森下真樹、ベートーヴェンの『運命』
をピアニスト・今西泰彦の生演奏で踊
る‼︎「すべてを乗り越えるための同
志を見つけたよう」

森下真樹がベートーヴェン『運命』の全楽章にチャレンジする第2弾。MIKIKO、森山未來、石川直樹(冒険家)、笠井叡がそれぞれに第一〜四楽章を振り付けし、森下の身体が“運命”に抗い、包まれ、やがて昇天していくようなひと時は、固唾を飲み、思わず声援したくなる。昨年12月の初演に続き、この3月には第一楽章を海老原光が指揮するオーケストラの演奏とともに踊るというサプライズ! 快挙!もあった。その海老原に紹介されたのがピアニスト、今西泰彦。そもそもオーケストラ用に書かれたベートーヴェンの『運命』をピアノ一台※で弾こうなんて無謀なことを考える人はほとんどいないそうだが、そういう人と巡り合い、意気投合してしまうところがすごい。つくづく森下の巻き込み体質、引力には驚くのだ。(※ベートーヴェン作曲『運命』をリストがピアノ一台に編曲したもの)
初演の舞台より
森下真樹と今西泰彦に話を聞いた。その前に、3月のオケをバックに第一楽章を踊ったステージはどうだったのだろう。紹介は過去の記事を読んでいただくとして……。森下真樹✕海老原光対談は、こちら。
森下「日本フィルハーモニー交響楽団さんの演奏で踊らせていただきました。第一楽章が始まる前の無音の時間に海老原さんと私の掛け合いのシーンができました。マエストロ海老原が舞台上に現れ、指揮台のそばに置いてある椅子に向かって歩いていく。すると私も客席から80センチの高さをよじ登って舞台に登場するんです。そこから私が椅子に座ると、背後から海老原さんが衣装のワンピースを着せ、私の身体を使って指揮をする。今度は二人の体がふわっと離れると、海老原さんは私を指揮で操り、今度は私が海老原さんを身体で操り...操り、操られ、翻弄される...というような動きが生まれました。そして海老原さんが指揮台に上がって、私が床に落ちたところで演奏が始まる。まるで海老原さんも踊っているかのようでした。ダンスのデュオみたいに。そこも見どころでした(笑)。
オーケストラは音の圧がすごかった。うわ、うわっとステージから落ちるんじゃないかというくらい。それまではCDでしか聞いていなかったんですけど、ステージ上でも場所によって音の聞こえ方が違うんです。聞いたことがない細かい音が聞こえたりして、その音を浴びながら、それを踊りで跳ね返すみたいな感じでした」
ピアノ一台で『運命』全楽章を弾けるのは……
森下真樹
マエストロ・海老原には、初演の際にベートーヴェンや『運命』に関するレクチャーを受け、実際の公演も見てもらった。そんな流れで、第一楽章だけだったものの、名門オケとの共演が実現した。そしてさらに、海老原の提案もあって急きょ浮上したのが、今西泰彦との共演だ。会場となるスパイラルも手を挙げてくれた。
森下「いずれ全楽章をオーケストラの生演奏で踊るという夢がありますが、その前段階で、生演奏で踊る場合、どういう編成の可能性があるのか...を海老原さんに相談させてもらいました。そうしたら、ピアノ一台はどうだろうと提案してくださいました。そしてもしピアノ一台だったら、ベートーヴェンの『運命』の全楽章を弾けるのは今西君しかいない、と。海老原さんは森下スタジオの公演を見てくださったイメージから、踊り、身体的にも対峙できる方として今西さんを紹介してくださいました」
今西「海老原さんとは一度しかお仕事をしたことはなかったのですけどね。私は普段クラシックを演奏してきていますが、ダンサーの方との共演は初めて。でも音楽も音楽の世界だけに留まっているべきではないという思いがあるんです。むしろ音楽そのものの中にダンスとの結びつきもあれば、文学や演劇、強いては人そのものが織り込まれている。ただベートーヴェンに振りを付けて踊るというのは、どうなってしまうのだろう、と。そこは未知の領域でした」
いやいや、その前にまず聞きたかったのは、そもそもベートーヴェンの『運命』をピアノで弾こうと思われたことだった。
今西「普通、しないですよね(笑)。とてつもなくベートーヴェンが好きだから、ということでもなければ。今回演奏する楽譜はリストが編曲したバージョンですが、なかなかコンサートでも取り上げられません。だったらオーケストラを聴きに行けばいいわけですし、あるいはピアノ一台で表現したときにオーケストラを上回る演奏ができるなんてお客様も思わないですから。私もそれに対する怖さはありました。音源を流せばいいじゃんということになりかねない。なので、お話をいただいてからお返事するまでに1カ月半要しました。その期間に練習して、予想以上にピアノ演奏ならではの魅力があると発見したんです。もちろんダンスの分野は専門家ではないのですが、音の表現に関しては精一杯やりますと」
アップビートはダンスの浮遊そのもの。踊っているかのような演奏がダンスに合うのでは?
