進撃のプログレアイドル「キスエク」
セカンドワンマン観戦レポート

■プログレ+アイドルのキマイラ
女子アイドルグループの「xoxo(Kiss&Hug) EXTREME」(キスアンドハグエクストリーム)こと、略称「キスエク」が、一部の音楽通の間で注目を集めている。何故か。それはキスエクが「プログレアイドル」を標榜しているからだ。プログレアイドルとは、文字通りプログレ、即ちプログレッシヴロックを専門的に歌い踊るアイドルのことである。かつてプログレとアイドルは容易に結びつけられる概念ではなかった。喩えて言うなら、ミシンと蝙蝠傘が解剖台で偶然邂逅するくらいの違和感があった。しかし現代は「違和を以て尊しと為す」時代であり、ペンと林檎だろうが何だろうが、異質のもの同士を無理矢理くっつけることから新しい可能性が生み出される。キスエクもまた、そんな時代の落とし子というべき、プログレとアイドルをくっつけたキマイラなのだ。いわばアルマジロと戦車の合体した怪物が火山の噴火口から飛び出してきたような存在なのかもしれない。そして或る種の音楽通だったら、そんな怪物的な実験の行方に興味を持たずにはいられないのである。
楠芽瑠(クスノキ メル)、一色萌(ヒイロ モエ)、小日向まお(コヒナタ マオ)、小嶋りん(コジマ リン)の4名から成るキスエクが世の中に現れたのは2016年12月だった。以後、地道に活動を重ね、今年2018年2月4日には目黒・鹿鳴館で初めてのワンマンライブをおこなった。その模様はプログレバンド「金属恵比須」の高木大地が当SPICEで紹介したが、実は筆者もその現場にいて、プログレバンド「Qui」による高度な生演奏をバックに華やかなパフォーマンスを繰り広げる彼女たちを目の当たりにし、かなりの衝撃を受けていた。
そのファースト・ワンマンでは、二度目のワンマンを早くも約二ヶ月後の4月15日に小岩のライブハウス「オルフェウス」でおこなうことを発表した。ショーの題名は「xoxo(Kiss&Hug) EXTREME ワンマンライヴ The Other Side of XXX」。XXXというのは、xoxo(Kiss&Hug) EXTREMEの略記だが、どこか伏字のようでもあり、成人向けX指定の如き淫靡な匂いも漂う。そして“ジ・アザー・サイド”。 どんな“アザー・サイド”を覗くことができるのか。ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーンみたいなものだろうか? その怪しさが気になる。そんな、制作側の仕込んだサブリミナルな術中にまんまとはまった筆者は、ファースト・ワンマンの興奮がまださめやらぬ中で、キスエクに再会したいと強く欲するようになった。そして今回、その4月15日のセカンド・ワンマンの観戦記を綴る次第である。
■キスエク会いたさに冥府下り
小岩は、これまで筆者の人生において全く接点のなかった土地である。最近観た地蔵中毒という劇団の芝居の中で語られた「小岩の居酒屋では酔っ払いのオヤジたちがいつも喧嘩している」という台詞だけが唯一の御当地イメージだった。だから、それなりの覚悟をもってJR総武線の小岩駅を初めて降りた。しかし、まだ居酒屋の開店する時間でなかったようで、想像していた酔っ払いの怒号はどこからも聴こえてこなかった。それどころか人の気配すらほとんど感じさせない。筆者は予想外の“静寂の嵐”に包まれながら、キスエクへの強い再会願望だけを胸に、まるで冥府へと下るオルフェウスのような心持ちで、その神話の人物の名が冠された演奏会場を探し求めた。
