災害を題材に現代日本の歪みを描く、
刈馬カオスの最新作が名古屋で~刈馬
演劇設計社 PLAN-12『フラジャイル
・ジャパン』

大災害を通してあぶり出される現代社会の歪み、険悪化する人間関係、人はそこからどう生きるのか…
劇作家・演出家の刈馬カオスによるユニットとして、2012年の立ち上げ以来、公演のたびに出演者を集めるスタイルで愛知を拠点に活動している刈馬演劇設計社。実際に起きた災害や事件を基に、これまで多くのサスペンスドラマを手掛けてきたが、前回公演では一転、三好十郎の傑作戦後戯曲『胎内』の2バージョン上演に挑戦。それから1年余り、刈馬の書き下ろし新作としては約2年ぶりとなる『フラジャイル・ジャパン』が、まもなく5月17日(木)から名古屋・天白の「ナビロフト」で開幕する。
LOFTセレクション vol.2 刈馬演劇設計社 PLAN-12『フラジャイル・ジャパン』チラシ表
今回の公演は《LOFTセレクション VOL.2》と冠されているが、これは「ナビロフト」が将来を期待したい若手カンパニーや伸び盛りの中堅カンパニーを支援するプログラムで、刈馬演劇設計社としては過去最多上演となる13ステージを敢行する。それに伴い、刈馬は長年構想を温めてきた内容で劇作し、得意技を封印した演出で臨むなど、多くのチャレンジ要素が見られる作品となっている。
“脆い日本”と題された本作の題材は、2011年に起きた東日本大震災で、石巻市立大川小学校の児童と教職員、計84名が津波によって死亡・行方不明となった悲劇である。避難誘導を巡り訴訟問題にも発展したこの痛ましい出来事を軸に、刈馬は何を描こうとし、どのような上演を目指しているのか、稽古場に伺って話を聞いた。
── 今作は、東日本大震災で被災した大川小学校の悲劇が題材ということですが、震災から7年経ったいま、なぜこの作品を上演しようと思われたのでしょう。
僕がこの戯曲を書こうと思った最初のひとつは、震災から半年ぐらい過ぎた頃に東北を見に行ったことなんですね。まだその頃はボランティアで行かれている方がすごく多い時期だったんですけども、僕は取材という形で行ったので、いってみれば観光客のような、何か役立ちにいくわけではないのですごく後ろめたい気持ちでいたんです。あれは一体、何だったんだろうな? とずっと引っかかっていたんですね。その後、負の遺産を活用した観光地化計画(ダーク・ツーリズム)を提唱している本を読んで、「あぁなるほど、そういうのもあるのか」と思って、だんだんとこの話のことを考え始めたんです。
『クラッシュ・ワルツ』のツアー(2016年、再再演)で広島に行った時に、広島の方といろいろ話をして「自分たちの街はやっぱり特別な街だと思う」という思いや、「原爆ドーム」も保存するか否かで非常に意見が割れたという経緯を聞いたり、審査員の仕事で沖縄に行った時も戦争遺構を見て回ったり、そういったことを踏まえていくうちに、東日本大震災から時が過ぎた今だからこそ、遺された物はどうするのか、と考えて。
ちょうど2016年に大川小学校の旧校舎の保存が決定した、ということもあります。結局、記憶は時間と共にだんだん薄らいでいくわけですから、それを繋ぎ止めるもの、だけども忘れないためのものである一方で、“忘れさせてくれない”ものでもあったりして、人間の過去の辛い経験を良い意味でも悪い意味でも繋ぎ止めてしまうものだと。じゃあ、その物のあり方とは一体何だろう? ということは、そろそろ10年を迎えようとしている今だからこそ扱いたいテーマであったな、という風に思っています。
稽古風景より
── 物語を構築していく上で、他に入れ込んだモチーフなどもあるんですか?
