こまつ座が名作映画『母と暮らせば』
を遂に舞台化! 製作発表会見レポー

井上ひさしの思いを継ぎ、山田洋次監督が製作した映画『母と暮らせば』が2018年秋、舞台化する。井上ひさし作品を中心とした演劇活動を続ける劇団こまつ座の「戦後“命”の三部作」の第三弾という位置づけ。こまつ座で『木の上の軍隊』(蓬莱竜太作)の演出も担った栗山民也が演出を手掛け、劇団「渡辺源四郎商店」主宰で青森を拠点に活動する劇作家・畑澤聖悟が脚本を担当する。
7月28日に行われた製作発表では、出演者の富田靖子、松下洸平、脚本の畑澤が登壇した。会見の模様をお伝えする。

富田靖子、松下洸平(左から)
まず、『母と暮らせば』が誕生する経緯を振り返りたい。
井上ひさしが上演し続けて欲しいと願った作品の一つが、1948年のヒロシマでの父娘の物語『父と暮らせば』だった。生き残ったことに罪悪感を抱きながらひっそりと暮らす娘の元に、原爆で死んだはずの父が現れて娘の恋を応援するという二人芝居だ。
井上は新作として沖縄、長崎を舞台にした作品も書く予定だったが、構想途中のまま2010年4月にこの世を去った。その遺志を継いで、新たな作品づくりが進められた。
13年には、オキナワの「今」を見つめた『木の上の軍隊』(蓬莱竜太作)を発表。16年にはこまつ座公演として再演を果たす。
15年には、井上ひさしが長年願った『父と暮らせば』の対になる作品を残すという構想を受け継ぎ、山田洋次監督が映画『母と暮らせば』を製作した。長崎で被爆した母と亡き息子の幽霊の交流を綴った作品だ。その映画の流れをくみながら、舞台『父と暮せば』、『木の上の軍隊』に次ぐ、こまつ座「戦後“命”の三部作」第三弾として、今回の舞台が作られている。

畑澤聖悟
青森で「渡辺源四郎商店」という劇団を主宰している畑澤聖悟は、現役高校教諭で、演劇部の顧問でもある。
製作発表では、畑澤自身の初舞台が『11ぴきのねこ』だったり、演劇部顧問として初めて全国大会に出られた時の講師が井上ひさしだったりと、何かと縁を感じているエピソードを披露し、「(井上ひさしは)僕にとって神様のような存在なので、とても光栄に思っています」と話した。
「映画をそのままなぞるのでは意味がない。映画の魂を受け取りながら違うものを作っていくというプレッシャーと、『父と暮らせば』と比較されるという宿命がある。(『父と暮らせば』は)二人芝居はこうやって書くんだという大教科書でもあり、あるいは、災害に対して人間がどういう風に考えるかということでも大教科書であり、あとは死者と生者を演劇としてを扱う時の大教科書でもある」と随分とプレッシャーを感じている様子だが、「全力でやりたいなと思っています」と意気込んだ。
富田靖子
『炎の人』(2011)以来7年ぶりの舞台出演となる富田靖子は母役を演じる。「映画では吉永小百合さんがやられた役を自分がやること、7年ぶりの舞台であること、何故私はお話を受けてしまったのだろうというプレッシャーで『くぅ~』となっているところです(笑)」と正直な心情を吐露しつつ、「自分は九州出身なので、やりたいと思っています。どこまで辿り着けるかわかりませんが、一生懸命やりたいと思います」と語った。
そして「久しぶりの舞台で、この板の上に立てることがとても幸せ。その中で、台本に描かれていること、そして井上ひさしさんが伝えたかったであろうこと、山田監督とこの作品について色々お話ししたことを、これから栗山監督と洸平くんと作り上げていく中で、精一杯、この板の上で生きていく様を皆様に届けられたらと思います」。
松下洸平
息子役を演じる松下洸平は、『木の上の軍隊』の出演に触れつつ、「非常に色々なことを考えさせられ、たくさんのことを勉強した記憶がございます。31歳の男として、戦争を知らない世代の人に何が伝えられるんだろうという日々考えさせられた」と話す。
そして、「人と人とが争い合うことから生まれる残虐さや悲しみ。忘れてはいけないものとして次の世代に届けられるように、僕たちは一生懸命このお芝居と向き合っていかなくてはいけないと思います」と決意を新たにした。
また、演出の栗山と作品について話す機会があったといい、「栗山さんが『この作品は一切の妥協を許さない。とんでもない作品にするぞ』と仰っていました。栗山さんのこの作品に対する覚悟のようなものを感じました」。
畑澤の戯曲に関しても「あの日、長崎で何があったのか。あの日以降、長崎の人たちがどういうものに縛られて今日まで生きているか。もう少し突っ込んでもいいのではないかという畑澤さんの思いが伝わってきた」と述べ、「皆さんのこの作品に対する思いがすごく熱いものなのだなと感じたので、それを一気に引き受けて、僕と富田さんと、『父と暮らせば』とはまたちがう、母と子の物語を作っていけたらと思います」とまとめた。
畑澤聖悟
会見に出席はかなわなかったが、演出の栗山民也と山田洋次監督のコメントも代読された。
【栗山民也コメント】