現場には、今回のスチール撮影を担当するフォトグラファーが先に到着していた。二十代の若い女性の方で、アイドルのライブ撮影を得意としている。この日の被写体について説明をすると、プログレをご存じない。世代的に仕方ないことだ。そこで「プログレとは何か」から説き起こす。1970年代初頭の数年間だけ隆盛を誇った、先進的で知的で些か難解なロックミュージックであり、代表格はキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、EL&Pなど。音楽の特長としては、曲が長い、壮大、複雑、変拍子、超絶テクニック、文学的……等々。現在は大衆に忌み嫌われ絶滅危惧種となり果てている、ということも。怪訝な表情を浮かべる彼女に「実際にライブを聴けばわかります」と伝えて、あとのことはお任せすることにした。
オルフェウスの入り口前
いつしか開演時刻が迫り、収容人数250人ほどのオルフェウスは人でいっぱいだ。やはり男性が圧倒的に多い。かといって、近年の来日プログレバンド(キングクリムゾン、イエス、PFM、等)の会場で見られるような五十~六十代がメインの高齢客層ではなく、中年か中年一歩手前が大多数という印象を受けた。一般的なプログレマニアよりも、アイドルマニアの勢力が上回っているということか。
しかし、である。キスエクはディスクユニオン新宿プログレ館で「チケット手売りお渡し会」などというイベントを行なっており、ディスクユニオンも彼女らを強く推している。だからプログレマニアだって確実にここに存在しているはずだ。それが証拠にほら、「浜鯛」と記されたTシャツを誇らしげに着ている客も混じっている。フランスのプログレバンド、マグマによって創造された独自言語=コバイヤ語における挨拶言葉、それが「ハマタイ」なのだが、ディスクユニオンはマグマのCD購入特典として「ハマタイ」を「浜鯛」と漢字表記した小粋なグッズを色々と作ってきた。たとえば「キスエク」メンバーの小日向も「浜鯛」弁当箱を愛用しているという。ちなみにキスエク会場で何故マグマなのかについては、この後にわかってくる。
■唖然とし、笑うしかない
開演時刻になった。前回のワンマンにあったようなオープニングアクトは今回、特にない。星雲の渦巻く映像と共に、「展覧会の絵」(EL&Pでもおなじみ)をアレンジした旋律が流れる中、キスエクの4人がステージに登場する。最初のナンバーは「凛音~rinne~」。作詞はキスエクのプロデューサーである大嶋尚之、作曲は主にQuiのギタリスト・リーダーでもある林隆史。もの哀しいミドルテンポに乗せて、少女の揺れうごく感情が歌われる。ここはまだ生バンドではなくカラオケだが、そのサウンドには70年代の匂いが立ち込めている。

楠芽瑠

曲が終わるや照明が明るくなり楠が「みなさ~ん」と能天気な声で呼びかける。先ほどまでのムードが一気に吹き飛んで、場内からどっと笑いが起こった。続いて挨拶と各メンバーの自己紹介がテキパキと早口でまくしたてられる。さらに本日生演奏をおこなうバンド「Silent Of Nose Mischief」こと略称「サイノー」がステージに呼び込まれる。前回のQuiとはまた違うバンドがライブ生演奏に起用されたのである。この点が、今回の“アザー・サイド”の特長その1だ。
「それではさっそく次の曲にいきます」として披露されたのは、曲名がやたら長く、演奏がやたら短い珍ナンバー。これも大嶋の作品。せっかくなので曲名をフル記載する。
