【総括レポート】<LUNATIC FEST.>
、「この場から愛と狂気、そして感謝
の念が失われてしまうことは、絶対に
ない」

<LUNATIC FEST. 2018>開催から、まもなく1ヵ月。酷暑の日本列島では、日々どこかで魅力的なフェスや音楽イベントが開催されていて、そろそろその記憶が薄れてきてもおかしくないはずなのだが、むしろこうしてある程度の時間を経てきたことにより改めて気付かされたり記憶自体が整理されてきたりする部分というのがある。僕自身は、発売中の『MASSIVE Vol.31』でも愛と狂気に満ちたあの2日間について総括的な記事を書いており、言いたいことの趣旨はその時点から基本的に変わっていないのだが、今回はその原稿に大幅に補足などの手を加え、改めてより具体的にまとめてみようと思う。
愛と狂気。それはこのフェスを象徴する言葉であり、言い換えればまさしく“LUV”と“LUNACY”ということになるかもしれない。そして実際、第一回の開催時から丸3年を経た6月23日と24日の両日、幕張メッセ国際展示場で開催された<LUNATIC FEST. 2018>の空間に渦巻いていたのも、そのふたつだったように思う。それは単純にLUNA SEAの古(いにしえ)の姿であるLUNACYが両日のオープニングを務め、この祭典の主宰を務める今現在のLUNA SEAが、昨年末発表の最新アルバム『LUV』の時間軸にあるからでもある。が、そうした言葉遊びのようなこととは関係なく、愛に満ちているからこその心地好さと、狂気を孕んでいるからこそのスリルと神秘性をたっぷりと堪能することができた2日間だった。

本稿において僕は、同フェスの場でいつ何が起きたかという事実関係の羅列をするつもりはない。むしろ音楽フェス百花繚乱ともいうべき現在にあって、とても稀有な存在だといえるこのフェスの意義といったものについて、その終了からある程度の時間を経た現在だからこその考えを形にしてみたいと思っている。ここではそのために、去る5月に発売された『MASSIVE Vol.30』に掲載されたRYUICHIとSUGIZOそれぞれのインタビュー記事のなかから、象徴的な発言をいくつか引用しながら話を進めていくことにしたい。参考までに、双方の取材時期は4月上旬。BARKSに連載されてきた5人のパーソナル・インタビューが行なわれたのと同時期のことである。まず、RYUICHIの発言を紹介したい。

「こうして(開催が)決まってからも、何事もなく当日を迎えられるといいな、というのが大きいんです。もちろんLUNA SEAにだって突発的なアクシデントに見舞われる可能性はある。でもまあ今回も、なんとなく……雨降って地固まる、じゃないですけど、嵐を呼ぶバンドとか呼ばれながらも、最近は天候面でも極端なものには見舞われてないし(笑)。それこそ飛行機が飛ばないぐらいの嵐になっちゃう可能性だってあるわけじゃないですか。でも、そこはなんとか最近、うまく乗り越えてますよね。運が強くなったのかな(笑)」──RYUICHI

嵐を呼ぶバンドが幸福を招くバンドへと変身を遂げたのかどうかはわからないが、この両日、幕張界隈に大きな天候の乱れはなかった。確かに23日の日中は雨が降っていたものの、一度会場内に足を踏み入れてしまえば、屋根のない場所を歩かねばならない時間はごくわずかなもの。その点について来場者が深刻な辛さを感じることはなかったはずだと思いたい。また、何らかの事情で出演者の誰かが会場に辿り着けなかった、という話も聞こえてはこなかった。とはいえ、6月18日の朝に大阪地方が大きな地震に見舞われたことの影響が、皆無だったと言い切ることはできない。その数や程度については想像のしようもないが、それが理由で会場に向かうことを断念したファンもきっと少なからずいたことだろう。開演に先立ってステージに立ったMC担当のBOOが、願いの叶わなかったそうした仲間たちを思いやろう、という言葉とともに募金協力を呼び掛けていたことも印象的だった。

