柳家三三に聞く「任侠流れの豚次伝」
の魅力『またたびさんざ 四都市五ヶ
月連続独演会』は8月開幕

落語家の柳家三三(やなぎや・さんざ)の独演会『またたびさんざ 柳家三三 四都市五カ月連続独演会2018』が、8月8日より名古屋、大阪、広島、福岡で開催される。演目は、三遊亭白鳥作『任侠流れの豚次伝』の全10話。毎月2話ずつを5か月連続で口演する。三三へのインタビューで“豚次”との出会い、『任侠流れの豚次伝』の魅力、現在の落語の「軸」について聞いた。
『任侠流れの豚次伝』とは
三遊亭白鳥が創作した落語。講談の『清水次郎長伝』をベースにした物語だが、主人公は秩父の養豚場で生まれた子ブタの豚次(ぶたじ)。豚次以外のキャラも基本的に動物で、牛、チャボ、パンダや猫、モグラなどが登場。ギャグ要素もふんだんに、往年の任侠映画さながらの抗争劇と人間(動物)ドラマがくり広げられる。
旅公演で連続物をやる理由
ーー昨年(2017年)は、大阪・名古屋・福岡の3都市で『嶋鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ)』6か月連続口演をされました。手ごたえはいかがでしたか?
『嶋鵆沖白浪』は明治に作られた長編で、東京でもめったに高座にかからない、東京以外の場所ではまず聞くことのない演目です。東京以外の都市で喋ってみて強く感じたのは、お客さんの「新鮮なものを聞いた!」という反応でした。
6か月連続となると、回を進めるたびに​脱落者が出るものと想像していましたが、ありがたいことに尻上がりに増えた会場もあれば最初から最後まで満席の会場もあり。「続きはどうなるのかしら?」と通っていただけたようです。
柳家三三
ーー今年は広島も加わった4都市で、新作落語『任侠流れの豚次伝』シリーズの5か月連続口演です。
三遊亭白鳥師匠の創った、奇想天外な新作ですね。東京では、バラエティに富んだ落語家の色々なジャンルの落語を聞けますが、東京以外では必ずしもそうではない。落語会がひんぱんに開かれる場所でも、高座にかかる噺のバリエーションは意外と少ないということがあるんです。
行く側(東京の落語家側)の心理としても、たびたび来られるところではないと思うと、みなさんに楽しんでいただきやすいテッパンの噺をもってくることが多くなりますから。でも色々な噺を聞いていただきたい。そこで今年は白鳥師匠のハチャメチャな創作落語、しかも連続物の『任侠流れの豚次伝』を選びました。
柳家三三と豚次の出会い
ーー三三師匠が『任侠流山動物園』(第3話<流山の決闘>にあたる話)をはじめて口演されたのは、2010年だったそうですね。
きっかけは、白鳥師匠との二人会でした。白鳥師匠がワーッと新作を、僕はひたすら地味な話を……という企画の落語会のエンディング・トークで、白鳥師匠が「俺の噺を教えてやる」「自分の殻を破ってみろ」とおっしゃいまして。ものすごい上から目線で(笑)。話の成り行き上しょうがないからやりますか、嫌だけどって。そして次の回で『任侠流山動物園』をやりました。
柳家三三
ーーお客さんの反応はいかがでしたか?