今西泰彦
それにしても一度の共演だけで海老原だって無責任にその名前を挙げることはないだろう。ではどんな理由で推薦されたのか、今西はどんなふうに思っているかを聞いたみた。
今西 「音楽のつくられ方としてダウンビート、アップビートがありますが、アップビートは自然に跳ね上がるもので、西洋音楽はそれをベースにつくられています。私は若いころから、まずアップビートの箇所を探せ、そして曲のどこからどこまでがアップビートで、そういうときの奏法はどうするのかということを徹底的に、身をもって教わってきました。それを海老原さんはオーケストラとの共演時に見抜いてくださったのではないでしょうか。当時の作曲家や演奏家、教育者にとっては当然の知識であったのに、まだまだ日本のクラシック音楽界はアップビートに対する知識や感覚が疎いと思います。いわばアップビートは舞踊で言えばカカトを上げた状態、宙への空間、浮遊そのもの。飛んでいる間は観る者にとっても特に魅力的に目に映りますよね、画としても感覚としても、その世界に惹き込まれる。ダウンビートのみで演奏してしまうと着地、着地、着地という感じで、耳や心が離れ、やがてたどり着くのは睡魔。1曲ワンスレーズのように壮大に、そして時に踊っているかのように流れや循環を失わずに演奏していくからダンスと合うよね、ということを含んでマエストロが推薦してくださったのではないか、と思います」
なんだか聞きようによっては今西のコメントは挑発的でもある。すごいことになってきた。「これ、書いてもいいんですか?」と聞けば「いいですよ」とおっしゃる。今西泰彦、クラシックのピアニストという僕の勝手なステレオタイプのイメージを軽々と飛び越える刺激的な人だ。
ピアノの音が物体として飛んできて、身体に刺さってくるよう
そんな今西の雰囲気を察知したのか、森下も初対面の瞬間から「アブない空気を持っている」とつぶやいたのだとか。今西からは「アブないっていうのはどういう意味か聞きたいなあ」と軽いジャブが繰り出された。
森下「私は『運命』のCDはカルロス・クライバーが振ったオケの音源と、そのあとピアニストのグレン・グールドを聴いたんですよ。それでイメージができて、ピアノとやりたいと思った。ところが初めて今西さんがピアノを弾いてくださったときに、物体がぶつかってくるような、ものすごい迫力があったんですよ。痛い、痛いという感じで私に刺さってくる。スピードある球を投げてくるから、全身で受け止めるか、捨てて逃げるかしかないみたいな(苦笑)」
今西「私は人任せのようなトスはあげません。やる、やらない、どうする、どうしたい、という意志はクリアーに。それは作曲家からも教わってきたことでもあります、メッセージが降りてくる。日本人演奏家は時にグレーゾーンな表現者だからベートーヴェンは適さないと言われてしまうのですけど、タイミングは?音のカラーは?このぐらいなのかな?なんてアバウトに感じた程度ではもうアウト。間違ってもいいから彼がしゃべっているように、自分の言葉で話すことが重要なんです。だから私は困難に直面したとしても、安全運転で生ぬるい音楽になるより自分の意志を貫く。ベートーヴェンはそのくらい生半可な覚悟では格好さえつかない作曲家だと思っています」
今西の話はまだまだ続く。スパン、スパンと切り込んでいく話がとても心地よい。その言葉からはベートーヴェンへの敬意が伝わってくる。