また、言うまでもなく、今現在の日本は、西日本地方が見舞われた歴史上に例を見ないほどの集中豪雨を発端とする災害により、とてつもない痛手を負った状況にある。ここで僕が言いたいのは、<LUNATIC FEST. 2018>の開催時期が6月だったおかげで救われた、ということではない。むしろ何ひとつ他人事ではない、ということが言いたいのだ。その瞬間にどこで何が起きているのかによって、物事の意味合いやその感じ方は変わってくる。たとえば実際にフェスを楽しんでいる最中、その前日にニュースで知った、遠く離れた国で起きている災害や紛争に思いを寄せることは難しいと言わざるを得ないだろう。が、たとえばSUGIZOの弾くギターのひとつには“SAVE SYRIA(シリアを救え)”の文字が描かれている。その簡潔なメッセージが目に飛び込んできたときに、同じ地球のどこかでとんでもないことが起きているという現実を一瞬でも意識させられる、ということ。大袈裟に思われるかもしれないが、そうした気付きの積み重ねが結果的には世の中を変え得るのだと僕は信じたい。
話がやや横道にそれてしまった気もするが、6月23日、LUNACYの登場を待つフロアには、まだ午前中だというのに人がひしめいていて、どこか殺気立った緊迫感があったはずなのに、誰かを思いやるという気持ちの大切さを意識させられる切っ掛けがもたらされたことによって、それが良い意味で緩和されていたようにも思う。そして、ふたたびRUICHIの発言を引用したい。彼は、こうしたフェスを継続させていくことの重要性とそのために不可欠なものについて、以下のように語っていた。

「この<LUNATIC FEST.>に関しては、やっぱりある意味、ロック・ファンにとってのすごく大事なお祭りに育てていかないとね。10年、20年と続いていくイベントって少ないじゃないですか。そういう意味では、そこがいちばん大事なんだろうな、と。じゃあ、そのお祭りっていうのが、どうあるべきなのか。やっぱり、どうしても参加したくなるお祭りというのは“あそこに行くとホントになんかすべてがちゃんとしてるよね”というのがあると思うんです」──RYUICHI

ちゃんとしている、という状態についての感じ方は人それぞれであるはずだが、彼がここで言っているのが、まず何よりも来場者に不自由さを感じさせないホスピタリティの充実についてであることは言うまでもない。実際、あれほどの人数がひとつの場所に集まっているだけに、誰もが不愉快な思いを一度もせずに2日間を過ごすことのできる環境を整備するというのは、不可能に近いことのようにも思われる。しかも長時間のライヴ観覧については当然ながら体力勝負になってくる部分がある。ただ、フェス慣れしているという自負のある筆者にとっても決してラクな2日間ではなかったが、そこに不快感が伴うことは一切なかった。フードエリアの広々としたスペース確保や設営のあり方なども含め、すでに長年にわたり浸透しているこの国を代表するような大型フェスにも負けないものだった──いや、ある意味それ以上の快適さだったと言っておきたい。これは主宰者たるLUNA SEAによる配慮ばかりではなく、さまざまなフェスの現場の良いところを抽出しながらベストを尽くそうとした関係者たちの尽力によるところも大きいはずだ。

また、出演者たちに対するもてなしの心配りにも充分すぎるほどのものがあったようで、ある出演バンドのメンバーは自身のTwitterアカウントに「2日間、早朝から終わりまで動き続ける主催バンドのメンバー。感動、リスペクト。イベントをやるならばこうでありたい、と思った」などと書き込んでいた。当日の楽屋がどのような様子だったのかは、ずっとフロアからステージを観ていた僕には知る由もない。が、部屋にどんなものが揃っているかといった具体的なところ以上に重要なのは、このフェスを立案したLUNA SEA の面々が、出演者たちにどのような背中を見せたか、ということだと思う。そして、このようなツイートを目にすれば、彼らが後輩世代のバンドたちから、目指すべき存在と見られるようになった(もしくは、最初からそう見られていたがその念がいっそう強くなった)はずだということがうかがえる。

もうひとつ、RYUICHIの言葉を紹介しておきたい。ヴァラエティに富んだ出演ラインナップもこのフェスの大きな魅力のひとつだが、それについて彼は次のように語っていた。

「今回、ジャンルで区切ったら24色の色鉛筆みたいに全然色が違うように思えるアーティストにも来ていただくんですけど、多分、音楽に向き合ってる姿勢だったり、発言だったり、いろんなところでLUNA SEAの持ってるスピリチュアルなものと化学反応できる人たちというのが、このラインナップに名を連ねられている方々だと思うんです。そこを信じて作ってるイベントというか、そこにこのイベントの良さがあるはずなんですよね」──RYUICHI