「真っ赤な太陽が沈む空、瞬くような黄金の煌めき かつてそこには無数の生命と幸福があり、緑と暖かさに満ちあふれていたが、今はすべて消え去ってしまい、残ったのは星ひとつない真っ暗な闇。そんな闇を切り裂くように流れた水色の流星、それはまるで僕たちの願いを叶えるかの様に思えて、君は頬を桃色に染め、僕はそっとその手を握った。様々な想いを胸に人々は過ちを繰り返し、時に笑い、時に唇を噛み締め、でもそうやって僕たちは成長して来たのだ。混沌を望む者は少ないだろうが、世の中と言うものは常に僕らをそこに吞み込んでしまおうとする。絶望、そして希望。この短い間にも両者は互いに相見え、どちらがどちらを塗りつぶす訳でもなく、そうして時は過ぎ去っていった。だが少なくとも、僕はいつも君にとっての希望でありたい、とそう願った、真っ暗な夜。ところで、豚のもも肉を塩漬け、薫製した加工食品って何だったっけ?」
小嶋りん
で、この曲の中身はといえば、ドラムのカウントと「ジャンッ」という一音のみ。詩の朗読のような曲名紹介に3分間あまりが費やされるのに対して演奏は一瞬で終わる。そのような倒錯的な作品をつきつけられて聴衆は唖然とし、あとはやはり笑うしかなくなる。「音楽とは何か」という根本的問いかけに対する、ひねくれた解釈を垣間見た気がした。
ちなみに、その曲の文字数を数えたら386文字、音数は454音ある。ついでだからと過去の日本においてこうした超ロングなタイトルの曲は他にどんなものがあるのだろうかとネットで調べてみると、ヴィジュアル系バンド「レム」が2010年に発表した曲が517文字573音で最長のタイトルだった(その後の記録更新状況は不明)。曲名を読んでいるうちにレム睡眠に陥りそうだ。
そのレム以前に、4年間に渡って最長記録を誇っていたのが「内核の波(ナイカクノワ)」というプログレバンドだった。曲名の長さに定評のあったバンドで、最長のものは343文字382音だった(現在のキスエクには負けている)。かと思うと、たった1文字の曲名もあったという。内核の波といえば、金属恵比須の高木大地がかつて所属し、食のパフォーマンス(豚丼喰い)を繰り広げていたことでつとに知られる。そのパフォーマンスは、イエスのリック・ウェイクマンが演奏中にカレーを食べていたという伝説にあやかったものだ。知的で重厚と思われがちなプログレには、実はそういった馬鹿っぽく悪戯っ気のある“アザー・サイド”もある。
一色萌
■視覚にも聴覚にもサービス精神がいっぱい
続く「えれFunと”女子”TALK~笑う夜には象来る」も、ある意味、悪戯っ気のある曲といえるかもしれない。キング・クリムゾンの「エレファント・トーク」を本歌取りしている。この曲に対して、元歌の作曲に携わった一人であるエイドリアン・ブリュー(元キング・クリムゾン)がSNS上で「I like it!」とコメントして、ネット界隈を賑わかせた。
サイノーによるグルーヴの利いた演奏が、まんまクリムゾンのカヴァーで突き進むかと思いきや、次第に曲調が変化してゆき、やがて「笑おう笑おう、わっはっはっは」と往年の浪越徳治郎(指圧療法創始者)ばりの歌詞まで登場し、陽気なタテノリ展開となる。すると、待ってましたとばかりに会場もみるみるうちに王道的なアイドルコンサートの様相を呈する。やはりアイドルクラスタの皆さんには、こういうノリではしゃぎ騒ぐことこそがライブの醍醐味なのだ。
「我ら女子会パジャマ会」なんて歌っているけれど、女子が三人以上集まれば「姦しい(かしましい)」もの。ならばいっそ「うちら陽気なかしまし娘」と歌ってもいいくらいだ。しかし、それをやると「エレファントカシマシ」などといった別のバンド名までも連想させて事態がややこしくなるので、余計な深入りは避けているのであろう。
「えれFunと”女子”TALK」は、作詞をイチノセサトミが手掛け、作曲/編曲をアニメ・ゲーム・アイドルなど多岐に渡って活躍する人気コンポーザーのコジマミノリが担当している。今回のライブでは生バンド付きのキスエク曲がすべて、コジマの特別に編曲した“この日限定ヴァージョン”で演奏されている。それが、今回の“アザー・サイド”の特長その2なのである。
