
特に、披露してくれた自作曲「Winds Send Love」は「風」からイメージされたものだったが、周りの音すべてからインスパイアされて音楽が生まれ、電車の音からできあがった曲もあれば、何かのタイトルからイメージが浮かぶこともあるそうなので、ここで話していたこと、今日の演奏会の経験からもきっと新たな楽曲が紡ぎ出されるのだろう。そんなKyleの生み出す新たな楽曲への期待も高まる、彼の感性と思いが音楽に乗せて伝わった見事なデビューリサイタルだった。
Kyle
取材・文=橘涼香 撮影=山本れお

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