さらに、同じことについてSUGIZOはこのように説明している。

「このアーティストが出たらみんなびっくりするだろうとか、意外性を求めてこの人たちに声を掛けようとか、そういった作為的なものは一切なくて。ホントに単純に自分がカッコいいと思えた人たち、シンパシーをおぼえた人たち、一緒にやったら感動的だろうなと思えた人たちが集まることになったというだけのことなんです」──SUGIZO

スピリチュアルな次元での化学反応と、不純な思いが混入していない、まじりけのないシンパシー。どちらも見きわめるのが難しいものだと思えるが、たとえば特定の音楽やアーティストに惹かれる理由が、雰囲気や匂いといった実体のないものだったり、世界観という説明不能なものだったりすることがあるのと同様に、また、それについて同じ何かを好きな者同士の間で“そうそう、わかるわかる”という会話が成り立つのと同じように、共通する何かを持ち合わせているアーティスト同士だからこそ無言のままでも伝わる、共鳴の以心伝心とでもいうべきものがきっとあるのだろう。
また、出演ラインナップの意外性という部分については、逆に、受け手側が何故それを感じてしまうのか、ということを考えてみたい。それを感じさせたのは、おそらくLUNA SEAやそのメンバーたちとの人脈的な繋がりがまったく見えなかったり、音楽的なジャンル感の部分で隔たりが大きかったりする場合ということになるだろう。たとえば3年前に初めてこのフェスが開催された際には、人脈的、系譜的にLUNA SEAにとって直接的先輩にあたるバンドたちが勢揃いしたうえで、彼らと同じ時代を生き抜いてきた世代や、後輩世代のバンドたちが出演者として名を連ねていた。それに対して今回の場合、ある意味例外的だったといえるYOSHIKIのソロ出演を除けば、明らかな先輩世代の出演者はLOUDNESSだけだったといえるし、しかも同バンドは音楽的にも人脈的にも彼らと直結しているとは見えにくい。が、それこそシンパシーやリスペクトといったものは、当然ながら異ジャンル間にもあるものだし、音楽性や活動領域の面での差異があるからこそ客観的に実感できる相手のすごさ、というのもあるはずなのだ。

今回の出演ラインナップが発表された時、前回のように直系的な先輩バンドの名前がずらりと並ぶことを期待した人たちが、ある種の落胆を感じたであろうことは想像に難くないし、人脈的/ジャンル感的にやや距離感のある出演アーティストに対して“なんであの人たちすら出ないのにその人たちが?”という疑問をおぼえる向きも少なからずあったに違いない。そこで僕がひとつ感じたのは、敬意や感謝の念というのは普段から口にしたり発信したりしておくべきなのだな、ということだ。

たとえば正直なところ、2日目にLUNACYの演奏終了直後に登場したTHE ORAL CIGARETTESがLUNA SEAと何かしらの縁のあるバンドだとは思っていなかった。が、その演奏中にスクリーンに大写しになった山中拓也(Vo)の表情が感慨深さゆえの涙に歪んだ泣き笑いになっていたことには驚かされたし、初日の最後を締め括るセッションの際、back numberの小島和也(B)が、まるで“夢が叶った!”と顔に書いてあるかのような喜びに満ちた表情をしていたのも印象的だった。LUNA SEAの影響下にあるミュージシャンたちがLUNA SEAと同じような系統の音楽を追求しているとは限らない、ということのわかりやすい好例だったように思う。そして、彼らのように音楽地図上でかならずしもLUNA SEAの近くにいるわけではないバンドがこの場に立つことになったのは、自らのLUNA SEAに対する愛情やリスペクトを公言し、発信してきたからこそであるはずなのだ。そうした想いを密かに抱いているだけでは、誰にも伝わらない。もちろん誰だって、それを伝えることを創作活動の目的としているわけではないはずだが、敢えて自分からそれを発信することにより、こうして夢が現実になったりすることがあるわけなのだ。