この「えれFunと”女子”TALK」にも、歌詞に出てくる「くるみ割り人形」(EL&Pでもおなじみ)の一節が間奏に挿入されたり、エンディングに「どぼちょん一家」のイントロが挿入されたりと、遊び心の溢れるアレンジが元から仕込まれているのだが、今回の演奏を聴いていると、間奏部分において「白い恋人たち」のメロディをハッキリと浮かび上がらせるなど、アレンジ面での奔放さが増幅されていた。キスエクが歌い踊る背後では象の行進する映像も流れ、聴覚のみならず視覚にも一度では受け止めきれないほどサービスをふんだんに投げかけてくる。特に映像演出は、今回の“アザー・サイド”の特長その3といえる。
小日向まお
■超弩級のプログレ狂詩曲
イエス「ラウンドアバウト」の導入音が聴こえたかと思うと、「嗚呼、スベテガ~オワレバイイ」という合唱がファンファーレのように響き渡る。「キスエク」の記念すべき1st Single曲にして11分を超える大作「悪魔の子守唄」の始まりである。万華鏡の映像をバックに、ネガティブな感情を滲ませたフレーズを各メンバーが歌い繋いでゆく。なかでも一色の小節唱法と小日向のビブラート唱法が、デーモニッシュな曲調にマッチする。目まぐるしく転換してゆくリズムに合わせて、四拍子だろうと三拍子だろうと手拍子を怠らないファン達の対応も頼もしい。
小嶋りん
やがて曲調は激しめなロックに。歌い手の背後にはアフリカの呪術儀式の映像が。しかし曲のリズムは、ナイスやイエスも奏でた、かのバーンスタイン「アメリカ」(ウエストサイドストーリー)と一緒。これも新アレンジによって、より強調されたのかもしれない。歌がラップのようになると、「虚空スキャット」「こわれもの」「悪魔の呪文」「悪の経典」「CLOSE TO THE EDGE」「壁のレンガが崩れた」「お伽噺」「ヘンリー八世 妻が六人」「マシンソフトに」「引きずって倒して、ナイフ片手に」などといった、どこかで耳にしたことのあるようなプログレ・タームが次々と飛び出してくる。
一転、曲調がスローになり雄大な雰囲気が出てきても、「エピタフ」「狂気」といった歌詞は相変わらず。いつしかスクリーンにはヒエロニムス・ボッシュの「快楽の園」が大きく映し出される。ボッシュを背景にカオスを歌い上げるアイドルとは、なんという異様な光景であろうか。不思議な感動に震え慄いていると、それを引き裂くようにブギのリズムに乗せてオルガンの鋭利なソロが疾走を始める。だが、これは同時に阿波踊りのリズムでもあり(現に映像に阿波踊りが登場)、己の体内に土俗的な祝祭の血潮がたぎってくるのが分かる。イタリアン・プログレのオザンナ「パレポリ」をちらっと思い出したりもした。さらに「私のお気に入り」(サウンド・オブ・ミュージック)の断片も割り込んでくるなどして、場内はいつしか闇鍋的なトランスが渦巻き始めた。
それでいて「ところでこの曲いつまで続くの?」なんて、唐突に自己言及的な歌詞がアイロニカルに挿入され、聴衆はふと我に返ったりもする。そうこうするうち「人間ていいな、言の葉っていいな、目と目合わせて伝えるっていいな」といった、思いもよらぬヒューマニスティックな連帯讃歌のフィナーレへと雪崩れ込んでゆくから驚きだ。一瞬「相田みつをが降臨してきたか?」と思ったものの、聴衆は感極まった表情で隣人同士で肩を組み左右に横揺れしながら音楽と同期している。こうした状況の中でプログレファンとアイドルファンあるいはアニソンファンがジャンルの垣根を越えて繋がりあってゆけるのだとしたら、なんと素晴らしいことか。……「子守唄」と題されつつも、実態は超弩級のプログレ狂詩曲というべきこの問題作は、こうして大団円を迎える。ちなみにこの曲も作詞:イチノセサトミ、作曲:コジマミノリである。クリエイター、キスエク、みな恐るべし!
