外山啓介インタビュー「お客さまに楽
しんでいただくことを大事にしたい」
~ピアノ・リサイタル「月光&謝肉祭
」を語る

昨年デビュー10周年を飾った外山啓介が、新たな10年に向けて、ピアノ・リサイタル「月光&謝肉祭」をひらく。今回は、ドビュッシー、ベートーヴェン、ショパン、シューマンの作品を並べた、多彩なプログラムだ。この演奏会に向けた胸の内を外山に聞いた。
--今回のリサイタルのプログラムについてお話ししていただけますか?
テーマは「音が紡ぎ出す情景」です。前半は月に関する作品を並べました。
「月の光」が入っている「ベルガマスク組曲」は、子供の頃から大好きでした。思い返せば、大学に入って最初のレッスンで聴いてもらったのが「ベルガマスク組曲」の「メヌエット」でしたが、ずっときちんと全曲演奏したいと思っていました。そして、「喜びの島」は、本来、「ベルガマスク組曲」に入るはずだった曲とも言われているので、取り上げることにしました。
僕はドビュッシーの「前奏曲集​」が好きで、月に関係する曲ということで、「前奏曲集​第2集」から「月の光が降り注ぐテラス」を選びました。コンサートの1曲目としてすごく良いかもしれないと思います。もともとフランス音楽が大好きで、ジャック・ルヴィエやウェルナー・ハースのドビュッシーのCDをよく聴いていました。
--今年は、ドビュッシーの没後100周年ですね。
もちろん、それもあって、ドビュッシーを取り上げることにしました。
ドビュッシーは和声が美しいのですが、響きの色合いがフォーレやラヴェルと違います。ドビュッシーの音楽って、すごく人間的だなと思います。彼の音楽では必ず最後に救われるところが魅力的なのです。「牧神の午後の前奏曲」でも、ぼやっとした和声で進んで行きますが、最後には救われる和声になる。そこがとても人間的だと思うのです。
ベルガマスク組曲は、最初の「プレリュード」からいろんな要素の詰まった曲です。古典的だけれど、フランス的なおしゃれなパッセージがあります。「パスピエ」では人間の良いところ悪いところが表裏一体に見え隠れします。「月の光」は、クラシックを普段聴かない人でも知っている曲だと思います。楽譜にいろいろなことがきっちりと書かれていて、音の数のわりにいろいろな要素が詰まっている曲なのです。弾いてみて、難しい作品だと思います。
「喜びの島」は、一つの大きなゴールがあるという意味では、「ベルガマスク組曲」よりもシンプルといえます。
--続いて、ベートーヴェンの「月光ソナタ」ですね。
ベートーヴェンはかつてすごく苦手意識がありました。中期のソナタまでは弾いていたのですが、2年前に初めてピアノ・ソナタ第31番を弾いて、第1番から第32番まできちんとピアノ・ソナタ全曲を勉強したいなと感じました。今回弾くピアノ・ソナタ第14番「月光」も勉強し直したいと思っていました。
「月光ソナタ」は、第1楽章が嬰ハ短調で、第2楽章が変ニ長調、第3楽章が嬰ハ短調で、嬰ハ(ド♯)と変ニ(レ♭)は異名同音なので、3つの楽章は同主調となっています。そこで、ショパンの変ニ長調の「雨だれ」と「ノクターン」第8番を次に置くことにしました。
--後半は、そのショパンとシューマンの「謝肉祭」ですね。
シューマンの「謝肉祭」には、「ショパン」という曲が入っていて、本当にショパンみたいな曲です。ショパンを前に置いたのはそういうつながりもあります。昨年のリサイタルは、オール・ショパン・プログラムでしたが、ショパンの曲にはいつも触れていたいと思っています。
「謝肉祭」は、平民貴族入り乱れての、道端でのサーカスのような曲で、曲のキャラクターがコロコロと変わっていきます。それぞれのキャラクターの違いをきちんと計算しないと、とりとめのない自己満足な演奏に終わってしまいます。静と動の絡みをきちんと表現したいと思っています。
たとえば、「ピエロ」は、今の白塗りのピエロとは違って、見せ物となっていた身体の不自由な人だったかもしれません。明るいけど暗い、人間っぽい感情が表れています。「高貴なワルツ」では「高貴」とは何だろう?とすごく考えました。「浮気女」は、艶めかしい女性が、男の気を引いたり、突き放したりする、貴族の遊び。「パンタロンとコロンビーヌ」では老人が若い色っぽい女性を追いかけている。トムとジェリーみたいに。だから軽く速く弾きます。「ドイツ風ワルツ」は、身体が大きくてお尻が重いドイツ人のワルツのイメージ。それに挟まれた「パガニーニ」は現実離れした音楽、そして「ドイツ風ワルツ」で日常に戻ります。
--リサイタル全体を通して、どのように聴けばよいでしょうか?
「いろいろな情景を思い浮かべて、それを楽しんで聴いていただければと思います。リサイタル全部を聴くと、内容はかなり濃いと思います。どのように感じていただいても自由です。ただし、僕は1曲目から最後の曲まで流れを考えないといけません。緻密に冷静に計算していかないと、一つのリサイタルになりません。様々なキャラクターの作品が並ぶなかで統一感を意識しないといけないところが、今回のリサイタルの難しいところです。自分が楽しむことよりも、お客さまに楽しんでいただくことを大事にしたいです。集中力を絶やさないで演奏できたとき、お客様に様々な色や情景を感じていただけると思います。
--2004年に日本音楽コンクールで第1位を獲得されたあと、2007年にCDデビューされて10年以上が経ちましたね。
昨年がデビュー10周年でした。この10年で、音を出すことの意味や考え方が変わりました。最初の4、5年は、一生懸命練習して、一生懸命弾くだけでした。5年を過ぎた頃から、舞台で音を出すことの責任や幸せや怖さを考えるようになりました。コンサートは発表会ではない。お客様に来て良かったと思ってもらわないと意味がない。
4、5年前から、小さなホールでコンサートをするときにはスピーチをするようになりました。昔は素を見られたくない、見せたくないと思っていましたが、最近はそのままでもいいかなと思っています。自分の話すことが、自分のイメージからずれてはいけないと思っていた時期がありました。でも今はそういうことを考えないで話せるようになりました。
--将来についてはいかがですか?
これから、やっていきたい曲もあるし、力をつけていきたいと思っています。この6月に九州交響楽団の定期演奏会にソリストとして呼ばれたのはうれしかったですね(注:ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」などを演奏)。協奏曲では、ベートーヴェンの第3番、第4番、ブラームスの第1番などは、まだ弾いたことがないので、今後手掛けたいです。ソロでは、ブラームスの後期の小品、作品116から作品118までは演奏したので、次は「4つの小品」作品119ですね。それから、室内楽もやりたいと思います。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタをきちんと勉強したいし、ブラームスのクラリネット三重奏曲をもう一度演奏したい。
2013年から洗足学園音楽大学で教え始めて、この春からは、札幌大谷大学芸術学部音楽学科の専任講師を務めています。僕の地元の札幌で、学生たちに、自分のやってきたことを伝えたいという気持ちがとても大きくなりました。今は、毎週、札幌に通っています。昔は、教えることは想像もしませんでしたが、そういうところは変わりましたね。
取材・文=山田治生  写真撮影=山本れお

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