今西「ベートーヴェンの作品は弾き始めた途端に、彼に実権を握られてしまう。森下さんのことだって心の視野に入っているのですが、それ以上にベートーヴェンが勝ってしまう。しがみついていないとふっ飛ばされちゃうよ。第一楽章などウォーミングアップしないまま、いきなり「 ! 」で。理想としては、ベートーヴェンがピアノ一台で弾いていたとしたら、こうだったかもしれないね、と抱いていただけたら。彼が作曲したまさにそのときのように演奏したい。私自身も聴き手の方々もその音楽と初めて出逢うかのように、理屈よりも感性が先行するように」
今西の最後の言葉は演劇とよく似ている。役者は1カ月稽古しようとも、そのせりふを初めて言うかのように、初めて聞くかのように演技をしなければいけない。クラシックを聞くときなど、つい“定番”がどう解釈されるかばかりにとらわれてしまいがちでもあるが。
森下「今西さんの演奏で『運命』を踊って感じたことは、楽章によってふたりの関係(音と身体の関係)が変わるんです。第一楽章は音にしがみつく、ぶつかり合う、第二楽章は心の中で起こっていることを音で現してくれるような寄り添うような感覚、第三楽章は知らない世界へひきずりこまれるような暗闇の世界、第四楽章はすべてを乗り越えるために一緒に闘う同士のような感覚。この先一人で上り詰めるしかないのかというときに、一緒に闘う相手ができた。それは敵ではないけど、仲間でもない。いや、仲間なのかもしれない」
もちろん森下だけではない。今西のピアノの挑発的な音を聞いて、4人の振付家のなかにもそれぞれの化学反応があるはず。それがどんな化学反応を起こすのかが楽しみだ。
今西「全楽章を演奏したときに、一緒に山を登る仲間ができたという気持ちになるといいよね」
森下「そう、二人でしかつくれない景色が観客のみなさんにもお見せできたらいいなと思うんです」
《森下真樹》幼少期に転勤族に育ち転校先の友達作りで開発した遊びがダンスのルーツ。2003年ソロ活動を開始、以降10か国30都市以上でソロ作品を上演。近年は様々な分野のアーティストと積極的にコラボレーションを行う。2013年には現代美術家 束芋との作品『錆からでた実』を発表、第8回日本ダンスフォーラム賞を受賞。2016年には若手ダンサーと実験的な場を求め新カンパニー「森下スタンド」を発足。100人100様をモットーに幅広い世代へ向けたワークショップや作品づくりも盛んに行う。周囲を一気に巻き込み独特な「間」からくる予測不可能、奇想天外ワールドが特徴。
《今西泰彦》静岡県浜松市出身。東京藝術大学、並びに東京藝術大学大学院ピアノ科卒。渡欧後、イモラ国際ピアノアカデミー、パリ、またミュンヘン国立音楽・演劇大学古楽科に於いては古楽奏法の研鑽を積む。これまでにソリスト・室内楽奏者として国内外各地でリサイタルを行い、メディアにおいては、イタリア・メディアセットでの中継、新聞、ラジオ、あるいはテレビ番組出演、NHK『純情きらり』(2006)、フジテレビ『HERO THE TV』(2015)、映画『四月は君の嘘』(2016)、TBS『ごめん、愛してる』(2017)等、撮影協力を行っている。また2017年には、全日本ピアノ指導者協会新人指導者賞受賞。
取材・文:いまいこういち(森下真樹ウォッチャー)

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