■どんなプログレも軽々こなす職人集団
キスエクがいったん退場し、バックバンドのサイノー(Silent Of Nose Mischief)によるインプロビゼーションが奏でられる。メンバーは、Bass:根岸和貴、Drum:仁科希世彦、Key:諸田英慈、Guitar:稲葉敬、Manipulator:細井聡司の5人。ファーストワンマンライブにおける生演奏バンドのQuiはカンタベリー・ミュージック系だったが、サイノーについては何系なのか見抜けず。クラウト系のエレクトロニックなアヴァンギャルドさも感じられたが、これは的外れかもしれない。しかし正確かつ高度なテクニックを有し、どんなタイプのプログレ楽曲も軽々とこなす職人的演奏集団であることは、ここまでの演奏及びこの後の演奏を聴けば間違いなかった。
Silent Of Nose Mischief
現に、続く2曲目でもEL&Pの「ホウダウン」を見事に演奏してみせたし、そればかりか、カントリーライクなギターソロや「オクラホマミキサー」を挟み込むなど、追加アレンジを加えるセンスもなかなかのものだった。EL&Pの原曲はアーロン・コープランドのバレエ音楽「ロデオ」なのだが、そのさらなる原曲はアメリカ民謡の「ナポレオンの退却」にある。したがって、原々曲の世界観をより拡げて見せた好演となった。
キスエクがお色直しをして、白と黒を基調とする新衣装で現れると、またしても先ほどと同じ「ホウダウン」のウィンウィ~ンというムーグ音が高らかに鳴り響く。むむ、何が起こった?……しかし直後のリズムは「ホウダウン」と少々異なり、5拍子、さらに色々と目まぐるしく変容してゆく。オルガン音は絶えずコロコロと駆け巡っているものの、ラップなども入り混じって、これはあくまで「ホウダウン」風の元気のいいアイドルポップスなのだと理解した。しかしここでもまた、「ハマタイ」とか「原子心母」とか「吹けよ風、呼べよ嵐」なんてプログレ・タームが耳に飛び込んでくる。さらに、ほんの一瞬「カリキュラマシーン」テーマ曲の切片が聴こえた気もした。で、その後のMCにより、この聴き慣れないナンバーこそ初披露の新曲「progressive be-bop」だと紹介された。ただキスエクにとっては新曲なのだが、実はこの曲、キスエクの前身グループ、xoxo(Kiss&Hug)こと「キスハグ」(キスエクとは全く異なる構成メンバー)のレパートリーだったそうだ(作詞・作曲:大嶋尚之、2015年発表)。
続いてキングクリムゾンとジェネシスが溶け合ったような重厚サウンドで始まる「鬱。」(大嶋の作品)。こういう曲ではやはり一色の演歌のような小節唱法と小日向のビブラート唱法が前半強い印象を残す。が、この曲の中でも、途中からキスエクならでのアイドルポップへの急転換が起こり、楠や小嶋も含めた華やかでキュートなパフォーマンスによって会場は大盛り上がりとなるのだ。その一方で迫力満点のシンセサイザー・ソロ(Key:諸田英慈)もまた、このナンバーの盛り上げに大いに貢献していたことは忘れてはならないだろう。
楠芽瑠
■ハンパない劇的ムード
舞台上のスクリーンに「エヴァ」よろしく黒地にL字配置された太い明朝体(マティスEB)で「第壱話 革命前夜」というタイトルが現れる。三部構成の組曲「革命」のスタートである。勇壮なロックのビートに乗せて革命家たちの決意が歌われているように見える。その後には、祈りのハーモニーが神に捧げられる。そのシーンでは聖堂のマリア像がスクリーンに浮かび上がり、劇的ムードがハンパない。
「第弐話 革命」では、EL&Pの「タルカス」とイエスの「危機」のそれぞれのイントロが表裏一体となったような導入部(双方でエンジニアをつとめたエディ・オフォードに聴かせたい!)に続き、いよいよ革命が勃発したらしい。歌い手の背後には革命を描いた新旧の映画の断片が次々と現れる。