影響と愛着というのは、確かに同じものではない。たとえば欧米のミュージシャンの取材時に、音楽に夢中になった切っ掛けについて尋ねると、そのバンドの音楽性を問わず、KISSの名前にかなりの高確率で遭遇する。「ハロウィーンの時はジーン・シモンズの扮装をしたものさ」といった発言に出くわすこともよくある。すべてがデフォルメされて漫画的なわかりやすさのあるKISSは、後続世代の多くにとって音楽への入口、楽器を手に取る切っ掛けになっているのだ。ここ日本においては、LUNA SEAにも、それこそX JAPANにも同じようなところがある。ただ、同じ入口を通過してきた誰もが同じような音楽を志すようになるというわけではない。それこそKISSの場合、具体的な音楽性よりむしろイメージの部分、他とは違うやり方をする、という方法論の部分で影響を受けた人たちのなかには、本家とはまるで異なった音楽を追求している例も多い。LUNA SEAの影響を自認する人たちの場合もそれは同じだ。もちろんなかには、その音楽のなかに明らかに彼らから受け継いできた遺伝子をちりばめている人たちもいる。が、仮にその初期衝動の最初の現れが敬愛するバンドのコピー演奏という形だったとしても、いつしかその先輩と同様に、自分なりのオリジナリティとアイデンティティを求め、それを突き詰めていくようになるのがアーティスト/バンドというもの。しかもそうした人たちは、LUNA SEAに対する憧憬の念があるからこそ、彼らと同じことをやっていてはLUNA SEAには敵わないことを本能的に理解しているのだ。
LUNACYとLUNA SEAを別個にカウントすれば各日11組、2日間でのべ22組のライヴ・パフォーマンスを堪能することができた今回のフェス全体を見渡していて、もうひとつ考えさせられたのは、近年増加傾向にあるアーティスト主催型のフェスというものの可能性についてだ。誤解を恐れずに正直に白状しておくと、僕は、そもそもはこうしたフェスのあり方をあまり好ましく思っていなかった。というのも、ヘッドライナーを務めるアーティスト自身が、自らわざわざ自身の領域のようなものを設定し、その枠内での頂点といった立場を誇示するかのようなプレゼンテーションのあり方に、なんだかむしろ偏狭さというか“お山の大将”めいた匂いを感じてしまい、ある種の抵抗をおぼえていたのだ。だが、そうしたフェスも、主宰となるアーティスト自身の志の高さ次第では、そんな滑稽さというのは微塵も伴わない崇高なものになり得るのだと、改めて痛感させられた。そうしたことを初めて証明してみせたのがLUNA SEAだった、とまでは言わない。しかし、少なくとも彼らは、すでに世間一般に定着している大型フェスにはできないことをやってのけたように思う。

たとえば同じフェスに大黒摩季BRAHMAN、YOSHIKIとLOUDNESSが名を連ねるなどというのは、ありそうでなかったというよりも、誰もが勝手にあり得ないと決めつけていたことのように思える。そうした次元のことを、LUNA SEAが間に立つことによって可能にしてしまえるのだ。もちろん同じような“ちょっとした奇跡”は他にもたくさんあった。しかも国内で行なわれる洋楽系メタル・フェスにおいて、LOUDNESSがこれほどヘッドライナーに近い終盤に登場することは、不思議なことに過去にはほとんどなかった。少々皮肉めいた発言と受け止められてしまうかもしれないが、僕はLOUDNESSの出演枠が24日の最後から3組目だと知った時、初めて国内の大型フェスで彼らにきちんと敬意を表する出演順が与えられた、と感じさせられた。もちろん本来ならば、彼らがヘッドライナーを務めるフェスがあっていいはずなのだが。

いわゆる一般的大型フェスの場合、まずは集客を確実にするために動員力のあるヘッドライナーを獲得することが優先されることになる。しかもそれだけでは足りないから、ファン層の被りの少ないさまざまな領域のアーティストをブッキングしようということになる。すると、ヴァラエティに富んだおもちゃ箱的な楽しさは生まれてくるにしても、来場者の側は“全部しっかり観てやろう”といった気分にはなりにくくなるのではないかと思う。

