パスピエ『カムフラージュ』2018年の
ニューウェーブとイイ女

パスピエ『カムフラージュ』2018年のニ
ューウェーブとイイ女

2018年5月13日に神奈川・川崎CLUB CITTA’でスタートしたパスピエの全国ツアー『パスピエ TOUR2018“カムフラージュ”』が7月15日、愛知・NAGOYA QUATTROにてファイナルを迎えた。本ツアーは全国15都市で計21公演開催され、パスピエにとってはキャリア最多となる。6月9日の福岡公演からは各都市ごとに「ネオン編」「虎編」と銘打たれた2days公演となり、それぞれ異なるセットリストで行われた。本記事では、7月6日に東京・EX THEATER ROPPONGIにて開催された「虎編」の模様をレポートする。


Photography_Yosuke Torii
Text_Sotaro Yamada


まるでアンコールの続きのように

赤と青に光るネオンの虎が後方に構えるステージに、大胡田なつき(Vo.)、成田ハネダ(Key.)、三澤勝洸(Gt.)、露崎嘉邦(Ba.)、そしてサポートメンバーの佐藤謙介(Dr.)が現れると、大きな歓声が起きる。ステージに青い照明が差し、ライブは『トビウオ』で鮮やかにスタートした。いきなり手拍子が起きるなか、『Matinée』などミニアルバム『ネオンと虎』の収録曲に『とおりゃんせ』『永すぎた春』といった人気曲を挟みながらライブは進んでいく。「ネオン編」「虎編」の2days公演ということで、パスピエは1日前の同じ時間に同じ場所でライブをしているわけだが、「見える景色も、曲が始まった時の雰囲気も全然違う。とっても新鮮な気持ち」と大胡田は言う。

前日の「ネオン編」から2日連続で来ていたオーディエンスもかなり多かったようで、序盤から、ちょうど昨日うまれたばかりの「イイ女ー!」という、大胡田に対するあらたな掛け声がフロアからひっきりなしに飛んでいた。「虎編」東京公演は、「ネオン編」の興奮さめやらぬまま、まるで昨日のアンコールの続きから始まったようなライブになった。

興奮しているのはオーディエンスだけではない。『つくり囃子』では、露崎の激しいスラップが炸裂。どれほどの激しさかといえば、たとえば演奏中に靴が片方脱げてしまうほど。このことを大胡田に突っ込まれると、露崎は「俺の足さばきに耐えられる靴ではなかった」と見事な返しでオーディエンスを沸かせ、さらにアドリブでベースソロまで披露した。
(露崎嘉邦)

この日の露崎は、率直に言って、かなりノッていた(大胡田ふうに言うと「露さんは何か言うと調子に乗る」)。何度も主役になる場面があり、演奏する彼を見て彼のベースを聴いていれば、それだけで何杯でも良い酒が飲めそうだった。

また、三澤のギターも強い存在感を放っていた。男らしさを感じさせるギターソロ、楽曲に強いグルーヴを与えるカッティング。しなやかな力強さと、時には前に出て激しく演奏する姿。それらと対比するような柔らかい笑顔。三澤が演奏する姿からは、良い意味での余裕や自信が感じられる。パスピエはニューウェーブを出自としていることもあって、その楽曲にはシンセサイザーと歌声に注目が集まりやすかった。しかしもうひとつ、彼らにはプログレという出自もあり、その部分の多くは三澤が担っていると考えられる。ギターという点に絞ってパスピエの楽曲を新旧問わず聴いてみると、まだまだ新たな発見が得られそうだ。
(三澤勝洸)

2018年のニューウェーブ

(パスピエ『ネオンと虎』MV)
(パスピエ『マッカメッカ』MV)

パスピエにとって原点回帰と言えるストレートなニューウェーブの『ネオンと虎』、そして真っ赤な照明のなかで演奏された『マッカメッカ』は、現時点における彼らの到達点であり、本ライブのハイライトのひとつでもあった。ニューウェーブは1960年代や1970年代頃にかけて起きた音楽のあたらしい潮流のひとつと言われているが、パスピエはそれを2010年代版にアップデートし、言葉の本当の意味でのニューウェーブ=新しい波を起こしつつあるのかもしれない。

