コラム【伊藤美裕の歌謡遊泳】ステー
ジの上のレジェンドたち

小林啓子さんという方のライブに誘って頂いて、渋谷にある伝承ホールまで行ってきた。

私はよくライブに出かける方だと思う。若いバンドもたまには観るけれど、基本的には先輩のステージが多い。そして大抵、ご招待頂いたりして、そのアーティストの方のことを知らない場合、とりあえず敢えてあまり予習はせず、会場に向かう。先入観なしで、音楽に浸るのは楽しい。

小林さんは森山良子さんとならんで日本の「ジョーン・バエズ」と言われている人。

ということで直球のフォークソングのカバーから始まり、加藤和彦さんの「悲しくてやりきれない」、そしてマイク眞木さんの「バラが咲いた」で大合唱。みんなで歌いながら、先月とりあげたばかりのこの曲の作家、ハマクラさんに想いを馳せる。そしてBUZZ「ケンとメリー 〜愛と風のように〜」。とても爽やかで好きな曲。過去にこの曲でギターに挑戦したこともあったなぁ、と懐かしく思う。

カバー曲をひとしきり聴いたところで、オリジナルも演奏。私の大好きな詩人・茨木のり子さんの詩に曲をつけたという曲があったのだけれど、図らずも茨木さんとのエピソードと共に聞くことができて嬉しかった。そう、茨木さんの詩はどこか凛とした雰囲気のあるものが多いんだよなぁ。余韻が良いんです。

…と話を戻して、この日はさまざまなゲストミュージシャンの方が参加していたのだけれど、その数なんと総勢10名弱。それも素晴らしい方ばかり。

林立夫さんの柔らかいドラミング、鈴木茂さんの唸るようなギター。佐久間順平さんの空気をたっぷり含んだようなバイオリンの音色に、どの瞬間も聴き逃すまいと息を止める。先々週、ソロライブにお邪魔させてもらったBUZZの東郷昌和さんも偶然にもコーラスとしてステージにいらっしゃるのを見つけて、勝手に何だかすごくうれしくなったりして。私の頭の中のドリームチーム(バンド)があるとするなら、今日のステージのミュージシャン、こういうバンドがまさにそうだな〜…、とうっとり夢見心地でぼんやり考える。

60〜80年代の豊かな音楽を支えているのはやはり、ミュージシャンの演奏力によるところが大きいと思う。それに加え、音楽制作の過程で丁寧に贅沢に時間をかけて作られているからこそ、「残る」作品たちが現代に比べてたくさんある。

余談だけれど、その時代から第一線で活躍しているミュージシャンって、学生時代に既に友人同士だったり、昔から繋がりがあることがとても多い気がする。はっぴいえんどなんてまさにそうだし、シュガー・ベイブなどもたしかそうだった。今日だと、ティン・パン・アレーサディスティック・ミカ・バンド(ゲストヴォーカルに高橋幸宏さんも登場)のメンバーも複数いらしたけれど、この辺りの方々って、東京で育っていて、昔からみんな親交が深い印象がある。それはまるで、ビートルズのメンバーがみんなリバプールに住んでいた奇跡みたいに思える。

私は、日本にこんな素晴らしいミュージシャンたちがいるんだよ、と世界に自慢したい。あぁ、本当に日本の音楽はこちらに来ていないんだな、と以前アメリカに行ったときに痛感した。それでも最近、海外からわざわざこの年代の音楽を求めて日本にやってくるファンも増えてきているという。今は楽器を弾けなくてもコンピュータの機能が良くなって、簡単に作曲ができてしまう時代。つまり新規参入しやすい時代。多種多様であると同時に、作品も玉石混交だ。でも、だからこそ、私は質の高い音楽たちを愛し続けたいと思う。そうすることが、それを伝えていくことが、次の世代の豊かさへの遺産になると思うから。

さて、ライブのことですが、永六輔さんとのお話も終盤に飛び出し、小林さんの音楽キャリア、交友関係はまさに戦後の日本の音楽の歴史のダイジェストみたいだなぁと思いながら、会場を後にしました。素敵な時間を、どうもありがとうございました。
 
 

 
 
 
 
終演後、大混雑で小林さんとはお話できなかったけれど、あこがれの鈴木茂さんとご対面することができました。穏やかで素敵な方でした。感涙です。

伊藤美裕

生年月日:1987年4月4日生まれ
血液型:A型
出身地:大阪府池田市
特技・趣味:バイオリン、古着屋散策
座右の銘:in dreams begin the responsibilities(責任というものは夢見ることから始まる)

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