おもしろいくらいに盛り上がってくれました。落語をよく聞く方々には“柳家三三は古典落語をスタンダードにやる噺家”というイメージがあるようで、白鳥師匠のハチャメチャな新作と三三の組み合わせはミスマッチに思えた。でも実際に聞いたら、想像したより良い効果を生んでいた。自分で客観的に分析したわけではありませんが、周りの方々には、そう思っていただけたようです。
白鳥師匠は第2話と第4話にあたる前後の話を作られた後、『任侠流れの豚次伝』を10話のシリーズにされました。自分でやるだけでなく、他の噺家にも掛けあって、10日間日替わりで10人の噺家が10話をリレーするという企画を立てたんです※。僕にも声がかかりCDが10枚届きました。「皆さんにやっていただくのが夢です」と手紙も添えられて。何言ってんだかと思いながら(笑)、その時に「いつか10話全部をやってもいいですか?」「いいよ、いいよ」と話したことを覚えています。
※ご参考:2015年池袋演芸場9月中席昼の部。トリ:三遊亭白鳥。日替わり:桃月庵白酒、柳亭市馬、春風亭一之輔、柳家三三、柳家一琴、入船亭扇辰、柳家喬太郎、三遊亭歌武蔵、春風亭百栄、林家彦いち。以上、出演日順
豚次伝の魅力と、三遊亭白鳥の「カッコウ作戦」
ーーそして2017年、三三師匠は横浜にぎわい座で『任侠流れの豚次伝』10カ月連続口演を実現されました。CDを聞き「これは!」と思われたのでしょうか?
僕も面倒くさがりで、第3話と第4話くらいしか知らないまま「行けるんじゃないか?」と企画を立て、「全部やります」と会場を借りました(笑)。日が近くなって初めて通して聞き「こんなことをしないといけないのか」と(一同、笑)。
ーー10話をまとめてやってみて、どのような感想をもたれましたか?
ヒヅメの形でボクシングとか、ウキ―! とブー! で喧嘩し続けるとか、羞恥心の意味でハードルが高い。それを真面目な顔でやらないといけないが、続けるうちに快感になっていくという噺です(笑)
そしてとても緻密に作られた落語だと思いました。第1話で無駄に思えたやりとりが、後でちゃんと生かされていたりする。1話ごとの面白さもありつつ、全話を通して豚次が様々な動物たちと出会い成長し、どんどん格好良くなっていくところも魅力です。
もちろん笑える落語なのですが、まず血沸き肉躍る任侠の物語であり、さらに楽しんでいただくためのスパイスとして、どうしようもない笑いのネタがまぶされている。豚次はビジュアル的に豚のはずですが、僕は、本気で格好いい男として演じます。『紅の豚』よりももっとマジ。白鳥師匠の偉いところは、その緻密さをどぶに捨てるような芸風です(笑)
ーー白鳥師匠は今回の公演によせて、三三師匠が「自分の噺を落語としての形に整えてくれる」とコメントをされています。
そこはやはり、とっても勉強になりました。白鳥師匠が喋る音を聞き、あの人のよく分らない日本語から意味を汲み、お客さんが聞いて理解できる表現に「てにをは」から直して喋るというこの作業。白鳥師匠は素晴らしい物語を創れるのに、言葉を知らなすぎるんです!(笑)
ある時に知ったのですが白鳥師匠は、僕が師匠の噺をやるのを横で録音しているんです。はじめは「三三がこんな恥ずかしい落語をしてるって脅しに使う」と言っていましたが、聞くうちに「自分が頭の中にはあるけれど言葉にできずモヤモヤしていたことを、三三が整理して言葉にしてくれている」と気がついたらしい。「三三のを聞いてから自分でやると客がウケる」とも。最近はやけに、自分のネタをやるよう勧めてきます(笑)
柳家三三
ーー白鳥師匠によれば「他の鳥に卵を抱かせて育てさせる『カッコウ作戦』」とのことです(※公演チラシ参照)。卵を預けたり預けられたり、良いご関係ですね。
共生ですね、噺家としての色合いが違う二人だからできることもあるでしょう。任侠に生きる男の雰囲気は、僕の方がある程度色濃く出せる。オリジナルでギャグとして面白くみせるのは、白鳥師匠の方が得意。ちなみに僕はウケなかったところは「ここは白鳥師匠がやったとおりです」と登場人物に言わせて逃げます(笑)。
自分が創った落語を色々な人にやってもらうことは、創った本人が思いもしなかった表現方法が生まれるとっかかりにもなります。古くからの落語と同じ経緯でもあり、多くの噺家が「ああしたらよかろう」「こうしたらもっと喜んでもらえるだろう」とやることで噺が普遍的なものになっていく。今『任侠流山動物伝』は、喬太郎兄さんや僕だけでなく、他の噺家、講談や浪曲の人もやっている。白鳥師匠の創った物語が、良くできているという証でしょうね。
でもこれ、面白いじゃないですか?
