“大人可愛い”ダンスで誘う「秘密の
旅」 音楽家・コシミハルが贈るバレ
エ特別公演の見どころとは

“大人可愛い”をコンセプトに観客を「秘密の旅」へ誘う、コシミハルが贈るバレエ特別公演が7月18〜19日に開催となる。本特別公演「フォリー・バレリーヌ『秘密の旅』」は、幅広い世代を対象にバレエ鑑賞普及啓発の一助となすことを目的として企画・制作されており、開幕に先立ってコシミハルが作り上げる世界観と公演の見所が公開された。

■パリの華麗なミュージックホールのイメージ
 数百年にわたって人々を惹きつけるクラシック・バレエのエネルギーは、伝統に各時代の香りを加えて育まれます。名門パリ・オペラ座バレエ団でも、新たな試みがレパートリーを耕してきました。一例をあげるなら、2007年にドイツから現代舞踊の振付家サシャ・ヴァルツを招いたベルリオーズ作曲『ロミオとジュリエット』。大きな装置が動く舞台は、クラシックとコンテンポラリー・アートと歌劇が融け合い、見ごたえも聞きごたえも充分でした。現在の芸術監督オレリー・デュポンが初演で主役を務めた同作は、今春も上演されます。
コシミハル
 2018年7月に渋谷で始まる「フォリー・バレリーヌ」シリーズにも、未知の花が咲く可能性が宿ります。複数のカンパニーからバレリーナ8人が集う、シリーズ第一弾『秘密の旅』の芸術監督は音楽家のコシミハル。
 この就任を知ったとき脳裏に浮かんだのは、90年代後半からコシミハルが演出と振付を担った「ミュージックホール」。音楽家とダンサーによる蠱惑的(こわくてき)な舞台です。聴きなれた曲がコシミハルの歌と演奏を通して変貌するダイナミズムには、独特の解釈を観客に目から伝える舞踊も貢献。詩情、ユーモア、上品なエロティシズムをたたえた振付には、クラシック・バレエとジャズダンスを学んだ経験も役立ったようです。
「フォリー・バレリーヌ」というタイトルはパリのミュージックホール、フォリー・ベルジェール(Folies Bergere)を想起させます。1869年から続く大人の社交場のポスターは、ロートレックも描きました。マネの「フォリー・ベルジェールのバー」(1882)には、中央に立つ女性の背後の鏡に観客たちが映ります。チャップリンやジョセフィン・ベーカーが立ったステージでは、私が訪れた20世紀末の宵も華麗なレビューが繰り広げられました。
 恋愛ミュージカル映画『フォリー・ベルジェール/邦題:巴里の不夜城』(1956、アンリ・ドコアン監督)の、大階段を使うフィナーレで輝くスター役はジジ・ジャンメール。ボーイッシュな個性を映画でも舞台でも生かした振付家は、公私にわたるパートナーのローラン・プティ。ジジと同じくパリ・オペラ座の出身で、クラシックを学んだ後に多彩なアーティストと交流し、陰影に富む文学的作品も、軽快なエンターテインメントも成功に導きました。
 前者の代表はジャン・コクトー台本『若者と死』(1946)。ルドルフ・ヌレエフが「死神と化す恋人」の役にジジを望んだ映像作品(1966)では、貧しい画家役のヌレエフが椅子を使う動きも素晴らしい。後者の代表はフレッド・アステアとレスリー・キャロンが組んだ『足ながおじさん』(1955、ジーン・ネグレスコ監督)。

■年齢も性別も超えたスタイルを支える、洗練された美意識
 幅広い作品を手掛けたプティを敬愛するコシミハル自身も、型にはまらないスタイルが身上です。本当に好きな音楽を求めテクノ・ポップ、歌曲、ジャズ、シャンソンを探究した歌声は変幻自在。澄んだボーイソプラノ、郷愁を運ぶビッグバンド、甘くささやくクルーナー……。
 超絶技巧が飛び出す『ブン』(1938、シャルル・トレネ作詞・作曲、鈴木創士訳、『シャンソン・ソレール』1995収録)では、時計の針や羊の声、鳥のさえずりに驚かされます。この曲を歌い踊る舞台は、抜群のリズム感で身体を弾ませる振付も相まってスリリング。細いビロードのチョーカーを首に巻き、パリ製コルセットでウエストを締めた華奢な姿態が、リスさながらのすばしこさで跳ね回るのです。
 さて、ここで『秘密の旅』の内容を、少し明かしましょう。コシミハルのオリジナル、ジャズ、シャンソン、フランス近代音楽を連ね、曲ごとに物語がつきます。コシミハルの歌とダンスが披露されるのは『キャラメル・ムー』(意味はフランス風の柔らかいキャラメル、『オートポルトレ』1998収録)。複雑な音の波に乗るパフォーマンスはりりしく、ふとコケティッシュな表情がのぞくと、両性具有の存在に見えます。
 いっぽう、森に立つ廃墟の庭園で双子が遊ぶ『忘却の庭』(『覗き窓』2008収録)は、幽霊が子供たちを操るジャック・クレイトン監督『回転』(1961)に似た、ミステリアスな雰囲気。
 アルバム未収録のサティ作曲『最後から2番目の思想』は、コシミハルがピアノを弾きます。大人を真似て戯れる目隠しした姉妹には、サド侯爵の小説の人物や、ピンナップ・ガールのベティ・ペイジの面影が。抑圧された願望もにじむ『秘密の旅』は、観客の胸の奥に潜む思いを解き放つ道でもあるのでしょうか?
 最後に本公演のキーワード「大人可愛い」について。可憐さと怖さを合わせもつ世界を創るアーティストが、芸術監督に選ばれた理由は、おそらくヴァラエティに富む作品群を貫く心意気。そのスピリットは悲しい歌でも感傷に溺れず距離をとる、「いきな表現」の源です。
 どんな痛みも胸に納め颯爽とふるまう強さも、洗練された「大人」の条件。影や毒も含む美意識から生まれる「大人可愛い」ダンスを巡る、『秘密の旅』の開始は目前です!

文=桂真菜(舞踊・演劇評論家)

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