広島の土砂災害(2014年、豪雨により広島市の住宅地で起きた大規模な土砂崩れ)も扱っています。今作は【記録的豪雨による土砂災害での悲劇】という架空の事故を設定にしているんですけど、広島の災害で言われたのが、かなり山に近いところに住宅を建てていて、そんな危ないところになぜ建てるんだろう? という話もあったりしたんですけど、やっぱり人口が増えるとそうなるよね、と。元々その土地は、〈蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)〉というおどろおどろしい地名で、蛇のように水がザーッと落ちる土地であることを意味していたんですけど、良い名前じゃないということで変えたんですね。でも地名には由来があって、そういったところに住むことがそもそもよろしくない、ということが言われていたんです。
── 水に関する名前が付いている土地も地盤が緩い、などと言われますよね。
そうなんですよね。でもやっぱり日本は国土の75%が山なわけですから、都市部が埋まっていったり、山の方にだんだん人口が増えていけば住まざるを得なくなりますよね。それで山の方を開発してニュータウンを作ると、〈希望ヶ丘〉とか聞こえの良い名前になる。その歪みが、何か今ちょっとずつ出てるのかなと。
この作品は、主人公のかなり若い時代のことも所々挿入される構成になっているんですけども、いわゆるバブル真っ只中の時代からバブルが崩壊して仕事が無くなる─この街に誘致した大手の電機メーカーが工場を閉鎖して撤退することになって、街が急速に貧乏になっていって、というような街の変化、結局この国の歴史でもあるんですけども、高度経済成長期を経たバブルから現在に至るまでの時間、というものも重ねて書いています。
僕自身の子供の頃がバブルの時代で、いきなりバブルの状態からスタートだったので、そこからどんどん落ちていくところを見てきたというのがあるものですから、この経済的な衰退と災害というものは、本当に無関係なんだろうか? 何か無理なことがあったことによって起きたのではないか、と。
── 完全な自然災害ではなく、間接的に人為的な要因も関わっているのではないかと?
そうですね。そういうことを探ってみたいな、という思いでした。
稽古風景より
── 実際に現地に行かれたり、取材をする中で掴んだものというのは?
大川小学校のことを調べていった時にすごくショックだったのが、劇中で語ることにもなるんですけど、あの悲劇は先生たちが適切な避難措置を取らなかった、ということが裁判にもなってしまった。なぜ先生たちがそれを出来なかったのかというと、「山に避難させると危ないんじゃないか」「転んで怪我をしたり服が汚れたらどうするんだ、その時に責任が取れるのか?」みたいな話になってしまったんですね。津波が来たら大変だ! ということより、山に行って怪我をさせた挙句、津波が来なかった時に責任問題になることを恐れた結果、多くの児童が亡くなった。
それを知って、今の日本の何かというと責任を取らせたり、人間関係の寛容的でないようなことが原因になっているんじゃないかなと。クレーマーとかモンスターペアレントとか、すぐに誰かの責任を糾弾する風潮が年々強くなってきているように思うんですが、そういうものが背景にあったんではないかと。
── そうして書かれた戯曲を劇として立ち上げる上で、演出的にポイントにされたのはどんな点ですか。
ひとつは、僕はわりとワンシチュエーションでやっていく芝居が多いんですけど、さっき言ったような過去のシーンを所々挿入するために、ソートン・ワイルダーの『わが町』のような構成を取り入れています。それともうひとつ自分なりに挑戦なのは、これまで僕の作品というのは、かなり激しい感情のぶつかり合いだとか、わかりやすい対立というものがあったんですけど、今回は声を荒げるシーンがものすごく少ない、感情があまりぶつからない、走らない、という自分がこれまで劇を盛り上げるために使っていた手法を封印して、じっくりと向かい合って話し合う、ということだけで見せていこうとしています。
前回公演『胎内』《カオス・ハイミックス ver.》より。2017年/七ツ寺共同スタジオ   出演者、演出ともに異なる2つのバージョンとも、“ほとばしる感情のやりとり”を軸に展開された前作。今作ではそれを禁じ手に
── そういう手法を選ばれたのはなぜですか?
