松本を拠点に活動するTCアルプ『土砂
降りボードビル』リニューアル公演で
13日公演・15ステージに挑戦!

 まつもと市民芸術館・串田和美芸術監督のもと、長野県松本市を拠点として演劇活動をしているTCアルプ。東京から移り住んだり、地元から参加したり、人数も増えたり減ったりしながらも、その活動は10年を超えた。そんな彼らが、13日間・15ステージという長期公演にチャレンジする。串田監督をはじめ加藤直、白井晃、木内宏昌、小川絵梨子というビッグネームの演出を受けてきた役者集団の彼らだが、自分たちで物語の種を生み出し、育て、間引きもし、さらに育てているのが『土砂降りボードビル』。昨秋に初演したオムニバス形式の作品だが、物語の半分を入れ替えて2018年版として上演する。彼らはどんな実りの秋を迎えるのか(楽日が来てもまだ夏だけど)。
【動画】土砂降りボードビル プロモーション映像

 13日間・15回公演。それが長いか短いかと言えば、松本においてはずいぶん長いかもしれない。7月9日=初日はプレビュー公演で、終演後にお客さんの意見を聞き、それらも参考にしつつ翌日に手直しを行ったあと、11日から本番を迎える。
 普段はフリースペースとして多目的に利用される空間を長期間借り切って、稽古をしながら電源を引いたり照明を吊ったり、徐々に劇場に仕立て上げていく。通りを行く人びとが時おり足を止めて覗いていく。勇気を振り絞って入ってくる人もいる。3組に分かれてそれぞれの物語の稽古をしている中から、ふとした仕草が串田さんのそれとそっくりな武居卓を捕まえて話を聞いた。
 TCアルプが結成されたのは2007年。串田さんが教べんを執っていた日大芸術学部の学生や、松本で開催したワークショップに参加した地元の俳優らが集った。当時は、まつもと市民芸術館レジデントカンパニーを名乗っていた。僕自身も彼らと接して10年近くなる。当初は「東京の若手劇団に比べて甘ちゃんだなあ」などと偉そうに思ったものだ。劇場のスタッフとしてよくケツも叩いた。よくよく考えれば大学を出たばかりで、右も左もわからない地方にやってきて役者をやろうというのだから彼らも不安だったろう。東京のように演じる仕事がそうそうあるわけもなく、きっと目標も持ちにくかったはずだ。人数が増えたかと思うと減ったりして、もはやこれまでかという時期もなくはなかった。けれど松本までやってきた彼らの腹のくくり方は、それなりに強靭だった。いつしか町になじみ、ファンもできた。いちばん「すごい」と思うのは役者としての機動力だ。さすが、串田さんの弟子たち、脚本などなくても、自分たちでどんどん創作のためのアイデアを生み出していく。よその集団と並んだときに、それは際立って見える。役者としての地力もついて、ここ数年は松本だけでなく、県外に飛び出していってもよいのではないかと感じたりもしていた。新たに入団を希望する人もちらほら。彼らを通して東京ではないところで演劇に取り組みことに、何か魅力を感じるのかもしれない。
武居卓
 たぶん、彼らにとって大きな刺激になったのが、まつもと市民芸術館が主催した2017年のシアターキャンプではないか。「スポーツ選手たちがシーズンオフに丁寧に基礎トレーニングに励むように、俳優たちの基盤となるもの、あるいは演技の本質を見つけるためのぜいたくな時間。互いに刺激し合い、共に新しい演劇を作っていく同志たちとの出会いを期待している」と串田監督はコメントしていた。約3週間、松本市内を中心に長野県内各所を回って合宿形式でさまざまなワークショップを行った。串田、加藤直、木内宏昌、長塚圭史、白神ももこ、杉原邦生というメンバーが講師だったが、何かを教えてくれるわけではなく、講師と参加者が演劇について一緒に考え、意見を交わす時間だった。参加者でありながら、作品を仕上げるわけでもないこの時間に対するみんなの不安を払拭したり、串田さんの考えを率先して体現していくファシリテーター的な役割もあった彼らには、同世代の演劇人と触れ合う中で「なめられちゃいけない」という思いも湧いていたらしい。彼らにとってはきっと同世代の役者たちと出会い、ひたすら共同作業する日々は刺激的だったのではないか。まあそれもこれも僕の妄想なのだが。そんな時間を経て、シアターキャンプでスカウトしたメンバーとともに、役者だけでああでもない、こうでもないとエチュードを繰り返して創り上げたのが2017年10、11月に上演された『土砂降りボードビル』だった。
