『オワリカラ・タカハシヒョウリのサ
ブカル風来坊!!』池田龍雄展に見る
、戦後美術のエネルギー

ロックバンド『オワリカラ』のタカハシヒョウリによる連載企画『オワリカラ・タカハシヒョウリのサブカル風来坊!!』。毎回タカハシ氏が風来坊のごとく、サブカルにまつわる様々な場所へ行き、人に会っていきます。第20回となる今回は、練馬区立美術館で2018年6月17日(日)まで開催中の『戦後美術の現在形 池田龍雄展-楕円幻想』をレポートします。

疑わしい。
国家は、企業は、体制は、権力は。
疑わしい、この世は。
疑わしい、人間は、
疑わしい、自分自身は。
池田龍雄氏の絵画に宿るパワーは、疑惑のエネルギーだ。あらゆる既成的なもの、人為的なものから、できるかぎり距離を置いた個人として生きること。どこにも定まらず、染まらず、流動して生き抜いていくこと。そうした池田龍雄氏の生き方が、『池田龍雄展』を見ると大きな流れとして感じられる。
戦中に15歳を迎えた池田氏は、立派な軍国少年だった。国のために命を捧げるんだと信じて疑わず、自ら志願し、特攻隊に編入。そして、英雄としてその命を散らすことなく終戦を迎えた。氏を待っていたのは、それまで教え込まれてきた「既成概念」のウソだった。
左:《散りそこねた桜の碑》2010年 作家蔵 右:《青空の下を再び焦土にするな》2007年 作家蔵
信じてきたものは音を立てて崩壊し、突如あらわれた新しい世界にも氏の居場所はなかった。多くの若者が、そんな”メッキの塗り替え”に巻き込まれて、死んでいったのだ。それは、あまりにも虚しい経験だった。
戦後、「特攻帰り」の「軍国主義者」のレッテルによって、志した教師の道を追放された池田氏は、筆をとった。1947年、19歳の時だった。
まったくの独学で始めた油絵に、マンガや現代芸術の抽象性が混じり合い、独自の作風へと至っていった。初期作品のテーマは、ほとんどが一貫して「反権力・反体制」。特に1952〜1954年頃の作品は、反体制への強烈な意識が絵画のエネルギーに転じていて圧巻だ。
右:《酒場「立川」》1954年 佐賀県立美術館
《僕らを傷つけたもの 1945年の記憶》1954年 板橋区立美術館
戦争の記憶を具体的に描いた《僕らを傷つけたもの 1945年の記憶》は、日本の再軍備化が進み、ビキニ環礁で水爆実験が行われ、『ゴジラ』が生まれた1954年に描かれた。その後も池田氏の絵画は、様々な対象を懐疑的な目線で切り取っていく。
《行列》1955年 徳島県立近代美術館蔵
炭鉱や製鉄場を取材し、リアルな労働の現場をイメージに転化して描き出した絵画によるルポルタージュの実験を経て、「権力」をモンスターのように擬人化(擬怪物化)した風刺的な《化物の系譜》シリーズへ。《化物の系譜》シリーズの一作、《行列》は個人的にお気に入りの一枚だ。水木しげるっぽいキッチュな化物たちが、ウロウロと行列を作っている様子が妙に可愛い。Tシャツがあったら是非購入して、ヘビロテで着用したい。
この絵画のイメージ元となった散文詩は「皆/物珍しさうについて行く/それなのに/行列は何処まで続くのか/誰も知らない」と締めくくられる。権力や体制に、疑うことなくついていく人々を風刺した作品だが、これはそのまま軍国主義に疑うことなく取り込まれていった無垢だった自分自身の姿でもある。漠然とした権力それ自体をモンスター化した《化物の系譜》シリーズの中でも、身近さをもった魅力がある作品だ。
《化物の系譜》シリーズなど
1957年頃を境に、池田氏の作風が大きく変わっていくのが、展示を順番に見ていくとよくわかる。それまで現代芸術的な作風の中でも、ある種の具体性をもって社会的な「対象」を描いてきた氏の作品が、より抽象的で内面的な世界へと入り込んでいく(その過程で、政治的敗北、芸術的挫折があったであろうことは想像に難くない)。
外から中へ、メッセージからイメージへ。さらなる自由を求めて、池田氏は漂流をつづける。それと同時に、絵画の枠を抜け、コラージュやオブジェ、演劇美術、パフォーマンス、とその活動の垣根もなくなっていく。
《ASARAT橄欖環計画》シリーズ
1972年に行われた阿蘇山の火口に円周状にオリーブの種を植える《ASARAT橄欖環計画》を経て、1973年から行われたのが《梵天の塔》パフォーマンスだ。「梵天の塔」とは、インドの神話に登場する、ある種の“装置”の名称だ。3本のダイヤモンドの棒があり、1本にはそれぞれ大きさの違う64枚の金の円盤が刺さっている。この円盤を決められたシンプルなルールに沿って別の棒に移動していくという、ちょっとしたパズルなのだが、すべての円盤が別の棒へと移動するのに1,800京回以上の移動が必要になる。時間にすると5,800億年。この手順をすべて終えた時、世界は消滅すると言い伝えられている。
《梵天の塔》シリーズ
池田氏は、この装置を実際に作成し、円盤の移動を行いつづける、という《梵天の塔》パフォーマンスを行った。黒子衣装に身をまとい人類の「アバター(化身)」となった池田氏が、人間に課せられた「永劫の試練」へと挑戦する。池田氏の表現は、個人の内面の描写から、次第により拡大した宇宙的なものへと繋がっていく。
BRAHMAN》シリーズ
1973年頃からスタートし、15年間つづいた絵画《BRAHMAN》シリーズでは、宇宙の創造というマクロな神話を、まるで生き物の細胞分裂のようにミクロな表現で描いている。宇宙の構造が細胞の組成に似ているように、内面へと限りなく突き進んでいくことは、外へと限りなく拡張していくこととシンクロしている。
左:《万有引力III 18°K(《万有引力》シリーズ)》1996-99年 作家蔵 右:《場の位相 NO.3(《場の位相》シリーズ)》2003年 作家蔵
その後発表された《万有引力》シリーズ、そして現在もつづく《場の位相》シリーズにおいても、精神世界と物理現象のリンクを、有機的な文様やオブジェで表現する。「答えはぜんぶ、つながっているんだよ」と言わんばかりに。
このように変化してきた池田龍雄氏の美術に通底しているものは、寂寞とした虚しさだ。池田氏の作品は、どこか虚しい。体制に翻弄された自身の青年期がそうさせるのか、抗えない力の前に立ち尽くす人間の虚しさが、常に氏の表現にはつきまとう。
「権力」にも「宇宙」にも「物理現象」にも、抗えない僕たちに出来ることは、浮遊すること、漂流することだけだ。しかし、この虚しさが「自由」ってやつなんじゃないかと思う。自由っていうのは、何にも清々しくなく、何にも輝いたものじゃない。たださびしく、虚しく、不安で仕方のないものだ。でも、その虚しさが、たったひとつ「自由」の勲章なんじゃないかと思う。
「自由」であること。
その難しさも、虚しさも、氏の絵の中にある。
《出口のない貌》1959年 山梨県立美術館

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