もちろん<LUNATIC FEST.>においても集客は重要なテーマではあるはずだが、それ以上に重視されているはずなのは、それこそRYUICHIの言うような24色の色鉛筆のごとくさまざまなジャンルのアーティスト、話題性のある誰かを呼ぶこと以上に、LUNA SEAの美学を感じさせる出演者選びをすることであるはずだ。その、ひとつひとつの選択に、LUNA SEAの誰かの“このアーティストのライヴを自分たちのファンにも観て欲しい”という想いが確実に込められている。フェイヴァリット・バンドができた時にそのルーツを探りたくなるのと同じように、大好きなバンドが推薦するバンドのライヴ・パフォーマンスにはやはり実際に触れてみたい。主宰者と支持層の多くの間にそうした疎通があることにより、結果、音楽自体がないがしろにされずに済む。これはとても健全なことであるように、僕は思う。だからこそ僕は、このフェスを毎年開催して欲しいとまでは言わないから、長く続けていって欲しいと願っている。
ここでふたたびSUGIZOの言葉を引用したいのだが、彼は去る4月、以下のようにも発言している。

「形というのは、実はあまり重要ではなくて。そこを重んじるんではなく、自分たちの真意、アティテュードのレベルでの共鳴、生き方、音楽における哲学……そういうところで合致する人たちだけが集まることになる。ある意味、真意というところでは30年前のチャレンジ精神や、やらかしちゃった感というか(笑)、そういうものを大事にしているので。かつての形をなぞることというのは、姿勢としてそれとは真逆を意味することだから、そんなものは僕にとって新鮮でも神聖でもない。結局、守ろうという気持ちが一切ないのかもしれない。守ろうと思ってやるんじゃなく、今、自分がいちばんドキドキする、スリルを感じる、興奮する、ときめくことをやっていきたい。同時に、やっぱりこの年齢になってくると、責任感とか、音楽に貢献したい、奉仕したいという気持ちが強くなってくる。何故かというと、もうただただ感謝してるからなんです。だから、感謝の念ですべてができていると言っても過言ではない。アルバムも、フェスもね」──SUGIZO

音楽への感謝。それが『LUV』と<LUNATIC FEST.>の双方に共通する動機なのだ。しかも彼の発言からうかがえるのは、彼自身がバンド結成当時から変わることなく、今もなおスリルを求める遊び心を忘れていないということだ。それは当然、他のメンバーについても同じことだろう。

出演アーティストの顔ぶれではなく、何よりも自分たちのステージでビックリさせたいし、ドキドキさせたい。そうした意思も言葉の隙間から見え隠れする。たとえば両日のオープニング・アクトをLUNACYとして彼ら自身が務めるという大胆な趣向は、さすがにこのフェス自体も二回目の開催ということで、もはやいわゆるサプライズにはなり得にくい。しかしそれでも観ていて興奮させられたのは、SUGIZOや真矢がタイムマシーンで過去に戻ったかのような出で立ちでステージに登場したからではなく、今現在の彼らが体現するLUNACYのステージに、少年期に初めてライヴハウスに迷い込んだ時のような禁断の匂いを感じさせられたからだ。5人がただ単に過去を再現しようとするのではなく、成熟を遂げたLUNA SEAとしての説得力を裏付けとしながら、LUNACYの刺々しく神秘的な混沌を描いてみせていたからだ。そこに僕は、音楽の魔法を感じ、バンドというものだけが操り得るマジックの凄まじさを見た思いがした。そして、これは2018年だからこそ味わうことができるものなのだという事実の重さを改めて思い知らされた。

もちろんLUNA SEAのステージにも同じことがいえる。そこでやはり特筆すべきなのは、『LUV』という最新アルバムの恐ろしいほどの奥深さだろう。ことにライヴで聴くたびに鳥肌が立つ「闇火」の強烈さにはいっそうの磨きがかかっていて、本当に絶句させられる。初日のオープニングが同作からの「Hold You Down」だった事実も、このアルバムと<LUNATIC FEST.>の根底に脈打つ彼らの想いが共通性の強いものであることを、ごく自然に示唆していたように思う。

LUNACYとLUNA SEA以外の出演者のステージについてほとんど記述せずにきたが、ひとことで総括的に言うならば、良くないライヴはひとつもなかったように僕は思う。もちろん僕自身にも嗜好というものがあるし、各出演者との距離感にもそれぞれ違いがある。これまで確実に100回以上ライヴに足を運んできたバンドもあれば、初めて生で観る人たちもいた。が、各出演者のライヴに共通していたのは、やはり主宰たるLUNA SEAのそれを鏡で映したかのような真摯さであり、ある種のストイックさだった。

