英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネ
マシーズン 2017/18『マノン』~本家
の誇り!人間の欲をさらけ出す濃厚な
ドラマ

英国ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の上演作品を映画館で楽しむ英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2017/18。6月22日から上映されるのは英国を代表する振付家、ケネス・マクミランの『マノン』だ。
1974年、ROHにより初演されたこの演目は、マクミラン振り付け『ロミオとジュリエット』(1965年)と並ぶドラマチックバレエの傑作。主演マノンにはサラ・ラム、マノンに恋し人生を狂わせる青年デ・グリューにワディム・ムンタギロフ、マノンの兄レスコーに平野亮一のプリンシパルらが、さらにムッシューG.M.は世界屈指の名脇役の一人であるギャリー・エイヴィスが演じるという、実に濃厚な配役。主演から名もなき町人に至るまで、舞台上の人物一人ひとりがリアルに呼吸し醸し出す世界は、人間に潜む欲情を「これでもか!」というほどにさらけ出し続け、ただただ圧倒される。世界中で上演されている『マノン』だが、「これが本家による本物だ!」と言わんばかりの、ROHの誇り漲る圧巻の舞台だ。
■赤裸々に描かれる、ありとあらゆる人の欲
物語は1700年代のフランス。美しい少女マノンはパリで若く純朴な学生デ・グリューと出会い、恋に落ちる。駆け落ちをした2人を追ってきた兄レスコーは、妹マノンに富豪ムッシューG.M.の愛人となるよう勧め、マノンは豪奢な生活に目が眩み、デ・グリューを捨てムッシューG.M.のもとへ。マノンをあきらめ切れず、ひたすら純粋に思いを募らせるデ・グリューはマダムの娼館でマノンと再会。彼女は愛と富の間で揺れながらもデ・グリューの思いを受け入れ再び彼のもとへ走るが、それがムッシューG.M.の怒りを買い、兄レスコーは射殺、マノンは逮捕され新大陸の流刑地ニューオリンズへと送られる――。
(c)ROH Photographed by Alice Pennefather
原作はフランスのアベ・プレヴォ作『マノン・レスコー』で、男を破滅させる女「ファム・ファタル」をテーマとした最初の文学といわれるものだ。この作品にインスピレーションを得たマクミランは、舞台の上に貧富の世界にうごめく貧者、娼婦、貴族、富豪と、あらゆる階層の人間の欲を、赤裸々に描き出す。
兄レスコーを演じる平野亮一は、日本人なら見慣れた言語の「笑い」を表現しつつ、妹の美しさを利用し豪奢な生活を手に入れようとするしたたかな男を熱演。金と権力で美女も何もかもを欲しいがままにするムッシューG.M.役のエイヴィスは、権力者ならではの赤裸々な欲を、冷や汗が出るようなR指定ギリギリのような、猥雑で生々しい演技で熱演。小銭で動かされる貧者、相手を出し抜き“より良い男”を手に入れようとする娼婦たちのつば競り合い、美女を並べて得意満面の娼館のマダムなど、およそ「美しいバレエ」とは真逆の世界が描き出される。この欲まみれの世界では、マノンの愛を手に入れたいという、デ・グリューの純粋で真っ白な愛情さえも"欲"だ。
(c)ROH Photographed by Alice Pennefather
ヒロインのマノンもまた愛に、毛皮に、宝石にと欲に忠実だ。しかしラムの演じるマノンには計算は感じられない。兄に言われるがまま、蝶が花へと蜜を求めて飛ぶように己の本能に従い生きる純粋な少女である。中身は子供のままだからこそ、2幕娼館の黒いドレス姿は背伸びをして大人の服を着ているかのようなアンバランスさがあり、実に危うい。無意識に男の人生を狂わせるこの純粋さがまさにファム・ファタルであり、マノン自身がこの危うさに気付いていないことが後の悲劇へとつながるという説得力。唸るばかりである。
(c)ROH Photographed by Alice Pennefather
■マクミランならではのパ・ド・ドゥも必見
古典作品のピュアなプリンセスとは違い、人間の本能の赴くままに生き、破滅していくマノン役は「ドラマチック。女性ダンサーの憧れの役」と、シネマシーズンの案内役を務めるダーシー・バッセル(元ROHプリンシパル)は語る。その心情を表す演技力、ガラ公演でしばしば踊られる「寝室のパ・ド・ドゥ」「沼地のパ・ド・ドゥ」に代表される高難易度のリフトや、「フィギュアスケートにヒントを得た」と言われる、重力や惰力に身を委ねるような独特の振り付けなど、「挑戦し甲斐のある役だ」とも。女性ばかりでなく、マノンへの思いを切々と訴えるデ・グリューのソロ、レスコーの酔いどれの踊りなども男性ダンサーにとっては踊り甲斐もあり、また見応えも十分だ。
(c)ROH Photographed by Alice Pennefather
音楽はフランスの作曲家ジュール・マスネの『エレジー』『聖処女』などを使用。マスネはオペラ『マノン』を作曲しているが、マクミランはオペラの曲は一切使用していない。編曲は元ダンサーであり作曲家であるレイトン・ルーカス。今回の上演では指揮を務めたマーティン・イエーツが、ルーカスの構成はそのままに「まるでこのバレエのための音楽として書かれたよう」に再構成したものを使っている。ドラマチックなオーケストラの音楽は、しかし同時にどこか昔の愛おしい思い出を探るように響くオルゴールの音も連想させ、物語に一層の味わいを加える。
ROHの誇りと力を集結した本物の『マノン』、必見である。
取材・文=西原朋未

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