 その話が『母と暮らせば』のことだったのかはわからないが、生前、井上さんと長崎について何度か雑談をした。ある医師の話や、教会や、坂の多いことや、長崎の鐘などについて。
 そして、「とにかく、広島、長崎、そして沖縄を書かないうちは、死ねません」と、いつも最後は笑いながら、力強くそうおっしゃっていた。
 その時の記憶が、今回新たな作品に熱い温度を与えてくれるだろう。人間をこなごなに砕いた不条理と向き合い、大事なことをしっかりと受けとめ、今、語り継いでいかなければならない。
 その新たな物語を戯曲化するのは、いつかご一緒したいと願っていた畑澤聖悟さんだ。繊細に大胆に、混沌とした世界のなかに在る登場人物たちを、潔く生かす戯曲家だと思っている。
 富田さんと洸平。とにかく、早く稽古場でお二人の生の声を聞きたい。その声が、永遠に前へと向かう声としてずっと語られ続けられることを願って。

松下洸平
【山田洋次コメント】

 『父と暮らせば』に次ぐ『母と暮らせば』を芝居にするという企画を聞いた時、大変なチャレンジだと思いました。
 長崎を舞台にして井上さんに負けないだけの戯曲を書くのは大変なことだと思いますが、畑澤聖悟さんが喜んで引き受けてくれたと聞いて僕はかなり安心しています。井上さんとも僕とも違う魅力的な『母と暮らせば』ができると心から期待しています。
 この三部作がこれからも繰り返し繰り返し上演されることが今のこの国、戦争のにおいがぷんぷんするような世界にとって非常に大事なことでしょう。観客もみんなそういう認識を持ってこれらの作品を迎えてくれるに違いないし、匹敵するだけの『母と暮らせば』を作ってください。

富田靖子
最後に質疑応答の様子をお伝えする。
−−この時代に伝えたいことや一番見てほしいポイントはどこか。
畑澤:どうしたら長崎で起きたことと現代を繋げられるのかということをまず第一に考えました。あとは、僕は東北の人間なので、当然、3.11におけるいろんな悲劇についても考えました。例えば、亡くなられた方と残された者との関係みたいなことをずっと7年間題材にしてきたんですけれども、そういうところともつながるところがある。今生きている人間と亡くなってしまった人との関係みたいなことをしっかり捉え直してみることを考えました。『父と暮らせば』とはそういうところが違っているのだと思います。
−−映画の台本がある中で、演劇ならではの部分というのはどのようなところか。
畑澤:僕は『母と暮らせば』の映画が大好きで、もう30回ぐらい見て、セリフも全部暗記しているぐらい(笑)。1回や2回見たぐらいでは分からないものが随分胸に刺さるようになって、これを演劇でやるのは大変だぞという思いは確かにありました。
 
ただ、オファーを受けた段階で、母と子の二人芝居にするんだということを言われていて。これはすごい試みだぞと思いました。映画には、あんなにたくさんの長崎の方が出て、しかも黒木華さんが演じられた町子はものすごく重要なファクトだと思うんですけど、彼女が出ないという判断です。不在の人間をどう表現するか、どう生きているという風に見せるのかというのが、演劇の一つの芸だと思っていて、そういう意味では随分チャレンジをしましたし、そして最初に母と子でいくというものすごい判断をされたなと改めて思います。
−−役を演じる上で大切にしたいことは?
富田:大切にしたいなと思っているのは、息子を失った喪失感。これは、人間が死ぬまできっと治るのことない人の傷だと思っています。壮絶な喪失感とひたすら向き合いながら作っていければなと思います。
松下:死んでいるので、役を捉える上で一番掴みづらい役柄。死の世界に住んでいるという、誰も知らない部分を演じていく難しさはすごくあると思うんですね。この世に存在しない人を演じる上で何が必要かなと思うと、多分生前の記憶だと思うんです。母さんとの掛け合いもそうですけど、やはり生きていたという証をしっかり持っていないと死んだ人間にはなれないような気がするので、たくさんコミュニケーションをとりたいと思います。
取材・文・撮影=五月女菜穂

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