3曲目の「誓い~勝利のファンファーレ~」では、どうやら革命が成功して祝祭が行われているのだろうか、PFMの「セレブレーション」を思わせるリズムに乗せて、明るく溌溂とした歌が進行してゆく。
そのうち聴衆はまたしても皆で肩を組み左右に揺れてみたり、あるいはステージ上のキスエクを見倣って、縦の隊列を作りフォークダンスの「ジェンカ」(Let's Kiss)を踊りつつ、革命成就の喜びを体現していた。舞台上にはドラクロアの「民衆を導く自由の女神」が映し出され、最後にトリコロール旗の映像と共に「ラ・マルセイエーズ」の旋律が流れる。
とても良く出来た音楽だった(作詞・作曲:大嶋尚之)。凝った映像も実に効果的だった。しかしながら、惜しい点もあった。いかんせん歌詞が全然聴き取れないのだ。だから、具体的に「何の革命」あるいは「革命の何」が歌われているのか全く理解不能だった(それでも会場の聴衆が皆で喜びを分かち合っている光景は面白いのだけれど)。「ラ・マルセイエーズ」も、それが直接フランス革命に直結するものとして登場したのか、比喩ないし象徴として使われたのかが分からない。この問題はやはり改善が望まれる。諸テクニックを駆使して歌詞がきちんと聴き取れるようになった暁には、たとえば筆者の愛聴するカーヴド・エアの「マリー・アントワネット」にも匹敵するようなドラマチックな革命関連プログレソングにもなりうるのではないか。
(左から)小嶋りん、楠芽瑠、一色萌、小日向まお
「ところでこのレポートいつまで続くの?」と思われ始めているのではないだろうか。……飛ばしていこう。
■難曲を自家薬籠中の物としていくキスエク
ステージも終盤戦。キスエク初の全国流通CDとして「The Last Seven Minutes」が近日発売される件や、新曲を人気コンポーザーの宮野弦士が書き下ろす件などがアナウンスされた後に、アメコミヒーローの映像を背に、切れ味の鋭いビートに乗せたラップが印象的な「Cutie Avengers」(作詞・作曲:大嶋尚之)が歌われる。
続いては、満を持して話題の「The Last Seven Minutes」。これは何度聴いても鳥肌が立つ、傑出したナンバーだ。オリジナル原曲はマグマ(作詞・作曲:クリスチャン・ヴァンデ)。そのマグマがキスエクのカヴァーを公認し、facebookで「いいね」をつけたことで、キスエクの知名度は“その筋”で一気に高まった。キスエクのライブ会場で「ハマタイ!」の挨拶が罷り通るのは、このマグマの難曲をカヴァーしているからにほかならない。
いつもキスエクの難解な音楽に振付しているのが振付師ユニットAz+(アズプラス)。この「The Last Seven Minutes」でも、途轍もなくせわしなさを伴うドライブ感のある音楽に、スリリングでありながら愛嬌のあるダンスを巧みに創造してみせた。さすがである。
また、コジマの編曲とサイノーの生演奏がここにおいてもあまりにカッコイイ。強烈な“攻め”の姿勢がビンビン伝わってくるからである。そして何よりも、パフォーマンスを重ねてゆく毎にこの難曲を自家薬籠中の物としていくキスエクこそは超カッコイイと思う。個人的には「エブリシング、キック!」とハイキックをかます小嶋も何気にいい。さらに、この複雑な楽曲にも係らず、掛け声や手拍子など各種応援行為を絶妙のタイミングで入れてくるファンたちも見事である。なお、個人的な願望を書かせていただくと、今後マグマの来日公演がおこなわれることがあるなら、ぜひキスエクにオープニングアクトを務めていただき、「The Last Seven Minutes」で場を温めてもらいたい。
楠芽瑠
さて、ワンマンライブ本編の最後は「週末幻想曲」。些か不穏な雰囲気のタイトルに反して、キスエクのレパートリーの中では驚くほどアイドル寄りなポップチューンだ(作詞・作曲:大嶋尚之)。であるがゆえにキスエク曲としては却って新鮮に映る面白さよ。