フェスという場だからこその特別なメニューを組む人たちもいれば、SIDやlynch.のようにLUNA SEAの楽曲を、敬意を込めながらファン気質丸出しでカヴァーしてみせた出演者もいた。どんなフェスに登場する際にも、その場の色に自分たちを合わせようとはしないDIR EN GREYの唯一無二感にもさらに拍車がかかっているように思えたし、同様のことをAA=についても感じた。The BONEZの“バンド力”はさらに強力さを増していたし、いつ、どんな場所でも確実に自分たちの音を出し、誰よりも強靭なサウンドと無駄のない正確無比な演奏で圧倒するLOUDNESSのステージ運びには、海外でのフェス経験豊富さゆえの百戦錬磨ぶりを感じさせられた。また、初めて観たGLIM SPANKYについては、転換時のサウンド・チェック際にマイクを通して松尾レミの喋る声が聴こえただけで「すごい!」と声をあげてしまいそうになったし、彼らがSUGIZOをスペシャル・ゲストに招きながら披露した「愚か者たち」は、このフェス全体を通じてのベスト・パフォーマンスのひとつだったように思える。
各出演者のライヴ・パフォーマンスにについて触れていこうとすると、いつまでたっても終わりそうにないので、このあたりで本稿を閉じることにするが、少なくとも“もう二度と観なくていいや”などと思うようなライヴがひとつもなかったことは間違いない。LUNA SEAの面々は幾度も他のアーティストのステージへの飛び入りで沸かせたし、両日とも最後の最後は出演者が入り混じっての一大セッションとなったが、そうしたお祭り感を素直に楽しむことができたのは、両日とも開演からそこに至るまでの時間の流れを、退屈とも軽薄な娯楽感とも無縁な状態で過ごすことができたからこそだと言っていい。そんな素晴らしい2日間を過ごさせてくれたLUNA SEAとすべての出演者たちに、僕からもこの場を借りて感謝と敬意の意を表しておきたい。そして、<LUNATIC FEST.>の名のもとに、次にどんなことが起きるのかを楽しみにしていたい。

改めて考えてみれば、3年前にこのフェスが初めて具現化された際、その青写真を作っていく段階では往年の<エクスタシーサミット>や<L.S.B>といった前例が少なからずヒントになっていたはずだし、まるで両者が合体したかのようなニュアンスも感じられたものだ。そうした意味においては、あの時点でのLUNA SEAは完全にオリジナルなものを生み出してはいなかったのかもしれない。しかし2018年、この<LUNATIC FEST.>は、わずか二回目の開催にして、確実なアイデンティティを持つようになっていたように思う。これから先、時代が変わり続けていくなかで、この祭典自体もまた形や趣向を変えていくことになるのかもしれない。ただ、仮に時流とともに音楽というもの自体の意味や価値に変化が生じてしまうようなことがあたっとしても、この場から愛と狂気、そして感謝の念が失われてしまうことは、絶対にないはずだと断言しておきたい。

取材・文◎増田勇一
■<LUNATIC FEST. 2018>初日 / 2018年6月23日(土)@千葉・幕張メッセSETLIST

【LUNACY】
01. SHADE
02. SYMPTOM
03. NIGHTMARE
coldrain
01. TO BE ALIVE
02. ENVY
03. 24-7
04. GONE
05. NO ESCAPE
06. THE REVERATION
女王蜂
01. 金星
02. ヴィーナス
03. 売春
04. デスコ
05. HALF
06. 告げ口
【The BONEZ】
01. Until you wake up
02. Bird〜people with wrings〜
03. Rude Boy
04. Hey, You
05. SUNTOWN
06. Thread & Needle
ACE OF SPADES
01. WILD TRIBE
02. TIME FILES
03. Looking for
04. Louder
05. SIN
06. JUST LIKE HEAVEN
【back number】
01. 青い春
02. MOTTO
03. クリスマスソング
04. 瞬き
05. SISTER
06. 高嶺の花子さん
【GLIM SPANKY】
01. アイスタンドアローン
02. END ROLL
03. 怒りをくれよ
04. 闇に目を凝らせば
05. 愚か者たち
06. 大人になったら
【SID】
01. 青
02. V.I.P
03. I for You
04. 嘘
05. 夏恋
06. one way
07. 眩暈
【DIR EN GREY】
01. 人間を被る
02. Sustain the untruth
03. THE FINAL
04. audience KILLER LOOP
05. 新曲
06. 孤独に死す、故に孤独。
07. VINUSHKA
08. 詩踏み
GLAY
01. サバイバル
02. coyote,colored darkness
03. VERB
04. HOWEVER
05. BELOVED
06. シン・ゾンビ
07. COME ON!!
08. SHUTTER SPEEDSのテーマ
09. 彼女の"Modern・・・
10. 誘惑
11. XYZ
【LUNA SEA】
01. Hold You Down
02. TONIGHT
03. Dejavu
04. JESUS
05. Rouge
06. gravity
07. 闇火
08. I for You
09. DESIRE
10. TIME IS DEAD
11. ROSIER
12. WISH
encore
en1. BELIEVE(Session)