ライブは中盤も良い雰囲気で進んでいった。曲と曲のあいまでは、フロアからメンバーの名前を呼ぶ声が飛び交う。普通、ロックバンドの人気は、ボーカリストかリーダーに集中するものだ。もちろんパスピエの場合も、初期はバンドの顔となる大胡田と成田の人気が高かっただろう。しかしこの日は、「なっちゃーん!」「ナリハネー!」といった声に混じって、三澤、露崎、そしてサポートメンバーにしてすでに正規メンバーの風格を漂わせる佐藤の名前が同じくらい飛び交っていた。特に、場が一瞬静まったあとは図ったように「ミサワ〜!」という低い声が聞こえ、そのたびに笑いが起きた。「ミサワ〜!」がいかに愛されているかがよくわかる場面であり、バンドとオーディエンスの関係が幸福なものであることを示す一例だった。
ライブ後半では、『あかつき』『裏の裏』とポップでひらけた曲で一体感をつくり、『オレンジ』では新しいファンク・ディスコチューンでいわゆる“邦ロック”的ではないノリに導く。この日は通して露崎と三澤がクオリティの高いパフォーマンスを見せていたが、ここでも、やはり露崎の跳ねたベースと三澤のストイックなカッティングギターが強い印象を残す。ファンクとディスコもパスピエの手にかかれば、プログレ的な展開を経て、最後にはオーディエンスが左右に手を振るハッピーソングになるから不思議だ。

圧倒的なパフォーマンスと、終わること
のない拍手

ところで、パスピエの音楽を形容する際、変化球という言葉がしばしば使われる。

たしかに、あらゆる角度から入ってくるという意味で彼らの音楽は変化球かもしれないが、すべての球が最終的にはミットのど真ん中におさまるようにできているため、曲を聴いたあとの余韻としては、質の良いストレートをズバッと決められたような快感が残る。

様々な角度から複雑に変化することと、それらがど真ん中にストレートを投げられたような快感へと変わること。それこそがパスピエのポップさであり彼らの独自性なわけだが、そのことを極端にあらわした1曲が『オレンジ』という曲なのかもしれない。『オレンジ』後半の多幸感は、音源で聴くよりもライブで見た方が何倍にも増幅する。

もうひとつ、ライブならではという面では、成田のコーラスの美しさと、彼の声が大胡田の声とユニゾンした時の美しさも特筆すべきだろう。というか、大胡田の裏で鳴っているコーラスが成田のものであるとは、音源を聴いただけではわからないのではないだろうか? それほど成田のコーラスは繊細だ。必要最小限で大胡田の声の魅力を最大化しているため、注意深く聴かないと、コーラスではなく大胡田の声にエフェクトがかかっているだけだと錯覚してしまう。

それがライブだとユニゾンになり、楽曲が持つメロディの美しさを増幅させる。成田はコーラスで何種類もの声を使い分けているので、彼のコーラスの変化に集中するのもパスピエの楽しみ方としてはおすすめだ。

本編ラストは、アルバム『ネオンと虎』でも最後に置かれた『恐るべき真実』。成田によれば、この曲は「ピアノで弾いた時の着想をそのままバンドに広げるようなイメージ(インタビュー:『ネオンと虎』にはパスピエの歴史がまるまる詰まっている)」でつくったそうで、クラシックとプログレを掛け合わせたような壮大な展開が持ち味。鍵盤はかなり難易度が高そうだが、この曲の作者は流れる水のような指遣いで、いとも簡単そうに、かつ情熱を込めて演奏する。「恐るべき」は彼の演奏そのものではないのか。そう思わせるにじゅうぶんな迫力だった。ステージを支配しているのは間違いなく成田。彼を観てキーボーディストを目指すロック少年は、これからもっともっと増えるだろう。
(成田ハネダ)