アンコールでは、Tシャツに着替えてきたキスエクが登。まずは、またしてもクリムゾンやジェネシスの匂いが立ち込める「イロノナイセカイ」(作詞・作曲:大嶋尚之)で王道プログレをガツンとかまして見せる。
一色萌
そして本当に本日最終となるナンバーは「キグルミ惑星」だ。これは2010年放映のアニメ「はなまる幼稚園」の第2話エンディングテーマ曲として高垣彩陽によって歌われた伝説のプログレアニソンである。どことなくマグマのような厳めしさを湛えたオープニングを経て、多様な曲調へと次々流転を続ける感動の狂詩曲。この作曲を手掛けたのもコジマミノリだった(作詞:只野菜摘)。そして、これをキスエクがプログレアイドルとしてのプライドを賭けて見事に甦らせたのである。圧巻! これにて、約2時間に及んだキスエクのセカンドワンマンは終了、濃厚充実のステージ内容にオーディエンスたちも皆、満腹の表情を浮かべていた。
終演後には物販開始前に楽屋を訪ね、キスエクの4人にライブの感想を語ってもらった。
楠芽瑠「二ヶ月の間にワンマンを二回もやることができたのはすごく嬉しかったです。しかも、同じ曲でもアレンジが違うと全然印象が違うんだなあって思いました。今日のお客さんがいつか今日限定のアレンジで聴いたことを人に自慢できるように、私たちも頑張ってもっと大きくなりたいです」
楠芽瑠
一色萌「サイノーさんは演奏技術が高いだけでなく、気さくで、リハの時も私たちに優しく接してくれました。おかげでとても楽しく本番を迎えることができました。新曲「progressive be-bop」も以前からやりたかった曲だったので今日披露できて、とても嬉しかったです」
一色萌
小日向まお「思っていたよりも多くのお客さんが来てくださり、色んな方々のお顔を拝見することもできました。皆さんには本当に感謝しています。ここのところ家で喧嘩していた父も、今日は母と観に来てくれて、そのことも嬉しかったです」
小日向まお
小嶋りん「サイノーさんは普段は前衛的なバンドなのですが、今回は新しいアレンジに取り組んでくださり、今までになかったキスエクの世界観を素晴らしい形で表現してくれました。特に革命三部作は新しいものになったなあと感慨深く思いました」
小嶋りん
さて、このライブが行われた4月15日から、あっという間に2カ月近くの時間が流れてしまった。その間にキスエクまわりで起こった出来事を記しておきたい。まず、フランス行きを賭けたバトル形式のアイドル賞レース「TokyoCandoll」に参戦していたが、残念ながら準決勝敗退となってしまった。一方、NHK-FM「ヒャダインの“ガルポプ!”」において「The Last Seven Minutes」が紹介され、ヒャダインがいたく感銘を受けていた。また、メンバーの小日向まおが大学受験に伴い活動に制限が生じること、そして新メンバーを募ることが運営サイドから発表された。
来たる6月9日には新宿ネイキッドロフトでキスエクのトークイベント「THE 頭脳改革番外編~昼下がりのプログレトーーク!~」が開催される。ゲストに高木大地(金属恵比須)、諸田英慈(Silent Of Nose Mischief)、宮野弦士(作曲家・ミュージシャン)を招き、キスエク楽曲のインスパイア元や、5大プログレバンド、そして世界各国のプログレについてなど、プログレ談義で花を咲かそうという企画である。観客の質問も受け付けるそうなので、本記事で興味を覚えた方は参加されることをお奨めする。さらに、7月1日の「楠芽瑠 生誕ライブ」@新宿MARZをはじめとして、彼女らの快進撃は今後も止まることがなさそうだ。
取材・文=安藤光夫  写真撮影=上溝恭香

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