■<LUNATIC FEST. 2018>2日目 / 2018年6月24日(日)@千葉・幕張メッセSETLIST

【LUNACY】
01. CHESS
02. SUSPICIOUS
03. SEARCH FOR REASON
【THE ORAL CIGARETTES】
01. カンタンナコト
02. CATCH ME
03. トナリアウ
04. 容姿端麗な嘘
05. 狂乱 Hey Kids!!
06. BLACK MEMORY
OLDCODEX
01. Feed A
02. Driedup Youthful Fame
03. Deal with
04. Eyes in chase
05. HEAVEN
06. Growth Arrow
【lynch.】
01. EVOKE
02. SLAVE (LUNA SEA cover)
03. TRIGGER feat.J
04. GALLOWS
05. pulse_
06. CREATURE
MUCC
01. TIMER
02. G.G
03. KILLER
04. ハイデ
05. 蘭鋳
06. 生と死と君
【大黒摩季】
01. 熱くなれ
02. チョット
03. あなただけ見つめてる
04. 永遠の夢に向かって
05. Because...you
06. 夏が来る
07. いちばん近くにいてね
08. Anything Goes!!
09. ら・ら・ら
【AA=】
01. 無題
02. 2010 DIGitoTALism
03. posi-JUMPER
04. GREED . . .
05. Such a beautifl plastic world!!!
07. The Klock
08. FREEDOM
【BRAHMAN】
01. 初期衝動
02. 賽の河原
03. SEE OFF
04. BEYOND THE MOUNTAIN
05. AFTER-SENSATION
06. 雷同
07. ANSWER FOR…
08. 警醒
09. 鼎の問
10. 満月の夕
11. 真善美
【LOUDNESS】
01. SOUL ON FIRE
02. I'M STILL ALIVE
03. CRAZY NIGHT
04. BLACK WINDOW
05. IN THE MIRROR
06. CRAZY DOCTOR
07. S.D.I
【YOSHIKI】
01. MOONLIGHT SONATA
〜YOSHIKI / HIDE talk video〜
02. HURRYGO ROUND
03. SAY ANYTHING
04. MIRACLE
05. KURENAI
06. X
07. WITHOUT YOU
08. ART OF LIFE
09. ENDLESS RAIN
【LUNA SEA】
1. LOVELESS
2. ROSIER
3. Dejavu
4. 誓い文
5. Sweetest Coma Again
6. IN SILENCE
7. Providence
8. I for You
9. BLACK AND BLUE
10. PRECIOS...
11. TONIGHT
12. WISH
encore
en1. STORM(Session)


■<LUNATIC X’MAS 2018 -Introduction to the 30th Anniversary->
▼<IMAGE or REAL>
2018年12月22日(土) さいたまスーパーアリーナ
開場15:30 / 開演 17:00
▼<SEARCH FOR MY EDEN>
2018年12月23日(日) さいたまスーパーアリーナ
開場14:30 / 開演 16:00
【オフィシャルファンクラブ先行受付中】
・SLAVE VIP シート ¥50,000 (税込) ※一般発売はございません。
・SLAVEシート ¥21,600 (税込) ※一般発売はございません。
・指定席 ¥9,800 (税込)
・ファミリーシート 大人¥9,800 (税込) 高校生以下¥2,200 (税込)
※3歳以上有料
※チケット一般発売:10月27日(土) AM 10:00より
(問)キョードー東京 0570-550-799(平日11時~18時/土日祝10時〜18時)

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