得意なところは敢えて封印してみようとか、細かいことでいったら携帯電話を今回の芝居では使わないとか、そういう制限を自分にかけることでもっと成長できないだろうか、ということはずっとしてきたんですね。『クラッシュ・ワルツ』という作品で評価を受けて、しばらくその手法を自分なりに変えながらやってみて、ある程度手応えを得て身についた感じがしたものですから、じゃあそれに頼らないで何が出来るだろうか、ということの挑戦でもあります。
僕の作品はよく「暗い」と言われますけど、そうではなく「重い」のだと。「暗い」と「重い」は全く違うものだと思っているんですが、今回は役者に感情を抑えてもらっている分、ともすると暗くなってしまいそうなところは難しいんですけど。
── ビジュアルとしては、どんな感じの舞台になるんでしょう。
教室が舞台なんですけども、舞台美術家に注文したのは、「普通の教室にしないでほしい」と。「天井に鉄骨のアーチがあってほしい」と言って、ただの教室ではなく「原爆ドーム」のイメージを入れたいと思ったんです。大川小学校の教室が、いわゆる長方形のよくある教室じゃなくて、校庭に面したところがカーブしていたり放射線状に区切られていたり、ちょっと変わった形なんです。それを見た時に、「原爆ドーム」はあれが真四角のような構造だったら、あんなモニュメントにならなかっただろうな、と思ったんですね。あのドーム状のものがあるからモニュメントになったし、それはもしかしたらキノコ雲のカーブと重なってるのかもしれないけども、そういう意味で非常に象徴的なのではないだろうか、と思って。それで、ただの教室という風に閉じずに、「いろいろなものと重なり合うような構造にしてほしい」ということで注文をしました。
── 「ナビロフト」で上演されるということもあって、天井の高さを生かした美術にもなっているわけですか?
そうですね。それはやっぱりイメージしました。豪雨の話なので、天井が低いと上から何か落ちてくるイメージが湧きづらいと思うんですね。天井が高いと、「やっぱりそこから何か降ってきたんだな」という感覚やイメージを持ちやすい、というのは大きいと思います。
稽古風景より
── 今回のキャスティングについては?
本公演の時はだいたい、常連と2回目、3回目の人と初めての方、そしてベテラン、中堅、若手の人をブレンドする、というのが多いんですけども、今回もそういう感じです。常連が岡本理沙と元山未奈美ですね。今津知也と、まといと佐野かおるが2回目、「もう一度一緒にやりたいな」と思った俳優を呼びました。初めましての方が、ベテランのくらっしゅさんと金原さん、そして若手はTERU君と内山ネコさん、古場ペンチさんもですね。とにかく豪華で、かなり理想的なキャスティングになったと思っています。
── 音楽などは、どんな感じになりますか?
音響は椎名KANSさんなんですが、「とにかく今回は、観客が土砂にのまれてほしい」とお願いしています。土砂災害の恐怖を体験してもらおうと。これはもう音響のプロにしか出来ない仕事で、KANSさんしかいないな、と思ってお願いしました。音楽については主題曲を廃墟文藝部のいちろーさんに依頼して、その音楽に合わせたダンスの振付とシーンを繋ぐ時のステージングを、afterimageの堀江善弘さんにお願いしています。
── 今回は13ステージといつもより公演数が多くて、これもチャレンジのひとつですね。
「ナビロフト」さんからお話をいただいた時に、「2週間やってほしい」と言われたんですね。1週目ももちろんたくさん来てほしいんですけども、良い作品を創って評判が広まって、2週目にどんどん人が来るようになってほしいな、と思っています。
【あらすじ】
ある地方都市を記録的豪雨が襲った。山を削ってできた住宅地は土砂崩れに飲まれ、中学校で教師・生徒あわせて34名の命が奪われた。生徒の遺族は、亡くなった教師の避難指示に過失があったとして、提訴。小さな街は、険悪な人間関係によって引き裂かれてしまった。
あれから9年。街は復興しているが、あの校舎は当時のまま。剥き出しのひしゃげた鉄骨、泥汚れが落ちない壁、雨風にさらされた黒板…。生徒の遺族は、時折訪れる見学者のために語り部ボランティア活動を続けていた。しかし、10年目を迎えるにあたり、一区切りつけて撤去すべきとの声が上がる。
そんな時、負の遺産を活用した観光地化計画(ダーク・ツーリズム)が持ち上がり、ふたたび街の人間関係が揺れ始める。発案者は、提訴された亡き教師の、子どもだった。
取材・文=望月勝美

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