ーーふり返ってみて「殻を破れた」という実感はありますか?
『豚次伝』をまとめてやったことに関して言えば、チャチャを入れるところとストーリーとしてきちんと運ぶべきところ、そのメリハリやバランスをとれるようになった気がします。
それ以外の色々な経験も踏まえていうと、表現方法の引き出しが増えたかな。古くからの落語には“この枠の中で”というものがあり、僕も子どもの頃から落語を聞いてきた中で、落語とはこういうものだという考えがある。その枠の中で「この噺はこういうもの」だけれども、「こうでもいいんじゃない?」と、ダイナミクスのレンジが広がった感じです。コンパスで例えるなら、軸足の針が定まっていて、そこさえブレなければ、幅を広げようが回転しようが自由でいいじゃないかと吹っ切れたんです。
柳家三三
ーーたとえばどの古典のネタで、その変化を感じますか?
「こんな風になっちゃうんだ」と自分でも驚いたのは、『粗忽の釘』。粗忽の人がそそっかしいことをして次々に間違いを起こしていく話です。以前は粗忽の出てくる噺が苦手でした。間違いが起きる流れを「まずはじめにこう間違えた後、次にこう間違える」という段取りとして覚えてやっていた。
今は、噺の流れの通りであろうがなかろうが、粗忽の人が慌てて何か言い、間違いが起きようが起きまいがその時に思いついたことを言っちゃう。おかしなことを言ってしまった時は「そんなことを言っちゃぁ」と別の登場人物の言葉で(軌道修正をして)進めていけばいい。それくらい振り切ったら自分が楽しんでできるようになり、お客さんにも笑っていただけるようになった。20年くらい前に教わった時はどうやっても上手くいかず、「好きな噺だけれど、二度とやらない」と思ったのですが(笑)
ーーそこまで吹っ切れたことに、きっかけはあったのでしょうか?
なんでしょうね。落語を続けていくうちに、自分が想像していた以上に活動の幅が広がっていき、大勢のお客さんが来てくださるようになり、会場も大きくなっていきました。そのたびに「もっと新しいことを」「何か変化を」と考えていた時期もあったんです。でも僕はそういうクリエイティブな才能に溢れるタイプではなく、自分で自分を追い詰めてしまっていた。ある時にふと「もう無理だ」「このままではまずい」と思った。
その時に、子どもの頃の自分が喜ぶ落語をやろうと思ったんです。僕は子どもの時に落語を聞き、好きになり、噺家になろうと思った。あのころの自分が聞いて喜ぶ落語が、自分の中で一番面白い落語だ。そこにピョンと軸が定まったんです。
古典落語なら、一度聞けばお客さんは「このあと、こう言うんでしょ?」と思いながら聞く。以前の僕は、それをどう裏切るかを考えました。でも今は「そうですよ? でもこれ、面白いじゃないですか?」と言えます。
ーーありがとうございました。昨年は横浜、今年は名古屋・大阪・広島・福岡の四都市。いつか『任侠流れの豚次伝』東京凱旋公演も楽しみにしています。
すぐにいつとは言えませんが、いずれと考えています。『任侠流れの豚次伝』は、ただただ楽しいライブです。東京以外で10話を聞ける機会は少ない噺ですし、絶対に楽しいです。決して自分の芸に対する自信からではなく、あくまで白鳥師匠の創った『豚次伝』に対する自信から申し上げます。絶対に楽しいのでぜひお越しください。
最後のコメントについて「白鳥師匠を尊重しているようでいて、白鳥師匠を前に出すことで失敗した時にも自分が致命傷を負わないようにしています。私の立派な危機管理能力です(笑)」とのこと。
取材・文・撮影=塚田 史香

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