世界が熱狂した21世紀型バレエ『不思
議の国のアリス』、11月に新国立劇場
バレエ団により上演

そのバレエ作品を知ってしまったならば、バレエ観というものが根底から覆されるに違いない。バレエの初心者ならば「バレエとは、こんなにもポップでユーモラスなものだったのか」と、その魅力に忽ち吸い寄せられてしまうだろう。それどころかバレエ通さえも「こんなにも豊かで楽しいバレエが可能だったのか」と、驚愕することしきり。ーーそれがバレエ『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland)なのである。
Alice's Adventures in Wonderland. Artists of The Royal Ballet (c)ROH, 2013. Photographed by Johan Persson
それは、バレエの伝統をしっかりと踏まえながらも、もはやバレエを超えた極上のエンターテインメントの域に達している。鮮烈な色彩感と共に、楽しすぎる美術や衣裳などの視覚的要素だけでも眼球を悦楽に浸らせるのに充分だ。一方、音楽(ジョビー・タルボット作曲)もまた美しく深く、聴く者の心の琴線を震わせてやまない。そのうえ、過去の色々なバレエ作品のパロディもオマージュ的に散りばめられ、バレエ愛にも満ち溢れている。舞踊、音楽、美術、演劇、文学、映像、舞台テクノロジーなどすべての芸術的な表現要素が最新進化形で有機的な結合を果たしている本作こそ、21世紀の大英帝国が生み出した舞台芸術の魔法と呼んでも差し支えないだろう。
Alice's Adventures in Wonderland. Sarah Lamb as Alice (c)ROH, 2011. Photographed by Johan Persson
原作は、言うまでもなく英国作家ルイス・キャロルの著した同名小説である。英国人数学者チャールズ・ドジソンが前述のペンネームで1865年に発表した、世界ナンセンス文学史上の金字塔だ。この狂気の漂うファンタジーの物語の骨格はそのままに、現実と夢そして時空を超えた新たな恋物語として台本を再構築したのが、英国人劇作家のニコラス・ライトである。そして、その世界を舞踊的身体表現によって巧みに現前化してみせた天才振付家こそ、クリストファー・ウィールドンだった。しかも彼はこの作品において、バレエをベースとしつつも、コンテンポラリーダンスやタップダンス、さらにはパペットやプロジェクションマッピングなどの要素も取り入れて、徹底的に現代的なエンターテインメントに仕上げてみせたのだ。
Alice's Adventures in Wonderland. Artists of The Royal Ballet (c)ROH, 2011. Photographed by Johan Persson
現在、世界トップクラスに躍り出ているといって過言ではないウィールドンは、1973年生まれ現在44歳の英国人振付家である。当初はバレエダンサーとして英国ロイヤル・バレエ団そしてニューヨーク・シティ・バレエに属した。やがて振付を手がけるようになり、2007年に自身のバレエ・カンパニー「モルフォーセス」を設立、数々の意欲作を発表して頭角を現した。世界の名だたるバレエ団から新作の振付を委嘱されるようになるが、出身母体である英国ロイヤル・バレエでは2011年にバレエ『不思議の国のアリス』、2014年にバレエ『冬物語』、2018年に『コリュバンテスの遊戯』を発表した。さらに、2019年には新作『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』を発表予定である。
一方で、ウィールドンはミュージカルの分野にも進出、2014年にガーシュインのミュージカル『パリのアメリカ人』を演出&振付、パリで初演後、2015年ブロードウェイに進出、トニー賞ミュージカル部門で最優秀振付賞を受賞した。同作品ではバレエ『不思議の国のアリス』のスタッフでもあったナターシャ・カッツ、クリストファー・オースティン、ボブ・クロウリーもそれぞれトニー賞の最優秀照明賞、最優秀編曲賞、最優秀舞台美術賞を受賞している。なお、このプロダクションによる『パリのアメリカ人』は2019年1月より劇団四季が上演する予定である。
Christopher Wheeldon OBE
話を本題に戻す。『不思議の国のアリス』は、2011年に英国ロイヤル・バレエによって世界初演され一大旋風を巻き起こした。当初2幕(現在、DVDやブルーレイで購入できるヴァージョン)だった作品は、2012年までにアリスとハートのジャックのパドゥドゥーが追加されて現在の3幕に改訂された。2013年には来日公演がおこなわれたが、「凄い!」との噂が忽ち広まりチケットが全日完売、追加公演が打たれたほどだった。そして、昨年(2017年)12月には英国ロイヤルオペラハウス・シネマシーズンで上映されるや日本橋TOHOシネマズのチケットが連日完売、ついには今年(2018年)1月にアンコール上映がなされたことは記憶に新しいところである。
Alice in Wonderland. Lauren Cuthbertson as Alice (c)ROH, 2011. Photographed by Johan Persson
そんな尋常ならぬ人気の舞台作品が満を持して、いよいよ今年(2018年)11月、初めて日本のバレエ団によって上演される。同作品は、これまで世界有数のカンパニー6団体がレパートリー化してきたが、日本で唯一上演を許可されたのが新国立劇場バレエ団だった。今回、すでにこの作品の上演経験を持つオーストラリア・バレエとの共同制作という形で上演を実現させるが、同バレエ団と共同制作する日本のバレエ団というのも新国立劇場バレエ団が初なのだという。
それにしても、英国的な研ぎ澄まされた感性に満ち溢れた舞台芸術の魔法の世界を、日本のバレエ団がどこまで表現することができるのか興味深い。振付のウィールドンは日本のダンサーについて、基礎がしっかりできている点、テクニックも見事である点、練習熱心である点において何の心配も要らないと述べている。この作品独特のユーモアや演劇性についても稽古で克服できるだろうと楽観視しつつ、そのうえで「日本の『アリス』をやってほしい」という願望があるようだ。その意味では日本独自の『不思議の国のアリス』を観ることのできる貴重なチャンスといえるかもしれない。劇場機構も万全で音響もいい。ここで観ない理由が見つからない。
メインキャストであるアリス役には、米沢 唯/小野絢子(Wキャスト)、ハートのジャック役には渡邊峻郁/福岡雄大(Wキャスト)がすでに発表されている。できれば両キャストを見比べてみたいものだ。また、今後発表されてゆくであろうハートの女王やマッドハッターをはじめとする他のユニークな役柄を誰が演じることになるのかも興味津々だ。また、東京フィルハーモニー交響楽団が生演奏するオケピ(オーケストラピット)も注目だ。この音楽ではハンパではない数の打楽器が使われるので、その光景もまた滅多に見れるものではないのだ。
米沢 唯/小野絢子/渡邊峻郁/福岡雄大
チケットの一般発売は2018年7月7日(土)10:00から開始だが、それに先駆け6月26日(火)12:00~7月6日(金)18:00にイープラスで座席選択先行受付が行われる。きわめて注目度の高い公演だけに、チケット確保はできるだけ急いだほうがよいだろう。

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