アンコールでは『MATATABISTEP』と『最終電車』でカタルシスを誘う。そのカタルシスは、2曲が終わりメンバーが捌けても消えることがない。

客電が点き、BGMが流れても、フロアの拍手は鳴り止まない。帰ろうとする人もいない。急遽、予定にはなかった2回目のアンコールが行われた。ダブルアンコールは『S.S』。この日いちばんの歓声に包まれ、強烈なグルーヴのなか、ライブは幕を降ろすも、フロアはしばらくざわついていた。

圧倒的なものを見た時、人はそれにうまく反応できない。

生身の人間として存在しているパスピエ

(大胡田なつき)

アンコール時、シルバーのスカートと白いTシャツに着替えて再登場した大胡田に対しては、客席から「エロいー!」という声が飛んだ。その声に対する大胡田の反応をそのまま引用すれば「そういう感想があってもいい」わけだし、その通りなのだが、このシンプルなオーディエンスの反応、あながちただの軽口ではない気がする。

今さらではあるが、メンバーの顔出しや脱退を経てパスピエは新体制となり、明らかにリスナーとの距離がより近くなった。デビュー当時はある意味で二次元的な売り出し方をしていたが、「生っぽさ」が付与されたことで、よりバンドの人間らしい部分が際立つようになった。以前、大胡田はインタビューでこう語っている。

自分の人間らしさも出していきたいと思うようになって。人間性がわかった方が言葉に重みが出ると思うし、自分の言葉や表現により責任を持ちたいと思うようになったんです。 (『パスピエ ・大胡田なつき 私をつくる文学とアートと恋 この3冊』より)

引用したのは2017年11月の発言だが、それから半年と少しの時間を経て、大胡田の言葉通りにバンドは変化しつつあるように見える。彼女に対して「エロいー!」という生々しい声が飛んだこと、あるいは、「ネオン編」で生まれたあたらしい掛け声「イイ女ー!」がすでに定着しつつあることは、「生身の人間として存在しているわたし」が伝わりつつある証拠だと考えることもできる。それはつまり、バンドの表現がより豊かになったことを示していると言えるだろう。

結論。今のパスピエ 、すごく良い。

最後に語彙力が失われたが、言い訳はすでに前の段に書いた。

「圧倒的なものを見た時、人はそれにうまく反応できない」。
■パスピエ「パスピエ TOUR 2018 “カムフラージュ”」

07月05日(木) 東京 / EX THEATER ROPPONGI -ネオン編-

01.ネオンと虎
02.トロイメライ
03.アンサー
04.メーデー
05.スーパーカー
06.Matinée
07.プラスティックガール
08.かくれんぼ
09.(dis)communication
10.トビウオ
11.YES/NO
12.MATATABISTEP
13.マッカメッカ
14.オレンジ
15.ハイパーリアリスト
16.ワールドエンド
17.トキノワ
18.恐るべき真実

<アンコール>
01.シネマ
02.チャイナタウン

07月06日(金) 東京 / EX THEATER ROPPONGI -虎編-

01.トビウオ
02.贅沢ないいわけ
03.Matinee
04.とおりゃんせ
05.永すぎた春
06.つくり囃子
07.気象予報士の憂鬱
08.かくれんぼ
09.ネオンと虎
10.やまない声
11.はいからさん
12.音の鳴る方へ
13.マッカメッカ
14.あかつき
15.裏の裏
16.オレンジ
17.正しいままではいられない
18.恐るべき真実

<アンコール>
01.MATATABISTEP
02.最終電車
03.S.S
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パスピエ『カムフラージュ』2018年のニューウェーブとイイ女はミーティア(MEETIA)で公開された投稿です。

ミーティア

「Music meets City Culture.」を合言葉に、街(シティ)で起こるあんなことやこんなことを切り取るWEBマガジン。シティカルチャーの住人であるミーティア編集部が「そこに音楽があるならば」な目線でオリジナル記事を毎日発信中。さらに「音楽」をテーマに個性豊かな漫画家による作品も連載中。

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