 「初演のときは大げさではなく、みんなで100話くらいはつくって発表したと思うんですよ。たとえば今回も5行くらいの短い設定を考えてきて、役柄のカードをつくって、それを引いて相手役が決まったら、あとは稽古場で膨らませていくという。それをみんなが見て意見を言い合うんですけど、1時間以上もかかったり、それぞれがバラバラな感想を言うものだから最終的にはアイデアを考えた人間が自分で考えて選ぶしかないんです。もちろんアイデアに合ったキャスティングになる場合もありますが、生き残ったアイデアを出した人間が出演することが多いので、出番の数に差が出てきています。そして前回は言わずとも作品のために、全体のためにという感じだったのですが、今回はそれぞれが役者としての主張をしている。だからギリギリまで新しい物語を提案したり、勝負させてくれと譲らなかったり。これが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが(笑)みんなそれだけ真剣なんですね。こんなふうにとても効率の悪い作業をしているんですけど、僕らは作家でも演出家でもありませんから、上手にまとめようとは思っていないんです。初演はタイトルに引っ張られて“雨”というキーワードにこだわり過ぎたんですけど、プレビューでお客さんと話したときに、僕らがやりたいことは、そうやって小さくきれいにまとまることじゃないんだと改めて確認できたんです」
 娘が務める銀行に過去から彼女と同い年のお父さんがやってきて、お前を産むためにお金を貸してほしいと懇願する話。喫茶店で話し込むカップルの、無職の男が「自分はここで待っていたのか待たされていたのか」と「もう何かをさせられる人生は嫌なんだ」と主張する話。美しい未亡人に向かって「明日、地球が滅ぶから僕はあなたを抱きしめたいんだ」と話し始める冴えない学者の話。これらいくつかの物語が初演から引き継がれ、新作を含め全部で8、9話が披露される。可笑しいけれど、そこはかとなく悲しさも漂う物語を終えると、ゲスト二人を含む8人の役者たちは、交代しながら客席から見える位置で照明や音響も担当する。それさえも演劇という虚構と現実のはざまの面白さを伝えているように見える。
『土砂降りボードビル』(2017) 撮影:ホンダアヤノ
『土砂降りボードビル』(2017) 撮影:ホンダアヤノ
 「こういう小さな空間で公演をやろうと決めたのも、僕らは串田さんが率いたオンシアター自由劇場への憧れがあるからなんです。串田さんから『上海バンスキング』が伝説になった話をよく聞きますけど、僕らはそれをリアルタイムで体験してないじゃないですか。最初は本当にちょっとしかお客さんがいなかったんだよ、だけど日に日に増えて最後のほうは満杯になったんだよって聞いても、あえてドラマチックに聞こえるように大げさに話しているんじゃないか、そんなことないでしょうという疑念もあって(笑)。だったらそういうことを自分たちでやってみよう、公演を重ねるたびに公演日数がだんだん増えていくということにもチャレンジしようと思って、街中の劇場ではない空間を選んでみました」
 実は串田さんもTCアルプの劇団員なのだと常々主張している。そんな串田さんが参加していないことを悔しがるような公演にするのが彼らがまずは目指すところ。最近は東京や大阪から彼らの芝居を見にきてくれたり、マスコミ関係者ものぞきに来てくれたりもしている。ようやく、届くべきところに彼らのことが伝わり初めてのかもしれない。やっぱり10年という時間はそれなりに必要だし、重みのあるものになっている気がする。
2018年『土砂降りボードビル』の出演者たち
取材・文:いまいこういち

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