篠原涼子×佐藤隆太が心を揺さぶるよ
うな愛を描く 舞台『アンナ・クリス
ティ』稽古場レポート

2018年7月13日(金)から、東京・よみうり大手町ホールにて、ノーベル賞作家のユージン・オニール作、栗山民也演出の舞台『アンナ・クリスティ』が上演される。本作は1921年に書かれたオニールの初期作品で、ピューリッツァー賞を受賞した傑作戯曲。1930年にはアメリカにて映画化、ハリウッドの名女優グレタ・ガルボが主演したことで世界的に知られる作品となった。
今回日本で上演するにあたり、主人公アンナ役を篠原涼子が、アンナに一目惚れする海の男マット役を佐藤隆太が務めることとなった。本番間近の稽古場の模様をレポートする。
稽古場には酒場と思われるセットが組まれており、その床が前方の方に少しせり出した形となっていた。何故このような形の床となっているかは、後程明らかになる。
舞台奥にはバーカウンターがあり、手前のエリアにはテーブルと椅子のセットがいくつか設置されている。また、店の中ほどには太い柱が左右にあり、その2本の柱の上を船着き場で見かけるような太めのロープが渡されていた。
この日、実際の衣裳を着用した状態で通し稽古をするという。栗山が演出卓に座り、スタッフが「まもなく開始します」との声でキャストがそれぞれの持ち場につく。水を打ったような静けさの中、これから始まる物語の世界に誘うように遠くから波の音が聞こえてくる。
まずはニューヨークのサウス通り近くの酒場の場面から。海で働く労働者たちが集うこの店に、たかお鷹が演じる石炭船の船長クリスがやってくる。酔いどれてご機嫌な状態が大声かつ音程の外れた歌声から十分伝わってくる。口やかましいがどこか憎めない老船長、というキャラクターをたかおが愛嬌たっぷりに演じていた。
そのクリスと船で一緒に暮らしていた女性マーシーを演じるのは立石涼子。他の演者が薄汚れた労働者の服をまとう中、マーシーは賑やかな色合いの服とやかましい酒ヤケ声で舞台上に強烈なインパクトを放つ。一見ワガママにも見えるが、一方で相手の心情を先読みできる洞察力の良さと懐の深さを感じさせるマーシー。立石の演技の幅の広さに思わず拍手を送りたくなる。
15年間離れて暮らしていた娘のアンナがなんとこの街にやってくると知り、酔いを冷ましに店外に出るクリス。その間、一人の若い女性が店に現れる。ドスンと床に置いた使い込まれた大きなトランクと、顔が隠れるくらいつばの大きな帽子、よれよれのコート姿で疲れ果てたように椅子に座る。それがクリスの娘アンナであることは明らかだった。
アンナ役の篠原は、最初は誰にも話しかけてほしくない、と言いたげに目線は常に斜め下を虚ろに見つめ、見えない壁を作っていた。今回、20歳のアンナ役を同年代の女優ではなく、あえて年上の篠原が演じることとなったが、過酷な人生を経て必要以上に大人になってしまったアンナという女性を演じるには、女性としてのキャリアがある程度必要なのかもしれない。それでいて、若き女性を演じて違和感がない……という難しい条件をクリアできたのが篠原涼子という存在だったのだろう。
話を元に戻そう。マーシーが「見えない壁」を少しずつ崩していくと、辛そうに、でも誰かに打ち明けたかったのか、徐々にこれまでの自分の人生を語り出すアンナ。「男なんて皆、大っ嫌い!」とオブラートに包むことなく吐き捨てる姿に、アンナがまだ20歳の娘である事を感じさせた。部屋の中をあちらこちらとうろつき、時々ため息をついては壁にもたれかかり、また椅子に座りこむ。その姿から心身共に傷ついている事が痛いくらい伝わってきた。
父クリスと再会を果たしたアンナ。15年も会っていなければ実の父でもアンナから見れば嫌悪する男と言う生き物。クリスが娘に親としての愛情を注ごうとするが、まだ素直にすべてを受け止められないアンナ。わずかな感情のずれを篠原がとたかおが丁寧に演じていた。
突然、舞台上が嵐に遭遇した船の上へと変わる。船員たちが大波と闘うも甲板から放り出されそうになる……という動きをしながらそれまでの酒場のセットを見る見るうちに片付けていく様は必見。言葉で説明すると当たり前の事のように感じるかもしれないが、盆舞台や紗幕を使わずとも、物語の流れを壊さず、鮮やかに場面転換することは可能である……その見本を見せつけられたようだった。
嵐が去ると、舞台はクリスの石炭船の甲板となり、冒頭に触れた床の形が船の輪郭を成していたことに気がついた。
アンナが船上の暮らしに慣れてきた頃、クリスの船が一艘の難破船を救助する。そこにはアイルランド人の火夫、マット(佐藤)が乗っていた。アンナと出会い、マットは一目で恋に落ちる。今までに出会ったことがないタイプの女性にどう接すればいいか分からないと口にする一方で、抑えきれない熱い想いをぶつけていくマット。佐藤はその大きな身体を小さくかがめ、アンナを演じる篠原と同じ目の高さになり、時にはさらに低い位置から見上げるように見つめ、この想いが偽りないものであると必死で伝えようとしていた。
男性に嫌悪感を抱くアンナはマットと一定の距離を置きながら言葉を交わしていたが、その距離は徐々に近くなり、最後は自らマットに肩を貸すようになる。心の揺れ動きを身体や顔の向き、台詞の間の取り方などで繊細に表していく篠原と佐藤。二人がよりリアルな男女の姿を描けるようにと演出をつけていった栗山の影を色濃く感じさせていた。
この後、アンナが隠していた真実を告げる大事な場面がある。話したくなかった心の傷を自らえぐるように語るアンナ。またその言葉を受けてマットの心にどのような波風が立つのか。篠原と佐藤の魂のぶつかり合いを是非劇場で体感してほしい。
取材・文=こむらさき

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