奇妙なクマとオタク、優しい人々の素
敵な関係 『ブリグズビー・ベア』#野
水映画“俺たちスーパーウォッチメン
”第五十四回

TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。

子どもの頃、親に見せられる教育番組を無条件で好きになったのはなぜなんだろう。
かくいう私も何の疑問も持たずに、『おかあさんといっしょ』を見ながら踊り、『ひらけ!ポンキッキ』(もはや『ポンキッキーズ』でないと通じない世代もいるのだろうか)を観ながら学校へ行く支度をする子どもだった。もし、そんな子ども向けの教育番組が、“あなたしか観たことがないもの”だったら? 実はあなたの両親が、あなたのためだけに作った番組だったとしたら?そんな不穏な設定から始まる作品が6月23日(土)から公開中の『ブリグズビー・ベア』だ。
ジェームズは、人里離れた地下シェルターで両親と暮らす25歳の青年。毎週ポストに届く教育番組『ブリグズビー・ベア』のビデオを見て育った彼は、大人になった今も番組を研究し続けていた。そんなある日、警察がやって来て両親が逮捕され、平和だと思っていた生活が一変。両親だと思っていた二人は、生まれたばかりのジェームズを誘拐し、世間から隔離して育てていたのだ。彼が愛してやまない『ブリグズビー・ベア』も、ニセの両親がジェーズムのためだけに制作していたもの。初めて地上で生活することになったジェームズは、本当の家族との生活に困惑するばかり。何より『ブリグズビー・ベア』の新作を観ることができない現実を受け入れられないジェームズは、番組を自らの手で完結させることを決意する。
奇妙なクマと奇妙な環境
(c)2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
本作に登場する架空の番組『ブリグズビー・ベア』では、ブリグズビーベアというクマが、サン・スナッチャーという月の悪者と戦うストーリーが展開する。「なんだそりゃ!?」となる奇妙キテレツな設定にくわえ、キャラクターデザインもなかなかにシュールだ。ブリグズビーは眠そうなまぶたのとぼけた顔をしているし、サン・スナッチャーなんて、『月世界旅行』(1902年に製作された世界最初のSF映画とされる作品)の月にそっくりの、小憎らしい顔。キモカワイイ?きみょ可愛い?とにかくそんな感じで、子ども受けするかはさておき、私のどストライクではある。一方で、ストーリーには、学校教育で使うような公式から性の知識まで組み込まれていて、子ども向け番組としても意外とよくできている。その面白さに惹かれたジェームズの部屋はブリグズビーグッズで溢れ、彼自身も毎日作品の研究に没頭していた。そう、地下の世界しか知らずに育った男の子は、立派なオタクになっていたのだ!
(c)2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
同じく誘拐事件を題材にした『ルーム』(15)では、誘拐・監禁された母親の悲痛な心情と、外の世界を知らずに育った無垢な息子の、息の詰まるような生活が描かれていた。本作のジェームズは誘拐されたことにも気づいていないし、地下暮らしで若干の退屈さは感じていても、のびのびと生活をしている。ブリグズビー・ベアの奇妙さもさることながら、ジェームズの置かれた環境もちょっぴり奇妙なのだ。
愛に溢れる優しい人々
(c)2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
本作で特筆すべきなのは、“登場人物がみんな優しい”ということ。特にニセの父・テッド役のマーク・ハミルからは、強い父性と、。瞳のまっすぐさ、笑顔のあたたかさ……そいうったものが、画面越しにひしひしと伝わってくる。マーク・ハミルには『スター・ウォーズ』シリーズのルークのイメージしかなかったのだが、こんなにも愛に溢れる表情ができる人なのか……と恐れ入ってしまった。ニセの両親=テッドとエイプリルは、身代金目当てでジェームズを誘拐してきたわけではない。とはいえ、彼らが行ったことは誘拐、犯罪だ。どんな理由があろうと決して許されることではない。

(c)2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
ジェームズの本当の両親は、突然大人になって帰ってきた息子に戸惑いながらも、空白の時間を埋めようと奮闘する。だが、ニセの両親としか接したことのないコミュ障気味な青年と両親の距離は、ギクシャクするばかり。誘拐によって、一度家族の絆を断たれてしまったのだから、無理もない話だ。それでも両親、そしてジェームズの妹や友だちは、地上の世界を知らないジェームズの世間知らずっぷりに振り回されつつも、彼にとって善き人であろうと努めるのだ。なぜジェームズのためにそこまで頑張るのか?それは、自分の手で『ブリグズビー・ベア』を作ろうとするジェームズの真剣さに心を打たれたからにほかならない。
あなたも心当たりがないだろうか。何かをつくろう、成し遂げようとするとき、親や先生や友だち、様々な人の支えによってやりきれたということに。私だってそうだ。10代で上京してデビューを目指していた頃から今に至るまで、たくさんの人の優しさに助けられてきた。『ブリグズビー・ベア』は、“決して自分の夢やヒーローを捨てないこと”が大事だと教えてくれる。
(c)2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
もちろんそのすべてがうまくいくわけではないかもしれない。それでも、いくつになっても好きなことを好きだと胸を張れる自分でいたいと思わせてくれる。そしてその真摯な気持ちがあれば、必ず周りはついてくるよと、語りかけてくるような作品でもある。それは脚本・主演のカイル・ムーニーをはじめ、彼の幼なじみで、共にものづくりをしてきた、監督のデイヴ・マッカリー、共同脚本のケヴィン・コステロたちのメッセージなのかもしれない。
本作の日本公開が決まるずっと前、クマの番組に執着した青年が、クマの着ぐるみで人々を惨殺してまわるスリラーなのではないかとワクワクした私を許してほしい(笑)。本作は、誘拐というきわどいテーマを扱ってはいるが、そこに重きを置くのではなく、家族との再生や夢を追いかける姿を描いている。いわば、夢のあるファンタジー・ヒューマン・ドラマなのである。
観終わる頃にはあなたも、ぐずぐずと鼻を鳴らして、「ブリグズビーベア〜♪」と鼻歌を歌いたくなること間違いなしの一本。大切な誰かと、ぜひ語ってほしい。
『ブリグズビー・ベア』は公開中。

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